第2話 娘


私の村は、貧しい村です。
毎日朝早くから夜遅くまで一生懸命働いて、取れたわずかな米や野菜を、皆で分け合って何とか暮らしています。

そんな村にある日旅の若い法師様がおいでになりました。
お供に銀髪の恐ろしげな犬妖怪ときれいな女の人がふたり、子供が1人にあれが猫又というものでしょうか、しっぽが2つに分かれた仔猫を連れていらっしゃいます。

近くの森に物の怪が住んでいて毎夜畑を荒らすので、村長様が物の怪退治をお願いしたのだそうです。
私は一生懸命おもてなししました。
畑が荒らされたら私たちは生きてはいけません。
何としても法師様に物の怪を退治していただかなくてはなりません。

それにしてもなんと美しい法師様でしょうか。
今まで法師様といえばしわくちゃのお爺さんしか見たことがなかったので、私はすっかり見惚れてしまいました。

法師様と目が合うと顔が赤らみ、胸が痛むのです。
そんな私の手を取って法師様はおっしゃいました。
「私の子供を産んでくださらんか。」

なんて嬉しい言葉でしょう。
迷わず私は「はい。」と答えていました。
喜びが体中から溢れ出してくるような気がしました。

それなのに法師様はなぜか困ったような笑みを浮かべていらっしゃるのです。
私が断るとでも思っていらしたのでしょうか。
どうしてそんなことがありましょう。
私はうつむいてしまいました。

と、その時凄まじい平手打ちの音が聞こえました。
驚いて顔を上げるとどうしたのでしょう、お供の1人、大きな「く」の字の形をした板を背負っていた女の人が、法師様にくってかかっているのです。

顔は真っ赤で今にも泣き出しそうです。
法師様は腫れあがった頬を押さえながら、なにやら一生懸命なだめておられる様子。
この女の人は法師様の恋人なのでしょうか。
ならばなぜ法師様は私にあんなことをおっしゃったのでしょう。

私はどうしたらよいのかわからず、逃げ出してしまいました。
やがて法師様は無事物の怪退治を終え(実際に退治したのは銀髪の犬妖怪だったそうです、やっぱり恐ろしい・・・)村を発つ日がやってきました。
私は法師様にお願いしました。
「どうか私を連れて行ってください、どんなことでもしますから。」
取りすがってお願いしました。

するとあの犬妖怪が「おめえは邪魔だ、強くもなけりゃあ特別な力もねえ。足手まといなんだよ!」などと言うのです。
「でも法師様は私に子供を産んでくれとおっしゃいました。」
私も必死でした。

今度は不思議な着物を着た方の女の人が申し訳なさそうに言いました。
「この人、出会った女の人みんなに言うから・・・。」
なんて残酷な法師様でしょう。
涙が溢れてきました。

なぜか慌てた様子で犬妖怪が言いました。
「おめえはこんなスケベ坊主なんかにゃ勿体ねえ。
こんな奴のことなんか早く忘れて幸せになるんだよ。」
不思議です、あんなに恐ろしかった犬妖怪がこんなに優しいなんて。

「ありがとう・・・。」今度は嬉し涙が溢れてきました。
「良かったね、犬夜叉。」
不思議な着物の女の人がにこっと笑いました。
犬夜叉って名前だったんですね、ありがとう犬夜叉。

「ちゃんと謝るんだよ、法師様。」法師様の恋人らしき女の方が、法師様の耳を引っ張ってこちらに連れてきます。
情けなさそうな法師様の顔、思わず笑ってしまいました。

私には何にもありません。
強くもないし、不思議な力もありません。
妖怪に襲われたらひとたまりもないでしょう。
最初から法師様につりあうはずはなかったのです。
一緒に行けるはずがないのです。

私はこの村で生きていきましょう。
私らしく、幸せに。
でも法師様だけは許せない、許せないけど憎めない。
きっと法師様の恋人(法師様は珊瑚と呼んでいました)も同じ想いなのでしょう。
どうか、どうか法師様をお守りください。
どうかご無事で・・・。




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第8話 おしゃべり


 (桔梗、鏡に映る自分の姿に見入っている。)
 (白い指で所在なげに作り物の懐剣をもてあそんでいる。)

「もうちょっと伏目がちにして、そう・・・、それから右斜め上を見上げるような感じ。
 あっ、縦じわはだめ、気難しく見えちゃう・・・。
なんだか気が乗らないなあ、久しぶりの出演なのに、・・・。」

 (桔梗、台本に目を落とす。)

「憎々しげな高笑い・・・か、ちょっと練習してみようかしら。

 (オーッホッホッホッホッ! 桔梗高笑い)

 やだ、これじゃタカビーなお嬢様じゃないの。
 タカビーだって、死語だわね。
 ま、いっか。 死人(しびと)だし。」

   (桔梗、くすっと笑う。)
   (トントントン、軽いノックの音。)

「あら日暮さん、どうしたの?」

「こんにちは桔梗さん、おひさしぶりです。
 廊下歩いてたら、桔梗さんの楽屋からすごい笑い声が聞こえてきたので、どうし たのかと思って。」

「あはははは、ごめんね。
 ちょっと練習してたの、憎々しげな高笑い。」

「桔梗さん、高笑いなんかするんですか?イメージ違いますね。」

「そうなのよ、しかも今日はこの懐剣で犬夜叉くんを刺そうとするのよ、  私・・・。(ため息)
 しかもこの懐剣、抜き身で袖口から出してくるのよ。
 作り物だから怪我はしないけど、それなりの持ち方しなきゃおかしいでしょ?
 刃の方つかんで出すわけにはいかないし・・・。

 あーあ、ただでさえ出番が少ないのにこれじゃあまるっきり悪役だわ。
 日暮さんはいいわよね、いつも犬夜叉くんと仲良くできて・・・。」

「そんなことないですよ。
 私だって原作の3倍は『おすわり』言ってるし、なんかきついしお調子者だし、自分が自分じゃないみたいで・・・。

 私が演じたかった『かごめ』ってこんな子じゃないのにっていつも思って  るんですよ。
 犬夜叉くんにも申し訳なくて・・・。」

「ふ〜ん、日暮さんも大変なのねえ。
 ところで犬夜叉くんは今どこにいるの?」

「楽屋にこもってるみたいですよ。
 今日は桔梗とかごめの女の戦いだから私たちと顔を合わせたくないんですって(笑)。」

「犬夜叉くんは感情移入型だからねえ。
 その点女は強いわよね。(笑)
 対決の直前までこうやっておしゃべりしてるし・・・。」

「そうですね(笑)。」

 (廊下で「出番で〜す!」と桔梗とかごめを呼ぶ声。)

「さっ、行こうか。
 2人して犬夜叉くんをいじめちゃお!」

「あはははは、賛成ですっ!」

 (ぱたん、ドアの閉まる音。)




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