楽俊(月の影 影の海)

半獣。
いつもはネズミの姿が多いが、人間の子どもくらいの大きさはある。
人間の姿になると20歳前後の青年になる。
行き倒れていた陽子を救ったことから物語に関わっていく。

雨の中で緑の大きな葉を笠のようにかぶっていた。
透けるような緑を白く雨足が叩いて、その白い水滴がきれいだと思った。

楽俊初登場シーン。
子どもの背丈ほどもあるネズミの姿、きょとんとしたよう に陽子を見る。
ネズミより少しぽってりした体、ふかふかの毛皮、異形のものでありながら、持つ雰囲気は愛らしく、暖かい。

ネズミは何度か髭をそよがせて、それから二本足の ままほたほたと陽子のほうに近づいてきた。

「ふかふか」で「ほたほた」と歩く半獣楽俊。
なかなか警戒心を解くことのでき ない陽子に対し、あくまでも自然に接する。
陽子はまだ知らないが、楽俊もま た、この国では虐げられた者だった。


「じゃ、こちらは大地が平なんだ」
楽俊は椅子によじ登りながらきょとんと陽子を見た。
「地面が平らじゃなかった ら、みんな困るじゃないか。」
あきれたような声が少し笑えた。

他にも子どもの生まれ方など、時々かみ合わなくなる陽子と楽俊の会話。
かたく なだった陽子でさえ笑えてしまう。
この頃はどうしてもっとうちとけられない のかと、歯がゆい気持ちで読んでいた時期。


「・・・なるほど」
つぶやいた言葉には、我な がら冷たいものがひそんでいた。
それに気がついたのか、楽俊が陽子を見上げ て、それからしょげたように髭を落とした。

楽俊だって傷つくことはある。
むしろ繊細な神経の持ち主かもしれない。
陽 子の楽俊を信じきれない心がどこか哀しい。


自分の足元から城門の間までの間を再度見わたし、陽子は離れたところに倒れた獣を 見つけた。
灰茶の毛並みは血を吸って赤黒く変色している。
「楽俊・・・」

妖魔の襲撃を受け、意識を失った楽俊、葛藤の中で陽子は楽俊を置き去りにする。
目覚めた時の楽俊の気持ちは、後で陽子に語ったような簡単なものではなかったろ う。
それでも楽俊は陽子を恨まず、嫌わず、貶めない。


「・・・楽俊」
ネズミは人混みをかき分けて陽子のそばにやってきた。
  とまどうばかりの陽子の手を小さなピンク色の手がにぎる。
「よかった、ぶじについたんだな」
「・・・どうして」

「どうして」の陽子の言葉の意味は、「どうしてここにいるのか」ではなく、「どう して見捨てた私にまだ普通に接してくれるのか」だったろう。
恨み言もなく、どこまでも自然に陽子の手を握る楽俊、けっこう大胆。(笑)

ときに陽子、えぇと、郵便番号と市外局番ってのはなんだ?」

陽子と楽俊が出会ってから初めて笑える台詞。
アニメでは郵便番号の形態が変わったことまで突っ込んでいたな、さすがNHK(笑)。


「お手紙を下さったのは?」
楽俊が答える。
「おいら・・・いや、私です。
お時間をいただきましてありがとうございました」

半獣とはいえ、後で人間の姿を見せてくれるとは夢にも思っていなかったが、人間楽 俊の上品さにはびっくり。
とても「おいら」なんていうようには見えない。
もっと日焼けして、廉王のイメージがあったかも。


「ああ、そうか。ケイキがそう呼ばれてたんだ」
楽俊は真っ黒な目をぱちくりさせる。
「麒麟は王を選ぶ。
景麒が選んだのがおまえなら、景王はおまえだ。
麒麟はどんな者にも従わない。
麒麟に王と呼ばせることができるのは王だけだ」

事の重大さに気づく楽俊。

「遠路のことでお疲れとは存じますが、ここからならばまっすぐ関弓に向かわれるよ り も官に保護をお求めになる方が早い。
延王のご裁可があるまで宿にご逗留願わなければなりませんが、ご寛恕ください」
深々と頭を下げた姿が悲しかった。

この時の楽俊の寂しさは、きっと置き去りにされた時の比ではなかったのではなかっ たろう。
楽俊も陽子をすっかり好きになっていたはず。


楽俊はただうつむいている。 丸い背が、今は悲しい。

もうアニメで楽俊の声を聞いているが、意外にこのあたりの表現、アニメの声 では聞こえてこない。
たぶんもっと柔らかい声、喋り方を想像していたのだと思う。


「・・・おいらには三歩だ」

楽俊が半獣として登場したのは、このため?って思えるほどツボの台詞。
これが同じ半獣でも、桓タイみたいに熊だったらと思うとさらに笑える。
「・・・おいらには一歩半だ」


「いいけど」
楽俊はきまり悪そうに毛並みを両手でなでつける。
「おまえ、もうちょっと慎みを持ったほうがいいぞ」

陽子に思い切り抱きしめられて狼狽する楽俊。
普通ならここで淡い恋心が生まれてもいいような感じですが、全然その気配なし。
陽子が王だからということもあるが、やはり最初から小野先生の念頭になかった のだろうと思う。


「子供が入ってたら喰えないじゃないか」

たしかに十二国記の世界に比べたら、おなかの中から自分に良く似た子供が生まれる 感覚、生々しいかも。
でも私には、逆に絆が希薄な気もする。


「わたしは。・・・連れは」
もうすこし、と言いかけたところに衝立が動いた。
答えた声が低い。
陽子はぽかんとする。

楽俊はここまで特に印象のない場面が続く。
いざと言う時は頼りになるけど、尚隆や六太のような際立った個性がないせいだろう か。


「・・・楽俊・・・だよね」
「そうだ」
うなづいてから、彼は破顔する。


今までの楽俊とのもろもろの思い出が一気に蘇り、恥ずかしい陽子。(笑)
でも、楽俊の方は、抱きつかれた時以外は、特に意識している様子がなかった。
  感覚は人間のままだと思うのだが?おもしろい。

「なんとなく・・・。
おいらは塙王じゃねえかという気がしてます」
陽子は楽俊を見た。
難しい顔をした若者は一拍おかないと気のいいネズミにむすびつかない。


何となく人間になって喋り方も変わったような気がしていた。
「私は塙王じゃ−」みたいな感じ?
そんなわけないのだけど。
それから声帯の作りも変わって声も違うとか。
アニメでは変化がなかったが、原作では声が低くなったと書かれている。


「あのなぁ、陽子。
どっちを選んでいいかわからないときは、自分がやるべきほうを選んでおくんだ。
そういうときはどっちを選んでも必ずあとで後悔する。
同じ後悔するなら、少しでも軽いほうがいいだろ」


陽子の涙を拭う時、思わず?人間になってしまうが、ここだけは感動よりも爆笑だった。
別にそこまでして人間にならなくても・・・。
さらにアニメでは赤面。
何ていうか、いい人だ、楽俊。



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楽俊(風の万里 黎明の空)

陽子が慶王になった後、尚隆との関わりで柳を旅する途中、祥瓊と出会う 。

見ず知らずの他人と同じ卓で食事をすることさえ不愉快なのに、その相手がこれでは。
ー半獣。
半分、獣に生まれた人間。多くはないが、少なくもない。芳なら半獣はこんな上宿には泊まれなかったのに。少なくとも獣形のままでは、庭にも入ることはできない。

祥瓊の目に映った楽俊の姿。
陽子の目には「喋る大きなネズミ」のイメージしかなかったが、祥瓊は嫌悪を感じているかのようだ。
これがこの世界のほとんどの者が持つイメージなのだろうか、と寂しくなった。
実際は楽俊が出会う人たちが必ずしも差別するわけではないことを後で知ったが。
なのに楽俊はなぜわざわざ嫌な思いをしやすい半獣の姿でいるのだろうと思った。
たとえば桓魋は半獣であることを隠し通し、将軍にまで登りつめる。
結果的に桓魋にとっても周囲にとってもプラスとなった。
半獣であることの誇りを示したいわけでもなさそうだし、衣服代がかからないってこともあるにしろ、あまりに要領が悪い気がする。
これが楽俊の魅力でもあるわけだけど。

それに、と彼はさらに笑う。
「おいらはどうも、こういう巡り合わせに生れついているらしい」

祥瓊の嘘のために投獄されたのに、祥瓊に救いの手を差し伸べる楽俊。
この時は祥瓊はまだこの言葉の意味を理解していないが、読んでいるこちらは思わずくすっと笑ってしまう楽しさがある。

「あんたの親父さんが王になった。だからあんたは公主になった。それは確かにあんたのせいじゃねえよ。けどさ、王には王になった瞬間に責任が生まれるみたいにさ、公主にも責任が生まれるんだよ。否応なしに」

これまで月渓、沍姆、供王珠晶と鞭による制裁のような試練が続いていた祥瓊。
けれどその誰もが祥瓊に己の罪を気づかせることができなかった。
むしろ頑なな恨みに凝り固まるだけだった。
その祥瓊に飴を与えるのではなく、ただ言葉によって愚かさを、無知を、罪を悟らせる楽俊。
祥瓊は感情をむき出しにし、泣き叫ぶ、そして自分の何がいけなかったのかに気づく、やっと気づく。
もし楽俊に出会っていなかったら、祥瓊は驕りに滅びるただの悪役だったろう。
気負わず、貶めず、ただ淡々と語る楽俊がいい。

「・・・・・・今、気がついたけど、楽俊って暖かそう」
楽俊は笑う。
「いまはな。夏になるとバテるんだ、これが」
祥瓊もまた、軽く笑った。

心があったかいから毛皮ふかふかで、ほたほた歩くあったかい半獣に生まれたんだね、楽俊。

祥瓊は複雑な気分で楽俊を見る。
「私を雁に連れていっても、誰もご褒美をくれないと思うわ・・・・・・」
「そんなんじゃねえ。あんた、苦しそうに見えたんだ。牢の中で」
「私が?」
「苦しくて苦しくて辛抱できないって顔してた」
言って楽俊は目を細める。
「ーおいらが会ったころの景王もそうだった」

楽俊の目には、祥瓊は陽子と同じように苦しそうに見えた。
自分を憐れんで、周りを恨んでばかりいるように見えた祥瓊だったが、本当はそうではなかったのだと楽俊は読む者に気づかせてくれる。
自分が憎くて自分を恨んで自分を許せなくて、そんな祥瓊だったから楽俊は救いの手を差し伸べたのだろう。
どんな人間でもやり直せるチャンスはあるのだと楽俊は教えてくれる。
楽俊が祥瓊を救ったことで、祥瓊は後に陽子の片腕として王宮に入ることになる。
あんなに憎んだ慶王のために働く祥瓊の姿は後の楽俊の目にどう映っただろうか。
「十二国記」で語られていないのが残念でたまらないが、アニメで少しだけその後の2人を見ることができる。

「(景王は)私みたいに、愚かじゃないわね」
「あいつもそう言ってた。・・・・・・自分は愚かだ。それで王になってもいいんだろうか、って」
祥瓊はさらに笑った。
「・・・・・・私、似てるみたい」
「確かにな。ーけど祥瓊のほうが女らしい。なんかあいつ、どうもぶっきらぼうなとこがあるからなぁ」

「風の万里 黎明の空」では祥瓊を通して楽俊の魅力が語られる。
それにしても「祥瓊のほうが女らしい」って実は凄い口説き文句だよなあ。
楽俊がぬぼーっと言うからそんな気がしないけど(笑)。

ーありがとう。
楽俊が自分の懐からー旅券を与えてくれた人物から預かったものではなくーかなりの路銀を祥瓊にくれた。多くのものを与えられた。祥瓊を憎まずこんなところまで連れてきてくれた。感謝することなら数え上げればきりがない。

もし楽俊に出会っていなくても、祥瓊はいずれかの出会いの中で変わることができただろうか。
とてもそうは思えない。
楽俊が陽子を救い、祥瓊を救った。
この出会いがなければ虎嘯や桓魋の乱も成功していなかったかもしれない。

そう考えると、楽俊が天帝の使いのように思えてくる。
同時に陽子は天帝に愛されていたんだなあとも思えてくる。
そして誰の助けもなかった、変わるきっかけを与えられなかった予王舒覚が本当に哀れに思えてくる。

「ー楽俊に会えなかったら、きっと今もうらんでたと思うわ。だからとても、感謝してる・・・・・・」
楽俊、と呟く陽子を祥瓊は振り返った。
「いい人だったの。あの人の友達なんだから、きっと景王もいい人だと思うわ」

ここで明かされる陽子の正体、きっかけは楽俊。
この場に楽俊がいたら大照れだっただろうと思わせる会話に一瞬にんまりしてしまう。

言って祥瓊はああ、と笑う。
「約束があったんだわ。一度雁に行かないと」
約束、と鈴に訊かれて、祥瓊は笑った。
「楽俊に会いに行って報告をするって約束をしたの」

全てが終わって今後のことを話し合う少女たち。
祥瓊は楽俊に報告に行くと告げる。
楽俊にばれるとまずい陽子と、くすくすと笑う祥瓊。
祥瓊が口をつぐんでいたとしても、ばれてしまうだろうことは明白で、同時に楽俊の過保護ぶりも知れ渡る結果になっただろう。

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