戴国麒麟。 陽子、尚隆、六太と同じ胎果。 10歳まで日本で普通の人間として生きたため、麒麟としての意識が薄く、苦労する が、最終的には驍宗を王に選ぶ。 雪の白よりも、彼の吐息のほうが寒々しかった。 子供特有の細い首を廻らせると、動作のとおりに白く吐息が動きを見せて、それが いっそう目に寒い。 私が最初に読んだ「十二国記」が、この「風の海 迷宮の岸」。 友達に勧められるままに、何の予備知識もない状態だった。 なぜこの男の子が、雪空に1時間も立たせられているのか、わからぬままに読んでい たが、この一文で華奢で小さな子供、泰麒のイメージが私の中で形作られた。 この時はまだ「麒麟」が首長キリンのイメージしかなくて、キリンに変身してどうす るんだろう?と不思議に思っていた。 今考えるとおかしい限り。(笑) 彼は、いつも母親にするように手を握ってその顔を覗きこんだ。 「悲しいことがあったの?」 彼が言うと、彼女は首を横に振った。 この世界に来ることが当然だったことを窺わせる、恐れる風のない泰麒の態度と言 葉。 同時に初対面でも、汕子との心のつながりを感じさせる。 「何か、おかしい?」 彼は目の前の女にではなく、傍らに立って彼の手を握っている半人半獣の女のほうを 見上げた。 すでに彼の中で、こちらの女のほうが自分の頼るべき存在なのだと、そう何となく理 解していた。 普通、こんな形でこんな場所に連れてこられたら、怯えたりパニックに陥ったりする はずだが、泰麒はすぐに馴染んでいる。 でもまだ麒麟とのつながりがわからなかった。(笑) その思考はするすると胸の中に滑り込んできて、そもそもあった確信のようにそこに 宿った。 嘘だとは思えなかった。 何かの間違いだとも、思えなかった。 ただ−、ひどく切ない気がした。 私は麒の中では、この子供泰麒が一番好きだが、それはこの部分を読んだ時に意識し たのだと思う。 この儚さ、純粋さ、清らかさが泰麒の魅力。 少年泰麒ももちろん好きだが、あの成長した姿は、少し寂しかったりする。(もしか して母の心境? 笑) 涙がこぼれた。 それは郷愁ではなく、愛惜だった。 彼はすでに、別離を受け入れてしまっていた。 こちらに生きるべき者だからこそ、泰麒はかつての世界を惜しんで泣いたのだと思わ れる。 本来ならば帰りたくて泣くべきところ。 陽子に比べ、すんなりと受け入れるのは、条件が揃ったばかりではなくやはり「麒 麟」だから? 「一人じゃなくて、それなのに一人でご飯を食べるのは変な感じです。 きっと一緒に食べた方がおいしいと思うんです」 まあ、と呟いて、容可は声を立てて笑った。 一人で食べるのは変だと思うことはあるかもしれない。 けれども、それを素直に口にする泰麒に驚いた。 こちらの世界に来て泣いて眠って一晩で素直な子供らしい泰麒に変わっている。 本来の姿、本来の性格だろうけれども。 泰麒はさらに困惑してしまった。 狼男のようにキリンに変身するのかしら。 狼になるのはそんなに変でない気がするけれど、キリンになってあんなふうに首が伸 びたりするのは変な気分がするに違いない。 泰麒の困惑は私の困惑。 どうやら首長キリンでないと知って、次に思い浮かんだのはキリンビールのラベルの キリン。(笑) それでも泰麒とつながらない。 ー駄目なのだ、どうしても。 自分が怪我をしてもそんなには感じないのに、他人が怪我をして血を流しているのを 見ると、恐くて恐くて息が止まりそうになる。 (私にとっては)初めて明かされた麒麟の性癖。 血を嫌う生き物=仁の生き物がのイメージが実感となって浮かんだ。 泰麒の恐怖、囚われる理由、泰麒の立場、責任、価値などが交錯していた時期。 子供なだけに、泰麒の恐怖感がよりリアルだった。 「泰麒が立派にお役目を果たしてくださることが、あたしたち女仙のたった一つの願 いです」 泰麒は頷いた。 ー頷こうとしているように思われた。 こちらの国に住むものにとっては麒麟の使命は誇らしいものだったろう。 しかし、私達の国に生まれ、幼い子供に過ぎなかった泰麒には重い不安と責任がのし かかる。 結局泰麒は天啓を受け、王を選ぶことになるのだが、この時期の泰麒の不安を理解で きたのは、後の景王陽子だけだった。 「こちらは景台輔。・・・・・・景麒でいらっしゃいます」 泰麒は目を見開いた。 「キリン、なんですか?」 玉葉は頷く。 泰麒と景麒との初対面。 どちらにとってもしばらく苦難が続くのだが、読んでるほうにはもう微笑ましくて、 何度も読み返してしまう部分。 とりつくしまもなく困っている泰麒、子供を扱えずにいつも以上にしゃちほこばって る景麒。 景麒がはじめて心を開くのはもう少し後、でもその時は笑いながらも涙が少しにじん だ。 そして景麒が優しさを表現できるようになったことが悲劇を招き、陽子を招くことに なる。 この頃の泰麒の感覚、「麒麟」を「キリン」とカタカナ使いで見事に表現されてい る。 「私は黒麒麟を存じ上げないので、分かりません」 「・・・・・・はあ・・・・・・」 泰麒はすっかり困ってしまった。 額に薄く汗が浮いている。 私がそこにいたら、丸めたシナリオで景麒の頭をポカンと叩くところだろう。(笑) でも泰麒のこんな困惑、経験したことがあるだけに共感しきり。 泰麒は女仙にしがみついた。 「ごめんなさい・・・」 −できそこないで。 愛情を貰うばかりで。 何一つ、期待に応えられないで。 こちらの世界に来て、見た目ばかりでなく、性格まで明るく子供らしく変わったかに 見えた泰麒、でも本質にあるトラウマは消えていないのだと気づく部分。 泰麒は常に自分を責める。 自分をいじめる祖母を恨まず、あまりにおとなげない景麒を恨まず、自分を責める。 泰麒の年齢にしてこの根本性格、後に王を選び、安定した生活に変わってもしばらく は変わらないようである。 泰麒が本当の強さを得るのはあまりに過酷な運命の中でのことだった。 「お謝りになる必要はない」 言うと、声を上げて泣き始めた。 女仙がしていたように抱き寄せると、景麒にしがみついてくる。 泰麒は泰麒なりに悩んだり苦しんだりしているのだが、こうして読んでいると、その 素直な感情表現がうらやましい。 「温かいのが愛しい気がする。」景麒の気持ちが胸に迫って、やっぱり泣けてくる。 −少しでも自分のことを思い出してくれているだろうか。 忘れられていれば悲しい。 忘れずにいて、いなくなったことを喜ばれていれば、なお悲しい。 いなくなったことを悲しんでいてくれれば、いっそう悲しかった。 泰麒は残してきた家族のことを想っているのだけれど、大人の感覚としては、まさに 恋の心情。(笑) 辛くて悲しくて寂しくて、でもどこかに救いを求めてしまう、その切なさは共感でき ると思う・・・。 価値ある存在でいたい、たとえ憎まれても忘れられるよりはいい、そう思う・・・。 「お気に召したか?」 「はい」 自分でも頬が紅潮しているのが分かる。 景麒は泰麒に麒麟の姿を見せる。 麒麟は想像していた首長キリンとは全然違っててしなやかで美しくて。 同時に泰麒は自分が紛れもなく自分も麒麟である事を確信する。 どうして最初からこのように接してあげれなかったのか?景麒!と気ももんだけど、 それだけに景麒と泰麒の心が触れ合った瞬間の感動は大きかった。 泰麒はまじまじと班渠を見る。 気安いこの生き物が、このうえなく量りがたい生き物に思えた。 班渠はそんな泰麒にちらりと視線をよこして、そうしていきなり顎を開く。 景麒はこの日、泰麒に折伏の仕方を教える。 折伏とは麒麟の力で妖魔をねじ伏せ、自分の僕とすること。 ただしその代わり、麒麟は死後、己の死骸を使令(折伏された妖魔)に食わせること を約束する。 ここで麒麟の力を得た妖魔は一体どうなるのだろう。 ただの強大な妖魔として黄海に帰っていくのだろうか。 「でも」 泰麒は玉葉を見上げる。 「景台輔は最初からお優しかったです」 本気でそう思っているらしい口調に、玉葉と蓉可は目線を交わらせた。 泰麒のために呼ばれた景麒ではあったが、結果的に泰麒に学ぶことも多かった。 泰麒は豊かな感情表現の面では、景麒の師となる。(笑) それは予感に似ている。 遊んでいるとき、女仙に簡単な易を習っているとき、ふと視線を上げて南西の方角を 見ると、とたんに胸苦しくなることがある。 後にして思えば、これこそが王気だった。 王気とは目に見えるものと思い込んでいた泰麒は、その王気に怯える。 景麒の説明不足がなかったら話もここまでおもしろくはならないのだけれど、泰麒の ために景麒が恨めしい。(笑) 「・・・・・・これは蓬山公。 ご健勝そうでなによりでございます」 世話をしていた男女のうち、近づいてくる泰麒たちを認めて真っ先に膝をついたのは 大柄な女だった。 李斎との出会い。 李斎は私が陽子、祥瓊と並んで好きなレギュラーキャラベスト3に入る女性。 李斎は王ではなかったものの、泰麒と深く関わる運命になる。 冷淡に言い捨てて振り返った男と泰麒の視線が合った。 −その瞳の真紅。 あたかも血のような。 真紅の瞳の驍宗、王との出会い。 王気は恐怖感となって泰麒を襲う。 それでも泰麒は驍宗に魅かれていくことになる。 「ぼくは、李斎殿が王様だったらよかったな、と思うんですけど・・・・・・」 李斎は破顔した。 親子のような李斎と泰麒の関係がとても好き。 カップリングという言葉はあまり好きではないが、あえて1組と言われたら、驍宗と 李斎、その子が泰麒。(笑) 「李斎殿、とても綺麗な獣がいる」 泰麒が見やった方向を振り返って、李斎は頷いた。 「ああ、騶虞ですね。 −あれは見事だ」 たま&とら初めあちこちに登場するホワイトタイガーに似た騎獣の王。 ここでは驍宗の騎獣として登場する。 「・・・・・・ぼくは病気の麒麟なんです」 二つの視線が集まって、泰麒は赤くなる。 驍宗を恐れながらもなついた泰麒は、驍宗と李斎の騶虞狩りに同行する。 そこで自分が麒麟としての才がないことを告白するが、その時泰麒は驍宗の優しさに 触れる。 驍宗と泰麒の心のつながりは、やはり初対面の時から始まっていたが、こうして行動 を共にすることで絆が深まっていく。 いつ泰麒が驍宗こそ王であることを悟るか、ドキドキしながら読んだが、物語は意外 な展開を見せる。 「嫌な感じじゃないんです。 大きな火は怖いですけど、綺麗だなとかすごいな、って思うでしょう? それと一緒なんです。 すごいなって、思うんですけど、それと同時になんだか竦んでしまって、それで」 ぽんと掌が頭に置かれた。 驍宗に王として足りないものを聞かれ、必死で説明する泰麒。 結果として王気の説明をしているような気がするのは私だけ?(笑) 「−泰麒」 「だめ!逃げない!!」 汕子は思わず泰麒の身体に掛けようとした手を引く。 なぜかその声に逆らえなかった。 ひ弱な子供だったはずの泰麒が李斎を、驍宗を守るために汕子が驚くほどの覇気を見 せる瞬間。 −止めなくては。 あの恐ろしい凶器を止めなくては。 (どうやって?) 考えるより先に身体が動いた。 −剣印抜刀。 「臨兵闘者皆陳烈前行−!!」 全身全霊をかけて伝説の饕餮に挑む泰麒の描写が続く。 饕餮の姿が目に見えないだけに、想像の中でいくらでも恐ろしい魔物に変化していた が、アニメで見た瞬間崩れ落ちた、私が。(笑) アニメの饕餮、正直笑える。 ただ一つの直感。 「下れ!−傲濫!!」 犬が立ち上がった。 泰麒が饕餮を下した瞬間。 覇気のない「病んだ」麒麟が今までどの麒麟も下しえなかった饕餮を下した。 ただしこれで、泰麒の能力が開放されたわけではないことが興味深い。 「信じ・・・・・・られない」 人ではなかった己の実感。 泰麒は人ではなく、獣でもなく、巨大なーあまりに大きな力の一部だった。 驍宗を救おうとする泰麒と逃げぬ驍宗、ここまで見事な連携を見せながら、泰麒は驍 宗が王であることに気づかない。 驍宗がいたからこそ、麒麟の力が開放されたのだと、気づかない。 そこがいらただしくて、切なくて、どんどん泰麒に引き込まれていく。 (・・・・・・それは麒麟にしか・・・・・・わからない) 王ではないと思い込んでいたはずの驍宗との別れがこんなに辛い。 瞬間、泰麒は驍宗を王に「仕立てる」ことを思いついてしまう。 そんな自分に恐れおののきながら、それでも泰麒は驍宗を追って駆けずにはいられな い。 泰麒は罪を負う、その姿はあまりに痛々しい。 月の夜、奇岩は黒く、影の色もまた黒い。 稜線だけが僅かに銀の、その奇岩の合間。 −燐光を放って夜を駆け上がっていく獣が見えた。 必死の想いの泰麒がついに転変する。 小野不由美独特のこういったリズム感、大好きである。 いかに華やかなものを描いていても、その描写は武王陽子のように力強い。 それでいて時に官能的に、時に儚げに十二の国を描く。 小野作品はほとんど網羅していても、本当に夢中になったのは「十二国記」で初め て。 −怖いのは自分だ。 一体何をしようとしている。 「・・・・・・驍宗殿」 (・・・・・・天啓がないのに) だが、他に方法がない。 泰麒は膝をついた。 罪の意識にさいなまれながら、それでも泰麒は驍宗を王と認め、誓約を交わす。 誓約を交わせること自体が驍宗が真の王である証明なのだが、泰麒は知らない。 そのまどろっこしさがやはりせつない。 「・・・・・・景台輔」 彼はごく薄く笑った。 そうして丁寧に会釈をする。 「このたびは、無事の下国、心からお慶び申しあげます」 駆け寄ろうとして足が止まった。 景麒との再会。 素直に喜びを表現できない泰麒。 それにしても景麒を呼んでみせた驍宗の計らい、見事である。 ここで初めて驍宗が好きになったような気がする。 「・・・・・・王には天啓がなかったのです」 愕然とした。 それは景麒の想像を遥かに超えた告白だった。 景麒には泰麒が真の王を選んだことがわかっていた。 なのになぜ違うと言うのか、むしろ理解できなかったに違いない。 しかもここで景麒は一度立ち去る。 後の大団円のためとはいえ、置いていかれた泰麒、哀れである。 「ほう−。本当に何やら含むところでもありそうだな」 延の声は冷え冷えとしている。 慌てて延を見上げた。 景麒の作戦。 雁国王を連れてきて、泰麒に頭を下げさせる。 麒麟は自分の王以外には頭を下げることができない。 それを自覚させ、初めて泰麒は正しい王を選んでいたことを悟る。 しかし景麒、言葉による説明じゃだめなのか? 延王延麒の登場場面作りに思えないこともない。 嫌いではないけれど。 そして景麒、やはりあなたは言葉が足りない。(笑) 泰麒らしい言いように笑みが浮かんだ。 「−心から、お慶び申しあげる」 「ありがとうございます」 やっと笑顔が見えた。 泰麒がやっと自分の笑顔を取り戻した。 結果的に景麒が泰麒を迷わせ、景麒が泰麒を救った。 景麒はこれから陽子と出会い、泰麒は悲惨な運命に巻き込まれる。 今回のこの笑顔はそのエピローグでしかない。 それでも泰麒の笑顔が嬉しい。 この「風の海 迷宮の岸」は私が最初に読んだ「十二国記」。 絵が美しく、それはそれで好きだけれど、私はやっぱり挿絵のない文庫を買った。 やはり最初は絵に惑わされず、文章力を味わいたい。 「十二国記を語る部屋」に戻る ホー ムに戻る |