妖狼族の若頭



「頭ぁ?おれがか?」

月も雲に隠れた暗闇の中、滝の落ちる轟音が響く洞窟に青年の声が響いた。
その声は如何にも面倒、と言った風な口振りだ。
闇でその表情までは窺えないが、恐らく今にでも話を切り上げたいという表情をして いるのだろう。

「然様。御主も見たであろう。頭(あれ)が極楽鳥に捕われる様を。
 あれはまず助からん。
 主も知るとおり、やつらは獲物を生かしておくなどということはせん。
 捕まれば後は巣に持ち帰って喰われるだけじゃ。
 こうなっては、一刻も早く『次』を決めねばならん。」

不機嫌な様子の青年をよそに、老人は至って重々しく言葉を発する。
そして再び洞窟の中が滝の音のみに支配されたとき。
月が雲から顔を出し、洞窟の中に弱々しい光が差し込んだ。
弱光に照らし出された老人の、そして青年のその姿は、人ではない妖(あやかし)の もの。
彼らは妖狼族・・・人の形をとる狼妖怪である。
老人はその一族の長、そして青年はその一族で最も勇猛である、鋼牙という名であ る。

「・・・だから、おれになれってか?」

明らかに不満を前面に出すような溜息を吐きながら、鋼牙は今一度、長を見据える。

しかし、それでも長は真剣な表情を崩さない。
それも当然、今、彼ら妖狼族は、天敵である極楽鳥との争いで一族の頭(かしら)を 失ってしまったのだ。

「鋼牙。御主以外、なる者がおるか?
 頭は一族の誰もが認める者でなくてはならん。」
「認めるとか認めねえとか、そーゆーのが面倒なんだよ。」
「鋼牙!」

頭となることを受け入れようとしない鋼牙に、長は声を荒げ怒る。

だが鋼牙は意に介さず、逆にさっきまでとは違った力強い口調で、しかしどこかぶっ きらぼうに言い放った。

「安心しな。別に誰に言われなくてもあの鳥どもはおれたちでぶっつぶす。
 他のやつらも頭がやられていきり立ってるからな。」

「そうか・・・。なる気は、無いか。」

長は鋼牙の態度に諦めたのか、力なくもらした。
だが次の瞬間、

「ならば、御主は何故その刀を差している?」

まるで鋼牙を責めているような口調での問いに、鋼牙は一層不機嫌な表情になる。
そして長の視線の先にある、自らの腰に差した刀を見る。

「その刀・・・妖狼牙は、一族を率いるに値する者の証として授けられるもの。
 即ち、それを差すことが頭の証でもある。
 代々そうして受け継がれてきたそれを、頭でもない貴様の如きヒヨッコに差す資格は無い。
 それを何故貴様が腰に携えておるのだ?」

「知らねえよ。頭が連れてかれるときにたまたま落っこちたのを拾ったら、何となく
気に入っただけだ。
 大体まだ一回も抜いたことすらねえ。」

「たまたま・・・か。本当にそうか?」

「あ?」

長の言葉に、鋼牙が訳が解からないといった表情を返が、長はそのまま話を続ける。

「刀・・・特に名刀や妖刀などと呼ばれるものには、持つものを選ぶ刀も在るという。
 御主がその刀を自然と手にしたのも、主がそれに認められたということであろう。」

「だから、誰に認められるの認められないのは関係ねーって・・・」

鋼牙が文句を言いかけたのを制し、長が先程までとは打って変わった、穏やかに、諭
すように言う。

「鋼牙。御主が頭というものをどう考えておるのかは知らん。
 知らんが、これだけは覚えておけ。
 頭とは決してただ勇猛である者のことではない。牙の鋭さや足の速さを皆に認められようと、頭にはなれん。
 皆に命を下すだけのものでもない。
 頭とは、一族をどれだけ思い、思われておるかだ。自身も含めてな。
 ・・・皆、御主がどれだけ一族の仲間を大切にするか分かっておる。
 『認める』とはそういうことだ。
 或いは御主よりもその刀の方が、それを理解しておるのかもな?」

最後は少し皮肉めいた冗談で、鋼牙に問う。
はっきりと言葉にはしていないが、その声には確かに同意を求める意志が含まれてい
た。
無論冗談にではなく、話の本題についてである。

「・・・・・・・」

鋼牙もその意を察したようで、憮然としながらも、その目は真剣なときのそれになっ
ている。
そしてその表情と沈黙は、肯定と同意を示していた。もっとも、多少不本意ではある
ようだが。

互いに目の前の相手を見据えたまま、暫しの沈黙が流れた。洞窟を再び弱光と滝音だ
けが支配する。
だがそれも少しの間で、不意に鋼牙が立ち上がり、洞窟の出口へと向かう。
そして腰の刀を直しながら、長に

「それじゃー、戻って鳥どもぶっ倒しにいってくらあ。」

それだけ言った。
長はその姿を、先程と同じ穏やかな目で見送った。

洞窟の外へ出た鋼牙のその瞳は、夜空に浮かぶ月と強い光を宿していた。

              <終>


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HP立ち上げ当初からリンクさせていただいている 「飛べない鳥 −キウィ− (現在は「コンセント。」と改名されました)」の薐守さんから、「一陣の風」1万HITの お祝いに小説をいただきました。

薐守さんのメッセージ

「鋼牙が犬夜叉一行と出会う前、若頭となるときという設定で、折角なので?妖狼牙にもちょい設定を加えて登場させてみました。
私の鋼牙の印象では、あまり頭とかの地位などは好まない感じだったので、これで行こう!ということで。
因みに作中の不機嫌な鋼牙は、まるきりカードの不貞腐れた姿のイメージです(笑)」

とのことですが、鋼牙が「若頭」になったきっかけなんて、全く思いもよらないことだったので本当にびっくりしました。
しかも鋼牙と妖狼族の長との会話を丁寧に書かれていて、素晴らしいです。
こういった文章を読むと、私のおはなしなんて言葉の遊びに過ぎないなあとつくづく感じてしまいます。
私もこんな小説が書けるように、もっと勉強せねば!

薐守さん、本当にありがとうございました。


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