犬夜叉サンデー感想(第261話〜第270話)
善人顔の殺人鬼
原作少年サンデー2002年4月17日(20号)第261話「睡骨の村」

          ☆          ☆          ☆

アニメ「吸い込まれる黒い光(睡骨の村)の分」の感想のタイトルを「善人顔の殺人鬼」にしたが、今回も同じタイトルにしたい。
まず表紙、普段は子供子供しているりんのとても女性らしい横顔が印象的。
この頃表紙にキャラの横顔が多く描かれているような気がするのは、印象的なカットが多いせいか。
殺生丸の麗しさは今さら書くものでもないけれど、このりんとなら釣り合いが取れそうな気がする。

善性を取り戻したかに見えた睡骨に助けられ、村に連れて行かれるりんだが、遠く桔梗が睡骨のかけらの汚れた気配を感じ取っている。
りんもまた、無条件に睡骨を信じているわけではないのだが、どこか睡骨に残る善性を感じ取っているのだろうか、琥珀の時みたいに。
睡骨の村の子供たちもまた、あれほど慕っていた睡骨の帰還に複雑な表情を見せる。
そして追い出しに来たのが村人たち。

たしかにあれほど世話になっていて手のひらを返すようなこの仕打ち。
もしも本当に睡骨が善人に戻っていたのなら、この仕打ちには傷ついただろう。
おそらく生前の睡骨はそんな人生を送ってきたのだろう。

だがここにいたのは善人顔の殺人鬼。
あれほど親身になっていた村人たちをあっさりと殺す。
この睡骨の中に、ないがしろにされる善人の睡骨のための怒りがあるのか。
自分のためにいつも裏切られる医者の睡骨のための屈折した怒り。

「とんだ恩知らずどもじゃねえか・・・。
 さんざんお医者の睡骨さまの世話になっといてよ・・・」

この台詞とどこまでも優しげな笑みにいろいろと考えさせられた。 一安心の蛇骨がりんを捕まえ、睡骨は子供たちも殺しにかかるが、さすがにそれはできない。
聖なる結界をものともせず、りんを救いにやって来る殺生丸のおかげで、子供たちと睡骨の心が救われた。
圧倒的に不利な状況の中で、今蛇骨と睡骨、そして殺生丸の戦いが始まる。
(2006年7月4日の日記)  
射抜かれた睡骨
原作少年サンデー2002年4月24日(21,22号)第262話「黒い光」

          ☆          ☆          ☆

もしもサンデーで、あなたが好きな「犬夜叉」原画をプレゼント!なんて企画があったら迷わず応募したいのが今回「黒い光」の表紙。
この時の睡骨の顔がこれまでの全キャラ全カットの中でも一番好きだ。
素敵ということもあるけど暗さがいい。
桔梗の顔が睡骨を射抜いた後の「あなたはもう・・・」の顔だったらもっと良かったのだが。

殺戮を終えた睡骨が去った村に再び現れた桔梗。
弓を杖にしなければ歩けないほど弱っている桔梗だが、さらに睡骨を追って白霊山の奥に踏み込む。

一方清らかな結界に苦戦するのは殺生丸。
いくら蛇骨がすごくても所詮は人間、殺生丸の相手になるはずはないのだが、そこは結界と刀の使い方で見せる。
どうせりんが危ないのならと、先に睡骨を狙う殺生丸。
この辺対雷獣兄弟戦で、当面の相手飛天よりも、かごめを襲う満天に鉄砕牙を投げつけた犬夜叉を髣髴させる。

同時に蛇骨の体はその爪で突き抜く。
しかし殺生丸らしからぬ失態、蛇骨も睡骨も四魂のかけらのある急所を外れたために死にはしない。
殺生丸には四魂のかけらのありかがわからなかったのだろうか、だとしたら不思議。

そこに間に合ったのは桔梗。
桔梗の破魔の矢は睡骨の喉、四魂のかけらが埋め込まれた場所を違えずに射抜く。
倒れた睡骨のそばに跪く桔梗、だが睡骨は生きていた。
死の間際に本当の睡骨、善人の睡骨が蘇る。

これまで桔梗は死人(しびと)の業として多くの娘たちの死魂を奪ってきた。
激情に駆られて晴海を殺したこともある。
同時に睡骨や白心上人や、訪れた多くの村で人の怪我や心を癒してきた。

それらの全てを抱えて死に逝く時、桔梗は何を思うのだろうか。
何も思い煩うことなく、犬夜叉への愛に満たされて逝くのだろうか、そうであって欲しいと思う。

実はこの後、桔梗自身も「死」を迎える。
ただ一人、奈落に体を壊され、瘴気の底に突き落とされる。
後で犬夜叉が来るのだが、ここで自分を責め、桔梗を悼む犬夜叉だが、その後再び桔梗は蘇ることとなる。

そして今週(464話)迎えた桔梗の本当の死。
人を救い続けてきた桔梗が救われて死ぬのなら、それはそれで良しとするしかないのだろう。
(2006年7月6日の日記)  
死に逝く者 生き行く者
原作少年サンデー2002年5月8日(23号)第263話「睡骨の記憶」

          ☆          ☆          ☆

睡骨の死を今書こうとすると、どうしても桔梗の死を意識してしまうのだが、前回「桔梗の途中退場が嫌だ」とごねてる駄々っ子みたいな感想になってしまったのに対し、いくつか感想や意見を頂いた。
心温まるメール、胸が熱くなる励ましのメールなどとても嬉しかったのだけど、その中に「桔梗はまだ死んでいません。」というメールがあった。

たしかに桔梗は今週死んではいない。
天生牙を持つ殺生丸の「手遅れだ・・・」という台詞や、仮に四魂のかけらを考えたとしても、それは琥珀の命をつなぐ1個しか残っていない事実。
そのようなことを意識して、私は桔梗は死ぬだろうと思ったのだが、これからなお奇跡が起きて桔梗は死なないかもしれない、生き抜くかもしれないと信じたい読者がいることに気がつけなかった。

まだまだ読みが足りないな、と反省した次第。

さて、死を願う睡骨に桔梗はためらう。
生前の睡骨の中で、善人と悪人、どちらの人格が強かったかは明確にされていない。
けれど蛇骨の言葉から、悪人の人格が多勢を占めていたとは言え、善人の部分が全く出てこなかったわけではないことは推測される。
しかし悪人の人格の中で善人の睡骨はいつもその所業を意識しており、苦しんでいた。

蘇って後は蛇骨に傷つけられるまでは善人の人格が支配し、悪人の記憶はなく、悪人の睡骨も善人睡骨の中ではっきりした意識がなかったように思える。
ところが物語では蘇って後、睡骨の人格は白霊山の結界や四魂のかけらに左右されている。
これなら今の琥珀のように桔梗が睡骨のかけらを浄化し続ける限り、睡骨は善人として生き続けることができる。
桔梗のためらいはこの部分にあったのだろうか。

結果的に睡骨は蛇骨に殺されたが、死は睡骨の望んだものだった。
「犬夜叉」で印象的な死と言えばやはり睡骨、神楽、白心上人だが、彼らはまるで死が救いのように穏やかに死んでいった。
生き行く者だけが過酷な使命を背負わされる。

生きているからこそできることもある。
楽しいこと、嬉しいこと、辛くても乗り越えるべきこと。
けれどすでに死人である桔梗にこの言葉は通用するだろうか。

死人であることの意味、死人は生きている人間とは違うのだということを改めて考えさせられたのは、この睡骨の死の時だったと思う。
たしかに人の死魂を奪うことは悲しむ親を見てしまえば辛いのだけど、存在してはならぬ者とする設定にはどこか反発していた。
その意味でも桔梗に死が訪れるなら、それが桔梗にとって救いとなるなら、それは望むべき展開だろう。

睡骨の「魂を救うために」桔梗は睡骨を殺せていたのか、もし蛇骨が手を下していなければ。
もし桔梗が睡骨を生かしておいたら、そこには睡骨にとってどんな人生が待ち受けていただろうか。
そして今、桔梗が「私の魂は救われた」と死に逝こうとしているのなら、穏やかに死に逝こうとしているのなら、そこに「生かしたい」気持ちの入る余地はあるのだろうか。
私は「ない」と思う。

その気持ちが「落日」の感想、桔梗の死を前提にした感想につながったのだと思う。
ここまで満ち足りた死を迎える桔梗がここでまた蘇るならば、そこには嘘が混じるような気がする。
「桔梗はまだ死んでいません。」と書いてくださった方に対する、これが私の答えとなるのかもしれない。

実は睡骨の死にあまりに感情移入しすぎて、この後の展開はぽや〜んと読んだり見てたりした記憶がある。
鋼牙も含め、犬夜叉たちの危機もあるし、悪事?がばれそうなドキドキ煉骨の場面もあってそれなりに見ごたえ読みごたえがあるのだが、とりあえずあるから読む、やってるから見る状態。
おっと身を乗り出したのは弥勒の「愛しいおなご」発言の時。
つまりそれまではぼ〜っとしてたわけ。

骨に戻った睡骨を残し、蛇骨が、殺生丸たちが、そして桔梗が去る。
最後まで睡骨の善性に気づいていたらしいりんの言葉が興味深い。
同時に殺生丸の脳に桔梗の記録がインプット。

「さしずめあれが、犬夜叉を封印した巫女か。」

「昔犬夜叉が惚れてた巫女か。」でも「犬夜叉が二股かけてる巫女か。」でもなく「犬夜叉を封印した巫女か。」ってとこが殺生丸らしい。
犬夜叉に関する知識と関心ってそんなもん?と思ったけど、鋼牙だって桔梗だってそれぞれ犬夜叉とは何度も会ってるけど、お互いに会うのはかなり後になってからだしなあ。
「いかにも殺生丸らしいとーっても無難な台詞よね。」と某国女王の言い方を真似してみた(笑)。

そして犬夜叉たちと別れ、聖域に踏み込んだ弥勒と珊瑚。
ぽやんとした顔で「こうして別れてみると、犬夜叉のありがたみが身にしみます。」の後の二人の台詞がいい。

「うん・・・便利だよね 鼻が利くし。」
「ほおっておけば一晩中でも走り回ってますしなー。」

ってどう見ても番犬扱い。
でも二人とも大まじめに語っているのがおかしい。
たしかに雲母のいない状態の弥勒と珊瑚は地道に歩くしかないわけで。
そんな会話をしているとも知らず、鏡のこっちでシリアスに見ている琥珀がいる。

今回はとにかく豪華で犬夜叉一行と鋼牙一行の場面も入る。
鋼牙を運んで水浴びしてきた犬夜叉や、怒りまくりの鋼牙やもてあますギャラリーや。
しかし漫才もここまで。
地形を利用した煉骨の捨て身の攻撃が始まった。
(2006年7月7日の日記)  
それぞれが
原作少年サンデー2002年5月15日(24号)第264話「炎の川」

          ☆          ☆          ☆

今回の「炎の川」の気持ち良さは、犬夜叉だけではなく鋼牙、鋼牙の仲間、雲母とみんなが力を合わせてがんばる姿にある。
緋の衣一枚で助かるなんてどういう被り方してたんだなんて野暮な疑問は言いっこなし。

煉骨も「助かるために使ったけど。」とか言い訳ながら蛮骨にかけらを返してもいいと思うんだが、もうそれが通用しないところまで来ているのだろう。
蛮骨にはそういう怖さがあるのだろう。
だからこそ後で蛇骨がかけらを渡した時の蛮骨の感動があるわけで。

それでも四魂のかけらに関わることがなければ、それなりにまとまっていた七人隊だけに、かけらにより無理やり蘇らせられた時点で悲劇のキャラと言えるかもしれない。
な〜んにも考えてなさそうだったのが凶骨、霧骨と銀骨で、蘇ったことにより救われたのが睡骨、蘇りを楽しんだのが蛇骨と蛮骨ならば、煉骨はどうだったのだろう。
蘇り、かけらの力を手にしたことで分不相応な欲を持ってしまったということなのだろうか。

その悲劇性という意味では信長に仕えた明智光秀につながる部分があるのかも。
そして私は蛇骨や蛮骨よりも、こういった悲劇性のあるキャラが好きだ。

さてその煉骨。
洞穴に隠れた行き場のない犬夜叉たちを炎の川で閉じ込める。
策士らしい見事な戦術だが、単身立ち向かうのは犬夜叉。
雲母の助けを借りて煉骨に挑むが、爆雷筒を手にした煉骨と共に川に落ち、爆発してしまう。

さすがにここで犬夜叉リタイアの予感はなかったが、四魂のかけらなしで生きてるのがむしろ不思議な展開だった。
結果的に煉骨もこの後普通に歩き回っているので、鋼牙もかけらを足じゃなく胸の辺りに入れとけば怪我も少なくてすむのにな、などと思ってしまった。
(2006年7月8日の日記)  
何が悲しいって
原作少年サンデー2002年5月22日(25号)第265話「白霊山の洞穴」

          ☆          ☆          ☆

今回の「白霊山の洞穴」の日記の下書きを保存してなかったことが悲しい。
なんでだろう(涙)。
気を取り直して書き直し。

今回もカラーで始まったらしい「犬夜叉」。
表紙の見返り犬夜叉と見返りかごめがすごく可愛いが、話自体は犬夜叉が死んだと思ってパニックに陥るかごめから。
ここで犬夜叉が死ぬわけもなく、犬夜叉は無事に帰ってくるのだが、ここからの鋼牙が可哀そうで可哀そうで、そっちの方で泣けてくる。
犬夜叉の優しさ?で漫才になだれ込むがもういい加減にあきらめなよっていうかあきらめさせてあげなよって思ってしまった。

もちろん鋼牙がしぶとくかごめのことを想い続けているからこそ、現在までの出番があるわけだが、本当は鋼牙もかごめの心が自分に全くないことは気づいているのだろう。
めぞんの三鷹さん、らんまの良牙、犬夜叉の鋼牙と高橋作品にはこういったキャラが必ず出てくるが、次回作にも出てくるのかな?とふと思ってしまった。
ある方が、私の中ですでに「犬夜叉」の総括が始まっているとメールを下さったが、ああそうかもしれないなあと思う。
これまで次回作なんて考えることはほとんどなかったのに。

さて逃げ出した煉骨も蛮骨と再会する。
どう見ても蛮骨は煉骨の「裏切り」には気づいているのだが、気づいてないだろうという望みにすがる煉骨。
そして煉骨も睡骨の死を知る。
煉骨の頭に浮かんだ睡骨のイメージが興味深い。

悪人睡骨の顔でありながら寂しげな表情。
生前の睡骨が煉骨の前でこんな表情を見せていたことがあったのだろうか。
煉骨が想像したように、煉骨にはまだ使い道があるらしい。

もう一組弥勒と珊瑚。
二人きりになってからはさすがにじゃれることもなく進んでいたが、途中で道が削り取られているのを発見。
退治屋とはいえ人間である珊瑚が軽く越えるくらいだから、元々道塞ぎのために削ったわけではないのだろう。
久々に犬夜叉にも雲母にも頼らない珊瑚の技を見たようで気持ちがいい。

洞穴の中に入るとそこには深い穴と回廊、階段。
誰が作った誰のための回廊なのだろう。
そこで神楽が待ち受けることになる。
(2006年7月10日の日記)  
愛しいおなご
原作少年サンデー2002年5月29日(26号)第266話「回廊」

          ☆          ☆          ☆

アニメが終わってからはあまりサイト巡りをしなくなったが、さすがに「落日」に関してはメール、サイト、ブログ、掲示板の他久々にチャットにも出没して感想を読み漁った。
興味深かったのが同じ「印象的な最後」の神楽編との比較。
神楽編はほとんどの方が同じような感想だったが、桔梗編は桔梗の描き方に対する感動という意味ではほとんど同じでありながら、その後の眼の向け方が見事に分かれる。
具体的に書くことは避けるが、いろいろと考えさせられることが多かった。

同時に自分を振り返ってみれば、当たり前のことだけど自分で思った以上のことは書けないな、とも思った。
とにかく今週の展開が気になって何をするにも手につかない状態。

さて「回廊」。
ゲーム「バイオ」や「Xファイル」やその他さまざまな映像で回廊を見てきたが、どうして回廊ってこんなに心を躍らせるのだろう。
上に高く、底は深く、上っても上っても辿り着けず、降りても降りても底に着かない、「ただひたすら」感がいいのかなあ。
(ちなみに私は灯台などの螺旋階段を延々と登るのも好きだ。)

人間二人ではあるけれど、弥勒は法力、珊瑚は退治屋の技を使ってフルに戦い抜く。
そういえば最初に犬夜叉たちに出会った頃は弥勒も珊瑚も犬夜叉たちと行動を共にせず、一人で旅することを望んでいた。
今にして思えば、あの頃の奈落ならともかく、今となっては人間の力では太刀打ちできないところまで来てるな、奈落はって感じがする。
神楽の相手が精一杯ギリギリのところの珊瑚と弥勒を見ていると、時の流れを感じるというか、でも実際はそれほど時間はたっていないんだというか気持ちは複雑。

朔の日入れても1年くらいしか計算できない。
描かれない部分での朔の日も当然あるだろうし、かごめの学校問題もあるだろうがもう少しだけ季節、時間の感覚も出して欲しいような気がする、最後までには。
今は亡き神楽の悪女ぶり(アニメの神楽も好きだった)も懐かしいが、ここまでされてもどこか神楽を憎みきれない犬夜叉たちってほんとお人よしだ。

実際弥勒はこの時死んでもおかしくなかった。
弥勒が助かったのは白心上人の聖域のおかげ。
それも弥勒を救うことを意識したわけではなく、回廊を回りまわって再び聖域に逃げ込めたから。

「レギュラーは死なない」と信じていた当時はなんとも思わず読んでいたが、こうしてレギュラー級キャラでも死んでしまった今となっては冷や汗が出そうな展開だ。
そして気を失った珊瑚を命をかけて守ろうとする弥勒の名台詞がついに飛び出す。

「愛しいおなごと引きかえに長らえたい命など・・・ この私は持ちあわせておらん!」

ミロサンファンじゃなくても心臓直撃のこの台詞。
惜しむらくはこの台詞、神楽しか聞いてないこと。
「もう少し感動してよ、神楽!」と心の中で地団太踏んだ記憶があるが(笑)、弥勒や神楽はもちろん誰にも言わないだろうし。
奈落が後で「くくく・・・ 法師はあの時こんなこと言ってたぞ。」みたいに犬夜叉たちにばらしてくれないかなあと楽しみに待ってた時期もあったのだけど、残念奈落はそこまで優しくなかったようだ。

この場面は原作の弥勒の真摯な表情も、アニメの辻谷さんの名演技も最高で、どちらも同じくらい好きだった。
(2006年7月11日の日記)  
聖域の影響
原作少年サンデー2002年6月5日(27号)第267話「限界」

          ☆          ☆          ☆

桔梗の死以来、私の中で「犬夜叉」が完結してしまったような気分になって、しばらくパソコンに向かう気も起きなかった。
「ひとりごと」でパソコン部屋のエアコンがつきません、なんて言い訳してみたが、以前だったら暑さにも負けず湿気にも負けず更新してただろうなあと思う。
私の思い描いていた結末は、奈落と桔梗が相打ちで奈落は人の心に苦しみながら消滅、「その後で」桔梗は犬夜叉の腕の中で幸せな眠りにつくというものだった。
そしてそこから犬夜叉とかごめの二人だけの未来が始まるのだが、そのためにはかごめがもう現代には戻らず、戦国時代で生き抜く決意をすることが必要だろうと。

四魂の玉は当然消滅するだろうから、かごめはもう井戸を行き来することはできない(はず)。
ならばそこでかごめは選択を迫られる。
現代に戻り、もう戦国時代には来ないか、現代には戻らず戦国時代で生き抜くか。
犬夜叉とかごめの恋はそこから始まる(気持ちの上ではとっくに始まっているが)のだろうと思っていた。

もちろん自分の希望通り物語が進まないといってがっかりするものではないが、ただなんとなく終わっちゃった感がもの凄く強い。
このままだとこれからの「犬夜叉」は最終回までのエピローグになってしまいそう。
次週のサンデーが大きな転機になるのかも。
でも次週はまだ余韻か・・・。

さて今回は、聖域に入ったまま戻ってこない弥勒と珊瑚を心配して自らも踏み込む犬夜叉。
鋼牙を信じて?鋼牙にかごめを守らせるところも漫才っぽくておもしろい。
半妖の犬夜叉をかごめが心配するのはあたりまえとして、鋼牙も心配してるっぽいのも良い。

そしてその聖域の中では最猛勝の毒にもめげずに風穴を開き続ける弥勒がいた。
そんな弥勒の態度にも「愛しいおなご」にも感動したふうのない神楽、「ありゃヤケクソだな。」の台詞には思わず笑ってしまった、不謹慎だけど。
ここまでされても神楽を憎めない弥勒だが、それほど奇異に感じられないのは高橋先生のキャラ作りのうまさだろう。
限界ぎりぎりまで毒を吸い込んでしまった弥勒はついに意識を失う。

七人隊編に入ってからかごめを守りきれず、犬夜叉に謝る弥勒(霧骨編)と珊瑚を守りきれず、珊瑚自身に謝る弥勒の姿が見られる。
時として弥勒や珊瑚は普通の人間であることを忘れてしまうほどの活躍を見せるが、こんなところに限界を見てしまう。

ここで場面は変わり、人間を襲って着替えを手に入れた蛇骨が蛮骨と再会。
蛇骨は睡骨から奪ったかけらを蛮骨に渡す。
蛇骨は知らないが、蛮骨はかけらを隠し持っていた煉骨とのことがあるので、余計嬉しそう。
蛮骨と蛇骨は魅力的なキャラとして人気爆発したが、その性格(単純な冷酷さ)を悪とも思わせずに押し切ってしまう設定もやはりすごい。

こうして見ると、むしろ煉骨の方が人間らしさがあって共感しやすくなってくるのが不思議なところ。
蛮骨を裏切り、もう後戻りできない境遇に自分を追い込んでしまった煉骨は犬夜叉に最後の戦いを挑む。
煉骨にとって幸いなことに、犬夜叉は聖域の影響を受けて朔犬化してしまった。
相手も死人とはいえ一応人間だが、飛び道具を持つ煉骨に対し、変化しない鉄砕牙しかない犬夜叉は圧倒的に不利。

弥勒たちが心配な犬夜叉は煉骨を振り切り、奥に進もうとするが・・・。
(2006年7月17日の日記)  
珊瑚の告白
原作少年サンデー2002年6月12日(28号)第268話「白心上人(はくしんしょうにん)」

          ☆          ☆          ☆

珊瑚を語る言葉はいろいろあるけれど、ひとつあげるとするなら「不器用」って言葉が一番似合うような気がする。
この時期までのかごめのように、一点の曇りのないわけでもなく、桔梗のように隙を見せない完璧さでもないごくごく普通の感性を持った少女という親しみやすさ、人間味が好きだ。
それだけに珊瑚の行動ひとつひとつをわざわざ取り上げて考察することも少なかったように思う。
「犬夜叉」に登場する他キャラに比べて、どうしても気持ちが負の方向に向きやすい部分はあるが、そんな欠点すらも人間的な魅力になってしまうキャラ、それが珊瑚だと思う。

その珊瑚、回廊で飛来骨の直撃を受け、気を失っていたが今回目覚める。
その眼に映ったのは珊瑚をかばうように覆いかぶさって意識のない弥勒。
風穴を開いた痕跡を見てパニックに陥る珊瑚。
意識を取り戻した弥勒が逃げるように言うが、もちろん聞く耳を持たない。

ここで珊瑚一世一代の名台詞が飛び出す。
「置いていくくらいなら・・・ ここで一緒に死ぬ!」
弥勒のように大上段に構えてのことではなく、あまりにさりげなく飛び出すものだから、始めて読んだ時はむしろ印象に残らなかった記憶がある。
珊瑚自身、後でこの台詞を言ったことを忘れているが、そこがまた珊瑚の珊瑚らしいところだろう。

幸いにも逃げ続けた2人は再び聖域の中に入り込んだらしく、妖怪は襲ってこず、弥勒の毒(たぶん珊瑚の打撲も)を治してくれていた。
他方で犬夜叉がこの聖域のために朔犬化し、苦戦していることを考え合わせると、この「聖域」のおもしろさが増すのだが、残念なことに七人隊→白霊山の謎解きが引っ張りすぎて全体的に間延びした印象になってきていることは否めない。
いつもとは逆に、こうして一話ごと読んでる方がおもしろいのが不思議。

本気の時には茶化したりせず、さりげなく流す弥勒に大人の魅力を感じてしまうエピソードだが、その頃大苦戦は前述の犬夜叉。
やっと煉骨から逃げ出したと思ったら、今度は蛇骨がやって来る。
その前に煉骨と蛇骨の会話が入るのだが、とても静かな蛇骨の雰囲気が興味深い。
煉骨に対し、素直に接しているように見えて、実は全てを察しているように見えないこともない。

睡骨のかけらの事を聞かれ、「そりゃ・・・ 蛮骨の大兄貴に渡したさ。」と答えているが、なぜそんなことを聞くのかと聞き返すこともない。
「そりゃ・・・」の間がなんとも言えない雰囲気で、私はこの時の蛇骨がとても好き。
そしていよいよ蛇骨と犬夜叉の命がけの、でもどこか変な倒錯した戦いが始まる。
蛇骨の蛇骨らしさが爆発、魅力と言ってしまうにはあまりに危険なその性格の蛇骨に翻弄される犬夜叉は次回語られる。

話はここで再び弥勒と珊瑚に戻り、2人がついに白心上人に出会う。
何にびっくりしたと言って、白心上人の即身仏がしゃべり始めたのには驚いた。
弥勒と珊瑚も驚いていたようだが、私も同じくらい驚いた。
この白心上人のアニメでのきらびやかさにも驚いた記憶がある(笑)。

ちょうど今週のアニマックス「犬夜叉」、蛇骨と共に殺生丸を襲い、つり橋から落ちた睡骨がりんを伴い、村に帰ってくるところだった。
最近は録画はするけど見ることはあまりなかったのだけれど、今回は洗濯の手を止めて思わず見入ってしまった。
平田さんの睡骨が絶品だったけど、私はやっぱり原作の方がいいな。
アニメは付属品がつき過ぎている。
(2006年7月18日の日記)  
白心上人の心
原作少年サンデー2002年6月19日(29号)第269話「暗闇の中」

          ☆          ☆          ☆

今日から28巻。
表紙は犬夜叉と蛮骨の「男前」対決、蛮骨そんなに黒くない。
次ページはカラーで登場むにむに、気持ち悪いような可愛いような・・・。

今回は弥勒たちと白心上人の会話と犬夜叉と蛇骨の戦いが描かれるが、興味深いのは白心上人と奈落の関係。
誠実に生き過ぎたために成仏することができず、苦しむ白心上人を救ったのは奈落。
もちろん奈落には邪な思惑があるのだが、この時点で奈落は白心上人にとって「救い」となった。
恨め憎めと唆したのはともかくとして、生きることに執着しながらも動けなかった白心上人の魂を解き放ったのは奈落。

仮にここで奈落と出会わなければ、白心上人の魂は未来永劫彷徨い続けたのだろうかと思うと忸怩たるものがある。
桔梗にも時折感じたが、無条件の信頼、盲目的な崇拝の念は時としてその対象にとって辛いものとなるだろう。
辛いなら辛い、怖いなら怖いということのできない立場で、弱さを見せず生きることの難しさ、むしろ白心上人の弱さに人間的な共感を覚える。

白心上人の回想の中で白心上人に触れる奈落、その表情は限りなく優しい。
奈落が謀略の手段として利用した者は多いが(阿毘姫やかつての殺生丸や七人隊や)、その相手に対してこれほど優しい表情を見せたことはなかった。
奈落の中にも白心上人に対する共感の気持ちがあったのだと思う。
奈落により地上に戻り、死人(しびと)の身で聖なる結界を張り続ける。

白心上人の魂は解き放たれたが、救われたようには見えない。
白心上人が救われるにはもう一人会うべき人がいる。
だが、そのそも奈落が白心上人を一段階救わなければ、桔梗が白心上人に出会うこともかなわなかった。
今の白心上人が「聖なる」結界を張ることのできる謎は残るが、後に桔梗と出会うことで説明がなされることになる。

連載当時は気持ちが七人隊の方に行って白心上人はあまり印象になかったような気がする。
けれど桔梗の死を迎えて、桔梗の死に様と白心上人の死に様を読み比べてみれば、やはり桔梗はあれで良かったのだと思えてくる。
そしてさらに元々汚れなく、迷いなく人を癒すように生まれついているかごめと桔梗を比べた場合、一度地獄の底で足掻いて、その中から蘇ってきた桔梗に対する思い入れが強いのだろう、私は。

もしかごめが白心上人に出会っていたらかごめは白心上人を救えていただろうか。
考えても詮無いことではあるが、桔梗だから救えたのだと思う、白心上人に関しては。
その桔梗を救って幸福な死をもたらしたのが犬夜叉の愛情だけだったのか、そんな桔梗すら包み込むかごめの「何か」だったのか、近いうちに明かされるのだろう。
でも私の中で「犬夜叉」が「終わった(と書いてしまおう)」今、後は淡々と読み続けるだけ、か。
(2006年7月21日の日記)  
7月22日 反撃
原作少年サンデー2002年6月26日(30号)第270話「白霊山の異変」

          ☆          ☆          ☆

最初にちょっと反省。
きのうの考察日記で「私の中で犬夜叉は終わった」と書いたのがちょっと投げやりっぽかったかな?
もっと丁寧に書くと、私の中で「桔梗とかごめの物語」が終わり、「かごめ新たなる旅立ち」を待つ気持ちにはまだなれないけれど、ちょうどその間の腑抜け状態、そんな意味。
これから結末に向かうと思うより、新しい物語が始まると書いた方が私らしい。

もうひとつ、きのう「ひとりごと」で書いたアンケート。
とても貴重な意見を頂いた。
「アニメのエピソードアンケートの時は、アニメも原作も含め、犬夜叉に勢いがありました。
今となっては投票数も望めないのでは?」う〜ん、深いです。

他に「おもしろそうですが、投票項目を選ぶにも大変そう。」とのメールも、ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

さて本編に入って今回も犬夜叉vs蛇骨、弥勒vs白心上人の対決が平行して描かれていく。
蛇骨は七人隊でもダントツの人気キャラだったが、私はいつものぎゃーぎゃーうるさい蛇骨より今回のようなシリアスな蛇骨が好きだ。
特に朔犬の一撃を避けた時と「危ねえな・・・」の台詞の場面。
この時の蛇骨が犬夜叉を殺すのは簡単だったろうが、殺戮を楽しむ蛇骨の奇癖が犬夜叉を救う。

風穴を開くなど力技の弥勒に白心上人は倒せなかったが、張られていた聖なる結界を破る。
遠くで動けずにいた桔梗は持ち直し、同時に逃げ出す「なにか」を見つける。
洞穴にいた煉骨や蛇骨も結界を越え始めた妖怪に気づき、何よりも犬夜叉は半妖の姿に戻った。
蛇骨がどんなに巧みな刀使いでも、火鼠の衣に守られた、同時に非常な耐性を持つ犬夜叉にかなうわけがない。

犬夜叉の風の傷が蛇骨を襲うところで今回はおしまいだが、最終ページの蛇骨も美しくて好き。
ちょっと神楽を思い出させるのは唇の色っぽさか。
時として神楽より色気を感じてしまうのは私だけ?

書いてしまえば次回蛇骨は退場し、残るは蛮骨と煉骨だけになるのだが、この2人のこの後の展開がおもしろく、同時に煉骨に「チャンスを与えた」アニメの解釈もおもしろかった。
(2006年月日の日記)  

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