景麒(月の影 影の海)

慶国の麒麟。
陽子を見つけ、慶国に連れ帰ろうとするが・・・。

「・・・・・・見つけた」
声と一緒に微かに海の匂いがした。

景麒初登場シーン。
二十代後半、裾の長い着物に似た服、能面のような顔、膝裏に届くほど長く伸ばし た薄い金色の髪。
「言葉の足りない」性格がすでに見られる。
本人は陽子を王と認めて満足しているが、急に王に祀り上げられた陽子の方こそいい 迷惑だったろう。

「命が惜しくないのですか。
ー許す、とおっしゃい」

危機迫る場面とはいえ、仮にも王に向かって僕が発する言葉ではないような。(笑)
それにつられて「許す」という陽子も陽子だが。
この2人、本当にうまくかみ合わないのだが、そこがまた慶国の魅力のひとつにも なっている。

「私としてもこんな主人は願い下げだが、これ ばかりは私の意のままにならない。
主人を見捨てることは許されない。」

後になって景麒はこの時、陽子に失道した予王舒覚と同じ雰囲気を感じたと告白して いる。
たしかに、これまでの陽子は王たるにふさわしい人物とはとても思えな い。

「・・・麒麟」
これが、麒麟なのか。
雌黄の毛並みの一角獣。
鹿の類ならではのほっそりした脚には鉄の鎖が巻かれていた。
麒麟は深い色の眼で陽子を見る。

私は麒麟のイメージとして、なぜか白馬ペガサスを想像していた。
実際に原作やアニメで見た麒麟はもっと丸っこい顔をしていて愛嬌があった。(笑)
もちろんキリンビールの絵とも違う、独特の雰囲気がある。
私は黒麒泰麒が一番好きかも(見た目)。


「ありがたい」
声は懐かしい音をしていた。
「・・・景麒?」
麒麟はわずかに眼を細めて陽子を見あげる。
「いかにも。
ご苦労をおかけしたようで申しわけございません」
陽子は微笑う。
少しも悪びれない口調がただ懐かしかった。


ここではただおかしくて嬉しくて、涙にじませながら読んだけど、景麒のこの性格、後々になっても陽子にとって枷となる。
互いをわかりあえず、苦しみながら成長していく2人の姿が描かれるのは、「月の影−」以降。


「ぶじだったんだ」
「無論」
麒麟はうなずいてみせる。
そのほんとうに悪びれない声がおかしかった。
「角を封じられると、使令も封じられる?」
麒麟が気まずそうに小さく唸った。


結局陽子のおかげで助かった景麒。
鈴の例を見ても、やはり選ばれた者は違う。
「図南の翼」の翼でも感じたが、やはり並のものではここまでできないのだろう。
行き倒れても楽俊に出会い、救われ、尚隆に出会う。
実は陽子をこの運命に巻き込んだだけで、ほとんど出番のなかった景麒。
しかし、冗祐をつけたこと、最後の陽子との会話によって確固たる印象を読み手に与える。


麒麟は陽子を見つめて二、三度瞬きをする。
「ずいぶんとお変わりになった」
「うん。景麒にもお礼を。
賓満をありがとう。
ジョウユウにはほんとうに助けてもらった。
お礼も言いたいし、聞きたいこともあるから」


冗祐を使令にしていたのは景麒の先見の明?
陽子の試練を予測していたかのような・・・。


「人の形にはならないの?」
裸で御前にはまかりかねる」
その憮然とした声がおかしくて、陽子は小さく笑った。


では景麒は1人で出かけるときは、背中に衣服をくくりつけているのか?
爆笑・・・。


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景麒(風の海 迷宮の岸)

陽子に出会う前、予王舒覚に仕えていた頃の景麒。
気弱で繊細な娘であった舒覚は、王であることに怯え、景麒を疎み、恐れる。


泰麒はしばらく、無表情に会釈をする景麒を見上げた。
なんだか冷たそうなひとだけれど、麒麟に会えたのは嬉しい。

泰麒と景麒の出会い。
「風の海 迷宮の岸」が「十二国記」との出会いだった私には、この場面が景麒との出会い。
正直言って景麒の印象はあまり良いものではない。
不器用な性格とか子供が苦手という以前に、ただこうして連れてこられたことが疎ましいだけという冷たいだけの性格に感じたから。
ただそれでいて景麒が苦手にならなかったのは、周り(玉葉や女仙)の態度による。
この時点で景麒がここで女仙たちに育てられたことは知らなかったが、周りが景麒に対して「仕様のない子、困った人」くらいの認識しか持っていないことを感じた。
景麒が本当に冷たい麒麟なら、周りの反応も違っていただろうし、そもそも玉葉が連れて来なかったろう。
ここから、今の景麒の態度が後の感動を呼ぶための小野先生の手法であることがわかる。


玉葉は軽く笑ってから、ふと笑みを失う。
「・・・・・・景女王は、少しばかり思い詰める性質のお方。
景台輔があれでは、かえって景王を思い詰めてしまわれよう。
泰麒の柔らかな気質を少しでも見習ってくれるとよいのじゃが・・・・・・」

景麒は実は麒麟として幼い。
自分の王を選びながら、その王に疎まれるのは景麒の性格のせい。
景麒が望んでもどうにもならないことではあるが、天が景麒を生み出し、その王に舒覚や初期の陽子を据えることの矛盾を感じる。
何度王を選んでも、王と麒麟の相性が合わなければ、その国は立ち行かず、結局苦しむのはその国の民。
この矛盾に、後に陽子や李斎が疑問を抱くことになるが、この疑問に「風の海 迷宮の岸」で景麒が答えている。
答えが疑問より先に生じる珍しい例。


景麒は泰麒を見た。
「手を上げるのに、やり方を聞きますか?
歩く方法を習いますか?」

景麒の面目躍如といった名?台詞。
他にも泰麒とのやり取りの中で

「ええと・・・・・・景台輔はどちらにお住まいですか?」
「慶です
「慶国はどういうところなんですか?」
景麒は気のない声で答える。
「東の国です」

「ぼくは普通のキリンとはちがうらしいんですけど、それでもわかりますか?
普通のキリンとは選び方がちがうということはないんでしょうか」
「わたしは黒麒麟を存じあげないので、わかりません」

などの会話に景麒の性格が見えてくる。
子供が苦手でどう扱ったらいいのかわからないというようにはとても見えない。
泰麒が自分を邪魔者と思ってしまっても無理はないと言える。
これが景麒の普通の姿とは言え、こういった時の泰麒の戸惑いは経験あるだけに共感、同情してしまう。


鬱々とした気分で奇岩の間の小道をたどり、出会う女仙ごとに小言やら皮肉やらを言われながら麝香苴が咲いた広場に出た。

見ている方、読んでいる方は景麒をひどいと感じるが、景麒自身は泰麒をいじめているつもりがないのが複雑なところ。
この時、景麒には泰麒の通った後、麒麟の気配が見えているはずなのにわざわざ女仙に聞き、小言を言われる景麒、哀れではある(笑)。



違和感の元はほかにもある。
景麒は子供に慣れていないのだ。
小さな身体も細い手足も、別の生き物のようで馴染めない。
特にいまのように肩を落として丸くなっていると、なにやら胸の中がさわさわとして、落ち着かない気分にさせられた。


子供は愛しい、笑いかけられたら笑い返してあげたいと思うのは女性の感覚だろうか。
景麒は今、馴染みのない存在への接し方、相手の心を思いやる優しさ、目に見える優しさを学ぼうとしている。
これは景麒の性格もそうだけど、これまで泰麒のような存在に出会ったことがないのも影響しているのだろう。



景麒はようやく泰麒が十年暮らした場所を離れてきたことに思い至った。
景麒ですら、蓬山をはなれるのはなにやらせつない気がした。
景麒よりも小さな―これほど簡単に泣いたり落胆したりできる生き物なら、もっとせつなかったのではないかと、そう思われた。


景麒の頑なだった性格が少しずつ綻びていく。
泰麒が寂しいのだと理解し、その悲しみを思いやる。
泰麒は高里要として私たちの世界に生きていた頃、この世界に馴染めず、いつも悲しんだり苦しんだりしていた。
陽子も胎果であるせいかいつも疎外感を感じていたし、延麒六太は賢しい子として疎まれていた。
尚隆はどうだったのかはわからないが、泰麒の孤独が麒麟ゆえならば、それは小さな麒麟にとって本当に可哀そうなことだと思う。



泰麒は静かに泣き始めた。
膝を抱いて、顔をうずめる。
景麒はすっかりうろたえてしまった。
やはりこれも、自分が泣かせたことになるのだろうか。


泰麒は景麒の優しさに触れて自分の悲しみを露にしているのだけれど、景麒はとにかく泰麒の涙に振り回され、自分のせいだろうかと慌てふためく。
泰麒の方にそっと手を置いてみたり抱き寄せてみたり、これまでの景麒には考えられないような行動に出る(笑)。
素直な泰麒が愛しくて、今の景麒が愛しくて、何度読んでも涙が出る。



景麒は泰麒の手を軽く叩いて手を放すと、部屋の中央でわずかに顔を上向けて目を閉じた。

景麒の転変の模様もとても綺麗な描写で素敵なのだけれど、きっとごく自然な動作で泰麒の手を引いたと思われる景麒が好き。
愛しいと思ったから手を取った、慰めてやりたいと思ったから手を引いた。
泰麒も景麒を無条件で慕っているから、景麒のそんな変化にも違和感を持たない。
おそらく夕暮れの、麝香苴の中、金と漆黒の鬣の2人の麒麟が歩む風景、これこはずっと夢見ていた風景。
この後、景麒は泰麒に、泰麒が転変を覚えれば蓬莱に帰れることを告げるが、泰麒は転変して帰る必要がなかった。
己の角を抉られる瞬間、泰麒は蝕を起こし、飛ばされることとなる。



「妖魔は天の摂理から外れたもの。
これを天の摂理に組み込み、二度と外れぬように縛る。
それを受け入れたものが使令になる。」

―(中略)―

「天帝はこの世を創られた。
人々に幸いなれと、この世の摂理を定められたのです。
しかし、ならばなぜ人が死ぬか、病むか。
なぜに人を襲う妖魔があり、災厄があるか。
―天に深い御思慮があってのことか、それとも天の御思慮を超えたことか。
いずれにしても、それは天帝が『善かれ』と思われたことの妨げにならない」


後に出た「黄昏の岸 暁の天」で、李斎が天に叫ぶ。 「天帝は王に、仁道をもって国を治めよと言われたのではないのですか。それが天網の第一だったはず。
にも拘らず、その王の上におわすかたがたが、仁道を踏みにじるとおっしゃるのですか。
かくも容易く民を見捨て、仁道を踏みにじる方々が、これまで道を失った王を裁いてきたのか!!」

同様の疑問を陽子も持つが、景麒はそれすらも「それは天帝が『善かれ』と思われたことの妨げにならない」と言い切る。
これは景麒が麒麟である故の迷いのない言葉なのかもしれないが、同時に景麒は
「生に対して死があるように、天のおかれた摂理にも、どうやら相反する摂理があるらしいことは想像できる」と言う。
景麒の言葉からは、王を選び、麒麟を産み出す正の摂理と、王が王であり続けることができず、民が苦しむ負の摂理があることが理解できる。
ところが景麒は「妖魔は摂理の外の生き物」と言う泰麒の言葉を肯定する。

この部分の景麒の言葉は曖昧で判然としないが、景麒が麒麟として天の行うことを無条件で受け入れていることがわかる。
私はむしろ、なぜ李斎や陽子が天帝に完璧さを求めるのか、その方が不思議だった。
少なくとも、この十二の国の世界に妖魔が存在する限り、天は完璧ではないことを李斎も理解していたら、これほどまでに苦しまなくてすんだのではないかと思う。



泰麒は小さな手で景麒の裾を握る。
「本当にそんな機会があるでしょうか」
景麒は微笑った。
言外に、会いたいと言ってくれるのが嬉しかった。


これまで景麒に会いたがる人なんていなかったのだろうな。
寂しいと意識していなくても寂しかったのかもしれない。
玉葉や女仙がいても自然に微笑う景麒、景麒も泰麒に素直に心を開く。
しかし、ここで景麒が得た相手を思いやる心こそが予王を滅ぼし、陽子を招くことになる。
「微笑う」「微笑った」、この表現が初めて読んだ時から好きだった。
明るく笑う、静かに微笑う、繊細な心理描写が素晴らしい。



―女仙はもちろん、玉葉でさえ予想はできなかった。
景麒が示す不器用な優しさこそが、景王舒覚に道を踏み外させることを。


なぜ舒覚が王として選ばれたのだろうか。
王が務まらない人はたくさんいるだろう。
しかし、努めようと努力する強さを持つことが王としての最低限の素質であるような気がするが、舒覚にはそれすらない。
ごくごく普通なだけの情の深い女性で、景麒に気が狂ったように想いを寄せる。
最後は景麒を守るために自ら死を選ぶ。
この悲劇は玉葉と泰麒によって(もちろん彼らに罪はないけど)もたらされた。
同時に景麒の言葉が泰麒を追いつめ、偽王を選んだと苦しませることにもなる。



深く面伏せた子供を、景麒は怪訝な思いで見る。
この変わりようはどうだろう。
わざわざ驍宗が使いをよこした理由がわかった気がした。


景麒はもう泰麒の様子からその心を測る術を身につけている。
以前の景麒なら、泰麒が笑っていようがしょげていようが気にも留めていなかっただろう。



「残念です」
泰麒は訝しんで景麒を見返した。
景麒は皮肉めいたとも自嘲めいたともつかぬ笑みを浮かべる。
「私はお約束どおり泰麒をお尋ねした。
もっと喜んでいただけると思っていた」


なんて素直に景麒は自分の心のうちを吐露したのだろう。
気を許せぬ者にはとことん冷たく感じられるけれど、一度心を開くとこれほど正直に恨み言を言える、なんて愛しい麒麟だろうと思った。
後に陽子を心配してくどくど小言を並べる景麒を微笑ましく思うことになるが、ここでは相手は10歳の子供。
「本当にいい子だね。」って「景麒」の頭をなでてあげたくなってしまった。
もちろん角の部分は上手に避けて(笑)。



「私は御前を離れず、詔命に背かぬと制約をしました。
たとえ王がどこへ向かわれようと、ついてくるなと命じられぬかぎり、お供をする所存です」


景麒にとって最初の王は舒覚。
麒麟にとって王がこれほど全身全霊を持って仕える対象であるならば、やはり景麒にとって陽子より舒覚を恋しく思うのではないかと思っていた。
最初に舒覚と同様の危険性を感じ、やがて自ら王足りえようとする陽子に喜びを感じる景麒。

後に景麒が氾麟梨雪の蠱蛻衫で見た面影は陽子だったと思いたい。



景麒は口を開きかけ、結局閉ざした。
膝を掴んだ小さな手を軽く叩き、そうして立ち上がる。
四阿の床に座って見上げてくる泰麒に一礼をした。
「私は何も申し上げますまい。
 ・・・・・・今日のところは、お暇申しあげます」


ここは無条件に受け入れることのできない部分。
景麒はなぜこの場で泰麒は正しい王を選んだことを伝えなかったのか。
泰麒が誓約できたなら、驍宗は間違いなく王だ、そう伝えるだけでいい。
わざわざ泰麒の苦しみを長引かせ、雁国主従を連れてきた意味が、未だにわからない。
尚隆と延麒六太が出てきたことで、確かに感動は盛り上がったけど、他の部分では一度も感じたことのない居心地の悪さが残る。



「―(中略)―王のそばにいることが嬉しくない麒麟はいないし、王と別れることが辛くない麒麟もいない。
王と麒麟は離れてはならないものなのですから」
「はい・・・・・・」
「麒麟は天意の器にすぎません。
かえして言えば、麒麟に意思などありはしない。
ただ天の意思が、通り抜けていくだけ」


景麒と六太が比較的「麒麟」を語るが、二人の語りは少し違う。
六太は比較的一般的な話をするが、景麒の場合は、一般的な話をしても、自分自身のことだけを語っているように聞こえる。
他の麒麟と表面的性格が異なる部分があるせいだろうか。

それでもこの時景麒の声はとても静かで、泰麒の心に染み渡っていく。
それにしても景麒、あなたにもう少し言葉があれば、泰麒はここまで苦しまなくてすんだ。

泰麒が蘇った嬉しさと、動じることなく泰麒を見守った驍宗の度量と、笑顔を取り戻した泰麒と。
感動が大きければ大きいほど「それにしても景麒・・・」とため息をつきたくなる(笑)。



微笑ってそれを見守っていた泰麒の手を、景麒が揺らした。
「お庭をご案内いただけようか。
先日は拝見できないままだった」


幼いけれど、こぼれるような笑みを持つ泰麒を皆が愛しく思う。
誰もがごくごく自然に泰麒の手を取るけれど、泰麒の性格、いつからこうなったんだろう。
こちらの世界にいる時の泰麒は、そんな風にはとても見えなかった。

でも今泰麒の手を自然に取り、揺らす景麒。
どうして陽子との出会いでもこんな風に接してくれなかったの?(笑)。



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景麒(風の万里 黎明の空)

やっと慶国に新しい王が誕生した。
しかし陽子は王の地位になかなか馴染めず、景麒とも衝突を繰り返す。


軽く陽子が笑ったとき、ちょうど宰輔が入ってきた。
こちらはもう礼装を平服に改めていた。
陽子は笑んで彼を振り返る。
「―景麒、延王がおいでくださった」

初めて読んだ時、この後慶があれほど荒れると言うか、景麒と陽子の間があれほどぎくしゃくするとは想像できなかった。
「月の影 影の海」の終わり方があまりに素敵で、これで慶国主従の心は完全に結ばれたと信じてたから(笑)。
この後問題はいろいろ起こるだろうけど、2人で力を合わせて乗り越えるだろうと。
ところが実際は景麒こそが陽子の最大の障害として立ちはだかる。
あからさまな敵ではないだけに、陽子の葛藤が身につまされる。


うーん、と六太は膝の上に頬杖をついた。
「景麒が出てこないのは、おれたちが苦手だってこともあるんだろうけどさ。
おれも尚隆もこんなだからな、超堅物の景麒はつきあいにくいんだろう。
・・・・・・けどそれ以前に、どうも景麒と陽子ってのは危なっかしいんだよな」

六太だったらまあ大概の王とはうまくやれるだろうな、景麒だったら大概の王とはなかなかうまくやれないだろうな、と思わせる部分。
まさに天帝の気まぐれみたいに王と麒麟の組み合わせが決められるような気がした。
尚隆と六太にも最初の頃はいろいろあったのだが、「東の海神 西の滄海」を読んだのはかなり後のことだった。


景麒は僅かに眉を顰める。
「任せたのですか」
「いけなかったか?」
「陽子の問いに、景麒は無言で憮然とした表情を作った。

「麒麟が仁」であることが信じられない雰囲気。
というか肝心の王にだけ仁が向いていないような気が・・・。


ー景麒は気に入らないのだ。
陽子は払暁の雲海を見やって、軽く笑った。
「初勅で溜息を禁じようか」
「主上ー」
「お前も溜息をつくのに飽きただろうけど、私もそれを聞くのに飽きてるんだ」

笑う部分じゃないのに爆笑してしまった部分。
ここまではかなり切実に読んでいたのだが。
以前アンケートで景麒に「感情の読みにくい彼、体験したその時々の心情をエッセイにしたためていただけたら・・・ 」ってコメント頂いたのを思い出してさらに笑ってしまった・・・。


「―班渠」
景麒は己の指令を呼ぶ。 はい、と足元に落ちた影の中から答えがあった。
「主上におつきして、お守りせよ。
決して危険のないように。
―あの方は慶にとってかけがえのない方なのだから」

それでも景麒は不器用なだけで王に対する想いはちゃんとある。
たまにしか見せないだけに、見せた時の感動も凄まじい。
もう少し陽子自身に見せて欲しいのだが・・・。


「陽子は真面目だからなあ。
おまけにあそこには輪をかけて真面目な堅物がいるし。
ちから抜いて気楽にやれ、なんて言ってもできそうな連中じゃないしな」
楽俊は頷いて、箸を手に取り直したが、どうにも手が止まる。
「ちょっくら、様子を見に行ってみようかなあ・・・・・・」

過保護な楽俊と現実的な六太の間で交わされた慶国主従に関する会話。
心配して様子を見に行こうとする楽俊を六太は止める。
確かに楽俊が陽子のそばにいたら、うまくおさめてくれるかもしれないけれど、この問題だけは陽子と景麒が自分たちの力で乗り越えなければならないこと。
これからの長い年月国を治めていくために大切なことを、これから陽子と景麒は学んでいくことになる。


「下僕、だなんてすごいわねえ」
陽子は慌てて手を振る。
「と、とんでもない。そんなんじゃない」
「あら、照れちゃって。わりと素敵な人だったわよ?身なりも立派だったし」
「違うって。―なんてことを言うんだ、あいつは」
「あいつ?本当に親密なのねえ」

間違ってはいない、間違ってはいないが景麒のこの一般常識のなさがすごい(笑)。
「十二国記」のおもしろいところは、魅力的な女性やと少女、男性や少年がたくさん登場するのに、恋愛要素が希薄な部分。
恋愛要素を加えて欲しいと思う隙もないほどさっぱりしていていっそ清々しい。


王宮には戻りたくないと泣く彼女に請い願って連れ戻すたび、景麒は彼女の命運が尽きてゆくことを確認せざるを得なかった。
―玉座に就けるべきではなかった。
彼女のためにはよくなかった。
だが、天啓は彼女を示した。
彼女以外の誰も、景王でありえなかった。
「・・・・・・景麒?」
小さな声で呼ばれて、景麒は慌てて我に返る。

陽子との間にどんなに強い絆ができても、景麒と予王には、陽子の立ち入ることができない部分がある。
後に蠱蛻衫を被った氾麟に会った時、景麒に見えたのは誰の面影だったのか、考えるとちょっと切ない。


陽子は小さく溜息を落とした。
「景麒は麒麟とは思えないぐらい厭味だな」
「主がとにかく頑固ですから、これくらいでいいんです」
くつくつと陽子は笑って立ち上がった。

時には景麒もこんな軽口をたたく。
ぎこちなく、少しずつ、けれど2人の気持ちは少しずつ近づいている。
ただその歩みがあまりにも遅いために、今回は大きな犠牲が生まれてしまう。


「桂桂―!」
「動かしてはいけません」
振り返ると、露骨に顔を顰めた景麒の姿がある。
「まだ息がある。―驃騎、この子を金波宮へ」
「間に合わないやも」
低い答えがあったが、景麒はそれに、分かっていると頷いてみせる。
「いざとなれば私が運ぶ。―とにかく連れて先に行け」

「露骨に顔を顰め」ながらも、景麒は来れないはずの場所に駆けつける。
滅多に表に見せない景麒の優しさが桂桂を救う。


景麒が転変し、桂桂を王宮に連れ戻った。
まだ息はあるが、瘍医の話によれば、果たして助かるかどうか分からないという。
「台輔も御不調で」
驃騎の声に、陽子は頷く。

さりげない描写だが、景麒が実際に桂桂を乗せて飛んだことの意味。
後に陽子に仕えることになる桂桂は、全てを知った時どのように思ったのだろうか。
残念ながら物語の中にその描写はない。
ただ桂桂が姉の死以前と同様、明るく元気な働き者であることを知るだけである。


「景麒にできないことが、わたしにできると思うか?」
昇絋を更迭せよ、それができないなら、瑛州師を動かしてくれ、と陽子は景麒に頼んだ。
―だが、それは実現しなかったのだ。
官は昇絋を更迭する理由を知りたがる。
班渠に預けた、玉璽ある書状も役には立たなかった。
せめて瑛州師を貸してほしいと願えば、肝心の瑛州師が出陣を拒む。

物語は陽子の立場で語られるが、景麒も針の莚に座らせられた気分だったろう。
それでも王のために尽くす景麒。
もう少し景麒の側の描写が欲しかったかも。
景麒に限らず「十二国記」の登場人物は女性の方が実在感が伴うというか、感情移入しやすいように思えるのは、私が女性だからだろうか。


歩墻に舞い降りてくるものがある。
空行師でもなければ、妖魔でも騎獣でもなく、もちろん人でもない。
獣であることは確かだった。
鹿に似た体躯と雌黄の毛並み、金の鬣の意味が分からぬ者はこの国にはいない。
役所で、廟で社で。
あらゆる場所のどこかに、ひっそりと描かれた姿を必ず見たことがある。
「・・・・・・麒麟」

私たちは王と麒麟を中心にした物語を読んでいるので、王も麒麟もお馴染みさんだが(笑)、実際に十二の国に生きる者たちにとっては一生のうちあるかないかの大事。
しかも儀式でもなく、こんな形で王と麒麟を見ることになるとは。
ここで陽子と景麒は、単なる象徴としてだけではなく、この場にいる民の心を捉えたことだろう。


「主上―!」
宰輔の制止に、王に返答はそっけない。
「もう決めた」
「侮られたと、怒る者がおりましょう」
「それがどうした」
「―主上!」

どうしてもこの国の常識に囚われてしまう景麒。
騒乱も無事に終わった景麒にとっては一難去ってまた一難というところか(笑)。
この後陽子はシリーズ主役の形を取りながらも、一歩下がって李斎や月渓、丕緒らの視線の先に登場することが多くなる。


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