桓魋(風の万里 黎明の空) 慶国で浩瀚や柴望に仕えていた元麦州州師将軍。 和州で乱を起こすべく準備を整えていたが、追われていた祥瓊を助けたことがきっかけで虎嘯や陽子と関わりを持つことになる。半獣。 「―おい」 追っ手かと身を竦めて見上げた祥瓊に差し出される手がある。やや低くなった隔壁の歩墻の上から手を伸べている男がいた。 「こっちだ。手を貸せ」 桓魋初登場シーン。 尚隆ほど劇的ではないものの、その姿はやはり美女を助ける白馬の王子様? 尚隆に続いて「これはかっこいい」と胸をときめかせた人物(笑)。 「それとも和州に火が点けば気づくかな。―どう思う?」 「・・・・・・分からない」 この男は祥瓊を助けてくれた。兵に追われた娘を庇って当の兵と一戦交えてしまえば、この男も同様に追われる。―なぜそこまでしてくれる。 初めから追われているのだ。そうでなければ追われる気がある。つまりは、この男は和州州候に叛旗を揚げる心づもりがあるのだ。 この部分は祥瓊の推理の形で語られているが、その通り和州では桓魋が、そして拓峰では虎嘯が叛乱の狼煙を上げようとしていた。 桓魋が祥瓊を助けたのはいわばその準備期間。 祥瓊を助けたことで祥瓊と鈴が出会い、虎嘯と桓魋、そして陽子が合流して乱を成功に導くこととなる。 桓魋は働くわけでもなく、出掛けるわけでもない者の筆頭だった。 「ひょっとして、私を助けたせいで出掛けられないの?」 祥瓊はある日訊いたが、桓魋はこれにやんわり首を振った。 「そういうわけじゃない。俺はもともとぐうたらな性分なんだ」 こうして読んでいると、実際に乱が始まるまでは桓魋は何もせずに喋っているか鍋を洗っているか(笑)の暢気な生活。 「よほどの家に生まれて、使用人がいて身の周りのことを自分でする必要がなくて、独立してからもなお誰かが面倒を見てくれるほど豊か」と祥瓊に見抜かれるが、有能な軍人であることはともかく、実際にぐうたらなのかも。 祥瓊の眼力も凄いが、祥瓊自身公主として同様の生活を送っていたはず。 この眼力を身につけたのは公主となる以前か、その地位を追われて後か、とても気になる。 それにしても桓魋のこの性格、祥瓊でなくてもいろいろ世話を焼きたくなってくる(笑)。 「―ただ誰も雇われたわけじゃない。柴望さまはその方に恩義があり、俺はその方にも柴望さまにも恩義がある。和州をどうにかしなきゃならん、と考えることは同じだ。確かに、俺は柴望さまを通じて金を受け取っているが、軍資金を預けられているだけだな」 見た目の暢気さとは裏腹に謎に満ちた桓魋の正体。 会話を通じてヒントが少しずつ出されていくが、後で驚いたこと。 大漢和辞典によると、桓魋の「桓」は「たけしい、大きい、いかめしい」の意味を持ち、「魋」は「赤熊、神獣」の意味を持つ、つまり「桓魋=赤い大熊」、半獣を自ら名乗ってることがバレバレで爆笑してしまった。 「あんたが、鈴か?」 「ええ。―あなたは・・・・・・」 男はやんわりと笑む。 「俺は桓魋という。祥瓊の仲間だと言えば分かるか?」 楽俊はほたほたと歩き、桓魋はやんわりと笑む。 「十二国記」の登場人物は皆魅力的だけど、特にこの2人の半獣はいい。 ゲームで桓魋のいる街では木に大きな獣が爪で引っかいた跡なんてあったけど、そういうこと本当にするんだろうか、見てみたい気もする。 「―で、どうなさいます」 柴望は少し考え、桓魋を見返した。 「明郭はわたしが預かろう。お前は拓峰に行きたいだろう」 桓魋は苦笑した。 「ばれましたか」 祥瓊が感じたとおり、桓魋と仲間たちにはどこか統制された感じがある。 国がどんなに荒れても、こうして国を救おうとする者たちは必ずいる。 気づけるか気づけないか、出会えるか出会えないか、陽子は民の世界に降りたことで会えた。 けれど桓魋、身を潜めて生きてきただけに暴れたくてたまらないらしい。 柴望にしっかり見抜かれているのが微笑ましくていい。 「悪いが、三日、州師を拓峰に引きつけてもらわねばならん。三日あれば、明郭に変事ありと聞きつけた州師が強行軍で取って返しても、すでに決着がついているだろう」 虎嘯は天井を仰いで大きく息を吐く。 「上には上があるな。呀峰を狙う奴らがいたとはなあ」 確かにスケールという点では桓魋たちの方が上だが、ゼロの状態から立ち上がった虎嘯たちにはそれ以上の凄みがある。 夕暉という軍師はいるものの、荒削りだった虎嘯軍と、戦闘のプロの桓魋軍が合流して、今大きなうねりになろうとしている。 これまで陽子、祥瓊、鈴や麒麟など文章を拾い上げて語ってきたが、彼らに比べて桓魋、虎嘯、尚隆たちは内面の凄まじいまでの葛藤や苦悩の描写が少ない。 もちろん彼らに何もなかったとは言わないが、こうして拾い読みしてても陽子たちに比べて客観的でさっぱりしている。 通して読んでた時には気づかなかったけど。 小野先生はこうした男たちはむしろ行動を描く。 ある意味男性陣は陽子たちの引き立て役にさえ思えてくる。 これってちょっとおもしろいと思った。 小野先生が女性だからだろうか。 さらに「十二国記」に恋愛の雰囲気が希薄なのはそのせいもあるのだろうか。 「やはりいらっしゃるんですか」 目の前の男に桓魋は苦笑する。 「―ああ言われたら、出ないわけにはいかないだろう。たとえ誰に誉められても、虎嘯に腑抜けと蔑まれたんじゃ我慢がならないからな」 って言うよりやっぱり暴れたいんだろうな、桓魋(笑)。 私は桓魋が実際に変化するまで半獣だなんて思いもしなくて、本当に驚いたのだけど、やっぱり変化する獣に似た性格になるのだろうか。 「妙なやつだな。―それだけ剣に慣れていて、そんな甘いことを言うのか」 桓魋の声は笑うふうだった。 「―さっき誰かと話していなかったか」 陽子の正体に薄々気づいているような桓魋。 けれどさすがに王だとまでは気づけなかったか。 アニメでのおでこについた土には感動を超えて爆笑してしまったけど。 ―あれは。 桓魋の姿が溶けたように見えた。一瞬ののちにそれは膨れ上がり始める。溶けた姿が膨らんで新たな形を作る。―そのように見えた。 歩墻からも前方からもどよめきが起こる。 桓魋は―桓魋だった、いまや別種の姿の者は―両手を突いた。正確には、前足を。 遂に半獣桓魋がもうひとつの姿を現す。 けれどこれだけ盛大に見せといて、その後どうしたんだろうか。 正々堂々と半獣を名乗って仕えたんだろうか。 また、この後人間に戻ってるけど、服とかどうしてたんだろうか。 桓魋の「仲間」には常に着替えを持って待機している係がいるような気がする(笑)。 「そんな保障がどこにある!王が靖共と癒着してるかもしれないじゃないか!」 「―ありえないわ」 祥瓊と鈴は声を揃えて、互いに小さく笑う。くすり、と桓魋が笑いを漏した。 「王を知っているような口振りだな」 桓魋は陽子が何者だと推測していたのだろうか。 さすがに王とは思ってなかったようだが、他に陽子のような人物を派遣できる存在を思い巡らしていたのだろうか。 陽子の正体がわかった時、やっぱり・・・、みたいな反応でもおもしろかったかも。 「桓魋―お前、麦州の者か・・・・・・」 「私はもと麦州州師将軍、青辛と申します。これらは同じく麦州師の師帥でございました」 桓魋が振り返った二人は、深々と叩頭する。 気のいいくまさんから勇猛果敢な将軍へと戻る。 また桓魋に仕える部下たちもその正体を現す。 「代わって、禁軍左軍将軍に、もと麦州師左軍将軍の青辛を据える。―桓魋」 は、と官服の将軍は深く頭を下げた。 陽子が王として出会い、集めた家臣。 これで慶はもう大丈夫だ、と考えた私はまだまだ甘かった。 けれどこの戦いで陽子が得たものは大きい。 桓魋、浩瀚、柴望、松伯、揺るぎない絆が陽子の周りにできていく。 この場面はどうしても陽子の陰に隠れてしまう桓魋だが、アニメで見ることができたのは嬉しかった。 「十二国記を語る部屋」に戻る ホー ムに戻る |