冗祐(月の影 影の海)

妖魔で種族名は賓満(ひんまん)。
景麒の使令(家来のような存在)。
陽子の体に憑依し、おかげで陽子は剣の達人になることができた。

「ではヒンマンをお貸しする。−ジョウユウ」
  呼ばれて地面から男の顔が半分だけ現れた。
岩でできたような、顔色の悪い男で、くぼんだ目が血のように赤い。
するりと地中から抜け出したその首の下には身体がなかった。
半透明のゼリー状のものがクラゲのようにまといついているだけだ。

初登場時は気持ち悪かった。(笑)
イメージ的にはイースター島のモアイ像の目を赤くして、水饅頭のようにねっとりと した粘液で包まれた・・・?
今では、妖魔の中でも1,2を争う好きなキャラ。
ただし、陽子が王になってからは出番がなく、寂しい。

「楽俊だって、ぜんぶを知ってるわけじゃない・・・」
低くつぶやいたときだった。
−わたしは知っている。


ここを読むまで私は使令の意味をはき違えていたのだと思う。
己の意思はほとんど持たず、言われるままに動くだけといったイメージがあった。
しかし、ここでの冗祐は陽子を王と見極め、王になるように勧める。
正直言って意外だった。
もちろん嬉しい意味で。
ここでの会話により、私の中では冗祐が使令中一番人気。(笑)
ぜひ私にも取り憑いて欲しい・・・。


−あなたはずっとひとりではなかった。
わたしはぜんぶを知っています。
「・・・ジョウユウ・・・?」
−王座を望みなさい。
あなたになら、できるでしょう。


後半の「月の影−」、本当に泣ける部分が多い。
陽子と楽俊、陽子と景麒、そして陽子と冗祐。
言われてみたいな、こんな台詞。


−あえて主命に背きました。お許しを。
主命、世言う言葉にいつか景麒が言った「ないものとしてふるまえ」という言葉を思 い出した。
それで今日まで一度も会話に応じてくれなかったのか。


当時の陽子の気持ちはわかるけど、やはりもったいなかったな、と思う。
もし冗祐が話し相手になってくれていたら、陽子の旅もだいぶ違ったものになっていたのではないだろうか。
少なくとも蒼猿よりは話しやすい相棒だったかも。


陽子がそう言ったときに、ふいにぞろりとした感触が手をつたった。
指があるかなしかに動いて宙に文字を書く。
−冗祐。
陽子は軽く微笑んだ。
「ありがとう、冗祐」
−使令は麒麟に仕え、ひいては王に仕える。
礼を言っていただくにはおよびません。
陽子はただ微笑った。


きっと嬉しかったんだろうな、冗祐。
景麒の性格ではあえて使令をねぎらうなんてこと、ないだろうから。(笑)
景麒が教える前に自ら書いた自分の名前。
無表情ではあるけれど、ちょっぴり照れていたのかも・・・。
今頃どうしているんだろ?



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汕子(風の海 迷宮の岸)

泰麒の女怪。
蓬莱に流された泰麒を十年間待ち続ける。


目覚めたとき、彼女は白い枝の下にいて、頭の中にはたひとつのった言葉しかなかった。
―泰麒。

汕子の誕生。
異形の者でありながら、その容姿は愛らしい。
挿絵を担当された山田章博氏もお気に入りなのか、ホワイトハート文庫の表紙も含め、10枚のイラストのうち、4枚に登場する。


涙は初めて外気に触れた瞳を守ろうとする反射にすぎなかったが、彼女はその熱いほど暖かいものがすべり落ちていく感触を、たったひとつの言葉が身内をすべり落ちていく感触だと信じた。
泰麒、泰麒と呼ばわりながら、涙がこぼれる。

「風の海 迷宮の岸」から読み始めたため、普通人?の生活を描写したプロローグの後、いきなり登場した汕子に驚いた。
一瞬汕子が麒麟?と勘違いしたほど(笑)。
もうひとつ、金色の果実から生まれたのにも驚いたが、これは汕子が特別だからだろうと思っていた。
私たちと同じこちらの世界の人間として生きてきた陽子の目で捉えた「月の影 影の海」を先に読んでいたらもっとすんなり入っていけただろうが、この「風の海―」を先に読んでしまったために、「十二国記」がよりファンタジー色の強い作品に思えた。


陽光が乾ききらぬ鋭敏な肌を刺すのを感じながら、彼女はその実を両手で包んで頬に当てた。
涙が止まらない。
「泰麒・・・」
汕子はこの世に生を受けたのだ。

泰麒を育て、守り、仕えるべく生まれた汕子だが、泰麒の母のようにも思える。
他にも女怪は登場するが、汕子の激しさは特筆すべきだろう。
生まれる前の泰麒と引き裂かれて辛い十年間を過ごし、やっと王を選んだと思ったら再び蓬莱に流される。
泰麒自身の性格とは裏腹の惨い運命に、汕子自身も翻弄され、狂わされていく。


金の実はその姿を歪みの中に沈めて消えた。
この世に生まれ、泰麒と呼んだ、そのほかに発した初めての声は悲鳴だった。
虚しいばかりの叫びだったのである。

汕子の悲痛な描写に胸がかきむしられるような気がする。
しかもその後十年間待たされる汕子。
結果的に泰麒に会うことができたとはいえ、その年月はあまりに長いものだった。


布で爪先をくるむようにしてやると、汕子は真円の目を閉じる。
首を珍珠花の茂みにかるくもたせかけるようにして、その重みで雪のように花が散った。

珍珠花(ゆきやなぎ)」。
「十二国記」の造語だと思っていたら、当て字だけれどあるらしい。


女の手を握る指に力をこめ、上体を伸ばし、手探りをし、冷たい空気をかきわけ果実をさし招くようにすると、果実のほうから汕子のの手に届くあたりへ漂ってきた。
―どれほどこの瞬間を夢見ただろう。
汕子は指先に触れたその果実をしっかりとつかまえた。

プロローグの高里要少年が泰麒になる瞬間。


「泰麒」
彼女の柔らかな手が髪をなでて、同時に丸い目から澄んだ涙がこぼれた。

初対面なのにすでに心が通い合っていた泰麒と汕子。
廉麟と泰麒、廉麟と汕子の関わりももう少しだけ書いてくれたらもっと嬉しかったかも。


「・・・・・・どうしたの?」
泰麒が問うた瞬間だった。
汕子の姿が細い亀裂に吸いこまれるようにして消えた。
「汕子?」
「そこをお動きになりませんよう」

勘違いで王になるべく泰麒を捕まえに来た男、醐孫を襲撃。
芥瑚や沃飛だったらここまでの激しさは見せないような気がする。
後で「魔性の子」を読み、汕子の暴走に恐怖を覚えた。


「―泰麒」
「だめ!逃げない!!」
汕子は思わず泰麒の身体にかけようとした手を引く。
なぜかその声に逆らえなかった。
―どうしたこと。

汕子を驚かせたのは驍宗を守ろうとする泰麒の覇気。
その前には汕子と言えども従うしかない。


驍宗が王だったのなら、なぜ泰麒が驍宗に対しあれほど怯えたのか、なぜいまにいたるまで驍宗が王であることがわからなかったのか、釈然としないことは残るが、泰麒に追いついてしまえばもうどうでもいいことに思われた。
けっきょくのところ、汕子には泰麒以上に重大なことなどありはしないのだ。

「魔性の子」の恐ろしさは泰麒を取り巻く汕子と傲濫の暴走にある。
傲濫は元々伝説の妖魔と言われた饕餮だからそれほど違和感を感じなかったが、盲目的な、狂信的な愛情から泰麒を追い詰めていく汕子に畏怖というより恐怖を覚えた。
そしてこちらの世界を目茶目茶にして去って行き、それでおしまいとなった物語が一番恐ろしかった。

これはやはり発刊順に読むべきだった、未だに後悔している。
「十二国記」はこの後再び蓬莱に流された泰麒が王や麒麟たちの協力で連れ戻されるが、泰麒から引き離された汕子、傲濫や戴に向かった泰麒や李斎のその後は明かされていない。

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珠晶(図南の翼)

王の不在が長引き、荒れて妖魔の跋扈する恭国で、恵まれた環境に育ちながら王になるために立ち上がる12歳の少女。


「ちょっと、待ってよ!」
亭主が先ほどまで相手にしていた子供だった。
小汚い様子のその子供は、勝ち気そうな目で亭主を睨む。
「あたしが先に部屋を頼んだのよ!
あたしには貸せなくて、どうしてその人ならいいの!」
頑丘は少し驚いてその少女を見やり、亭主は呻いて頭を抱えた。

「十二国記」史上最もはねっかえりなヒロインの、最も突拍子もない登場シーン。
しかもその相棒として登場するのが頑丘。
最もちぐはぐなコンビの誕生だが、正直言って初めの頃は珠晶に、おもしろい子だな、とは思ったものの、それほど好きにはなれなかった。
後半にあれほど凄まじい感動が押し寄せようとは、予想もつかないことだった。


頑丘は唖然として少女を見た。
「これで雇うわ。
ただし、旅の途中、入り用があればここから出すのよ」
「おい・・・・・・」
少女はにっこりと笑んだ。
「あたしは珠晶よ。まず今夜、あたしに牀榻を譲って、あんたは床で寝るの。いい?」

恭の民である以上、12歳の少女でも王になる資格はある。
それでも自ら思い詰めて昇山しようとする者はいただろうか。
向こうの世界の頑丘でさえうろたえるほどの常識はずれの出来事だったに違いない。
それでもこの時点では頑丘に同情して、景麒並みのひそかなため息をついた読者は数知れずと見た(笑)。
ちなみに「牀榻」と書いて「ねどこ」と読ませているが、 普通は「しょうとう」と読む。


吹き込む風と、山肌を吹き下ろす風、風は陽射しの傾いた街路のそこここで小さく旋風を作り、少女の裳裾を足下から軽く巻き上げた。
「やあね」
少女は荷物を脇に抱えて、裳裾を片手で撫でつける。
「・・・・・・さむ」
呟いたところで、背後から声がした。
「なんだ、珠晶、帰らないのか?」

本当ならここから始まってもおかしくない「図南の翼」。
作者はここで、あえて珠晶の奇天烈な冒険談から始めた、そのおもしろさ。
でもこの部分を読むと、珠晶は不満を持っているようだが、少なくとも両親や周りの人たち、仲間には恵まれていることがわかる。
珠晶に直接関係なくても妖魔退治に向かう杖身たちや、珠晶にほのかな想いを寄せてるような少年。
金銭的な関係だけならこんな風にはならないだろう、珠晶の両親もまたいい人に思える。
その中で立ち上がるからこそ珠晶は凄い、突拍子もなく凄い。


珠晶は座ったまま、父親を見上げた。
「・・・・・・お父さまは昇山しないの?」
如昇は僅かに目を見開いた。

ここは如昇の項で詳しく書きたいと思っているが、昇山しない如昇を責める人はおそらく珠晶以外いないだろう。
不思議なのは、珠晶はどの時点で「王」たる資格を得たのか、ということである。
奏の例を見れば、珠晶が王なら供麒の方で駆けつけて来そうなものだが。
いえ供麒は感度が鈍そう、とかそんなことは決して言っていないが(笑)、たとえば陽子や尚隆、先新のように行動を起こさなくても来てくれる麒麟もいれば、昇山してても気づかれない王もいる。
利広に会った瞬間、王気が見えた、なんてこともありそうだから困る。
珠晶が黄海で命を落としていたらどうだったろう。
あるいは王なれば死なないように、天の配剤が始動するのかもしれない。
王になってからは王の責任で死ぬこともあるが。


「だからって、それとあたしと何の関係があるの?
あたしがこれを食べたら、困ってる人のところに同じものが降ってくるの?
食べられない人が可哀想だって言うんなら、それこそ、このまま持っていってあげればいいじゃない」
恵花は珠晶の言いぐさに、頬に朱が昇るのを感じた。

ある意味正論である、でも小憎らしい。
恵花を怒らせようとしてあえて言った言葉であっても、かなり強烈だ。
しかし読み進めていくと、これは作戦的なも、のではなく珠晶の本心であることもわかってくる。
珠晶は言い放つだけでなく、行動を起こす。
この小憎らしさが小気味良さに変化する。
それでも一筋縄ではいかない少女だ、珠晶。
王になってからの90年の珠晶の戦いも読みたい。
周りの非難など歯牙にもかけず、強引に王道を推し進めていったのだろうなあ。
その中には祥瓊もいる。
祥瓊には逃げられたが、あれは珠晶にとって失敗のうちに入るのだろうか(笑)。


珠晶は厩舎の匂いが好きだ。
特に冬には寝藁の匂いと多くの馬と驢馬の体温で、ふんわりと暖かいのが気に入っている。
母親などは、藁くずを家の中に入れると、匂いがつくと言って嫌がるが、母親は馬が好きでないから、これが嫌な匂いに思えるのに違いない、と思う。

「十二国記を語りたい」では各登場人物の大きな変化や心に残る台詞などを取り上げているが、他のキャラに比べて珠晶は取り上げたい部分が多い。
たとえば陽子や泰麒も、時々環境が激変するけれど、物語自体は大きな流れで、彼らの心情もその流れに乗って変わって行くように思える。
それに比べて珠晶は自分の意志でころころよく動く、心情もくるくるよく変わる。
小汚くて気の強い小娘、富豪の傲慢な娘、なのに獣が好きで厩舎で世話をしたりする、そして突拍子もない冒険に飛び出す気概、物怖じしない態度によく働く頭(笑)。

初読で珠晶に振り回されなかった読者はいないのではないかと思う。
最初はこの性格はあまり好きになれなかったのだが、それでもこの娘の動きは小気味いい。


「まだるっこしいったら、ありゃしない。
大人が行かないのなら、あたしが行くわ」
どこへ、と問いかけるように再度振り返った白兎を促して、珠晶は騎獣を連檣の外へと跳躍させる。
「蓬山に行くのー昇山するのよ」

すでに昇山に乗り出した珠晶を冒頭で読んでいたとはいえ、こんなやり方であっさりと家出するとは驚いた。
富豪の娘、その立場を最大限に利用している珠晶だが、もしも富豪の娘でなかったら、珠晶はどうしていただろうか。
意外とその気概と才覚で最後には蓬山に辿り着いたように思うのは、私の買い被りすぎか?


あるいは人に生まれ変わるとも言うが、あいにく珠晶はこれまで、死んだ祖母の生まれ変わりに声を掛けられたことがない。
姿形が変わり、珠晶のことさえ忘れてしまうなら、それは祖母が帰ってきたのじゃない。
そんなものは赤の他人だ。

思わず笑ってしまったこの文章。
なんて合理的。
性格はともかく、十二国記キャラの中で作者の考えが一番投影されているのは珠晶ではないかと思う。
たとえ姿形は変わっても、道で会ってわからなくても、生まれ変わりがあるならそれでいいと自分を慰める。
それは生き残った側の心情だけど、珠晶にはとんと縁がないらしい。


「・・・・・・やっぱり、すう虞だわ」
冢堂の裏手にいた騎獣は、鞍を置いたまま、身の丈ほどもある長い尾を地に這わせて寝そべり、ただ首だけを仰向けて珠晶を眺めている。
珠晶はその目を覗き込んだ。
「すごいわ。なんて、綺麗な目・・・・・・」

利広のすう虞、星彩との出会い。
この後の展開を考えて思わずにやりとしてしまう。


そっと手を伸ばした時だった。
「こらこら」
声を掛けられて、珠晶は文字通り飛び上がる。
慌てて振り向くと、風避けの布を被った男が一人立っていた。

そして?虞の主、利広との出会い。
「図南の翼」では珠晶に大きな影響を与える人物が2人登場するが、利広もその1人。
利広に会った事こそが天の配剤ではないかと後に思うことになる。


騎獣の所有者は父親の名前、運ぶのは珠晶の名前になっている。
ここで利広の名を書かれて、後になって白兎の所有権を主張されてたまらない、はと思ったのだが、利広には端からそういう気はないようだ。

珠晶の性格がどんどん明らかになって行くにつれ、そこに魅力よりもやはり小賢しさを感じずにはいられない。
私の周りでも、「月の影 影の海」前半の陰鬱な展開と共に、「図南の翼」を黄海に入る前にやめてしまったという人が何人かいた。
陽子のような馴染みのある人物も出て来ないし、もったいないことではある。
頑張って説得し、渋々続きを読み始めた何人かは、最後に感動に満ちたメールを届けてくれた(笑)。


黄海の隔壁、あの巨大な壁の向こうが人外の土地、その中央には五山が。
来たのだ、という思いと、あれが、という思い。
凌雲山の麓に生まれ、育った珠晶にさえ信じられないほどの巨きさ。

固い決意をして家を飛び出したものの、実際に見た五山の巨大さに圧倒される珠晶。
その巨大さの描写が素晴らしすぎて、初めて読んだ時は白兎の背に乗ってる気がして軽い酔いを感じた。


「どこか安くて安全な舎館を知らない?厩舎はなくていいわ」

白兎を奪われたのになんという立ち直りの早さ(笑)。
「小娘」の王に国は戸惑っただろう、荒れたろう。
それを超えて今落ち着いた状態しか書かれていないが、新作では珠晶の王としての苦難の時期も書いて欲しい。
おそらく悩むこと、迷うことはなかったろう。
とにかく押しを強くして突き進んでいったように思う。
そしてそのごり押しは決して間違ってはいなかったのだろう。
珠晶の「賢しさ→賢さ」ゆえに。


世間知らずの富豪の娘が、珠のように大事にされた挙げ句、思い上がって蓬山を目指す。
―そんな例を聞いたことはないが、あってもおかしくないような気がした。

自己満足?偽善?
それでも昇山する者を称えるのか、それとも身の程を知る者が正しいのか。
王になれなかったが、室季和や聯紵台は少なくとも昇山した者たちだ。
さらにたとえば室季和は皆を置いて逃げおうとしたが、もしも彼が王ならば、それは正しい行為だった。
何が正しく何が間違っているのか、「十二国記」というより小野不由美作品を読んでいると、混乱することが多い。
それは作者がその正と誤、善と悪の判断をあえて読者に委ねるからだろう。
小野不由美の世界では、一人一人が正をし誤する、一人一人が善を持ち悪を持つ。


珠晶はその木札を手に取って見た。
「―お札?」
「犬狼真君の護符だ。 黄海を往く者を守ってくださる」
頑丘は言って、その古びた札を自分と駮に着ける。

私は「東の海神 西の滄海」を後で読んだので、この時は犬狼真君を知らなかったのだが、この部分が後の大きな伏線となる。

「本当に、行くのか?」
「行くわよ。恭には王が必要なんだから」
「でもって、それがお前だと言うんだな」
「そうよ、そう見えない?」

黄海に入る前の珠晶には、意気軒昂なものがある。
まさか王にはなるまいと思いつつ、ちょうど李斎のように王に見いだされ、王を補佐する者として活躍する道を与えられるのではないかと最初思った。
勇気はあるし、賢いし、でも王の器ではないなどと。
今思えば恥ずかしい限り。
でも作者も黄海に入ってからの珠晶を、王たる者として、あるいは王ではない者として、揺れる珠晶の立場と心境と行動をうまく描いて読者を迷わせる。
先に「風の万里 黎明の空」を読んでいたとしても、あの迷いのない小さな王にここまでの辛酸があったとは信じられないのではないだろうか。


「妖魔には子供はいないのかしら。
小さい妖魔って聞いたことがないわね」
「いない、という話だ」
「本当に?」
「俺は見たことがない。見たという話を聞いたこともない」
「不思議ね・・・・・・」

珠晶は直接関係ないが、ここで頑丘との会話を通して妖魔の謎が語られる。
妖魔というのは当然「十二国記」専用用語ではなくて、いろいろな物語にいろいろな形で登場する物であって、特に「十二国記」においては「山海経」を基本として作られた妖魔が多い
。 「山海経」での妖魔(妖怪)自体、気がついたらいる物、ある物であって、その成り立ちが語られることはほとんどない。
もちろん「山海経」が神話のような意味合いを持つ書なのだから仕方がないのだが、そこにもっと「十二国記」独自の色合いをつけてほしいと思う。


「何かしらねえ、黄海に入ったら、いきなり偉そうなんだから」

ここではすでに利広と合流しているのだが、旅慣れている利広なのに、黄海では素人であることを認識して頑丘の命令に素直に従っている。
珠晶との比較が興味深いが、後になって利広は珠晶は昇山さえすれば王になると思ったと言っている。
どの時点でそう思ったのかはわからないが、この時でないことは確かだ(笑)。
まだ世間知らずなお嬢様っぽさがぷんぷん、頑丘と利広の忍耐力には頭が下がる。


「火は目立たないほうがいい。
今日は月があるから、明かりが必要ない。
言って頑丘は広場のほうを見る。
つられて珠晶も利広もそちらを見た。
明々とした焚き火の明かり、賑やかな声。
「―どうして?」
「やつらは賢い。
火のあるところには人がいるということを知っているからだ」

ここで頑丘が他の人たちに火を消すように言わないことが、後に珠晶と頑丘との間の大きなトラブルになる。
私も正直ここまで苛烈なものとは思っていなかった。
危険はむしろ皆で力を合わせて乗り越えていくんだろうと思っていた。
とんでもない、珠晶はこの旅で人として、王としての根本的な問題に否応なしに向き合うこととなる。
珠晶自身がいつも前向きで気の強い少女だから意識しにくいが、珠晶の旅もまた試練だらけのものである。


珠晶はできるだけ、しゃんとした調子で言ったが、我ながら声が震えているのを認めないわけにはいかなかった。

遂に訪れた妖魔の襲撃。
頑丘は襲われた人たちを助けることなく逃げ出す道を選ぶ。
珠晶はまだショック状態なので頑丘に対してどうこう思ってはいないが、生き抜くためには他人の命すら犠牲にする頑丘の酷薄な選択に次第に怒りを募らせることとなる。
そこで2人の間を和らげてくれる人物が、利広の他にもう一人登場する。
近迫、やってることは頑丘と同じでも、頑丘よりも「説明」してくれる部分があるので、珠晶は近迫の方が気に入っているようだ。


「どうやら本物の卑怯者みたいね」
だが、同意を求めて見上げた顔には笑みがなかった。
ぐと珠晶が怯むような種類の生真面目な顔で、利広は珠晶を見つめている。

ハードボイルドなど読んでいると、頑丘のようなタイプはよく出て来る。
そこでは抵抗なく読むことができるが、「十二国記」では珠晶ほどではないが戸惑った。
普通なら頑丘が命を懸けて皆を守ろうとし、珠晶を始め皆の尊敬を集め、さらに珠晶を王たる人物に育て上げていく。
そういう展開になるだろう。

おそらくほとんどの読者の予想もそうだったのではないかと思う。
むしろ悪役にさえ思える頑丘の立場。
陽子や祥瓊や鈴たちのたどった道も過酷なものだったが、「図南の翼」でもあの綺麗なイラストに似合わぬ綺麗事のない世界に、 私が読んでるのは本当にファンタジーなのか、心地よさを求めて読む本なのか、戸惑うと言うより怯むことが多かった。

ただ大人になって読んだから、ある程度頑丘の言う意味も分かる。
もし10代の頃に読んでいたらどうだったろう。
珠晶並みの反発を感じていたかもしれない。


「あの人たちって、なんとかこちらの真似をしないですむ方法はないか、常に相談してる感じだわ。
剛氏と喧嘩しちゃったんだから、腹が立つのは分かるけど、結局剛氏のほうが黄海のことは良く分かってるんだから、そういうところで逆らっても仕方ないと思うんだけど」

妖魔の存在がなかったとしても、相当過酷な旅をしているのに、珠晶は実によく周りの人々を観察している。
しかも頑丘以外の者に対する視線はむしろ頑丘の立場に立っているのがおもしろい。


「俺を楯にするのと、他の連中を楯にするのとどう違う。
ーお前は人に頼って黄海に足を踏み入れた時点で、他人を犠牲にして自分が安全に旅をすることを選んだんだ。」
「・・・・・・違うわ!」

頑丘を護衛に雇うということは、頑丘の命を楯にして自分を守るということ。
頑丘にとってもまた命がけなのだということを初めて悟る珠晶。
ならば陽子のように、ただ一人で旅を始めればよかったのか。
(陽子は否応なしの一人旅だったが)

でも陽子も楽俊と合流した時、楽俊に陽子と一緒に来たのは自分の勝手という意味のことを言われている。
こちらの国の根底に流れる人の意識は限りなく強くて、それは妖魔の跋扈する世界だからなのだろうか。
作者小野不由美が作り上げた世界だから、というようにも思えるのだが。


「鳳雛は誰だと思う」
頑丘の問いに、近迫は笑った。
「選りによって朱氏を剛氏代わりに引っぱり出したお嬢ちゃんだ。
それ以外に、王の器量を持った人間がどこにいる」

これまで死んだ13人が救われない。
なぜ昇山を強いるのか。
王ですら死ぬ(鳳雛を失うこともある)過酷な旅に何の意味がと思う。
かと思えば尚隆や櫨先新のように麒麟が勝手に迎えに来る場合もある。

まあ彼らは最初から王で、珠晶は途中から王気を備え始めたと思えばいいのだろうが。
むしろ供麒が暢気すぎたと思えないこともない・・・。


「一緒に謝ってね」
ちゃっかり言って、利広に並んで歩きながら、珠晶は深い溜息を落とした。
「どうしたんだい?」
「とっても難しいの。・・・・・・いろんなことが」

室季和や聯紵台の話を聞いていると(読んでいると)、それはそれで納得できるものであるから難しい。
正しいかどうかは別として。
たとえば彼らが頼みに来たら、頑丘たちは騎獣の足に巻く皮を分けてあげるのか、馬のない人を運んであげるのか、無理だろう。
聞かれたら蛭がいる、と教えてやるかもしれないが、それで済むのか。

実は一緒に旅をするのが室季和や聯紵台のような性格だから助かっている部分もありそうだ。
そして物事は正論だけでは済まない事を学び始めている珠晶。
でもその葛藤はまだまだ続く。
さらにあまりに割り切りのいい、頑丘に逆らわない性格だったら珠晶は王になり得たか。
珠晶というキャラは、これまで登場した中でも一風変わって気になる子。
一番気になるキャラかもしれない。
陽子たちはある意味王道。


「道っていうのは、平らな地面が続いていることじゃないんだわ。
そこを行く人が、飢えたり渇いたりしないような、疲れたら休んだりできるような、そういう、周囲の様子ごと道って言うのよね。
だから黄海には道がないのよ」
驚いた、と半ば揶揄するように言ったのは近迫だった。

私が供麒だったらこの時点で珠晶の元に馳せ参ずるかも。
でも珠晶の試練はまだまだ終わらない。
予王舒覚にも王になる前に試練の期間を与えられていたならば、王としてもっと持ちこたえていただろうか。
出番が少なかったが、それでも王としての資質に乏しかったとしか思えない女性。
初めから見捨てられた王にしか思えない予王舒覚に比べ、珠晶のたくましさ、そしてその器量に合った試練の数々。
王の選択はやはり天帝の気まぐれなのか。


そうか、と珠晶は思った。
雇った者と雇われた者、雇ったほうには、そもそも剛氏抜きで黄海が越えられないはずがないという思いがある。
あるからこそ、剛氏を雇う。
自分の命を預ける相手を探して、連れて来たのだ。
だからこそ、命を預けた相手に対する信頼がある。

和ませキャラの利広と近迫がそばにいてさえこじれる珠晶と頑丘の関係。
けれど最後ギリギリのところで殺伐とした雰囲気にならないのは頑丘の人の良さゆえか。
そんな頑丘を珠晶は珠晶なりに理解しようとする。
この辺りは珠晶がちょっと可哀そうな気がする。


「登極しない珠晶を守ってやる必要はないということか」
「登極しない珠晶には、私が必要ない、ということだよ」

喧嘩別れして室季和の元へ去ってしまった珠晶に関して語る利広と頑丘。
利広も「愚かな」珠晶にはまた冷たい。
利広は(王の一族が、というより利広もまた王の一部であるから)無駄に捨てる命はないと言い切る。
冷たいというよりも、それが王としての責任であり、頑丘に言い換えるなら頑丘の責務の一環なのだろう。


「ねえ、室さん。
やっぱり戻ったほうが良くはない?」
珠晶が言うと、季和は渋面を作る。
「荷を捨ててでも、そのほうが安全なのじゃないかしら」

怒りに任せて頑丘と別れた珠晶だが、室季和と同行することで、逆に頑丘の言葉、行動の正しさに気づいていく。
旅の安全よりも安楽だけを求めて危険な道に踏み込んだ室季和たち。
意外だったのが聯紵台。
室季和と五十歩百歩のわからず屋だと思っていたが、その言葉や行動の実直さは室季和とは一線を画していた。


「あの・・・・・・あのね」
珠晶は慌てて言い添える。
「あたしだって黄朱ほど黄海に詳しくないから、その・・・・・・鵜呑みにされても困るんだけど」
「いや、いいんだ。ありがとう」

(ここでは)火を消した方がいいと言えば慌てふためいて消しまくり、珠晶の言うことを全く聞かない室季和たち。
なぜここでは消した方がいいのか、どこでなら火をおこしていいのか、その時はどんな風にすればいいのか全く考えようとしない。
子供の珠晶があきれ果てたその愚かさ加減を果たして私は笑えるだろうか。


(あたし・・・・・・ばかだったと思うわ・・・・・・)
とっても反省しているから。
(頑丘・・・・・・助けて・・・・・・)

死の間際、と思われた瞬間、珠晶は頑丘に素直に助けを求める。
届かない心の叫び。
でもそこに理屈はなく、素直な思い。
頑丘にその叫びは届かなかったが、珠晶は助かる。
頑丘の教えを守り、さらに天の配剤が珠晶を救ったのだろうか。
助かったのが不思議なくらいの切羽詰った描写に、作者の「ホラー作家」としての真髄を見る。


「黄朱の事情なんてぜんぜん分かってもあげないで、勝手に腹を立てて、忠告を無視して危険な道に踏み込んで、このうえ、歩きの人を見捨てて逃げ戻って、今度は黄朱たちを危険にさらすの?
それだけはできないわ。」

恐怖の一夜を乗り越えて、珠晶だけが学ぶ。
反面室季和の言うことも間違ってはいないことに困惑を覚える。
何が正しくて何が間違っているかを読み切れないもどかしさが、「十二国記」のリアルな世界を形作っている。
けれども珠晶は少なくとも自分のしたことの責任を取ろうとしている。
小生意気な少女と思っていた珠晶の真摯さには惚れた(笑)。


鉦担は感謝をこめて少女を見上げた。
昇山の者が何をしてくれるか、ではない。
昇山の者が彼らの命と無事を案じてくれることが重大なのだ。

身分に縛られない世界に生きる私には想像できない鉦担の安堵。
でもおそらく、珠晶が昇山の者でなくとも、彼女が助けに来ればそれで良かったのだろう。
むしろ人を身分に縛られず、「人」と見る珠晶の視線には驚きを感じる。


「うん。ただ、ひょっとしたら、私はまだ珠晶にとって必要があるのかもしれない。
それを確かめに行ってみたいんだ。」

珠晶のために頑丘を「雇う」利広。
珠晶はそれだけ価値のある存在だと改めて思ったのだろう。
いつか尚隆にこの時の冒険談を語る日が来るのだろうか、読んでみたい。
尚隆と珠晶の出会いも読んでみたい。


「囮には、あたしがなるわ。
こんな小さな、か弱い子供を、あなたたち、見捨てたりしないわよね?」

黄海に慣れた剛氏や朱氏すらやろうとしなかった朱猿狩り。
珠晶も凄いが、黙って従う鉦担たちも凄い。
王に選ばれる存在は多いが、珠晶や尚隆たちと、塙王や予王舒覚の差は何なのだろう。
王になるための試練がなかったのか、それとも試練を乗り越えることができなかったのか。
王になることこそが最大の不幸のような気がしてしまう。


朱厭は玉に酔った。
油は役に立った。
足腰が立たず、暴れる朱厭を襲うのはたやすかった。
なのに。
「―珠晶さま!」
選りによって、その爪が、珠晶を掛けてしまうなど。

珠晶が凄すぎて、この朱厭の部分は圧倒されながら読むばかりで、あまり感情移入できなかった。
何故だろう、恐怖を感じていない、その部分だろうか。
読み進めると、珠晶は強い緊張感の中にあって、恐怖を感じる余裕すらなかったのかとも思えるが、この頃の珠晶のあまりに淡々とした物言いは、ちょっと現実的じゃないなと思った。
頑丘や近迫は、朱厭の恐ろしさを知るがゆえに手を出さず、怖いもの知らずな珠晶が、その責任のために挑んだという解釈だけでは物足りない。


「すごいわ・・・・・・あたし、生きてるじゃない」
珠晶は石の壁に挟まれた細い明かりを見上げて、ぽかんと声をあげた。

朱厭を見事に退治したものの、その爪にひっかけられて、仲間とはぐれてしまった珠晶。
それでもパニックに陥るわけでもなく、意気軒昂な珠晶が不思議だ。
この時期の珠晶はちょっと違った人格に思えるが、どうなのだろう。


「だから珠晶を連れ戻しに行かなかったな。
しかしお前、それは珠晶が王の器なのかどうか、試したということじゃないのか」

珠晶のいない場所で、利広と頑丘が語る。
まだ明かされていないが、利広は奏国の王の息子であり、珠晶が王になるかもしれない可能性を否定はしていない。
何も知らない頑丘は、あまりに突拍子もない珠晶に振り回され、利広の言葉にも振り回されるが、「器」と言うなら、まさに珠晶は王の器だろう。


「どうした、腰が抜けたか?」
言って、露を払うように剣を振り、鞘に納める人の影。
「あたし・・・・・・すごくばかだったと思うわ・・・・・・」
頑丘は、軽く眉を上げた。
「とっても怖かったの・・・・・・」
あとは声にならなかった。
かわりに嗚咽がこみ上げてきた。

頑丘との再会。
やっと子供らしい素直さが出て来た珠晶にほっとする。
しかし頑丘は珠晶を助けるために深手を負い、その血の匂いが妖魔を引き寄せる。


「頑丘、私にどうしてほしい」
利広の声に、頑丘は即答する。
「こいつを連れて行ってくれ」
「ー珠晶は」
「あたしは絶対、ここを動かないわ。
逃げたければ、勝手に逃げなさい!」

逃げるよりも頑丘を守ることを選択した珠晶。
妖魔であれほど怖い目に会ったのにこの強さ。
やっぱり珠晶は凄い。


「頑丘、駮が逃げられないわ。
何かが追って来てるのよ、あれじゃー」
「いいんだ、それで」
「そんな・・・・・・!」
「お前は、あいつに名前をつけろ、と言ったな」

この後頑丘は、何故駮に名前をつけないかを語る。
この緊迫した場面があまりに辛く、名前をつけないとかえって情が移るとの珠晶の指摘がせつない。


「もしも、頑丘があそこまでたおりつけるのなら、ここで別れてあげてもいい、と言ってるのよ。
ーどうなの?」

頑丘一人だけなら逃げ込める安全な場所があった。
珠晶がいるために、頑丘はそこに行くことができない。
言わなかった頑丘もどうしようもないが、そこでじゃあここで離れてあげると言い切る珠晶の強さが好もしい。
朱厭狩りの時と違って、この時の珠晶の強さは、彼女らしい現実味がある。


「少しも同じことじゃないわ。
あたしが駮なら、もちろん頑丘を繋いで駮と逃げたわよ。
でも、あいにくあたしは人間なの」

初めて読んだ時、もしかして誤植?と思った(笑)。
絶体絶命の危機の中でもこんなこと言うのか、この子は・・・。


手綱を取った人影には、緑の影が落ちて顔立ちが定かでなかった。
「・・・・・・ひと・・・・・・?」
珠晶はつぶやく。
黄朱の民だろうか。
そう思ったのは、その、男にしては細く女にしては固い姿の、目の前の惨状を畏れる様子さえないひどく静かな様子のせいだった。

珠晶と頑丘は犬狼真君と出会う。
読む順番が違ったために、私はこの時、まだ犬狼真君の正体を知らず、ホワイトハート文庫のイラストと共に絶賛した(神ではない、人である、というのが良いではないか!)記憶がある。
後にアニメで石田彰さんの声で聞いて、さらに絶賛、アニメの声優さんはみんなよく声がキャラに合っていた。
「男にしては細く女にしては固い姿の」の部分に句読点を入れない、私はこんな小野先生の文章の流れ方がとても好きだ。


「それを自分が、正しく果たせると?」
珠晶は叫ぶ。
「そんなこと、あたしにできるはず、ないじゃない!」

ここではあえて句読点を多く入れて、珠晶の絶叫を強調する。
最初に読んだ時、不覚にもここで涙がボロボロこぼれた。
自分に自信のある、王たることを疑わない少女だと思っていた。
だから全てができて当然と思っていた・・・。


「それで王になろうと思ったのか?」
頑丘が問うと、珠晶は首を振る。
「違うわ。誰かに王になって欲しかったのよ。
いくらなんでも、十二の子供が王さまになれるわけないでしょ。
そんなことがあったら、笑っちゃうわよ、あたし」

前回の珠晶の絶叫の後ではおまけにしかならないが、珠晶が頑丘と犬狼真君を前に打ち明ける本音は胸を打つ。
世界が違うとはいえ、自分が十二の時を振り返って、自分のまわり以外の事象に目を向けていただろうか。
自分のことしか考えていなかったのではないか。
十代で「十二国記」に出会えた人は幸せだと思う。
重くもあるが、「きっかけ」にはなる作品だと思う。


「あたしは珠晶。あっちが頑丘よ。
でも、駮にはまだ名前がないの。
あたしがつけていいんですって。
あなたの名前をつけたら気を悪くする?」
彼は軽く笑った。
風が吹いて、頭髪が青みを帯びた黒に靡いた。
「ー更夜」

当時「東の海神 西の滄海」を読んでいなかった私には、この名前はただの名前でしかなかった、それが悔しい。
順番に読んでさえいれば、犬狼真君の正体にずっと早く気づいていただろうし、更夜のその後に大きな感動を感じていただろうに・・・。
手当たり次第に読んでいたので、「魔性の子」を最後に、その前が「東の海神 西の滄海」だった・・・。


「ーだったら、あたしが生まれたときに、どうして来ないの、大馬鹿者っ!」
その麒麟は、あっけに取られたように珠晶を見上げた。

涙なくして読めない珠晶最後の名台詞。
この後のドタバタぶりが読みたいところだが、珠晶次の登場は王になってすでに90年が経過している頃。
奏国の助けがあった事は確実だろうが、それでもあの調子で迷いなく突き進んで来たに違いない。
同時に供麒の苦労もしのばれる(笑)。

アニメでは山崎和佳奈さんが珠晶を演じ、その愛らしさと憎たらしさを見事に表現していた。
「図南の翼」もアニメで見たい。



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