泰麒(風の海 迷宮の岸)

戴国麒麟。
陽子、尚隆、六太と同じ胎果。
10歳まで日本で普通の人間として生きたため、麒麟としての意識が薄く、苦労する が、最終的には驍宗を王に選ぶ。 


雪の白よりも、彼の吐息のほうが寒々しかった。
子供特有の細い首を廻らせると、動作のとおりに白く吐息が動きを見せて、それが いっそう目に寒い。


私が最初に読んだ「十二国記」が、この「風の海 迷宮の岸」。
友達に勧められるままに、何の予備知識もない状態だった。
なぜこの男の子が、雪空に1時間も立たせられているのか、わからぬままに読んでい たが、この一文で華奢で小さな子供、泰麒のイメージが私の中で形作られた。
この時はまだ「麒麟」が首長キリンのイメージしかなくて、キリンに変身してどうす るんだろう?と不思議に思っていた。
今考えるとおかしい限り。(笑)


彼は、いつも母親にするように手を握ってその顔を覗きこんだ。
「悲しいことがあったの?」
彼が言うと、彼女は首を横に振った。


この世界に来ることが当然だったことを窺わせる、恐れる風のない泰麒の態度と言 葉。
同時に初対面でも、汕子との心のつながりを感じさせる。


「何か、おかしい?」
彼は目の前の女にではなく、傍らに立って彼の手を握っている半人半獣の女のほうを 見上げた。
すでに彼の中で、こちらの女のほうが自分の頼るべき存在なのだと、そう何となく理 解していた。


普通、こんな形でこんな場所に連れてこられたら、怯えたりパニックに陥ったりする はずだが、泰麒はすぐに馴染んでいる。
でもまだ麒麟とのつながりがわからなかった。(笑)


その思考はするすると胸の中に滑り込んできて、そもそもあった確信のようにそこに 宿った。
嘘だとは思えなかった。
何かの間違いだとも、思えなかった。
ただ−、ひどく切ない気がした。

私は麒の中では、この子供泰麒が一番好きだが、それはこの部分を読んだ時に意識し たのだと思う。
この儚さ、純粋さ、清らかさが泰麒の魅力。
少年泰麒ももちろん好きだが、あの成長した姿は、少し寂しかったりする。(もしか して母の心境? 笑)

涙がこぼれた。 それは郷愁ではなく、愛惜だった。
彼はすでに、別離を受け入れてしまっていた。

こちらに生きるべき者だからこそ、泰麒はかつての世界を惜しんで泣いたのだと思わ れる。
本来ならば帰りたくて泣くべきところ。
陽子に比べ、すんなりと受け入れるのは、条件が揃ったばかりではなくやはり「麒 麟」だから?

「一人じゃなくて、それなのに一人でご飯を食べるのは変な感じです。
きっと一緒に食べた方がおいしいと思うんです」
まあ、と呟いて、容可は声を立てて笑った。

一人で食べるのは変だと思うことはあるかもしれない。 けれども、それを素直に口にする泰麒に驚いた。 こちらの世界に来て泣いて眠って一晩で素直な子供らしい泰麒に変わっている。 本来の姿、本来の性格だろうけれども。

泰麒はさらに困惑してしまった。
狼男のようにキリンに変身するのかしら。
狼になるのはそんなに変でない気がするけれど、キリンになってあんなふうに首が伸 びたりするのは変な気分がするに違いない。

泰麒の困惑は私の困惑。
どうやら首長キリンでないと知って、次に思い浮かんだのはキリンビールのラベルの キリン。(笑)
それでも泰麒とつながらない。

ー駄目なのだ、どうしても。
自分が怪我をしてもそんなには感じないのに、他人が怪我をして血を流しているのを 見ると、恐くて恐くて息が止まりそうになる。

(私にとっては)初めて明かされた麒麟の性癖。
血を嫌う生き物=仁の生き物がのイメージが実感となって浮かんだ。
泰麒の恐怖、囚われる理由、泰麒の立場、責任、価値などが交錯していた時期。
子供なだけに、泰麒の恐怖感がよりリアルだった。

「泰麒が立派にお役目を果たしてくださることが、あたしたち女仙のたった一つの願 いです」
泰麒は頷いた。
ー頷こうとしているように思われた。

こちらの国に住むものにとっては麒麟の使命は誇らしいものだったろう。
しかし、私達の国に生まれ、幼い子供に過ぎなかった泰麒には重い不安と責任がのし かかる。
結局泰麒は天啓を受け、王を選ぶことになるのだが、この時期の泰麒の不安を理解で きたのは、後の景王陽子だけだった。

「こちらは景台輔。・・・・・・景麒でいらっしゃいます」
泰麒は目を見開いた。
「キリン、なんですか?」
玉葉は頷く。

泰麒と景麒との初対面。
どちらにとってもしばらく苦難が続くのだが、読んでるほうにはもう微笑ましくて、 何度も読み返してしまう部分。
とりつくしまもなく困っている泰麒、子供を扱えずにいつも以上にしゃちほこばって る景麒。
景麒がはじめて心を開くのはもう少し後、でもその時は笑いながらも涙が少しにじん だ。
そして景麒が優しさを表現できるようになったことが悲劇を招き、陽子を招くことに なる。
この頃の泰麒の感覚、「麒麟」を「キリン」とカタカナ使いで見事に表現されてい る。

「私は黒麒麟を存じ上げないので、分かりません」
「・・・・・・はあ・・・・・・」
泰麒はすっかり困ってしまった。
額に薄く汗が浮いている。

私がそこにいたら、丸めたシナリオで景麒の頭をポカンと叩くところだろう。(笑)
でも泰麒のこんな困惑、経験したことがあるだけに共感しきり。

泰麒は女仙にしがみついた。
「ごめんなさい・・・」
−できそこないで。
愛情を貰うばかりで。
何一つ、期待に応えられないで。

こちらの世界に来て、見た目ばかりでなく、性格まで明るく子供らしく変わったかに 見えた泰麒、でも本質にあるトラウマは消えていないのだと気づく部分。
泰麒は常に自分を責める。
自分をいじめる祖母を恨まず、あまりにおとなげない景麒を恨まず、自分を責める。
泰麒の年齢にしてこの根本性格、後に王を選び、安定した生活に変わってもしばらく は変わらないようである。
泰麒が本当の強さを得るのはあまりに過酷な運命の中でのことだった。

「お謝りになる必要はない」
言うと、声を上げて泣き始めた。
女仙がしていたように抱き寄せると、景麒にしがみついてくる。

泰麒は泰麒なりに悩んだり苦しんだりしているのだが、こうして読んでいると、その 素直な感情表現がうらやましい。
「温かいのが愛しい気がする。」景麒の気持ちが胸に迫って、やっぱり泣けてくる。

−少しでも自分のことを思い出してくれているだろうか。
忘れられていれば悲しい。
忘れずにいて、いなくなったことを喜ばれていれば、なお悲しい。
いなくなったことを悲しんでいてくれれば、いっそう悲しかった。

泰麒は残してきた家族のことを想っているのだけれど、大人の感覚としては、まさに 恋の心情。(笑)
辛くて悲しくて寂しくて、でもどこかに救いを求めてしまう、その切なさは共感でき ると思う・・・。
価値ある存在でいたい、たとえ憎まれても忘れられるよりはいい、そう思う・・・。

「お気に召したか?」
「はい」
自分でも頬が紅潮しているのが分かる。

景麒は泰麒に麒麟の姿を見せる。
麒麟は想像していた首長キリンとは全然違っててしなやかで美しくて。
同時に泰麒は自分が紛れもなく自分も麒麟である事を確信する。
どうして最初からこのように接してあげれなかったのか?景麒!と気ももんだけど、 それだけに景麒と泰麒の心が触れ合った瞬間の感動は大きかった。

泰麒はまじまじと班渠を見る。
気安いこの生き物が、このうえなく量りがたい生き物に思えた。
班渠はそんな泰麒にちらりと視線をよこして、そうしていきなり顎を開く。

景麒はこの日、泰麒に折伏の仕方を教える。
折伏とは麒麟の力で妖魔をねじ伏せ、自分の僕とすること。
ただしその代わり、麒麟は死後、己の死骸を使令(折伏された妖魔)に食わせること を約束する。
ここで麒麟の力を得た妖魔は一体どうなるのだろう。
ただの強大な妖魔として黄海に帰っていくのだろうか。

「でも」
泰麒は玉葉を見上げる。
「景台輔は最初からお優しかったです」
本気でそう思っているらしい口調に、玉葉と蓉可は目線を交わらせた。

泰麒のために呼ばれた景麒ではあったが、結果的に泰麒に学ぶことも多かった。
泰麒は豊かな感情表現の面では、景麒の師となる。(笑)

それは予感に似ている。
遊んでいるとき、女仙に簡単な易を習っているとき、ふと視線を上げて南西の方角を 見ると、とたんに胸苦しくなることがある。

後にして思えば、これこそが王気だった。
王気とは目に見えるものと思い込んでいた泰麒は、その王気に怯える。
景麒の説明不足がなかったら話もここまでおもしろくはならないのだけれど、泰麒の ために景麒が恨めしい。(笑)

「・・・・・・これは蓬山公。
ご健勝そうでなによりでございます」
世話をしていた男女のうち、近づいてくる泰麒たちを認めて真っ先に膝をついたのは 大柄な女だった。

李斎との出会い。
李斎は私が陽子、祥瓊と並んで好きなレギュラーキャラベスト3に入る女性。
李斎は王ではなかったものの、泰麒と深く関わる運命になる。

冷淡に言い捨てて振り返った男と泰麒の視線が合った。
−その瞳の真紅。
あたかも血のような。

真紅の瞳の驍宗、王との出会い。
王気は恐怖感となって泰麒を襲う。
それでも泰麒は驍宗に魅かれていくことになる。

「ぼくは、李斎殿が王様だったらよかったな、と思うんですけど・・・・・・」
李斎は破顔した。

親子のような李斎と泰麒の関係がとても好き。
カップリングという言葉はあまり好きではないが、あえて1組と言われたら、驍宗と 李斎、その子が泰麒。(笑)

「李斎殿、とても綺麗な獣がいる」
泰麒が見やった方向を振り返って、李斎は頷いた。
「ああ、騶虞ですね。
−あれは見事だ」

たま&とら初めあちこちに登場するホワイトタイガーに似た騎獣の王。
ここでは驍宗の騎獣として登場する。

「・・・・・・ぼくは病気の麒麟なんです」
二つの視線が集まって、泰麒は赤くなる。

驍宗を恐れながらもなついた泰麒は、驍宗と李斎の騶虞狩りに同行する。
そこで自分が麒麟としての才がないことを告白するが、その時泰麒は驍宗の優しさに 触れる。
驍宗と泰麒の心のつながりは、やはり初対面の時から始まっていたが、こうして行動 を共にすることで絆が深まっていく。
いつ泰麒が驍宗こそ王であることを悟るか、ドキドキしながら読んだが、物語は意外 な展開を見せる。

「嫌な感じじゃないんです。
大きな火は怖いですけど、綺麗だなとかすごいな、って思うでしょう?
それと一緒なんです。
すごいなって、思うんですけど、それと同時になんだか竦んでしまって、それで」
ぽんと掌が頭に置かれた。

驍宗に王として足りないものを聞かれ、必死で説明する泰麒。
結果として王気の説明をしているような気がするのは私だけ?(笑)

「−泰麒」
「だめ!逃げない!!」
汕子は思わず泰麒の身体に掛けようとした手を引く。
なぜかその声に逆らえなかった。

ひ弱な子供だったはずの泰麒が李斎を、驍宗を守るために汕子が驚くほどの覇気を見 せる瞬間。

−止めなくては。
あの恐ろしい凶器を止めなくては。
(どうやって?)
考えるより先に身体が動いた。
−剣印抜刀。
「臨兵闘者皆陳烈前行−!!」

全身全霊をかけて伝説の饕餮に挑む泰麒の描写が続く。
饕餮の姿が目に見えないだけに、想像の中でいくらでも恐ろしい魔物に変化していた が、アニメで見た瞬間崩れ落ちた、私が。(笑)
アニメの饕餮、正直笑える。

ただ一つの直感。
「下れ!−傲濫!!」
犬が立ち上がった。

泰麒が饕餮を下した瞬間。
覇気のない「病んだ」麒麟が今までどの麒麟も下しえなかった饕餮を下した。
ただしこれで、泰麒の能力が開放されたわけではないことが興味深い。

「信じ・・・・・・られない」
人ではなかった己の実感。
泰麒は人ではなく、獣でもなく、巨大なーあまりに大きな力の一部だった。

驍宗を救おうとする泰麒と逃げぬ驍宗、ここまで見事な連携を見せながら、泰麒は驍 宗が王であることに気づかない。
驍宗がいたからこそ、麒麟の力が開放されたのだと、気づかない。
そこがいらただしくて、切なくて、どんどん泰麒に引き込まれていく。

(・・・・・・それは麒麟にしか・・・・・・わからない)

王ではないと思い込んでいたはずの驍宗との別れがこんなに辛い。
瞬間、泰麒は驍宗を王に「仕立てる」ことを思いついてしまう。
そんな自分に恐れおののきながら、それでも泰麒は驍宗を追って駆けずにはいられな い。
泰麒は罪を負う、その姿はあまりに痛々しい。

月の夜、奇岩は黒く、影の色もまた黒い。
稜線だけが僅かに銀の、その奇岩の合間。
−燐光を放って夜を駆け上がっていく獣が見えた。

必死の想いの泰麒がついに転変する。
小野不由美独特のこういったリズム感、大好きである。
いかに華やかなものを描いていても、その描写は武王陽子のように力強い。
それでいて時に官能的に、時に儚げに十二の国を描く。
小野作品はほとんど網羅していても、本当に夢中になったのは「十二国記」で初め て。

−怖いのは自分だ。
一体何をしようとしている。
「・・・・・・驍宗殿」
(・・・・・・天啓がないのに)
だが、他に方法がない。
泰麒は膝をついた。

罪の意識にさいなまれながら、それでも泰麒は驍宗を王と認め、誓約を交わす。
誓約を交わせること自体が驍宗が真の王である証明なのだが、泰麒は知らない。
そのまどろっこしさがやはりせつない。

「・・・・・・景台輔」
彼はごく薄く笑った。
そうして丁寧に会釈をする。
「このたびは、無事の下国、心からお慶び申しあげます」
駆け寄ろうとして足が止まった。

景麒との再会。
素直に喜びを表現できない泰麒。
それにしても景麒を呼んでみせた驍宗の計らい、見事である。
ここで初めて驍宗が好きになったような気がする。

「・・・・・・王には天啓がなかったのです」
愕然とした。
それは景麒の想像を遥かに超えた告白だった。

景麒には泰麒が真の王を選んだことがわかっていた。
なのになぜ違うと言うのか、むしろ理解できなかったに違いない。
しかもここで景麒は一度立ち去る。
後の大団円のためとはいえ、置いていかれた泰麒、哀れである。

「ほう−。本当に何やら含むところでもありそうだな」
延の声は冷え冷えとしている。
慌てて延を見上げた。

景麒の作戦。
雁国王を連れてきて、泰麒に頭を下げさせる。
麒麟は自分の王以外には頭を下げることができない。
それを自覚させ、初めて泰麒は正しい王を選んでいたことを悟る。
しかし景麒、言葉による説明じゃだめなのか?
延王延麒の登場場面作りに思えないこともない。
嫌いではないけれど。
そして景麒、やはりあなたは言葉が足りない。(笑)

泰麒らしい言いように笑みが浮かんだ。
「−心から、お慶び申しあげる」
「ありがとうございます」
やっと笑顔が見えた。

泰麒がやっと自分の笑顔を取り戻した。
結果的に景麒が泰麒を迷わせ、景麒が泰麒を救った。
景麒はこれから陽子と出会い、泰麒は悲惨な運命に巻き込まれる。
今回のこの笑顔はそのエピローグでしかない。
それでも泰麒の笑顔が嬉しい。

この「風の海 迷宮の岸」は私が最初に読んだ「十二国記」。
絵が美しく、それはそれで好きだけれど、私はやっぱり挿絵のない文庫を買った。
やはり最初は絵に惑わされず、文章力を味わいたい。


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泰麒 (黄昏の岸 暁の天)

無事に驍宗を王に選んだ泰麒。
李斎にも再会して国も平穏を取り戻しつつあるように見えたが・・・。


いずれにしても、その凶刃は泰麒のー獣としての泰麒が持つ角の角を深々と抉った。
泰麒は無意識のうちに悲鳴を上げた。
それは、痛みだけではなく、裏切りという名の痛みに対する叫び、同時にかけがえのない主の喪失を聞いた苦しみ、そして生命の危機に瀕する獣としての悲鳴だった。


この時点で泰麒を信頼させ、操り、角を抉った者の正体は明かされていない。
「黄昏の岸 暁の天」はまず傷ついた李斎が陽子に助けを求めに来る場面から始まり、遡って泰麒が角を抉られて鳴蝕を起こし、蓬莱(日本)に戻る場面へと続く。
戴に何があったのか、あれほど王にふさわしい人物はなく、配下にも恵まれ、雁や慶の王や麒麟との個人的な交流を持ち、戴を安定と平和、民の幸福へと導くだろうと、誰もが、おそらく読者も信じて疑わなかったであろう驍宗の不明、そして泰麒の失踪。
読者は泰麒が蓬莱に戻ったことを知っているが、この世界の者たちは知る術を持たず、長く辛い時を強いられることになる。

何故、本当に何故、と何度も問わずにはいられなかった。
しかし読んでいくうちに、あまりにも性急だった驍宗のやり方、そして驍宗を陥れた者の巧みさが描かれていく。
そして大きなテーマが出て来る。
「驍宗は王としてふさわしい人物ではなかったのだろうか。」
どんな傑物でも、国を苦しめたらその時点では失格、でも驍宗はおそらく死んではいない。
ならばこれは天帝が驍宗と戴に、そして泰麒に与えた試練に過ぎないのだろか、読み始めた時はこんな風に思った。


彼は中庭に佇んでいたはずだ。
祖母に叱られ、庭に出された。
そしてー。
「なんで僕、こんなところにいるの?」
彼が周囲の大人に訊いた瞬間、彼の中で重い蓋が落ちた。
獣としての彼に所属した一切のものは、失われた角と一緒に固く封印されてしまった。


ある意味王と国に縛られていると言っていい存在である麒麟、泰麒。
でもその泰麒が一番必要とされている時に、記憶を失い、蓬莱で暮らすことになる。
不幸な麒麟、不運な麒麟は他にもいたが、泰麒の運命はさらに特殊で凄絶である。
蓬莱での泰麒の生活は、主に「魔性の子」で描かれるが、残念ながら「十二国記」を読んでから「魔性の子」を読んだ私は、おもしろさと同時にある種のおぞましさを感じてしまった。
この部分は「魔性の子」に関する考察で詳しく書きたいが、「魔性の子」は「十二国記」よりも先に読んでおくべき作品、先に読んだか後に読んだかで印象が180度変わってしまう。
いまさら悔やんでも始まらないが、「魔性の子」が後読みだったことを未だに痛烈に後悔している。


「お噂はかねがね伺っておりました、景台輔」
李斎が言うと、景麒ははっとしたように李斎を見る。
李斎は笑ってみせた。
「台輔から・・・・・・泰麒からよく。
私は幸い、台輔には親しくしていただいたので。
とてもお優しい方で、たくさん親切にしていただいたのだ、と台輔は始終言っておられました。
台輔は景台輔のことをとても慕っていらっしゃるふうで」
李斎が言うと、景麒は困惑したように視線を逸らし、同時に、景王は驚いたように景麒を振り返った。


緊迫した場面でありながら、ふと心和む一幕。
陽子でなくても驚くよな(笑)。
李斎でなかったら慶国主従の信頼を得るための計算とも取れてしまう台詞。
しかし「風の海 迷宮の岸」を読んだ後だと、泰麒が無邪気に李斎に懐いていた頃の情景が蘇って来て切ない。
そして李斎が思い返している無邪気な泰麒がもういないことを私たちは知っているから、なおさら切ない。


驍宗は霜元と共に、二万近くの兵を率いて文州に向かった。
李斎は泰麒の肩を抱いて、それを見送った。
「・・・・・・驍宗様は、無事にもどってらっしゃいますよね?」
不安そうに見上げてきた幼い麒麟に、李斎は確信を込めて頷いた。
「大丈夫ですよ、台輔」
李斎の確約は、しかし嘘になった。


一言で言えば、驍宗李斎始め、周りが皆泰麒を甘やかしてしまったことも今回の事件の大きな要因となっている。
ふと祥瓊を思い出した。
王である父親、王妃である母親に甘やかされた祥瓊は何もしなかったけど、泰麒は精一杯足掻いた。
足掻いて足掻いて、それでも驍宗のためになることをできなかった。
王であることはさほどに難しい。
そして王の側に侍ることもさらに難しい。
作者が登場人物に課す試練は、ファンタジーの枠を超えて凄絶に過ぎる。


「大丈夫、台輔のお側には大僕が」
言った李斎の腕を宣角は摑んだ。
汚れた顔が真っ青になっている。
「李斎、知らないのですか?
天上では本来、蝕は起こらないのです。
起こったとしたら鳴蝕ー台輔が起こされたとしか」


李斎の回想の形で過去が描写される。
驍宗の失踪、泰麒の異変、戴国の危機、李斎を通じて慶の陽子と景麒、そして雁の尚隆と延麒が今つながろうとしている。
そして後にそれが大きなうねりとなって十二の国を変えていくことになる。


それでは泰麒を騙すようなものではないかー言いかけて李斎は思い直した。
確かに麒麟にとっては、知らないで済んだほうが幸いなことかもしれなかった。


無意識のうちに李斎にはわかっていた。
泰麒から粛清の事実を隠し通すことが正しいことではないと。
かつて祥瓊が「王が正しくなければ諌めなければいけない」ことを学んだが、李斎もまたここで同じ過ちを犯してしまう。
泰麒、麒麟の存在する意味を間違った解釈で捉えてしまった驍宗の過ち、それに比べ、気づいていながら諌めるところまで至らなかった李斎の過ちが、戴の運命を狂わせる。
戴国が供王珠晶の存在をどの程度まで知っていたか作品内では明らかにされていないが、一瞬12歳なのに迷うことなく、同時に間違うことなくこの世界を仕切る珠晶の姿が頭に浮かんだ。
仮に珠晶がこの場にいたら何と言っただろうか。


李斎は沈黙した。
ー泰麒の性格から考えて、何もできなかった自分を責めるのではないかという気が李斎はしていたし、同時に、それをさせないために自分は国を出されたのだと気づけば、いっそう傷つくのではないかという気がしていた。


ここでも李斎は自分の果たすべき役割に気づいている。
ある意味驍宗より泰麒の性格を理解していると言えるかもしれない。
なのに、と思うとひたすら歯がゆい。


李斎の目には、泰麒がただ小さく稚い子供に見えていた。
新王を選ぶという、退任を果たしたばかりの無力で非力な子供に。
だが、驍宗にとってはそうではないのだ。
泰麒は依然として重大で巨大な何かの具現であり、愛玩して良しとすることは許されない何かなのだ。


だからこそ泰麒の目から事実を隠してはいけない、と何故驍宗は思わないのか。
愛玩なら隠そうとするだろう、自分に対して怯えられたら嫌だろう。
「重大で巨大な何かの具現」だからこそありのままに見せ、泰麒の評価を求めるべきだろう。
驍宗はここで大きな矛盾を抱えている。
他の場面で陽子と桓タイが、驍宗は果たして傑物か、ということを話し合っているが、ここで驍宗が泰麒を見誤っているのなら、驍宗は傑物ではないという結論が出る。
一方で花影に対する行き届いた態度などを見ていれば、やはり傑物に見えてくる。
軍人としては傑物、王としてはその限りではないなどと簡単に出せる結論ではないが、いかんせん驍宗が行方不明のまま物語が止まっているので、考察もここで止まり、続編を歯ぎしりしながら待つこととなる。


そして、周囲は勿論、彼自身も気づかぬまま、彼の喪失は始まった。
彼は、自分がこちらで一日を過ごすたび、別の世界で一日が失われて行くことに気づかなかった。
そればかりでなく、こちらにおける彼自身ー固く封印されてしまった獣としての彼自身もまた、日一日と損なわれていくことに、やはり気づくことができなかった。


目的を持って角を抉られた泰麒、もしも角を抉られていなかったらこの物語はどんな風に進んでいただろうか。
記憶があるままの泰麒は蓬莱でどんな風に暮らすのか、汕子は、傲濫は・・・。
帰るために足掻く泰麒、もしくは鳴蝕を起こして蓬莱に逃げることなく、戴に残って戦う泰麒の物語も読んでみたい。
「黄昏の岸 暁の天」では、成長した泰麒が(李斎はいるけれど)孤独に戦おうとする場面で終わってしまうが、もし子供の頃の泰麒が同じ状況に置かれたら・・・、麒麟としてどう生きるか。
それこそ驍宗や李斎の過保護を覆すような気概を見せるか、それとも・・・。
以前出たゲーム「紅蓮の標 黄塵の路」はストーリーが選び方によって分岐していくものだったが、本編もとことん分岐させて、あらゆる形で読みたいものだ。
溢れる才能があれば書いてみたいものだけど(笑)、展開ばかりが浮かんでくるけど文章として綴る才がない・・・。


「鳴蝕があって姿が消えた、と言うより、何か異変があって、切羽詰まった泰麒が鳴蝕を起こしてしまった、と言うべきだろうな。
下手をすると、泰麒はこちらにはいない・・・・・・」


泰麒がかつて驍宗を王ではないのに選んでしまったと景麒に告白した時、唐突に戴にやって来た雁主従(笑)。
今回は唐突に慶にやって来るけれど、前回とは比べ物にならないくらい重大な意味を持つ。
「覿面の罪」と言う。
「天の理(ことわり)」とも言う、「天帝の気まぐれ」とも言える。
初めて読んだ時、実は意味を勘違いして「(自国の軍兵が他国の)国境を(他国の王の意志ではなく)越える事」を「覿面の罪」と言うのだと思っていた。
実際は「効果てきめん」と使われるように、「目の前ですぐに効果が表れる」といった意味なのだそう。
つまりそれほどに甚だしい罪、やってはいけないことだった。
才の遵帝は気の毒としか言いようがない。
どうしてそれをあらかじめ教えてくれなかったのか、天帝は・・・。


「僕は子供で、だから誰も特別扱いしてくれるんです。
いろんなことを、僕には見せないようにしたり、話さないようにしてる。
話しても、僕では難しすぎて分からないってことをみんな分かってて、分からないのを僕が気にしたらいけないと思って、言わないでいてくれるんです。
いつもそうだって知っているから、李斎の言うことが本当なのか分からない」


李斎の罪は大きい。
直接泰麒の本心を聞き、その覚悟と麒麟の本質を理解してなお、泰麒を子供扱いして結果的に戴を滅びの淵にまで追い込む。
泰麒が麒麟としての役割を果たしていたならば、使令を使い、琅燦の助言や花影の不安をうまくまとめて食い止めていただろうか。
そうは言い切れない部分もあるけれど、少なくとも目隠しのベールにくるみ込まれている状態とは違った結果になっていただろう。


「泰麒はどういう方だった?」
「お小さくていらっしゃいました」
陽子はくすりと笑う。
「相変わらず、景麒の説明はさっぱり説明になっていない」 「そう・・・・・・でしょうか」


泰麒を語る時、誰もが「小さい」ことをあげる。
あまりに小さい器でしかなかった麒麟、その愛らしさ、無邪気さ、小心さ、そして小さな器の中に押し込まれてしまった麒麟の気概ととてつもない能力。
泰麒を「小さい」と描写したのは景麒、李斎、六太。
誰よりも泰麒を理解していたように見える人々の印象は実は間違いだった。
見た目は小さくても幼くても、泰麒には底知れぬ力がある。
琅燦が泰麒の側に常にいたら、泰麒の麒麟としての力を導いていたら、と思わずにはいられない。


穢濁は蓄積していった。
彼はそのことに微塵も気づかなかった。
それによって損なわれていくのは彼の中に閉ざされた獣としての彼だけで、殻としての彼は些かも損なわれることがなかったからだ。


蓬莱に戻った泰麒の生活。
麒麟として損なわれ、泰麒をいじめる人間は汕子や傲濫の報復を受ける。
そのことで泰麒に向けられる恨み憎しみがさらに強まるという悪循環が続いて行く。
具体的には「魔性の子」で描かれるが、泰麒を囚われ人とみなし、家族を看守とみなす汕子の狂気に満ちた行動が恐ろしい。


「泰麒はどういう方だった?」
李斎は僅かにどきりとした。
彼女はやはり、故郷を同じくする泰麒を特別な意味で気に留めたのだ、と思った。
「お小さくていらっしゃいました」
李斎が答えると、夜陰から、くすりと笑い声がした。
「景麒と同じことを言うんだな。
それでは説明になっていない、と言ってやったんだが」
笑い含みの声に、李斎も微かに笑う。


陽子の同じ問いに同じ答えを返す景麒と李斎。
最初は微笑ましく読んだけど、何度も読み返すうちにその気持ちは怒りに代わる。
誰もが泰麒を自分の見たいようにしか見ていない。


「こいつは、御覧の通りだ。
お前だけでも、何とか努力してやってくれないか、陽子。
俺にできることは協力する。
どうにかして、ちびを連れ戻してやりたいんだ」
「ちび」
「こんなに小っこかったんだ。
気の小さなやつでさ。
ー誼がないわけじゃない。
会ったのは数えるほどだが、まだ生きていて辛い思いをしているなら、助けてやりたい」


麒麟の仁だけでなく、六太には泰麒に向ける特別な想いがある。
王の座に縛られる尚隆との対比がおもしろい。
また、同時に想いはあれど、やや消極的な景麒と真っ向から向き合う陽子の立場が、雁主従とはちょうど逆。 陽子の時には勢い任せで突っ走ってたような印象があった尚隆だが、実は王としての慎重さも十二分に兼ね備えていることに気づく。
王が尚隆であれば、おそらく失道する麒麟はいないんではないかと思えるほどに。
それでもなお王としての尚隆は不十分だと考えているらしい。


・・・・・・たとえもし、泰麒が戻ってきたとしてもそれからどうすればいいのだろう。
泰麒がいれば、王気を頼りに驍宗を捜すことができるかもしれない。
だが、そのためには泰麒を連れて戴へと戻らなければならなかった。
そんなことが自分にできるのだろうか。
こんなに弱った体で、しかも利き腕を失って。


当然ことながら李斎が求めるのは、子供のままの泰麒の面影。
後に再会した泰麒は李斎の想いを越える成長を遂げていたが、もしも子供のままの泰麒だったとしても、戴へ戻ろうとする気持ちに変わりはなかっただろう。
その意味でも泰麒を「守る」ことしか考えていない李斎は泰麒を本当に理解はしていないのだと思わせる。


「出掛ける?」
「そう。諸国に話が通った。
恭と範、才、漣、奏の五国が協力してくれる。
うちと慶を併せて七国だ。
芳と巧は空位だからそもそも数のうちには入れられないし、柳と舜からは色好い返答は貰えなかった」


李斎の想いに応えて、遂に始まった泰麒の捜索。
陽子が尚隆と六太の協力を得て五国の麒麟が集まった。
本編では慶、雁、漣、範の蓬莱編だけよむことができるが、才と恭、奏の崑崙編も読んでみたい。
特に供麒の活躍ぶりが読みたい(笑)。


どこかで喪失した一年。
思い出そうとする度、懐かしく、愛しく感じる何か。
思い出すことができないまま、日一日と彼はそこから離れていく。
大切なそれとの距離が絶望的なまでに開いていく。
・・・・・・帰らなければ。
でも―。
どこへ?


「魔性の子」がすでに出ていたため、蓬莱での泰麒の具体的な生活はほとんど本編では描かれない。
私は「魔性の子」を最後に読んだので、泰麒の苦悩がよくわからなかったが、「魔性の子」を先に読んだ読者も、それはそれで理由のわからない恐怖を感じたまま、「十二国記」シリーズが始まるのを待ったのだろうか。
この辺がよくわからないが、Wikipediaによれば「魔性の子」は1991年に刊行され、本編「黄昏の岸 暁の天」が出たのは2001年。
その間にも「月の影 影の海(1992年)」「風の海 迷宮の岸(1993年)」など出てはいるが、結果的に「高里要」の謎が明かされるまでの長い長い待ち時間。
当時からの読者の方の気持ちなど聞いてみたいなあと思いつつ、未だに果たせずにいる。


李斎、と呼ぶ屈託のない声、李斎を見つければ、まろぶようにして駆けてきて、笑顔を向けてくれた。
そこに飛燕がいれば必ず、撫でてもいいか、と―。
「台輔もちょうど、貴方くらいのお年だった・・・・・・」


今、アニメ「十二国記」の「風の海 迷宮の岸」を見ながら書いているが、確かにあどけない泰麒は愛らしく、愛しい。
驍宗や李斎が泰麒に対して対応の仕方を誤ったとしか言えない事態になるのもわかるような気がするが・・・。


「麒麟が王の側に侍るのは、麒麟の本性のようなものだよ。
民を憐れむのも麒麟の本能、ならば麒麟である限り、泰麒は泰王の許へ戻ろうとするだろう。
そのための能力は具わっている。
―それができないのだから、もはや麒ではない、と考えるしかなかろうね」


尚隆以上の切れ者か?と思わせる氾王呉藍滌の台詞。
泰麒が死んでもおらず、国に帰っても来ない。
陽子や尚隆、景麒や六太達は、泰麒に対する想いがあり過ぎてその部分に目が向かなかったのだろうか。


「麒麟はいない。
泰麒はあそこにいると思う。
だが、泰麒はもう麒とは呼べない」


ついに得られた泰麒の手がかり。
それは泰麒の使令の饕餮、傲濫の気配だった。
妖魔に戻ってはいない、けれども大きな穢れとなっており、麒麟の気配はない。
この時の六太の推理が見事で、泰麒の現状をほぼ正確に言い当てる。


「台輔・・・・・・廉麟様」
おろおろと什鈷が飛び出してきた。
大丈夫、と微笑み、起き上がろうと地についた手、そこに廉麟は、やっとそれを見つけた。
蜘蛛の糸のように細い金の燐光。
それは弱く、しかも細く、今にも溶け消えてしまいそうだった。
だが、その輝きの儚さでわかる。
これは泰麒だ。


廉麟が泰麒の残した痕跡を見つけた瞬間。
見つけたのが他の誰でもなく、廉麟であることが胸を打つ。
ほんの少し前に廉麟は尚隆に語っていた。
泰麒との出会い、ささやかな交流。
胎果として蓬莱に流されていた泰麒を連れ戻すために大きな役割を担ったのも廉麟だった。
出番こそ少なかったものの、景麒や六太とはまた違った泰麒との関わりが大きな印象を残す。
「黄昏の岸 暁の天」の氾王や氾麟と尚隆、六太の掛け合いや、尚隆と廉麟の王に対する会話、廉麟と什鈷の会話などをアニメで見たい。


泰麒を庇護せんがための報復は、新たな迫害を生み、やがてそれは新たな敵意と憎悪を呼び寄せることになった。
迫害は激化した。
同時に汕子らの報復もまた激化していった。


「魔性の子」を最後に読んだ私には、この部分が当然理解できていなかった。
互いの報復合戦がどれほど無慈悲な理不尽なもので、凄まじい惨状を呈していたのか。
「魔性の子」をホラーと位置付けることに違和感を感じていたが、確かに実際に読んだ時は恐ろしかった。
汕子や傲濫がしてのけたことではなく、誰もが悪くもなく、ただ湧き起こる憎しみの連鎖が恐ろしかった。
小野不由美のホラー的要素の恐ろしさは、その手管ではなく起こりうる心理にある。
そして私は誰よりも、傲濫よりも汕子が恐ろしかった。


「血と怨詛ー穢水瘁でございますな、間違いありますまい。
いったい何があったのか。
泰麒は病んでおられる。
しかも、かなり悪い」
そう言って彼は、床に向けた鼻を忌まわしそうに鳴らした。


泰麒がこんなに穢れていても、麒麟jとしての力を失っていたために直接的な影響を受けていない泰麒。
本編では泰麒の実情が」ほとんど描かれていないために、泰麒が実際にどうなのか、想像がつかずにもどかしかった。
「魔性の子」という作品があることは知っていたけれど、「十二国記」とは全く別物だと思ってたから。


「あの・・・・・・泰麒がもしも只の人なら、仙に召し上げることはできない?」
「仙にー」
「仙に召し上げられれば、虚海を渡ることができるんじゃないの?
蝕がある以上、被害のあることは避けられないけど、それなら被害は最小限で収まるんじゃあ」
そうか、と六太は呟く。


泰麒が見つかったら見つかったで新たな問題が持ち上がる。
もしもこちらの世界が泰麒を拒否したら・・・。
仙に召し上げるというのは氾麟の案。
尚隆が蓬莱に「里帰り」するのか、尚隆と景麒は奏に向かい、陽子と六太、そして李斎は蓬山の玄君に会いに行く。
これで泰麒は救われるのだと思った。
尚隆によって泰麒は仙に召し上げられ、こちらに戻ったら泰麒は麒麟の力を取り戻し、汕子や傲濫も清められ、麒麟として泰麒はすぐに驍宗を探し出し、戴に戻って阿選を討ち、国を建て直す。阿選 最期は驍宗と李斎と泰麒の笑顔で終わるのだと思っていた。
まだまだ私は甘かった、甘すぎた。


「泰麒はおそらく、角を失っていると思う」
神と人との間に住まう狭間の女はそう言った。
蓬山に辿り着いた、その翌日のことだった。


泰麒救出に関して玉葉に相談に行った六太達。
ちょっと前に尚隆と六太が陽子を助けた時にも、同様に相談したことが明かされるが、ここでその具体的な描写がされる。
泰麒が麒麟でないならば、角に原因があることはすぐにわかるだろうが、それでもすんなり納得できないほど「あり得ない」出来事だったのだろう。
泰麒、というより麒麟に対する尊敬、畏敬の念を持たない者がいるなどと少なくとも王宮にいて誰が思うだろうか。
かつて峯麟を弑した月渓が、王や麒麟に対する敬愛の想いを失うことはなかったように。


「泰麒は?穢瘁はそんなにひどいのか」
「ひどいのは確かです。
でも、御無事です・・・・・・
ええ、とにかくまだ命はおありです。
けれども泰麒は、こちらのことを覚えていらっしゃいません。
御自分が何者で、使令たちが何で、何が起こっているのかーまるで」
くそ、と延麒は吐き捨てる。


廉麟が泰麒と再会するくだりは、「魔性の子」で詳しく描かれるが、泰麒の大事なその時々に立ち会うことになる廉麟がとても好きだ。
もう少し漣国の話も読みたい。
「冬栄」だけではまだまだ足りない。


見えたのは、虚海の彼方、共に胎果で故国での姿を知らない。
たとえ泰麒が虚海の彼方を覚えていても尚隆が分かるはずもなく、また尚隆も泰麒と分かるはずがない。
ーただ、濡れた髪が巻き上げられて昏い光を弾き、それが尚隆にこの者特有の稀有な色を想起させた。


初めて読んだ時、ぞくりと鳥肌が立った部分。
胎果同士、かつてあれほど親愛関係にあった者同士が、故国で互いに見知らぬ姿で再会する。
荒れた海、逆巻く風、乱れる黒髪、一人は戦国時代を生き抜き、異世界にて王となる。
一人は「現代」の日本でごくごく普通の少年に 、それでいて現代社会にそれと知らずに恐怖と怨詛を巻き起こす怪物となる。
そして彼の正体は慈愛を持って人に対するが本性の麒麟・・・。
それにしても泰麒だけがなぜここまで凄まじい生き方を押し付けられるのだろう。
10年間行方不明になっていて、基本的な麒麟の能力を持たぬまま帰ってきた、それだけで麒麟としては異例のことなのに再びこれほどの惨劇に巻き込まれる。
そしてやっと帰って来たのに、泰麒の試練はまだ終わらない・・・。


玉葉は膝をつき、その憔悴した顔を痛ましそうに見下ろした。
「角がない・・・・・・穢れがある。
にもかかわらず、まがりなりにも成獣しておられるのはさすが黒麒と言うべきか。


黒麒であることなど何の意味もない。
むしろ黒麒であることでこれほどの運命を課されたのではないかとすら思う。
西王母の元に連れて行かれ、使令はとりあえず清められることになるが、無慈悲にも聞こえる西王母の言葉に対する李斎の怒りが爆発する。


「・・・・・・僕は間に合うでしょうか」
「−泰麒」
「たくさん時間を無駄にしました。
何も失くしてしてしまいました。
それでも間に合うでしょうか。
僕にもまだできることがあるとお思いになりますか」


目覚めた泰麒、李斎、六太、そして景麒と再会する。
泣き崩れる李斎、戸惑う景麒、でもやっと会えた。
長い間辛かったと泰麒は振り返り、そして景麒に聞く。
「・・・・・・僕は間に合うでしょうか」
泰麒が戻ってきたから戴はもう大丈夫。
とてもそうは言えない危うい状態。
「勿論です」
景麒の答えはあまりに甘い。 甘いけれど信じられる、そんな強さがある。
けれどもこの後戴に向かった泰麒のその後が書かれていないから、私達は李斎と泰麒のその後を案じながら、続編をひたすら待つことになる。


「中嶋さんは、いくつですか」
そう呼ばれると、妙に擽ったかった。
「ええと、泰麒よりもひとつ上かな。・・・・・・歳を数えても意味がないんだけどね」
言ってから、陽子は、あ、と声を上げた。
「高里君、と呼んだほうがいいのかな?」


陽子と泰麒の出会い。
成長した泰麒は、陽子と同年代になった。
陽子でなくても不思議な気がする。
異世界におけるファンタジーで、時代も同じ、世代も同じ異邦人が出会う。
尚隆や六太が同じ国にいたり、陽子に出会ったりするのは何とも思わなかったが、この時はかすかな違和感を感じた。
違和感と言っても心地よい違和感だ。
普通だったらあり得ない設定だろう、ファンタジー色が薄れるのを恐れるだろう。
にもかかわらず、ここで陽子と泰麒が出会う。掟破りの展開である、だからおもしろい。


「戴は国が荒れているとか。
その最中に、自分たちだけが国を見捨て、他国の保護を受けてぬくぬくとしているような台輔と将軍を失って、戴の民が嘆くとは思えないが」


謀反を起こした慶の内宰の言葉。
彼に関しては、後で浩瀚が冷酷なほどばっさりと切り捨ててくれているので(笑)、ここでは触れない。
ただこの言葉が、泰麒に少なからず影響を与えたことを思うと、やはり許せない気持ちになってくる。
泰麒も漠然とは考えていただろうけど、内宰の言葉が泰麒の背を押したようにも見えるから。


「僕たちは戴の民です。
求めて戴の民であろうとするならば、戴に対する責任と義務を負います。
それを放棄するならば、僕らは戴を失ってしまう・・・・・・」


まさに内宰の言葉をそのまま言葉を変えて言っているだけのように思える。
無謀、でしかないと思うのだが。
ここでは李斎以外誰もが泰麒の意思を認めているが、果たしてそうだろうか。
とはいえ、李斎は泰麒を失いたくないという思いや、自分に対する不安など、限りなく個人的な感情に振り回されているように見えるが、それを置いても無謀にしか思えない。

今何の力もない状態で戴に帰って何ができるだろうか。
架空の小説ならでは起こり得る奇跡など、「十二国記」には似合わないと思う。
陽子が雁に協力を仰いだように、現状では何もできない泰麒が慶はともかく、天に頼ることに何の恥があるだろうか。
「施し」ではなく、でき得ることをやり尽くしての上での援助の要請。

泰麒の決意は厳し過ぎる、そしてこの無謀な旅でもしも泰麒を失ったら、戴はどうなるのか。
まるで死出の旅にすら思えるような泰麒の決意。
でも、だからこそ戴は救われるのだと思いたい。
そんな続編を読みたい。
そんな願いがもしかしたら、かなうかもしれない。
そんな情報が先日もたらされた。
驍宗との再会、戴の復興を読めるものと信じたい。


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