祥瓊(風の万里 黎明の空)

芳国峯王仲韃の娘。
月渓の乱で両親を殺され、王宮を追われる。

「峯王公主、孫昭、汝を仙籍より削除する」
 そんな、と祥瓊は月渓の顔を見た。父母の死はまだ実感できない。それよりも仙籍を失うことの方が直截に身に迫って恐ろしかった。仙籍に入り、下界と隔絶されて三十年あまり。そんな祥瓊の生きる場所がどこにあるというのか。
「やめて、・・・・・・お願い、それだけは・・・・・・」
 月渓は哀れむような視線を向ける。

「風の万里 黎明の空」で慶国に集う3人の少女たち。
彼女たちは運命に翻弄されながら激しい試練を強いられる。
初期の陽子の苦痛の試練、鈴の忍耐の試練も読んでいて辛い部分があったが、祥瓊に課せられた惨さの試練には胸が痛んだ。



「おまえが殺したも同然だ」
 祥瓊は慌てて首を振った。
「いいえ、私は知らなかったんです。お父さまが何をしているか、なんて」
 事実、祥瓊は知らなかった。父が何をし、母が何をしているのか。後宮奥深くに隠され、幸せにくるまれて、世間もそのようなものだと思っていた。

祥瓊の罪は「無知の罪」。
王宮での恵まれた生活を当然のことと受け止め、代わりに負わされた責任や王宮の外での出来事に目を向けようとはしなかった祥瓊。
だが、楽俊や珠晶のように、祥瓊を責める資格のある者は一体どれだけいるだろうと思う。
少なくとも私は安楽にどっぷり溺れ、厳しい部分は知らないどころかあえて気づかぬふりをしようとする人間だと思う、情けないけど。

そんな私には祥瓊は「普通」だと思う。
自分の立場を認識し、あえて外に目を向けようとする珠晶のような人間は「凄い」と思う。
安楽に溺れず、自らを厳しく律することは難しい。
祥瓊にも罪はあるけれど、もっと大きな罪はそんな祥瓊に育てた周りにある。

だから月渓は祥瓊を殺さなかったのだろう。
祥瓊に自分の愚かさに気づき、やり直す機会を与えるために。
けれど祥瓊は気づけない。
あくまでも自分を「不幸」と哀れみ、月渓を「悪」として憎む。

哀しいけれど、そんなところもやっぱり似ている。
「十二国記」の凄さは、登場人物の弱さや愚かさが、そのまま読む側の弱さや愚かさとしてぐいぐい迫ってくる部分だろう。
まるで自分の弱さ愚かさを抉り出されるような苦痛がある。
なのに読まずにはいられないのは、自分と同じく愚かだった陽子や祥瓊のような少女がきちんと成長していく、その過程を自分も彼女たちに心を重ねて体験したいからなのかもしれない。

そしていつの日か凛々しい王になった陽子や、立ち直った祥瓊に大きな感動を覚えるのだけれど、同時に取り残された寂しさも感じる。

それにしても十三歳までの祥瓊の人生もまた気になる。
仲韃も最初から苛烈ばかりの人物であったわけではないだろう。
王として選ばれるくらいだからそれなりの人物だったはずだ。
(仲韃の人間性については後に「乗月」で語られる。)

にもかかわらず娘だけは生まれた時から溺愛ばかりで祥瓊に人間としての成長を求めなかったのだろうか。
「乗月」での仲韃像と祥瓊に対する態度に少し違和感を感じるのだが。
昇山するまでの祥瓊の家庭についても読んでみたい。



 十六、七の娘。―それが王に。
 祥瓊は知っている。王宮での暮らしがどんなものか。この寒村での暮らしとどれだけの差があるか。
 ―ひどいわ。
 祥瓊は口の中で呟く。
 祥瓊がここでこんな暮らしをしているというのに。

仙籍を奪われ、恵州の山村に送りこまれた祥瓊。
43,4歳の常識も持たぬ世間知らずの娘は閭胥である沍母に乗せられ、自分が仲韃の娘であることを打ち明けてしまう。
苛め抜かれる祥瓊。
祥瓊の中で沍母や月渓だけではなく、見も知らぬ景王陽子に対する恨みまでが凝り固まっていく。

たとえば最初から祥瓊が楽俊のような人物に預けられていたら話はもっと簡単だったろう。
祥瓊も馬鹿ではない、むしろ賢さとどんなに貶められても生き抜くだけの気概を持った少女である。
自分の両親が国民にした仕打ち、その惨さ非道さを知ったら自分の何がいけないのかすぐに気づくはずだ。
そうならなかったのは、祥瓊の「無知の罪」に対する罰が必要だったからだろう。



「逆賊だわ、月渓は。―分かった?」
 分かったとも、と沍母は祥瓊を冷ややかに見る。
「お前が骨の髄まで腐っていることが、よく分かった」

祥瓊の「無知の罪」はまだ許せる部分があった。
けれど祥瓊がどんどん陥っていくのは、この期に及んでもなお自分の何がいけなかったのか「知ろうとしない罪」だった。
相手を恨むばかり、憎むばかりで自分の悲劇ばかりを嘆く。
後にここまで祥瓊を憎みながら、その祥瓊が殺されそうになると月渓に助けを求めにいく沍母が、祥瓊への血を吐くような想いを月渓に訴える。

非道な王を父として持ちながら恵まれた生活にどっぷり浸かり、民も省みなかったくせに、何も知らなかったと言ってのける祥瓊。
公主の責任をほったらかして卑しく情けを請う祥瓊。
不幸なのは自分だけだと思っている、自分のせいでたくさんの人間が不幸になったことなど考えようとしない祥瓊。
そして「口先の侘びばかりで一度も本心から謝ったことのない」祥瓊。

その祥瓊を救おうとした沍母のその後を考えるととても辛い。
また、沍母はその後の祥瓊を知らないだろうし。
祥瓊にとってもまた、沍母は命の恩人であると共に忘れ得ぬ人となるのだろうが、それはまた後のこととなる。



 助けを求めて目を見開いた祥瓊の瞳に、どんよりと濁った空が虚しく映った。
 地を蹴って逃げる足が掴まれる。足首に皮革の感触を感じて、祥瓊は悲鳴を上げたまま凍りついた。
 ―嘘だ。
 こんな恐ろしいことが、自分の身に起こるなんて。

理不尽な罪で殺された人々の憎しみを受けて、同じ刑に処せられようとする祥瓊。
どんなに叫んでも足掻いても救われる道はない。
自ら死を選ぶ自由すら奪われて皆死んでいったが、祥瓊は「救われた」。
あくまで「正道」を通す月渓の心を民は理解する。

しかし恨みを晴らそうとする瞬間に断ち切られたその嘆きはさらなる恨みとなって祥瓊に、そして沍母に向かうのだろう。
それでも祥瓊にはわからない。
祥瓊の惨さの試練は終わったが、次に祥瓊に待っていたのは屈辱の試練だった。

陽子、鈴も命を失いかけたり大変な思いをするのだけれど、祥瓊の試練が凄まじいのは、やはり祥瓊の芳国公主という立場ゆえだったのだろうか。
ただ、自分の意思ではなく天の意思で王を選びながら殺され峯麟もそうだったけど、一番の責任は存在するなら天帝にあるような気がしてならないのだけれど。
運命なら裁けない、けれど天帝なら裁けるのだろうか。
一瞬天帝を裁こうと挑む景王陽子の姿が頭に浮かんでしまった。



「―満足?私がこうしてより惨めな姿になって現れて嬉しい?」
月渓の声には些かの哀れみもなかった。
「本当に。―まことに醜い」

どんどん歪んでいく祥瓊の心。
「風の万里―」上巻の後半部分の祥瓊の言動をこうして抜き出していくと、その凄絶さに身がすくむ思いがする。
祥瓊の弱さは私の弱さであり、祥瓊の醜さは私の醜さだ。

けれど王に(その家族に)求められるのがそれほどに凄まじい厳しさであるのに比べ、王として選ばれる側の器量がどれほどのものか、その要求を満たし得る人物がどれだけいるのか、どれだけいたのか、考え込まざるを得ない。
長命の王が少ない状況を考えると、王に選ばれること自体が悲劇となりかねない恐ろしさを感じる。



―娘がいる前でそれを言うか。
許されずに顔を上げれば非礼になる。それだけでなく、祥瓊は供王を見たくなかった。声からするにおそらくそれは若い娘、もしも自分と同じ年頃だったりしたら。その少女が絹に包まれ、玉で身を飾って玉座に就いているのは見たくない。

たとえば祥瓊の前に佇むのが尚隆だったら、驍宗だったら、あるいは黄姑だったら祥瓊は素直になれただろうか。
女性であり、祥瓊と似た年頃であることが祥瓊をいっそう頑なにする。
この時期の祥瓊は本当に醜くて本当に哀しい。
けれどこれほど愚かな祥瓊はまだ見捨てられずにいる。

ただ興味深いのが、王としての珠晶のあり方。
正論であり、潔癖であるが故の容赦のない裁きを祥瓊に下すが、やはりここで祥瓊が預けられたのが慶だったら、雁だったら、と考えてしまう。
珠晶に敵対する者もまた多いのではないだろうか。
今でこそ落ち着いているようだが、それまでの波乱に満ちた珠晶の政も読んでみたい。



一瞬、祥瓊は供王の居室の方角を窺い見た。あの小娘から奪ってやろうとかと思ったが、景王からでなければ胸のうちが晴れない。
「景王から玉座を簒奪する・・・・・・」

珠晶にはかなわない、と無意識の底で思っているのだろう。
卑屈な心で珠晶の代わりに、祥瓊はまだ見ぬ景王を恨む。
最後の大団円を知ってしまうと、この祥瓊がよくもあそこまで立ち直ってくれたものだと思う。
これも楽俊の力か、それともこれこそが天の配剤だったのか。



見ず知らずの人間と一緒に食事をしなくてはならないのだろうか、と渋い顔をし、さらに下男の呼びかけにこたえて臥室から出てきた―すでに臥室にいたらしい―人影を見て、祥瓊はさらに眉を寄せる。見ず知らずの他人と同じ卓で食事をすることさえ不愉快なのに、その相手がこれでは。
―半獣。

襤褸を見下し、貧乏を見下し、半獣を見下す。
普通の小説なら祥瓊は完全に憎まれ役だ。
最後に正義の鉄槌を受けて滅びゆく立場の人間だ。
そうならないところにこのシリーズのおもしろさがある。
気弱な陽子、歪んだ祥瓊、そして愚痴ばかりの鈴。
もしも彼女たちがそのままだったら、変わらないままだったら、ある意味それは小説を超えた現実そのものだ。



「なるほど、いかにも世間知らずの公主らしい。―御物を盗んで恭国王宮を出奔しておきながら、暢気に宿に泊っている。吉量などという目立つものを捨てもせずに連れてまわる。さっさと品を換金すればいいものを、丁寧に荷の中に隠してのう」

傾きつつある柳の国の堕ちた県正にすら嘲笑される祥瓊の愚かさ。
救いがあるとすればむしろそこか。
けれど暗に賄賂を請求された時の対応振りに、祥瓊の賢しさが感じられる。



「お父さまが何もしなくていいとおっしゃったのよ!お父さまもお母さまもそう言えば、私に何ができると言うの!大学に入れていただいたわけでもないわ。何を知る機会もなかったわ。それが全部、私のせいなの!?そんな人間なんていくらでもいるわ。―どうして私だけが責められるの!?」

祥瓊の想い、祥瓊の叫びこそがある意味現実だろう。
もしも王の娘でなかったら、もしも虐げられる側の娘だったら。
溺愛する親の元、世俗を離れて大事に大事に育てられて、厳しく自分を律する公主であったなら、それはむしろ奇跡だ。
だからこそ月渓は祥瓊を殺さず、助けた。
そして祥瓊は最初から楽俊に会うこともなく、陽子のような「優しい」王に預けられることもなく、とことん罰を受けさせられ、それから救われることとなる。



―芳もそんなふうに荒れてしまうんだろうか。
祥瓊はそれを思う。―やっと、思った。

それでも祥瓊は気づいた。
自分の無知に、自分の愚かさに。
自分を振り返る祥瓊に楽俊は公主としての祥瓊は終わったけれど、ただの祥瓊はやり直せると告げる。
楽俊の言葉が限りなく優しい。



「行き倒れる?景王が?」
「あいつ、海客だから。―胎果なんだ。こっちに流されたら巧国で、巧は海客は殺せって国だ。逃げ回って行き倒れちまったんだなぁ」
祥瓊は胸を押さえた。王になった少女は、何一つ苦労なくその幸運を手に入れたのだと、そう思っていた。

王やその家族であることを「幸運」としか受け止めることのできなかった祥瓊。
その義務や責任や重荷を全く考えようとしなかった、いえ考える必要のなかった者の驕りがそこにある。
王気を失い、死んで逝った予王舒覚や塙王ですら王であることの意味を知っていた。
だからこそ苦しみ、道を踏み外した者たちだった。
祥瓊が預けられた恭国供王珠晶もまた王の辛さを知り尽くしながらもその辛さを見せない王だった。
たとえば才国采王黄姑のような王が懇々と言葉で諭していたらどうだったのだろうか。



「私、実はとても公主の自分にこだわっていたわ・・・・・・。王宮に住んで、贅沢をしてる自分をなくしたくなかった。畑で働くのも、粗末な着物を着るのも、とても恥ずかしかった。・・・・・・景王が同じ年頃の女の子だって聞いて、私、彼女が妬ましかった。私がなくしたものを全部持ってるなんて、許せないと思ったの」

祥瓊を責めるのは簡単だけど、その想い、贅沢や安楽への執着や恵まれた者への妬みや僻みは私にとってもあまりに普通の感覚で、やはり祥瓊のために辛いと思う。
けれど祥瓊は楽俊との出会いをきっかけに自分の罪を率直に語りだす。
言われたからではなく自分で気づいた罪、その意義は大きい。



ああ、そうか、と祥瓊は尻尾を振って消えていく半獣を見送りながら思う。
人に感謝したことがなかった。誰かに本心から詫びたこともなかった。芳の田舎町、閭胥の沍母に頭を下げ、恭国の王宮、供王に頭を下げて暮らしたが、本心から頭を下げたことが祥瓊にはなかった。頭を下げたいだけ、人に感謝したことがなかった。済まないと思ったことがなかった。

怒りを抱えた感謝や誠意のない詫びは、その口調に、表情に、そして強張った体に現れる。
陽子が気づく「王として儀礼的に相手に頭を下げさせる行為とその隠れた表情の中の相手の心の恐ろしさ」。
そして目上の者に頭を下げる側となった祥瓊の「形だけ頭を下げる行為が相手に気づかせてしまう本音」。
感謝の気持ちがあるなら自然に頭が下がるだろう。
済まないと思ったら自然に頭を下げるだろう。
この後陽子と祥瓊の出会いがあるが、2人の少女はそれ以前にこんな形ですでに結びついていることを感じさせる。
しかしここで祥瓊が見せる景王を思いやっての溜息、まだ自分が王の側にいるかのような甘さを感じさせる。



―芳でもよくあったことだ。他ならぬ祥瓊の父親が容赦なく人々を刑場に引き出した。
とっさに脳裏をよぎったのは、危うく自分が車裂きにされそうになったときの恐怖だった。祥瓊を里祠の前の広途に引き出した里人、その恨みの声、怨詛の叫び。祥瓊を憎んで棒を振り上げた閭胥。

どんなに叫んでも暴れても救われない命が数多くあった。
そんな中、祥瓊だけが救われた、沍母たちにとって仕方がないとあきらめがつくものではなかった。
祥瓊にとっても恐怖の記憶。
けれどその恐怖の中で、祥瓊は無意識のうちに刑をやめさせ、男を助けようとする。
ちょっと前に王のために溜息をついてみせていた祥瓊が、この瞬間本当の意味で目覚めたのだと思う。



「諌めないといけないわ。それが本当なら。それともそれは、王が傀儡として使われてるってこと?だとしても誰かが景王の目を覚まさせないといけないわ」
「あんた―」
「たとえ国がどういう状態だか景王が知らないのだとしても、その報いは必ず景王に返るのよ。知らなかったじゃ許されない。力が足りなかったじゃ、許されないわ。誰かがそれを教えないと」
祥瓊のようになるだけだ。あるいは祥瓊の父親のように。

捕まりそうになった祥瓊は陽子に救われ、桓魋に救われる。
ここで陽子とはいったん別れるのだが、桓魋の仲間に入り、「景王の目を覚まさせる」ために命がけの活躍を見せることになる。



祥瓊は軽く拳を握る。
「・・・・・・はい。私は景王が必ず気づいてくださると信じます」
信じていいはずだ。
楽俊があれほど気にかけるのだから。
至らない自分が玉座に就いてもいいものかどうか、悩む王が愚かであるはずがないと信じる。

楽俊に対する無条件の信頼がまだ見ぬ景王への信頼に繫がる。
陽子と楽俊を巡り会わせ、祥瓊と楽俊を巡り会わせ、その後で陽子と祥瓊を巡り会わせる。
それが陽子にとっての天の配剤ならば、それは陽子にとってなんて幸せであることか。
何事も起こらず、すんなりと景麒に連れられ、慶に渡っていたら、陽子は予王の二の舞だったかもしれない。
けれどそれだけに「王になるための修行」の場がなかった予王が哀れな気もする。



祥瓊は目を伏せる。
「・・・・・・本当のところがどうなのか、私は知らない。
でも、景王の周りにはそんな人間しかいなかったら?
父だって峯麟に選ばれたのだもの、決して最初からどうしようもない人ではなかったはずだわ。
・・・・・・でも、周りにいる者が諫めるときに諫めてあげられないと、簡単に道なんか踏み外してしまう・・・・・・」

殺された父王の記憶は祥瓊の心を深く抉る。
だからこそ同じ過ちを繰り返してはならない。
それが自分のためでも慶のためでもなく、他国の王、自分と同じ年頃の少女のためであることが祥瓊を駆り立てる。
「決して最初からどうしようもない人ではなかったはず」、この想いが胸に切ない。
誰よりも自分を責める祥瓊が今償いをしようとしている。



騎獣の背には二人の人影、そのうちの一人が槍を携えて飛び降り、女墻を越えて転がりこんでくる。
鈴はその騎獣に目を留め、それが吉量であるのに気づき、同時に騎乗した人影を認めて前に飛び出していた。
「―夕暉、陽子、待って!」
吉量を操るのは若い娘。
「―祥瓊!!」

遂に陽子、鈴、虎嘯に桓魋と祥瓊が集結する。
激しい戦いの中、一気にクライマックスへと駆け上がる予感。
でも陽子や祥瓊たちの試練はまだまだ終わらなかった。
憎い仇、仲間であるはずの虐げられた人々、龍旗を掲げた禁軍との武器を持たない戦い、精神的な戦いがさらに続く。



「こんなことする必要なんてないじゃない!」
祥瓊は声を荒げる。
王なら―本当に王なら、昇紘など簡単に罷免できるはず。
こうして多くの人が自ら傷つき、死を選ぶような真似をしなくても。
いったいこれまでにどれだけの人間が死んだだろう。

人の命の重みを知った祥瓊の怒り。
「自ら傷つき、死を選ぶ」人々の中に祥瓊もいる。
そしてその中に王もいた。
祥瓊にはわかっているはず。
力のない王がどんな存在か。
それでも祥瓊は叫ばずにはいられない。



「憎んでるふりなんて簡単だわ。
汚い仕事をやってもらうなら、嫌ってるふりぐらいは当然のことよ。
王を蔑ろにして勝手に禁軍を動かすような連中が、そのくらいのこと、しないと思う?
―ひょっとして麦候更迭を主張したのもその家宰の一派でしょう」
「そうだった・・・・・・確かに」

この後「宮中のものの考え方はよく分かるの。」なんて言っているが、ここではちょっと笑ってしまった。
少なくとも芳でも恭でもその中にいて祥瓊が何かを学んでいたとは思えなかったから。
けれど祥瓊は賢い少女なのだろう。
意識していなくても見聞きした記憶を思い返せば、人の動きが見えてくる、そういうことだろうか。



「王が拓峰の叛乱を許すなと言ったんだ。―そういうことだろう、ええ!?」
「違うわ」
きっぱりとした声は祥瓊のものだった。
「王は存じあげないことよ。あなたはこの国に三匹の豺虎がいるのを知ってる?」

鈴と祥瓊、数奇な運命に巻き込まれ、その甘さや弱さを徹底的に打ちのめされ、鍛え直され、成長して後陽子に出会う。
互いに協力し合ってやがて陽子の正体を知る。
あきらめかける虎嘯や桓魋に比べて、景王に絶対の信頼を寄せる二人の少女のなんと凛々しく爽やかなことか。
順番がひとつずれてかなわなかった、時間が少しずれてもかなわなかったこの場面。
鈴と祥瓊にとってはここからが最高のフィナーレだ。
あの鈴が、あの祥瓊が、と本当に嬉しく、同時にうらやましく、何度読んでも泣いてしまった。



「私もお礼を言ったり、お詫びを言ったりしたい人が故郷にいるんだけど。―戻っても叩き出されるだけでしょうねえ」
言って祥瓊はああ、と笑う。
「約束があったんだわ。一度雁に行かないと」
約束、と鈴に訊かれて、祥瓊は笑った。
「楽俊に会いに行って、報告をするって約束したの」

祥瓊が感謝したい相手は沍母や珠晶、詫びたい相手は全ての芳の民だろう。
祥瓊のその後は「乗月」で桓魋により語られる。
祥瓊が自らを省みて己の罪に気づき、生き直すことに期待して追放した月渓が祥瓊の更生を知る。
さらに「黄昏の岸 暁の天」では傷ついた李斎の眼を通して陽子の元で元気に働く祥瓊、しかしその贖罪の気持ちは決して消えていないのだと読者は知ることになる。



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