禎衛(風の海 迷宮の岸)

蓬山で女仙たちのまとめ役だが、見た目は十八、九の娘。
いかなる経緯でいつごろ昇仙したのか自身が覚えていないほど蓬山住まいは長い。


彼女は女仙の一人だった。
十八、九の娘に見えるが、女仙の外見を信用してはならない。
いかなる経緯でいつごろ昇仙したのか、彼女自身ももはや覚えていない。
それほど長い間、蓬山にいることだけは確かだった。
五十人あまりいる女仙の中でも、禎衛ほど蓬山住まいが長い女仙はいない。

見た目は若い娘でありながら、貫禄があり、老成した雰囲気を漂わせている女仙。
初めて読んだ時「十八、九の娘に見えるが」を読み飛ばしてしまったらしく、しばらくの間30代くらいのイメージだった。


突然、大気が震撼した。
逆巻く勢いで突風が小径を駆け抜けた。
声を上げる暇もなく、禎衛はその場に薙ぎ倒される。同じように倒れた蓉可が悲鳴を上げた。

汕子、禎衛、蓉可、玉葉と主要な人物が紹介され、蝕によって物語は始まる。
冒頭出てきた少年は謎のまま。
泰麒が生まれるはずの泰果がもぎ取られる。
「魔性の子」を読んでいなかったこともあり、この時はまだ意味がよくわからなかった。


「玄君・・・・・・」
声を掛けてきた禎衛に頷く。
「諸国に朱雀を飛ばし、至急に蝕の方角を調べさせよ」
「かしこまりまして」
「月の出までに、ぞえ。女仙を集めて門を開く用意をさせよ」
「はい。ただいま」
女仙が方々に散っていく。玉葉は虚しく視線を上げた。
何度見渡しても、白い枝に金の果実は見出せなかった。

禎衛と玉葉の古風な語り口の会話が好きだ。
十分に貫禄がある禎衛が玉葉に礼を尽くす。
大変な衝撃を受けながらもうろたえることなく玉葉の指示を仰ぐ。
新入りの蓉可や、(女仙ではないが)激しい汕子との対比が際立つ場面。 ここでは実務的に上司を補佐する有能な官僚の雰囲気だが、後で一転泰麒が絡むと周りが驚くほどの激しさを見せる。
そんなことろも好きだ。


蓉可の傍らに平伏した禎衛が顔を上げる。
「おそれながら、泰果が見つかったとか」
「雁の麒麟が見つけてくりゃった」
「では、本当に泰麒が見つかったのでございますか」

十年の時を経て泰麒発見の知らせを受ける禎衛。
虚海を越えて遊びに、いえ探しに行くとすれば延麒六太、読まれてる(笑)。


「泰麒、こちらにいらっしゃいませ」
見かねて禎衛は女仙たちに声を掛けた。
「そのように浮ついては、泰麒もお困りでしょう。しばらく謹んで、汕子に任せておやりなさい」
言って禎衛は傍らに立った蓉可を振り返る。
「宮にお連れおし。露茜宮がよいだろう」

泰麒が戻り、玉葉が去った後、その場を仕切る禎衛。
汕子ほどではないにしても、泰麒の帰還を待ちわびていた蓉可の想いを察して応えてやる優しさがいい。
当時の職場の人間関係でけっこう悩んでいてこんな上司がいいなあと、本気で思った記憶がある。
「十二国記」の観念で言えば、「自分のことは棚に上げて」というところだろうが。


むきになる蓉可の周りを女仙は取り囲む。
踊るように近づいて蓉可の足元に布を積んでは、はやしたてて離れていく。
それを見守っていた禎衛もまた、笑った。
「そんなに蓉可を苛めるものじゃない」

蓬山に女仙 は多いが、実は禎衛と蓉可の他は皆似た感じで際立った個性がない。
それだけに18,9才の娘にしか見えない禎衛が50人あまりいる女仙をまとめ上げている図も違和感なく受け入れたが、実際に見たら不思議な感じだろうなと思った部分。


まだどこか釈然としない様子で頷く泰麒を見つめながら、禎衛は内心で眉を顰めた。
十年もの長い間、人として暮らしてきた泰麒が果たして転変できるのだろうか。
転変しない麒麟はいないが、もしもその最初の例になれば、それはかなり不憫な話だ。

蓉可は、そしてたぶん他の女仙たちは気づいていない泰麒の危うさに禎衛だけが気づく。


「このー痴れ者が!」
あまりに激しい恫喝に、男が半歩退がる。
「戴国馬州はかくも愚かな者に、司寇大夫の位をくれてやってか!」
男はさらに半歩退がった。

時折見せる禎衛の激しさ、かっこいい(笑)。
口調が古風なだけに、余計貫禄があるが、この場面だけは泰麒への同情よりも、醐孫にお礼を言いたくなってしまった不謹慎な私がいた(笑)。
こんなとんでもない男でなければ、禎衛のこれだけの激情を引き出すことはできなかったろうから。
後でもう一人、禎衛の逆鱗に触れそうになる人物が現れるが、こちらはさすがに禎衛と対等に渡り合うだけの貫禄を持っていた。


「針仕事にうんざりしただけですよ。
自慢じゃありませんが、あたしはこういうことが苦手なんです」
「ぼくに手伝える?」
「あらあら、それはありがとうございます。
でも泰麒に禎衛より上手に縫っていただいたら、あたしは顔を隠して行方をくらまさなきゃなりません。
ーお気にせずに遊んでいらっしゃいまし」

「針仕事の苦手な禎衛」、もしかして不器用?一気に禎衛が身近に感じてしまった一文(笑)。
その場を取り繕うためだったとしても、この完璧な女性からこんな言葉が飛び出すと、根っからの不器用者の私としては嬉しい限り。


嬉しそうに笑って、慌てて景麒を追っていく泰麒を玉葉も女仙たちも微笑んで見送る。
二人の姿が消えてから、禎衛は憚るようにして玉葉に声を掛けた。
「ご無礼とは存じますが・・・・・・」
「申してみや」
「おそれながら、景台輔は気安いとは申しあげかねるお方。
・・・・・・その・・・・・・泰麒とは」

よりによって景麒を、と誰もが思った玉葉の選択。
この選択は意外なことに泰麒にとっても景麒にとっても大きな効果を上げた。
しかし同時に景麒にとって大きな傷にもなった。
景麒が変わっていなくても景王は滅びていただろう、けれど景麒が変わっていなければ、もしかしたら景麒も滅びていたかもしれないと思うと、この時の玉葉の選択がさらに重いものに思えてくる。


女仙もまた同じように言って、泰麒の背中を撫でた。
温かな手で泰麒の手を引いて、露茜宮に連れ戻ってくれた。
蓉可も禎衛も、同じように慰めてくれた。

優しく、道理をわきまえた女仙である禎衛と泰麒の間にも、どうしても越えられない壁がある。
慰めの言葉と撫でる手で泰麒を癒そうとするが、一番奥底の泰麒の一番傷ついた部分に届かない。
王への期待や折伏、転変への期待も含め、やはり生きてきた世界の違いでどうしようもないことかと思っていたが、意外なことに泰麒の奥底まで届いたのは、景麒の手だった。


「・・・・・・どうしてみんな座っているの?」
「それが礼儀だからですよ」
禎衛はすでに、身分という言葉を泰麒がうまく理解できないのを呑みこんでいた。

けれど常識的な泰麒の戸惑いならさすがにきちんと把握し、対応しているところが好ましい。


「外に出ても大丈夫だと思う?」
禎衛も笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。あたしどももついておりますし、人も多い。
いつぞやのような不心得者がおりましても、周りの者が先を争って助けてくれましょう。
なにしろ誰も彼もが泰麒にいいとことろを見せたくてしようがないんですから」
蓬蘆宮に忍びこもうとした愚者が、すでに十人ばかり蓬山の外に放り出されていたが、女仙の誰もそんなことを泰麒に知らせるつもりはなかった。

王を選ぶ責任を必要以上に感じながら、それがどういうことなのかをひとつわかっていない泰麒。
禎衛をはじめとした女仙たちが絶妙のフォローを見せるが、できれば他の麒麟(景麒や麟tたちや)が蓬山で暮らしていた頃の生活と、女仙たちの接し方も読んでみたい。


禎衛は驍宗を見据える。
「・・・・・・たいした自信じゃが、奢りでないと申せるかえ」
それを見返す驍宗の目のほうがいっそう烈しかった。
「たかが女仙にご心配いただくまでもない。公は我が戴国の麒麟。公の御身の安全を願うに、戴国の民以上の者があってとお思いか。
それこそ女仙方の奢りと思うが、いかが」
睨みあうこと僅かものち、禎衛のほうが視線を逸らした。
「・・・・・・確かに、お任せいたしましたよ」

禎衛のクライマックスともいえる驍宗との苛烈なやり取り。
驍宗と対するに、李斎の柔らかさもいいが、禎衛の苛烈さもいい。
後で驍宗が王になった時、禎衛は驍宗に仕える立場となるが、いっそその平伏が物足りなかったくらい(笑)。


「ご心配には及びませんとも」
「そうであらせられればよいが。
・・・・・・これを言うのは戴国の民としては許されぬことやもしれないが、できるだけ長く蓬山におられたほうが公ご自身のためであろう」
禎衛はまじまじと驍宗を見た。
この男はものの道理を分かっている。天啓のないのが、惜しまれるほどだ。

さすがに驍宗の真意の理解は早い。
蓬山にも必要な存在だろうが、できれば驍宗について戴に行って欲しかった。
驍宗の諌め役として彼女以上の存在はないような気がする。
李斎らの心酔は、後になってみればとても危ういものだった。


「お慶び申しあげます、驍宗様」
泰麒の肩に手を置いた人物は、笑みをうかべたままうなずく。
禎衛は平伏したまま言った。
声はかすかに震えていた。
「万歳をお祈り申しあげます。・・・・・・泰王ならびに泰台輔」
ー泰麒の罪は確定した。

驍宗が王に選ばれ、逆転した驍宗と禎衛の立場。
当然とはいえ丁々発止の喧嘩?が見られなくなるのは寂しい限り(笑)。
驍宗にここまで喧嘩売れる(違うけど)人物は他にいないからなあ。
禎衛には驍宗について行って小姑役として仕えて欲しいくらいだった。


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