その他の世界をたどる道(六)


7月11日神田明神資料館
神田明神にある資料館。
いつも気になっていましたが、なかなか時間が取れず、先日やっと見て来ました。

拝観料300円を払って教えられた方に向かうと、外の騒がしさが嘘のような、静かな空間が迎えてくれます。
そう、拝観者は私1人だけなのです、何という充実感。
赤いカーペットが敷かれた長い廊下を、両脇の浮世絵を眺めながら歩き、暗闇や社殿の脇で読経を聞きながら しばらく佇み、資料館に入る前にすでに昔の神田に入り込みます。
迷路、ではありませんが、展示室に入るまでが結構長いので様々な工夫が凝らされていて、それだけで満足です。

展示室に入って真っ先に見つけたのが、神田祭のジオラマ。
江戸時代と現代の2パターンがあって、もちろん現代の方が色彩豊かで大がかりなのですが、江戸時代の素朴な神田祭の ジオラマに見入ってしまいます。

次に気になったのが、芸者さんだった明神下・神田福丸さんが、かつて神田祭で着た手古舞衣裳。
手古舞とは、祭りで行列の先導する舞で、福丸さんが奉納した物だそう。
ブログに写真を載せましたが、自分が写り込まないよう、斜めから撮った写真なのでその美しさが、残念ながら伝わりません。
是非資料館に行って見ることをお勧めします。

3つ目は日本の初代天皇神武天皇の巨大な像。
薄暗い部屋の中で、かなりの迫力を持って迫って来ます。

他にも平将門、神田明神、神田祭の山車や資料、美しい浮世絵や屏風(さすが千代田区だけあって数が多いです)など、あっという間に 2時間たってしまいました。
それでも見尽くした気にはならなかったのですが、残念ながら時間切れ。

天野屋さんで甘酒飲んで次の地へ。
300円で見れるなら何度でも来たい、そんな素敵な場所でした。
私がお邪魔した日は常設展示だけでしたが、江戸に関する特別展示を開催することもあるようですよ。
そんな機会に再訪したいと思います。 「ひとりごと」 にも写真を載せてあります。

★千代田区外神田2−16−2
(2019年7月11日の日記)
7月24日入谷鬼子母神(真源寺)
鬼子母神とは、1000人の子を産んだが、他人の子を奪って食べたという仏教上の恐ろしい夜叉のこと。
その悪行を見かねたお釈迦様が、鬼子母の最愛の末子を隠して戒めたのを機に改心し、以後、安産と子育ての神となり、現代まで暑い信仰を受けている。
(昭文社「東京下町を歩く」参照)

入谷と雑司ヶ谷の鬼子母神には行きます。
鬱蒼と茂った木々に囲まれた素朴な雰囲気の雑司ヶ谷(都電荒川線で行くと、素朴な雰囲気がさらに増します)と、交通量の多い言問通りの入谷交差点に面した華やかな入谷。
どちらも好きですが、特に好きなのは柘榴の花が咲き誇る6月頃でしょうか。
入谷は朝顔市が有名ですが、私が好きなのはあの鮮やかな柘榴の花の色。

葉の緑とのコントラストが青空に映えて見飽きることがありません。
特に入谷は池波正太郎記念文庫に近いので(歩いて10分くらい)、花が盛りの6月はよく行きます。

と書いているうちに6月も過ぎ、7月に入り、今年も入谷の朝顔市に行きそびれてしまいました。
忙しかったのもありますが、この天気で体調を崩したこともあります。
「梅雨寒」という言葉、字で書くと風流な気もしますが実際に体で感じるとかなりこたえますね。
気温に関わらず、エアコンがんがん効いてるスーパーなんかももありますし。

ひとりごと」 にも写真を載せてあります。

★東京都台東区下谷1-12-16
(2019年7月24日の日記)
7月28日香取神社(香取明神)
将門を追討した藤原秀郷(ひでさと)が戦勝祈願をしたと言われ、武芸者たちから信仰を集めた。
香取神道流の流れを汲む剣豪、塚原卜伝や剣聖・千葉周作らも詣でたという。現香取神社。
(人文社「もち歩き江戸東京散歩」参照)

亀戸と言ったら亀、そして大根。
亀はいわれも有名ですが、大根はなぜ?とずっと思っていたのですが、「升本」さんのところで答えを見つけました。

          ☆           ☆          

亀戸大根は、文久年間(1861年〜1864年)の頃、香取神社周辺で栽培され始め、さかんに栽培された明治の頃は 「おかめ大根」とか「お多福大根」と呼ばれていましたが、大正初期に産地の名をつけて「亀戸大根」と呼ばれるようになりました。

          ☆           ☆        

こう書かれています。
現在は住宅化が進み、栽培されることもなくなって「幻の大根」になってしまいましたが、それを復活させたのが升本さんです。
実は亀戸に行くたびに気になっていたのが、お店の前に大根を飾っているお店で、そのお店こそが升本さんでした。
(ただランチにするには少々値が張る敷居の高いお店なので入ったことはありません。)

さて大根の説明に「香取神社」が出てきましたね。
初めて行った時、神社内にある「亀戸大根の碑」のインパクトが強過ぎて、そこしか覚えていませんでした(笑)。
それではあまりに失礼なので、先日改めてお参りしてきました。
現在の香取神社は、大根よりもスポーツの神様として有名なようです。

亀戸天神に比べて人も少なく静かな感じですが、決して閑散としているのではなく雰囲気のある感じ。
藤祭りなどで特に混雑している時は、帰りに香取神社に寄るとほっとします。
亀戸七福神のうち、恵比寿神と大黒神が祀られているので、いつか廻ってみたいと思っているのですが・・・。

あと勝利祈願の勝石や、とにかく見るべき物がたくさんあって、あっという間に時間が過ぎてしまいます。
でも私は最初の頃、「勝石」が由来を説明したまあるいオブジェ?だと勘違いしてて、そればかり触っていたんですよ(笑)。
それほどこのオブジェもインパクトもあるものでした。
厳かでありながら、どこか遊び心を感じてしまう、そんな神社です。

ひとりごと」 にも写真を載せてあります。

★江東区亀戸3-57-22
(2019年7月28日の日記)
7月31日谷中銀座
JR日暮里駅と地下鉄千駄木駅の中間にあり、谷中の人々の暮らしを支えている商店街。
下町の人情にあふれ、どこか懐かしい雰囲気が漂う。
総菜や菓子の名店、民芸品店など、約60軒が軒を連ねる。
(昭文社「東京下町散歩」参照)

谷根千を最後にゆっくり歩いたのはいつのことだったかなあ。
「一日で回り切るのは絶対無理ですよ。」
初めて来た時、本屋さんの御主人だったか、に言われて以来、ここに来るたびにこの言葉を思い出します。
だって何度来ても楽しいんだもの、何度来ても飽きないんだもの。

でも最近はすっかり御無沙汰してたので、今回根津神社の近くに用事があったのを幸い、谷中銀座まで 足を伸ばしてみました。
あいにくの天気でしたが、それでも観光客や地元の人たちで賑わっています。
そして猫!猫!猫!

残念ながら私はアレルギーがあって、あまり動物に近づけないのですが、この時ばかりは後で鼻がぐずぐず、 くしゃみも止まらなくなることを承知の上でなでまくってしまいます。
だって人慣れしてて可愛いんだもの。
お店の猫だと、そのお店の御主人と猫をきっかけに話ができたり、お勧めを教えてもらったりできるしね。

そして夕やけだんだんを降りてってひとしきり歩いた所にあるやなか珈琲店も一休みに必ず寄る所。
喫茶店ではなく販売がメインのお店で、お店も狭く、小さなカウンターがあるだけなので、5,6人も入れば もう満席。
でも焙煎するコーヒーのいい香りを楽しみながら和んでいると、地元の人がどんどん入って来てはコーヒー豆を 買って行きます。

そして帰りはマミーズ・アン・スリールで甘さ控えめアップルパイ。
実は池袋東武にあったお店が閉店しちゃったんですよ。
気軽に買えてたのに残念です。
それにチェリーパイ、レモンパイなどコージーミステリ好きにはたまらないパイも(季節限定で)扱っているので、 これからはちょこちょこチェックしに来ようかな。

ひとりごと」 にも写真を載せてあります。

★東京都台東区谷中3-13-1
(2019年7月31日の日記)
8月20日矢切の渡し
400年近い歴史を持つ江戸川の渡し船で、東京近郊では唯一残っているもの。
10人ほど乗れる船が、柴又と対岸の千葉県松戸市を10分弱で結んでいる。
歌にも歌われたことから、松戸川の船着き場近くには「矢切の渡し」の碑が立ち、そこから1.5kmほど歩いた 西蓮寺(さいれんじ)には伊藤佐千夫の「野菊の墓」の文学碑も立っている。
(山と渓谷社「東京下町歩く地図帳」参照

「男はつらいよ」に興味はない私ですが、柴又帝釈天は好きです。
演歌も興味はない私ですが、「矢切の渡し」は好きです。
というわけで、機会があればよく柴又に行きます。
雰囲気が好きなんですよね、とても居心地がいい。

以前柴又帝釈天は紹介しているので、今回は矢切の渡しです。
と言っても柴又側から船に乗って松戸に着いて、「わあ、千葉県上陸だ!」って喜んで写真を撮って帰って来るだけなんですが(笑)。
「野菊の墓」は読んだことがないので、今回ガイドブックを読むまで西蓮寺の「野菊の墓」の文学碑も知りませんでした。

まあ観光のための渡し船と言えばそれまでですが、池波さんが描かれた渡しの雰囲気は感じ取れなくても、かつて こうやって川を越えて移動することもあったと、ちょっとだけ秋山小兵衛の気分も味わえます。
船頭さんはむっちりした若い女性じゃないですが(笑)。

でも柴又に来ると平成8年に亡くなった渥美清さんがまだお元気でこの界隈を歩き回っているような錯覚を覚えます。
それだけ寅さんはこの街に馴染んでいたのでしょう。
また、街の人の中で寅さんは生き続けているのでしょう。
この地に観光客として来る人もほとんど寅さんの故郷としての柴又を求めているのではないでしょうか。

私は寅さんは見たことありませんが、「寅さん金田一」の「八つ墓村」は見ました。
物静かな寅さん、石坂浩二さん、古谷一行さんの金田一耕助とは似ても似つかぬ金田一でしたが、とてもおもしろかったことを覚えています。

ひとりごと」 にも写真を載せてあります。

★東京都葛飾区柴又7丁目18先
(2019年8月20日の日記)
8月28日湯島聖堂
1691年(元禄4年)、5代将軍・綱吉は上野忍岡(しのぶがおか)にあった林家邸内の孔子廟を湯島に移し、官学の府とした。
併設の昌平黌(こう)は林家の私塾だったが、1797年(寛政9年)に独立し、昌平坂学問所を開設。
当時の建物は、一部の門と水屋を残し、関東大震災で焼失した。
(株式会社KADOKAWA「大江戸今昔マップ」参照

湯島聖堂と言えば、神田明神のほぼ向かい側にあり、神田明神に行ったついでに時間があれば寄ることが多いです。
あまり詳しいことは知らなかったので、今回調べてみました。

上記の説明にある林家とは、江戸時代の儒学者林羅山のことで、忍岡は現在の上野公園。
5代将軍徳川綱吉と言えば「生類憐みの令」の悪法(とされる法)が直ぐに思い浮かびますが、最近再評価の動きも出ているそうです。
私も湯島聖堂に綱吉が関わっていることを知った時は驚きました。

さて、その湯島聖堂はあまり話題になりませんが桜の美しい場所です。
どうしても派手な神田明神の陰に隠れてしまいがちですが、いつ行っても大混雑の神田明神に比べ、しっとりした落ち着いたたたずまいの 湯島聖堂は穴場と言えるかもしれません。

関東大震災で入徳門と水屋以外焼失し、現在の大成殿は1935年(昭和10年)に伊藤忠太により設計されたもの。
伊藤忠太の名前は築地本願寺に行った時に覚えました。
他にも東京では明治神宮や靖国神社遊就館が有名です。

ここに来ると歩き回って見学するというよりも、ぼーっと佇んでいることが多いです。
何を考えるでもなく、歴史に思いをはせるでもなく。
意外とこういった場所は少ないのではないかと思います。

ひとりごと」 にも写真を載せてあります。

★東京都文京区湯島1-4-2
(2019年8月28日の日記)
9月2日アンヂェラス
帰りぎわには「アンヂェラス」へ寄って、ダッチ・コーヒー。
これはもう、習慣のようなものになってしまった。
(新潮社「散歩のとき何か食べたくなって」参照)

この本を読んだ私が「アンヂェラス」に初めて行ったのは、上京後間もなくでした。
緊張でガチガチになりながら(笑)、ダッチ・コーヒー(水出しコーヒー)とロールケーキを注文したことを覚えています。
今のように気軽に写真が撮れる時代ではなかったので、その時の写真はありません。

ロールケーキの濃い甘さとコーヒーのおいしさに「瞠目」したものの当時は他にも行きたいところが多すぎてそれっきり。
「閉店」のニュースに驚いたものの、結局行けずに終わってしまいました。
ホットケーキの「万惣」も行けなかったなあ・・・。

池波さんが愛した、というだけで特別な存在になるお店は多かったですが、敷居の高い所も多かったのは事実。
それでもアンヂェラスは馴染んで通いたくなるような雰囲気に満ちた喫茶店でした。
最近カフェは行くけど喫茶店には行かなくなりました。
神保町で古本屋巡りをするよりも、ネットで買った方が手っ取り早いからでしょうか。

初心に帰って久しぶりに神保町にいって見ようかと思います。
昔通っていた喫茶店はまだ残っているでしょうか。
残っていて欲しいです。

ひとりごと」 にも写真を載せてあります。

★東京都台東区浅草1-17-6(閉店)
(2019年9月2日の日記)
10月8日趣味どきっ!京都・江戸魔界めぐり #5狐
人口が増え続けた江戸時代、商人や職人などの庶民に信仰されていたのが稲荷神社です。
「お稲荷さん」と親しみを込めて呼ばれた神様のお使いが狐でした。
江戸の人々にとって、狐は特別な存在なのです。
(NHK出板「NHK趣味どきっ!京都・江戸魔界めぐり 」参照)

もう終わってしまいましたが、8月から9月にかけてEテレで「NHK趣味どきっ!京都・江戸魔界めぐり 」という番組が放映されました。
京都編は猿(赤山禅院他)、鬼(貴船神社他)、百鬼夜行(大将軍八神社他)、荒振神(羅城門跡他)、江戸編は狐(王子稲荷神社他)、 河童(合羽橋他)、天狗(高尾山他)、お岩(四谷他)が取り上げられています。
京都も行きたい所ばかりでしたが、江戸編は高尾山をのぞいて全部何度も行った場所ばかり、サイトでも紹介した場所ばかりで嬉しくなってしまいました。
改めて江戸編をテキストに沿ってまとめていきたいと思います。

江戸で狐と言えば、やはり有名なのは「王子の狐」でしょうか。
落語の「王子の狐」、浮世絵は歌川広重の「王子装束ゑの木大晦日の狐火」、王子稲荷神社の大晦日イベント「狐の行列」等々。

落語「王子の狐」は、人を化かすことが得意な狐が逆に騙される話です。
ある男が、綺麗な娘に化けた狐に化かされたふりをして、狐を近くの料亭(扇屋)に連れ込みます。
散々飲み食いして酔いつぶれた狐を置いて男は逃げ出し、正体がばれた狐は慌てて逃げ出しました。
後で反省した男は、お詫びにぼた餅を持って謝りに行きますが、狐には会えず。

代りにぼた餅を受け取った子狐が「食べてもいいかい?」と母狐に聞くと、母狐は「いけないよ、
馬の糞かもしれない。」と言ったというオチがつきます。
男が逃げ出す時に、扇屋名物の玉子焼きを土産に持って帰りますが、それほど扇屋さんの玉子焼きは有名です。
(現在は料亭は廃業、玉子焼き販売のみを行っています。)

お店の向かいの小径から進むと、やがて久寿餅で有名な石鍋商店、金輪寺、王子稲荷神社、名主の滝公園と観光名所が続きます。
番組では王子稲荷の「御石様」と「お穴さま」が紹介されていました。
御石様は願い事をしながら持ち上げ、軽ければ願いはかなうけど重ければかないづらいと教えてくれる?石。
お穴さまは急な石段を上った上にあり、かつて狐が住んでいた穴なのだそうです。

王子駅に戻って北本通りに出て、向かうのは装束榎。
小さな可愛い神社です。
最近は狐の行列が有名になり、大晦日は見物人が多すぎて、行列を見るのも大変です。
ここには先ほどの扇屋さんにちなんだ「いざあけん ゑびや扇屋とざすとも 王子の狐かぎをくわえて」と彫られた石碑と、その句の通り、鍵をくわえたお狐さんを見ることができます。
もう1匹は玉をくわえているのですが、これは装束榎神社に限ったことではないようです。

日本最古の花火業者「鍵屋」が当時信仰していたお稲荷さんから「鍵屋」を屋号とし、のれん分けした店には「玉屋」の屋号を与えたことから 花火見物で「鍵屋〜玉屋〜」のかけ声が上がるようになったと言われています。

ひとりごと」 にも写真を載せてあります。

★東京都北区岸町1-2-26(王子稲荷神社)
(2019年10月8日の日記)

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