犬夜叉考察 31
11月22日高橋留美子×板垣恵介レジェンド対談
かなり遅くなりましたが、9月30日に発売された「週刊少年チャンピオン」44号掲載の「高橋留美子× 板垣恵介レジェンド対談」感想です。
「少年チャンピオン」を買うのは、たぶん生れて初めて。
「刀牙」と書いて「バキ」と読むんだ、「とうが」じゃないんだ。

まず手に取って表紙絵にびっくり、読み始めて「ため口」にびっくり。
お二人は同い年という事で納得したけど、そういえばあだち充さんとも普段はため口っぽかったな。
さらに小池一夫氏の「劇画村塾」の先輩(高橋さん)後輩(板垣さん)の間柄。

最初におもしろいなと思ったのが、「人間の顔の正面の描き方」。
私は漫画もイラストも全然描かないけど、そういえば、小学生の頃はノートに少女漫画みたいな絵を 描き散らした記憶があります。
いつも横顔だけ。

下手でも横顔だといくらかまし。
正面だと、目を2つ描くだけでバランス取れなくてひどかった、懐かしい。
で、高橋さんは「模写したくなるような絵を描かなくちゃダメ。」と話されたらしい。
高橋さんの漫画の正面顔見ると、どちらかとうと下から見上げる絵が多い気がする、ちょっとだけ。
鏡で自分の顔見る時も、目線を下から見上げた方が、きりっとしていくらかましだよね(笑)。
自分の顔を真正面から見ると、目も輪郭も、何もかもがぼやけて見える。

次はちばてつや氏の話、アクションシーンの構成がいかに凄いか。
私、「あしたのジョー」も知らなくて。
真っ白に燃え尽きたワンカットしか見たことないけど、「赤コーナーと青コーナーを一度画面で設定したら 動かさない」と。

その凄さもピンと来ない私は素人。
でもレジェンド2人が絶賛するから凄いに違いない、うん。

「刀牙」に関する話は申し訳ないけど省略して、お2人が仲良しで、女子プロレスとか格闘技を観に行ったり、 宝塚やコンサートに行ったり、なんてうらやましい。
B'zとエアロスミス、そのあと熱燗。
いいな、いいな。

ところで高橋さんのキャラクターのこだわり、これは前にも何度か話されてるけど。 キャラクターは大切だけど、設定、ガワみたいな物を作って、そこにキャラクターがいかにハマるか。
対して板垣さんは、強烈なキャラクターがまずありき?(絵の印象)。

だから高橋さんのキャラは、最初は定まっていないというか、印象が薄かったり、途中で「キャラ変わった?」 と思うこともあるけど、それはそれで好きだし。
私は「刀牙」シリーズ読んでないので比較できないけど、たとえば「うしおととら」などは、強烈な個性を持った キャラがいて、話をぐいぐい引っ張って行く、その爽快感もまた好きだった。
この違いはやはり高橋さんが女性だからなのかな?

あと構成に関して高橋さんが心がけているのは読みやすさ。
「フキダシを一息で読める長さ。」
長くなったら分ける、単純明快(笑)。

たしかに奈落とか桔梗、楓あたりは説明台詞も多かったけど、長かったという記憶はない。
「MAO」も摩緒や華紋など台詞回しは落ちついているけど、やはり長いという印象はないかな。
というか、漫画で台詞が長いと思ったこと自体そんなにないような気がする。
志水アキさんの京極堂シリーズは長いけどそこが魅力だし、原作に比べると100分の1くらいの長さだし(笑)。

でも読者の気づかないところで、漫画家さんたちはいろいろ工夫されてるんだなって思って、いつものことだけど 感動した。
だから気持ち良く読める、だからファンになる。

最後にお2人の気持ちとして、もうきつくてもなんでも漫画を描くのが大好きで、「引退」なんて言葉頭にないんだろうなって いうのが嬉しい。
「ベルセルク」のような未完は辛いけど、それでも描きたい限り何年でも何十年でも描いて欲しいと思います。
(2021年11月22日の日記)
12月8日「コロナと漫画」(一)
「コロナと漫画」を読む前に、2013年(平成25年)に月刊flowers2月号(小学館)に掲載された 萩尾望都さんと高橋さんの対談を読み返しました。
萩尾さんの「なのはな」という作品に感銘を受けた高橋さん、ということで私もその後「なのはな」を 読みました。
その上での「コロナと漫画」の感想です。

「なのはな」は東日本大震災及び原子力発電所の事故を受けて萩尾さんが描かれた作品です。
「なのはな」掲載の「萩尾望都作品集」には、他に「放射性物質と人間との関係をシニカルに描いた」 SF3作品と、「なのはな」続編が載っていました。

「なのはな」は、震災で祖母を失った少女が、夢の中でチェルノブイリの汚染後の地に菜の花の種をまいている 夢を見る、というお話です。
萩尾さんは、「(チェルノブイリの)土壌をきれいにするために、なのはなや麦を植えている」
という話を聞き、
「たくさんの菜の花が咲く話を描きたい」と思い、「それが希望になればいい」と思ったそうです(あとがき参照)。

震災直後に震災と向き合った萩尾さんの真っ直ぐな視線が、被害を受けた人々には優しく温かく、放射性物質には 冷たく鋭く注がれています。

高橋さんが萩尾さんに会いたかったのは、ただファンだから、ではなかったでしょう。
あの頃、直接大きな被害を受けなかった私、日常生活を普通に送ることに大きな罪悪感を持っていました。
被災地の方々に申し訳ない、そんな気持ちに苛まれていたように思います。
私だけではなく、たくさんの人たちが同様に思っていたのではないでしょうか。

特にバラエティなどで活躍するお笑い芸人さんと呼ばれる方々、さらに「境界のRINNE」というラブコメディを連載 されていた高橋さんも、この時期はいろいろ模索されていたようです。
高橋さんは、復興支援のために「犬夜叉」の続編「あれから」を描かれました。
「境界のRINNE」でも軽いノリのエピソードを描き続けていました。

束の間でも震災の辛さを忘れて欲しい、日常を感じて欲しい、それが高橋さんのスタンスだったことと推察します。
それに対し、震災に真っ向から向き合った萩尾さんのエネルギーは、おそらく高橋さん以外のどなたにとっても 強烈だったと思います。

震災から数年後に「なのはな」を読んだ私ですが、「なのはな」にあの頃の恐怖を思い出し、「プルート夫人」他の SF作品に、別の意味での恐怖を感じました。
なのに強烈に惹かれるのです。

擬人化された放射性物質、その存在はあまりに魅力的で、その奥に恐ろしい世界が待っているとしても抗えない。
でも安易に身をゆだねれば・・・。

前述したように、私はしばらくの間、日用品の品不足に困ったりもしましたが、それなりに日常を送り、そこに 罪悪感を感じていました。
そんな時、テレビである被災者の方々が、「私たちにはできないできない日常を満喫して経済を回して欲しい。」
「買物をして、旅行をしてたくさんお金を使って下さい。」といったことを話されているのを見ました。

涙が出ました、それほど力強い言葉でした。
この言葉は私たちにとって救いでした。
たくさんの方々がこういった言葉に救われたと思います。
私は、妹家族と一緒に早速仙台に旅行に行って、ささやかながら散財しました。
津波被害の跡を見て、地元の方のお話を聞いて、資料も揃えて。
それが私にとっての震災後でした。

「MAO」のヒロイン「菜花」は萩尾さんに捧げる高橋さんのオマージュだと思います。
菜花は、これまでのヒロインに比べて、より幼く、それだけに真っ直ぐで純粋です。
菜花が摩緒や幽羅子や、いろんな人物と関わり合いながら、実はあまり影響を受けていない(摩緒に恋したり、 幽羅子の心理的な罠に陥るような場面はありますが)のは、だからだと思います。

話がそれましたが、前述したように私にとって震災は、当事者とは言い難い、被害はあったけれどもある意味 部外者でもありました。

そしてコロナです。
私の感覚では、世界中の人々が当事者になったように思いました。

(この項続きます。)
(2021年12月8日の日記)
12月9日「コロナと漫画」(ニ)
毎朝家を出るのが怖い、電車に乗るのも怖い、買物に出るのも怖い、外食なんてとんでもない。
がらんとした街、ドラッグストア前のマスク待ちの行列、売り場に見当たらない体温計、 消毒ジェル、うがい薬、そしてトイレットペーパー。

その後のパンデミックを思えば、当時は感染者数も少なかったと思いますが、それでもあの時期が 一番怖かったように思います。
そしていくつもの波を越えて今がある。
オリンピックもあったし、今頃は収拾のつかない状態になっているのではないかと予想されましたが、 幸い現在は世界でも感染者の少ない落ち着いた状態。
これは日本が世界に誇っていいことだと思います。

医療従事者をはじめ多くの方々のたゆまぬ努力やワクチン効果もあったでしょうが、何よりも日本人が 「自分もかかりたくないけど人にもうつしたくない」気持ちの人が多いせいではないでしょうか。
マスクをしないよりはした方がいい、大声でしゃべるよりは控えた方がいい。
時には「同調圧力」と揶揄されることもありますが、ほとんどの人は、やはりかかりたくないしうつしたくないから ルールを守っているのだと思います。

満員なのに静まりかえった電車やバス。
長蛇の列なのに、ちゃんと間を開けている人達。
今まで見られなかった光景です。
ほとんどの人が自主的に、一生懸命感染予防に努めています。
だからやっぱり今があると思うのです。

でもそれは時に大きなストレスになります。
そんな時、苦しい日常を束の間忘れて楽しめる世界があればいい、震災の時と変わらぬ高橋さんのスタンスです。
笑うことは不謹慎、楽しむことは不謹慎。
そうではなくて、苦しい日常の中でも、笑える時は笑って、楽しめる時は楽しんで、そうやってこの状況を乗り越えて行こう。
作品はそんな高橋さんからのメッセージです。

「コロナと漫画」を読んでいて高橋さんは比較的冷静に対処されている印象を受けました。
とはいえ「MAO」はなかなかダークな作品で、コロナ渦以前に連載が始まっているので、表に出さない部分で様々な 葛藤はあるのだと思います。

楽しむためとはいえ、軽過ぎる明るさや楽しさであってはならないし、何より作品として成立しなければなりません。
そういった意味で、現代(令和)に帰った菜花がマスクをしていたリ、大正時代で関東大震災に遭うことは大きな意味を 持っていると思います。

当然コロナは想定外だったにしろ、大震災は連載前から意識されていたでしょう。 ヒロインの名前、「菜花」は「なのはな」。
(何度も書きますが、萩尾さんの「なのはな」です。)
菜花は幼く、それだけに影の部分のない少女です。
それだけにこれまでのヒロインとは違い、摩緒の恋の相手にすら今のところなっていない。
(摩緒の成長が止まっており、菜花が成長し続けている事を思えば先のことはわかりませんが。)
その菜花が今後どう変わるのか、成長するのか今のままなのか、周りを変えて行くのか。
いずれにしろコロナの影響を受けずにはいられないこの作品において、菜花の存在はとても重要だと私は思います。

摩緒をはじめとした他のキャラは、物語を進めるためのキャラです。
でも菜花は違う。
物語にあまり影響しないされない、ある意味気の毒なキャラとも言えますが、高橋さんの社会への 意識が一番投影されるキャラ。
私はそう考えています。

最後に高橋さんからのメッセージを引用させて頂きます。

「たしかに、気が滅入るような日々が続いていますが、あまり悪いことばかり考えずに、いつかこのパンデミックが収束されることを 願って、『いいこと』や『おもしろいこと』を探しながら生きて行きましょう。」

本当にそうありたいと思います。
とても難しい時もありますが・・・。
(2021年12月9日の日記)
8月13日「犬夜叉のつぼ八」36話「かごめ略奪!超速の妖狼 鋼牙」
8月以来、久々の「犬夜叉のつぼ八」です。
35話はオリンピック中に書いてたので、異様な興奮状態でした。
オリンピックそのもの、オリンピック後のコロナに関する不安などね。

そして今回は鋼牙です。
鋼牙がかごめをさらうという、ある意味鋼牙大活躍の話なのですが、辻谷さんの関心はもっぱら極楽鳥。
極楽鳥は怖いし不気味。
確かにねえ、怖いし不気味です、極楽鳥。

さらに4,5才くらいの女の子に「犬夜叉が一番怖い」と言われてショックを受ける辻谷さん。
当時のアニメ、他にどんな作品が主流だったのかはわかりませんが、確かに「ドラえもん」や「ちびまる子ちゃん」 などと比べると怖いでしょうね。
って4,5才の女の子が見る他作品が思いつかない・・・。

「犬夜叉」は地上波ゴールデンタイム(当時)、「境界のRINNE」は Eテレ、「MAO」がアニメ化されたら深夜の 時間帯になりそう。
そうでなくてはつまんないアニメになりそうです。
(2021年8月13日の日記)
12月20日「犬夜叉のつぼ八」37話「かごめに惚れたあいつ」
これまた懐かしいタイトル。
鋼牙というと未だに「鋼牙のテーマ」が大好きです。
「犬夜叉」は本当に劇伴が名曲揃いでした。

今回は犬夜叉vs鋼牙であり、新旧金田一対決でもあったわけで、アニメ「犬夜叉」の中でも 印象的なエピソードとなっています。
ところが、その時スタジオでは、山口勝平さんが「鋼牙」を「良牙」と呼んでしまったのだそうです。
観たいなあ、その場面(笑)。

しかも以前にも「かごめ」を「あかね」と言ってしまったことを暴露。
(当時の)雪乃五月さんは怒ってたようですが、おもしろいからいいじゃない?

似てますもんね、鋼牙と良牙、あかねとかごめ。
設定も似てるし性格も似てる。
鋼牙は水かぶっても変身しないし、かごめは髪長いけど(笑)。
でも殺生丸が妖犬化したように、鋼牙ももしかしたら妖狼化することもあるのかもしれませんね。
便宜上最後まで人型を保ってましたけど。
そういえば「半妖の夜叉姫」に鋼牙は出てるのかな?

辻谷さんは鋼牙を気に入ったらしく、「俺の女になれ!」とストレートなセリフが言える現代の男って 果たしてどれ位いるんだろう?なんて書いてます。
「全くの勘違い男じゃなければ、結構女性って惹かれたりするんじゃないかな・・。」なんて書いてます。
かごめも最初はともかく、鋼牙の人となりを知ってからは嫌がってはいないようでしたが、現実だったら トラブルのもとですよねえ。

鋼牙役の松野太紀さんも「じっちゃんの名にかけて!」なんて言ったらおもしろかったかも(笑)。
NG集とかで見せて欲しいですよね、こういう場面が特典でついてたら、迷わず買います。
(2021年12月20日の日記)
12月22日「犬夜叉のつぼ八」38話「はなれて通う二人の気持ち」
犬夜叉と喧嘩して現代に帰ってしまうかごめ。
この回に関して、辻谷さんはよほど楽しかったらしく、ノリノリで(笑)書いているのが楽しいです。

「う〜ん!なかなか良いサブタイトルだな!」

サブタイトルはプロデューサーである諏訪道彦さんが一人で考えていたそうですが、「はなれて通う・・」 に人生経験を感じませんか?なんて書いてます。

諏訪さんといえば、当時「すわっちのアニメ日記」で「犬夜叉」を含めたいろんな作品の裏話を書いてましたが、 今も続いているのかな?と思ったら「すわっち日記」と名前を変えてまだ続いているようです。
以前と違い、かなり個人的な記事もあるようですが。

さて、犬夜叉には

桔梗、奈落のドロドロ執念モード。
珊瑚、弥勒の悲惨な運命モード。
鋼牙、殺生丸らとのバトルモード。

と、「結構重い話がある」とあるので、当時は鋼牙や殺生丸もシリアスな立ち位置だったことが思い出されます。
犬夜叉と鋼牙の漫才や、お父さん殺生丸なんて想像できなかった時期ですね。

と、同時に「この(犬夜叉とかごめ)恋愛モードと現代モードは気軽に和やかでホッとします。」だそうです。
ここ読んだ時は複雑でしたねえ。
桔梗のキャラ変更によるストーリーのゆがみ、後のオリジナル多発を思えば。

まあ演じる側にとっては一つの作品、アニメと原作の違いなどこだわらず、全力で演じていたのだと思います。
そして北条くんが懐かしい。
辻谷さんもお気に入りのキャラだったようですよ。
うえだゆうじさんでしたね、そういえば。

そして思い出しました、七宝の紙芝居。
「実はわしの知り合いの犬のことで相談に来たんじゃ・・・」
いつもは台詞の少ない七宝(渡辺久美子さん)が、10週分くらい喋ったそうです(笑)。

渡辺さんで思い出しました。
うちは朝が早くて5時半頃起きて、6時には朝ご飯食べるんですが、最近5時台でニュースを見ちゃって、6時から 「あたしンち」見るようになりました。

なんだか辛いニュースが多くて、「あたしンち」を見ながらご飯食べてほっとする感じでしょうか。
でもお母さんが渡辺さんにしばらく気づかず、クレジットを見て同姓同名の別の声優さんかと思ってしまいました。
やっぱりすごいです、声優さん。
(2021年12月22日の日記)
4月11日 Sに捧ぐ
春の吉例スペシャル読切!!!「高橋留美子劇場」
「Sに捧ぐ」
忘れかけた、あの日の約束・・・・・・
愛の指輪は、誰がために捧ぐ。

と書かれた表紙カラーは奇麗なピンク。
「MAO」が少年向けなら、こちらは大人向け?いえおじさん向け?
でもおじさんじゃなくても、この悲哀とかすかな切なさは間違いなく るーみっくの真骨頂。

昔に比べて毒が少なくなったように思う。
その分悲哀が増したというか、枯れたというか。
物足りない読者も多いかもしれないが、私はむしろ最近の作品の方 が好き。

昭和を知る私は、りんねを読んでも摩緒を読んでもそこに昭和を感じるけれど、高橋留美子劇場は どこからどう読んでも間違いなく昭和。
なんでだろう、絵?それとも感性の問題?
だから繁華街の片隅で、突然駄菓子屋さんを見つけた時のような、 そこはかとないときめきと嬉しさを感じるのかな?

語り部の男性友永は、いつも通り地味で平凡でお人好し。
芸能界デビューするような華やかな友人に、恋人も取られてしまう。
それでも淡々と生きて行き、平凡な生活を送っている。

友人桜井はデビューしたもののあっという間に世間から忘れられ、20年以上たった今、友永は彼の死を知る。
ずいぶん波乱万丈の人生を生きたものの、彼の良さもまた失ってはいなかったらしい
最低の男、でも誰からも憎まれていなかった男、桜井奏。
この対比に、改めてうまいなあと思う。

そしてやっぱりここでも女性は強かった(笑)。
友永を裏切り、桜井のもとに走ったかつての恋人小宮詩織は、なんだかんだで地元に 帰って安定した生活。
桜井が結婚した元グラビアアイドル砂川星は、借金のため偽装離婚はしたものの、 ちゃんと桜井と最後まで添い遂げる。
全てがイニシャル「S」から始まって、イニシャル「S」に集結する。

最後のページの柱には、
「それぞれの人生を歩んでも、同じ時代を駆け抜けた・・・
ふるさとの友に、さよならを。」
と書かれている。

サンデー世代なら「同じ時代を駆け抜けた!!!」となるだろう。
この差が世代の差。
両方を見事に描き分ける作者はやっぱりすごい。

これまで読んだ「高橋留美子劇場」の中で、一番好きな話になった。
(2022年4月11日の日記)
4月8日 金の力
最初に、高橋先生にフランスの芸術文化勲章「シュヴァリエ」が同国政府から授与され、4月6日に 東京都内のフランス大使公邸で叙勲式が行われたそうです。
おめでとうございます!
これからもお体を大切に、素晴らしい作品を描き続けて下さいますように。

春の吉例!!巻頭カラー!!!「高橋留美子劇場」
「金の力」
定年後の”奇跡の出会い”が導く先はー!?

と書かれた表紙カラーは奇麗な金色、お金の色。
「MAO」が少年向けなら、こちらは大人向け?いえおじさん向け?
でもおじさんじゃなくても、この悲哀とかすかな切なさは間違いなく るーみっくの真骨頂。

↑は、去年の「高橋留美子劇場」作品「Sに捧ぐ」感想をちょっと変えただけ。
「高橋留美子劇場」は、基本的な設定はあまり変わらない気がする。
今回は昔憧れていた女優さんが突然身近な存在に、そんな話。
でもそこはるーみっくテイストでロマンチックな話になるわけはなく。

でもお金目当てで結婚したと思われていたしのぶが意外と一途で、そんな妻にコンプレックスを 抱いて浮気していた遠野が、なんだかんだで抜けているのがいい。
しのぶは、遠野のそんなところを好きになったのかなあと思う。

憧れの女優が夫と共に登場したら、ある意味失恋?に思えるのかと思ったら、全然そんなことはなかった。
中平も実は幸せな性格だと思う。
「高橋留美子劇場」に登場するおじさん主人公は、悲哀と切なさの中に幸せな性格があり、そこに くすっと笑ってしまう。
だから「犬夜叉」「MAO」のようなはっきりしたおもしろさはなく、ある意味地味。

私が好きな高橋作品ベスト5も「犬夜叉」「MAO」「境界のRINNE」「めぞん一刻」「人魚」シリーズで、 実は「高橋留美子劇場」作品はとても印象が薄い。
でもやっぱり毎年恒例春の「高橋留美子劇場」は外せない。
(2023年4月8日の日記)

4月1日 高橋留美子原画集 COLORS 1978−2024(一)
今回の原画集は、「うる星やつら」「めぞん一刻」「らんま1/2」「犬夜叉」「境界のRINNNE」 そして「MAO」のみを取り上げているので、「人魚」シリーズや「1ポンドの福音」などは掲載なしです。

作品キャラ勢揃いのイラストはたくさんありますが、表紙には6作品のキャラが散りばめられているのがとても楽しいです。
鋼牙の両脇に三鷹と鳳がいたり殺生丸の後ろに百火がいたり。
そしてやっぱり乙弥は可愛い。

これまで原画集はいろいろ出ているので、今回は「MAO」を楽しみにしていましたが、あまりなくて残念。
未アニメ化に連載途中ということもあるでしょうが、やはり他作品と比べると影が薄い気もなきにしもあらず。
ストーリーは他作品に負けないほどおもしろいんですけどねえ。

原画集を見ていて、2019年にNHKで放映された「全るーみっくアニメ大投票」を思い出しました。
「犬夜叉」が1位で正直驚いたものです。
あれは投票した人が犬夜叉世代が圧倒的に多かった結果で、やはり「高橋留美子」といえば「うる星やつら」という 認識が一般的なのかと思いました。

私は「犬夜叉」で高橋留美子ファンになったので、思い入れは「犬夜叉」。
「うる星やつら」や「らんま1/2」は一通り見て読んだくらいなので、語る資格はないかなあ。
でもこの原画集は、写植原稿に高橋先生のコメントがついていたり、先生が選ぶ「このコマが好き」が「えっ、そこ?」 って感じでとにかくおもしろい。
「うる星やつら」や「らんま1/2」は先生も楽しく描いてたんだろうなと思ってましたが
「うる星やつらはオープニングとクライマックスを結びつける糸が一本ではいけないというか……。」
もちろん楽しかったでしょうが、「めちゃくちゃ大変でした。」だそうです。
その大変さを作品に感じさせない所が凄いんですよね。
「うる星やつら」に関しては60ページくらいでしょうか。
他にラムのスペシャルイラストがあります。

先生の「このコマが好き」は驚きました。
私は狐や幽霊とデートの話が好きでしたが、ここはやはりギャグに吹っ切ったようです。
というか先生がこだわったシーン、好きなシーン、うまくできたと思うシーンではなく、ネタ的にうまくできた 場所の紹介といった感じなようです。

ただ書籍説明では「こだわりのシーン」となっていたので、ピンポイントなコマの他に、先生が好きなシーンも「こだわりの シーン」として紹介して欲しかったです、それを期待していました。

「めぞん一刻」は一刻館でのドタバタがメインだった初期よりも、五代と響子のラブコメに走った 後半が好きでした。
「五代はいわば普通の人なわけですけど、あの中にいれば彼がある意味ではいちばん変に見えるというね。」に納得。
読み始めた頃は、あたると五代がしょっちゅうごっちゃになってた私です(笑)。
私が一番好きなのはやはり終盤、五代がお墓の前で惣一郎に語りかける場面ですが、ここでも「このコマが好き」はギャグ場面です。
ちなみに絵としては、らんまとめぞんは後期、うる星やつらは現在の絵が一番好きな私です。
「めぞん一刻」に関しては70ページほど。

「らんま1/2」は単純におもしろくて好きでした。
「ばかばかしい技を考えて、それをいかにばかばかしく見せるのか、という部分は考え甲斐がありましたね。」って まさにこれに尽きると思います。
「このコマが好き」もギャグばかり。
あと、らんま1/2の中ではらんまがパンダの雪ダルマを撫でているイラストが一番好きです。
らんまも70ページくらいかな?もう少し多いかも。
(2024年4月1日の日記)
4月2日 高橋留美子原画集 COLORS 1978−2024
そして「犬夜叉」。
ここで初めて「懐かしい!」って感覚が湧いてきます。
75ページくらい。
「キャラクターはどういう人なんだろう?
自分でもわからない。
会って初めてわかる、みたいな感覚かな?」
この言葉が印象的でした。

鋼牙とか白童子とか牛頭馬頭とか龍骨精とか七人隊ね、とにかく懐かし過ぎる。
もうパソコンが覚えてないですよ。
あと「犬夜叉」は20代30代では描けなかったと思うと話されてますが、どういう意味だろう。
人魚シリーズと比較しても、全然そんなことないですよ!と声を大にして言いたいです。
「このコマが好き」でやっとシリアスな場面が出て来ます。

かごめが犬夜叉への気持ちを素直に吐露する「出会った場所」です。
先生自身も「いわゆる名場面」と書かれています。

「境界のRINNE」は30ページくらい、一気に扱いが軽い(泣)。
まあ脱力系だし、楽しく読む見るだけで考察とか程遠い所にある作品でした、でも好き。
「前作(犬夜叉)が壮大な物語だったので、RINNEでは1話完結の小咄みたいなものができて楽しかった。」そうです。
貧乏臭さはありましたが(笑)、クセのない楽しい作品でした。
「このコマが好き」はまたギャグのみ。
個人的には、桜が幽霊が見えなくなる話とか、最後の2人がしっかり抱き合う場面が好きでした。

「MAO」も30ページくらいですが、連載中ということもあり、ロングインタビューで「MAO」のことも 語っています。
イラストだけなら去年の9月に出た200話記念イラストも掲載されているので、それを待って12月発売予定だったんでしょうね。
原稿は1話の摩緒と菜花が出会う場面のみです。

「ラストはこれ、というのはなんとなく見えていても、そこへ至る過程は全く見えないわけですから、描きながらそこへたどり 着くしかない。」ってラストが気になりますねえ。
ただ、犬夜叉とかごめ、りんねと桜とは違って、2人で共に生き続けることはできるのかな?という期待はあります。
(2024年4月2日の日記)
4月8日 高橋留美子原画集 COLORS 1978−2024(三)
インタビューに関しては、作品に関するコメントも含めて、これまで語られてきたようなことがメインでしたが、 特に印象に残ったのが155ページ「めぞん一刻」のところで
「何も考えずに、素直に、大きく息を吸い込むように、私の漫画を読んでもらいたい。」
と書かれた部分。

「めぞん一刻」はまさにそういうタイプの漫画だったなと思います。
「犬夜叉」「人魚」シリーズ、「MAO」は考察の楽しさを与えてくれました。

インタビューはいつ頃行われたのかわかりませんが、やはりコロナの影響は大きいようです。
でもいつも思うのは高橋先生の対応力というか適応力。
漫画を描くということが人生の根底にあって、もはや仕事とか趣味とか、そんな域を越えてる気がする インタビューです。

一番興味があったのは「MAO」に関して。
「境界のRINNE」が終わって次回作の打ち合わせをしていた時に、蘆屋道満の話が出て来て、陰陽師絡みの話が出たそうです。
安倍晴明ではなく、蘆屋道満というところがおもしろいですね。
「MAO」で言うなら誰だろう、猫鬼?

陰陽道の破軍星(北斗七星)や地血丸絡みの話、大正時代のモダン感、曖昧感。 そして怖さ。 先生は、昔増刊サンデーでシリアスものの短編(「闇をかけるまなざし」「笑う標的」など)を描きましたが、連載するだけの 力がないと思っていたそうです。
長年の憧れだったシリアスものとして「MAO」が始まりますが、「犬夜叉」も結構シリアスな作品でした。

「犬夜叉」はエンタメ色の強い冒険活劇、摩緒は正義のために戦っているわけではないと。
まあ犬夜叉と摩緒は動と静、性格は真逆ですが、根底にあるのは優しさと正義感。
摩緒は初登場時、妖怪に襲われている菜花を妖と見極め、助けることをしません。
でも今の摩緒なら、たとえ襲われている相手が強いとわかっていても、咄嗟に助けに動くことをする人だと思います。

初期の摩緒とは、キャラとして少しずつ変わって来ているので、菜花との関わりの中で少しずつ修正というより、摩緒の人間味が 増してきているのでしょう。

あとおもしろかったのが、映画、ドラマ、小説などの感想、つまらなかったらなぜつまらないのか、どうしたら面白くなるかを 仕事場で話し合う。
これ合わないと思うとそれっきりの凡人とはそこが違うのか(凡人の感想)。

漫画の描き方に関しては、私は絵が苦手で、描きたいなんて生まれてこの方思ったこともない人なのでよくわかりませんが、プロの仕事 というのはこういうことなんだろうなあと思いました。
漫画家希望の方には、本当に勉強になるインタビューだと思いました。
(2024年4月8日の日記)
4月22日 理想の娘
私の中では、「高橋留美子劇場」作品は、漫画そのものよりも他の読者の方々の感想を楽しむ作品となっています。
Amazonの「金の力」の書評を読んでいて、本編以上にそちらでじんわり感動しました。

今回は「理想の娘」。
可愛い悪女と、失礼ながら綺麗じゃない実の娘に翻弄される「おじさん兼お父さん」の物語。
男性ならば「うん、あるある」とうなずく話かもしれませんが、女性の立場で読めば、「う〜ん」と唸ってしまう話。
ここは是非女性読者の方々の感想を読んでみたいものです。

私が「高橋留美子作品」に求めているのは、リアルな日常よりもやはりファンタジーや妖怪、民俗学や伝承などを 練り上げた漫画。
でもそのバランス感覚があるからこそ、こうして息の長い漫画家という職業を続けられているのかもしれないと思いました。
(2024年4月22日の日記)

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