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なんて意味深な・・・ |
原作少年サンデー2006年6月14日(28号)第461話「開かれた体l」 ☆ ☆ ☆ 「何て意味深」なのは今日のタイトル「開かれた体」。 思わず桔梗?とときめいた。 でもその前に、時々お昼ごはんを買いに行くスーパーに、雑誌売り場が最近できたので今日はそこでサンデー買った。 そりゃ急いでたし、混んでたし・・・、でもその前に発売日の午後になっても、まだ「先週のサンデー」売ってるなんて思わないよ。 「おっ、今週も犬夜叉、センターカラー?」ってうきうきしながら買ってきたのに、先週号。 もう読まなくていいのに、先週号。 「犬夜叉」が表紙の時以外は、ほとんど表紙に関心ない私も悪いけど、それでもひどい。 今日に限ってレシートレジそばのゴミ箱に捨ててきた私も悪い、でも悔しい。 というわけで、先週のサンデー、2冊買って小学館に貢献してしまいました。 さて表紙。 傷つき、目を閉じて横たわる桔梗をバックにがんばる犬夜叉。 あれっ?どっかで見たことあるって思ったら、ちょうど今日の過去のサンデー感想「煉骨の寺」の表紙だった。 原作25巻第4話。 毒にやられ、目を閉じて横たわるかごめをバックにがんばる犬夜叉、やっぱり横顔。 かごめと桔梗は頭の向きが逆だけど、二人とも仰向けでそっくりな構図、おもしろい。 桔梗がうっすらと口を開けている分、より苦しそうだけど。 まあまあ奈落は桔梗を「嬲る」のか、なんて大胆な発言、字も凄い。 なにげに奈落の触手?翼?に乗っかってる?犬夜叉が可愛いけれど、事態はそれどころじゃなく桔梗大ピンチ。 1本しかない「弓」、失敗するわけにはいかないと緊張するかごめ、1本しかないのは「矢」で、弓は1つで十分なんて突っ込みは余計なほどの緊迫感。 しかし桔梗はかごめを制す。 先週の最終回もどきの大団円の後、憑き物が落ちたかのような犬夜叉とかごめ、桔梗の関係。 奈落を前に「山」と言えば「川」、みたいなツーカーの雰囲気がとてもいい。 桔梗をかごめに任せて奈落に一直線の犬夜叉といい、この3人の中で一気に信頼関係が生まれたみたい。 できすぎ感もありそうなところ、桔梗の危機という緊迫した状況に3人を置くことで、これも回避、さすがだなあと思って読んだ。 ここに鋼牙と弥勒たちが駆けつける。 鋼牙の足のかけらの浄化にかごめも気づく、性格も浄化されたか?鋼牙。 奈落の巨大な妖穴に竜鱗の鉄砕牙を振るう犬夜叉だが、魍魎丸の鎧甲すら斬れなかった犬夜叉には無理、のはずが突然奈落の体が「開かれた」。 つまり鉄砕牙が奈落を斬って、体の中が見えちゃったというわけ。 奈落の体内には闇が広がり・・・。 ここで「出た!満月型冥道残月破遂に完成!!」と狂喜したのは私だけ? しかし殺生丸の姿はかけらもなく、鋼牙が「(闇は)奈落の体の中だ。」とおもしろい台詞を吐く。 妖怪だけにわかるのか、こんな台詞は弥勒の分担のように思っていたから。 奈落の体を傷つけたのは、竜鱗の鉄砕牙と鋼牙の浄化されたかけらの相乗効果。 役立ってるんだ、鋼牙・・・。 お姉さんは嬉しいよ、と感涙しつつページをめくると、落ちていく桔梗、そしてまたまた無謀な賭けに出る鋼牙(涙)。 奈落から四魂のかけらの気配は消え、奈落の罠の中に自ら飛び込んでいく鋼牙、鋼牙にとっての最終回にならなければ良いのだが・・・。 ほんとハラハラさせられる・・・。 こないだは落ちてくかごめが犬夜叉にお姫様抱っこ。 今回は落ちてく桔梗が犬夜叉にお姫様抱っこ。 平等だな、高橋先生。 とりあえずかごめの一矢を制止したことで仄見える桔梗の余裕。 奈落の罠と鋼牙の無謀が、桔梗にとっての計算のうちだったのか外だったのか、それで全てが決まるだろう。 (2006年6月14日の日記)
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危険なのは鋼牙と弥勒、そして桔梗 |
原作少年サンデー2006年6月21日(29号)第462話「玉の行方」 ☆ ☆ ☆ 久々に鋼牙の仲間二人が登場、喜ぶ間もなく物語は佳境に入る。 いえここに登場した仲間が鋼牙や犬夜叉たちの危機を救ってくれればいいんだけど、 「七宝へ怒りの挑戦状」の七宝を思い出させてなんだか不安。 七宝だっていざとなったらがんばるんだけどね。 頼りないなあと言いたげな顔で振り返る狼が可愛い。 かごめが気づくも遅く、まんまと奈落の仕掛けた罠に入り込んでしまった鋼牙。 奈落の中に、汚れた四魂の玉があるのなら、鋼牙が浄化されたかけらと共に飛び込むことで奈落を滅することができるだろう。 しかし、四魂の玉をどこかに弾き出した?奈落では逆に鋼牙のかけらが汚されてしまう。 このためだけのためにこれまで保たれていたのか、鋼牙のかけら。 取り込まれつつも鋼牙は戦い、かけらが触れる部分だけは浄化されるが、奈落の瘴気にはかなわず、鋼牙絶体絶命。 ここで是非かごめに一矢を放ってほしかった。 いえ桔梗が止めた梓弓だけど、こんな時まで律儀に指示を守らずに。 ここで桔梗が犬夜叉に指示。 「行け・・・ 鋼牙を救え・・・」 なんとなく鋼牙の命よりも、鋼牙の危機を利用して何らかの手を打つ、そのタイミングを計っているって気がしないでもない。 これがかごめだったら「行って! 鋼牙くんを助けて!」となるところだろうが、こんなシリアスな場面なのに一瞬アニメの「番犬犬夜叉」が頭の中をよぎった私って・・・。 犬夜叉より早く鋼牙救援に向かったのは弥勒。 またもや決死の風穴を開く。 弥勒の危機を知らない犬夜叉と珊瑚が痛ましいが、風穴により鋼牙にも少しだけ反撃のチャンス、そして犬夜叉が鉄砕牙を振り切る。 しかし鋼牙の足はすでに奈落と同化していた。 「・・・うるせえな・・・」の弱気な表情にときめいている場合じゃない。 心でかごめにすがるも、かごめはどうしていいのかわからない。 かごめと一緒に桔梗にすがるも、桔梗はすでに意識のない様子。 それどころか奈落から飛び出した汚れた四魂の玉は、桔梗の中に入った様子。 普通に考えたら桔梗が奈落から四魂の玉を奪い、その四魂の玉ごとかごめに射抜かせたら玉は浄化、桔梗も復活と思うところだが、奈落の余裕が気にかかる。 どう見ても奈落の方が桔梗に向かって弾き出したと思うのが妥当だろう、それすら桔梗の罠なのか。 いずれにしろ琥珀のかけらがまだ残り、おそらく殺生丸がその援護に向かうだろうと、それまで奈落にとっての終わりも完成もないだろうとは思うが、そのまえに鋼牙が踏み石になってしまうとしたらあまりに切ない。 レギュラーだけに弥勒の死はないだろうとは思っているが、神楽の例を見てから、鋼牙に関してはいつも不安。 次回目を開けた桔梗がかごめに向かって「梓弓で私を撃て。」と指示すると見た。 躊躇しつつも桔梗を撃つかごめ、すると四魂の玉は桔梗の中で浄化され、それからどうなる? これだと鋼牙が関係なかったりする。 でも次回はかごめ自身の判断に期待したい。 もしくは犬夜叉たちに気を取られている奈落を、鋼牙の仲間たちの一撃が救う、とか? でなきゃ出てきた意味がない。 鋼牙の看取り役だったらあまりに辛いってどんどん悪い方にばかり考えてしまうな・・・。 (2006年6月21日の日記)
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奈落と桔梗の戦い |
原作少年サンデー2006年6月28日(30号)第463話「浄化の矢」 ☆ ☆ ☆ おお、最近珍しく表紙がみっちり絵で埋まってる!と感動した後読み始めた今週の「犬夜叉」。 私は「犬夜叉」は基本的に「奈落と桔梗の物語」の物語だと思っているから、この戦いが最終決戦で奈落が滅び、桔梗が共に消えるこそが理想だと思っている。 その意味でこの展開は大歓迎なのだが、それでは主役である犬夜叉、かごめ、冥道残月破を会得した殺生丸の立場がない。 ここで桔梗と奈落対決になったことにより、逆に桔梗の危険が高まったような気がするのは考えすぎだろうか。 今週になって「奈落が」四魂の玉を桔梗の体内に隠したことが明らかになる。 かごめと桔梗の心が通じ合い、かごめは死魂虫の力を借りて梓弓で桔梗を射抜く。 ここで心を合わせるためにも梓山での「儀式」が必要との設定だったのだろう。 しかし、普段はあれこれ悩んでいても、奈落を前にした時のいざという時のかごめの後先考えない爆発力と底力を考えると、今週これだけのことをするのにあそこまでする必要はあったのだろうかという気はする。 梓山を踏まえるのなら、ここはむしろかごめの独壇場にして欲しかった。 だがおかげで、犬夜叉が鋼牙を奈落の体から抜き出すことができた。 鋼牙は足のかけらを奪われてしまうが、命が助かっただけでも良しとせねば。 犬夜叉の腕に抱かれた鋼牙に意味もなくときめいてみたが、今週の鋼牙のカットはどれも表情にいつもの覇気がなく、犬夜叉に頼りっぱなしなのが切ない。 それはともかく今週は本編も絵で埋め尽くされていて、犬夜叉もかごめもがんばっているのだが、やはり特筆すべきは動けぬ桔梗と必死な奈落のがっぷり四つの攻防戦。 桔梗は奈落と四魂の玉を浄化しようと戦い、奈落は桔梗と四魂の玉を汚そうと戦うが、むしろそこは犬夜叉やかごめの入って行けぬ壮絶な愛と憎しみの心理戦に見えないこともない。 本当に最終ページに「次回最終回」の文字がないか確認してはほっと一安心する毎回だが、今週は特に奈落の表情に見ごたえがあった。 それにしても最近はなんでもありのお手軽利用アイテムだった四魂の玉がやっと主役に「戻った」ような気がして嬉しい。 もちろん日々鉄砕牙を鍛え上げている犬夜叉も、桔梗を上回る霊力の持ち主かごめもこのまま引き下がりはしないだろうし、鋼牙だって黙ってはいないだろう。 最後はやはり高橋先生らしく、他にも弥勒、珊瑚、琥珀、そして殺生丸と全キャラに堂々の見せ場を作っての大団円を迎えてくれるのではないかと思う。 けれどその相手を奈落一人では荷が重そうな気もする。 今回は傷ついた奈落も桔梗も痛み分けで終わるのかも、そして奈落もいったん引き上げるのかも。 それでもこの展開なら、もう誰もループ現象とも引き伸ばしとも言わないのではないだろうか。 それにしても鋼牙の仲間たち、一生懸命鋼牙の元に向かってるとこだろうが、茨城あたりに着いただろうか。 なんかまだ武蔵の国をうろうろしてるような気がする。 なんせ彼らには雲母もいないし、かけらもないし。 下手すれば最終回にも間に合わないかも? (2006年6月28日の日記)
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死が二人を分かつ時 |
原作少年サンデー2006年7月5日(31号)第464話「落日」 ☆ ☆ ☆ かごめが矢を放った時、桔梗の中に四魂の玉がなければ桔梗は救われたのか。 かごめの矢は桔梗を救うことなく、同時に桔梗の最後の力も奈落の邪気に「負けて」しまう。 もう動くこともかなわない桔梗は琥珀を、そして最後のかけらを守る使命をかごめに託す。 とどめを刺そうと襲い掛かる奈落から身を挺して桔梗を守ろうとするかごめ。 二人の体が重なり合った時に、桔梗の眼には静かな満足の色が広がる。 逃げ去った奈落と、呆然と桔梗を見守る犬夜叉。 そして桔梗を探す琥珀がいる。 風の匂いに「手遅れだ・・・」と呟く殺生丸。 その瞳を虚空にすえて何を思うのか。 そして村で薬草を摘む楓がいる。 血の色のような赤い夕焼けに、得体の知れない不安を感じる。 楓の表情に胸がズキズキする。 それら全てに別れを告げて、今桔梗が逝こうとしている。 「私の魂は救われた・・・」 犬夜叉に抱かれ、心に呟く桔梗。 「死人(しびと)として蘇りし悲しき巫女は、想い人の手に抱(いだ)かれて・・・ 血の色の如き落日は、夜の闇へと変わる。」 最後のページで桔梗に捧げられた一文を読んだ時、始めて涙がこぼれた。 傷つき、汚れた桔梗だが、表紙には美しい桔梗がいる。 穏やかな表情の桔梗。 元結を解き、巫女としてではなく、一人の女性として死んでいこうとする桔梗。 だが静かな感動とは裏腹に、どこかすんなりと桔梗の最後を受け入れることができない自分もいる。 最後の最後、梓山での慌しいかごめと桔梗の和解。 さらに最後まで奈落にとって邪魔者、憎い敵でしかなかった桔梗。 かつて犬夜叉を恨み、奈落を憎悪する桔梗がいた。 かごめに嫉妬し、怨念の力で生き抜く桔梗がいた。 やがてそれらの全て、私怨を越え、私情を越えて凛々しき巫女として生き抜く桔梗が誕生した。 今全ての想いは消え、桔梗は「救われた」。 本当にそれでいいのだろうか。 もし桔梗が救われたと思っているなら、それはできることは全てやり遂げたという満足感でしかないだろう。 奈落と桔梗は勝った負けたという決着では終わって欲しくはない。 ここで桔梗が死んで、その後の展開が桔梗の敵討ちになってしまったら私にとっての「犬夜叉」のおもしろさは半減してしまう。 奈落の死の瞬間、桔梗の死の瞬間、人の心が嘆けばいいと、鬼蜘蛛の心が嘆けばいいとずっと思っていた。 物語としては、むしろこの後の展開が気になる。 今週桔梗は土に還ったわけではないが、ここで桔梗が助かることはもうないだろう。 全てがかごめに託された。 命がけで琥珀を守り、弥勒を助けた桔梗は珊瑚の心にも強く印象を残すだろう。 もうひとつ興味深いのは殺生丸。 桔梗に会った回数は少ないが、常に印象的な会い方をしてきた。 りんが睡骨に殺されそうになった時、りんを助け、睡骨の魂を救ったのは桔梗だった。 次に会った時、桔梗は殺生丸の目の前で奈落に「殺された」。 今回の「手遅れだ・・・」の呟きは、殺生丸もまた桔梗を救いたかったと言う気持ちの現われだったと思いたい。 神楽の時は悲しかったけど、その死をすんなりと受け入れたように思う。 桔梗の最後に関しては、桔梗自身の満足度とは別な部分、描き方と言う部分でどこか無理があるように思えるのは私だけだろうか。 それにしても一度は犬夜叉に裏切られたと思いながら死んで行き、二度目は犬夜叉のいない所で瘴気の底に突き落とされた桔梗。 この時の犬夜叉はやり場のない怒りを殺生丸にぶつけていたが、ここで桔梗が本当に死んだと思った読者はいなかったのではないだろうか。 やっと犬夜叉の腕の中で三度目の死を迎えることのできる桔梗、今こそ幸せかもしれないが、凄まじい人生だったと思う。 後は「犬夜叉」の結末を静かに見守るだけになってしまった、寂しい・・・。 (2006年7月5日の日記)
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唇重ねて |
原作少年サンデー2006年7月12日(32号)第465話「光」 ☆ ☆ ☆ ああまだ駄目だ、読み終えてぼんやり思った。 気持ちが未来に向かない。 心は今で一杯だ。 遠い過去の二人がいる。 木の上から見下ろす犬夜叉、振り仰ぐ桔梗。 でも二人の表情はあの頃よりずっと大人びていて、まるでこれからの二人のようだ。 それとも抱き合う二人が共有する幸せな夢なのか。 犬夜叉の腕の中、動けぬ桔梗は巫女から女に戻り、心を明かし、微笑み、唇を重ねる。 流せぬはずの幸せな涙を流し、光となって消えていく。 もしも今後琥珀や弥勒が死ぬことになっても、彼らは満たされて、微笑みながら死んでいくのだろう。 残された者に大きな悲しみと共に、その死を自然に受け入れることができるように。 そのように描かれるのだろう。 奈落だけが決して許されることはないのだろう。 悪業の報いとして、心を残し、未練を残し、憎悪を残して死ぬべく宿命付けられているのだろう。 見守りながら、悔やむ者たちもいる。 風穴で奈落を滅する機会はあったのに、死ぬのが怖くて風穴を開けなかった自分を責める弥勒がいる。 琥珀の命を惜しむあまり、桔梗を恨んだことを悔やむ珊瑚がいる。 四魂のかけらと引きかえに、生き長らえた鋼牙がいる。 自分の至らなさ、力のなさを責めるかごめがいる。 珊瑚は弥勒に言う。 桔梗は琥珀の代わりに弥勒を珊瑚の元に残してくれたのだと。 珊瑚は思う。 琥珀のかけらを使う時、桔梗は琥珀を守るために命がけで闘っただろうと。 鋼牙は思い出す。 鋼牙のかけらを奪うために鋼牙に矢を向けた桔梗の姿を、それは鋼牙を救うため。 今にして気づく桔梗の真意。 そして鋼牙がかごめに言う。 奈落は桔梗と犬夜叉を合わせたくなかったのだろうと。 けれども二人は間に合ったのだと。 そして誰よりも悔やむ犬夜叉がいる。 おれはおまえを救えなかったと。 桔梗は答える。 おまえは来てくれた、それでいいと。 桔梗を見守る者たちの葛藤は全て浄化され、桔梗の笑顔の中に消える。 消え行く桔梗の魂は、なお残された者たちの悲しみを癒そうとする。 今振り返れば、犬夜叉を恨み、同時に心を残したまま死んだ桔梗は無理やり蘇らせられ、時には修羅となって犬夜叉を地獄の底にいざなおうとしたこともあった。 その道のりは辛かったろうけれど、結果的に桔梗は人生を生き直し、やすらかな最期を遂げることができた。 かごめを木に縛り付けて犬夜叉に口づけた頃を思い返せば、やはり時間は流れたと思う。 作品内の時間の流れははっきりしないが、サンデーで以前の口づけを読んだ読者ならば、それから8年がたっている。 私がアニメで見てからも5年の月日が流れた。 その時間を作品に投影させれば、やはり感慨は深い。 同時に遠い場所で、死に行く桔梗に触れることもかなわないままに、奈落も気づかぬ心の奥底で、人の心が、鬼蜘蛛の心が嘆いていて欲しいと思う。 先週の感想でも書いたが、描写の美しさ、こみ上げる静かな感動とはまた別な部分で、物語としての展開としてはどこかすんなり受け入れることができない自分もいる。 桔梗には最後まで死んで欲しくない、最後までヒロインでいて欲しいと願っているのだろうかと、先週来ずっと考えているのだが、私の中ではそれも違うような気がする。 先生の渾身の作に不満があるわけでも、もちろんない。 自分でもわからない小さな小さな引っかかりは、最終回までの間に修正されていくのだろうか、そうであって欲しいと思う。 来週はまだこの余韻を引きずっていくのだろうか。 それともすっぱり切り替えて、新たな、そしてさらに厳しい展開が始まるのだろうか。 桔梗退場をきっかけに当然のことながら登場キャラの心理状態、関係にも変化が生じるだろうけれど、今は考えたくない。 最初に書いたように、心は今で一杯だから。 (2006年7月12日の日記)
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去り行く鋼牙 |
原作少年サンデー2006年7月19日(33号)第466話「別れの想い」 ☆ ☆ ☆ ついさっきまで桔梗の死で頭がいっぱいで、これからの展開とか犬夜叉たちの未来とか全く頭にない状態だった。 (哀しいという意味ではなく、死に至るまでの桔梗の行動の意味、死に行く桔梗の恋愛以外の部分での満足の意味など)。 そして読んだ今週号、鋼牙もまた犬夜叉とかごめに別れを告げる。 寂しいけれど、こうならなければ嘘だろう。 四魂のかけらを取られたから去るわけではないだろう。 かけらを取られた鋼牙の強さがどれほど落ちるか、本人が言うほど弱いわけではないと思う。 桔梗が守ろうとした鋼牙、かけらを取られたが「こんな形で」生き永らえた。 これ以上私怨に駆られて奈落を追い続けることはもうできない。 逆に言うと、ならば犬夜叉やかごめは私怨を超えた戦いを奈落に対して挑まなければいけない。 かつて犬夜叉が言い切った四魂の玉の因果を断ち切る戦い、桔梗の死を踏まえて、それができるだろうか。 そのために桔梗を全く恨みを残さず、満足して死なせたのだろう。 桔梗が、鋼牙が全てを犬夜叉たちに託して去って行く。 「辛いのはてめえだけか?」 「かごめ・・・ おまえが(犬夜叉の)そばにいてやるしかねえみてえだな。」 ああ愛しいなあ、鋼牙。 本当に愛しい。 私やっぱり鋼牙が一番好きだ。 というわけで、今回は鋼牙で心が止まってしまった。 それにしても鋼牙、犬夜叉たちと旅をしてどれだけのことを知ったのだろう。 犬夜叉とかごめ、桔梗の関係、神楽の死など聞く機会はあったのだろうか。 まるで憑き物が落ちたみたいになってしまった鋼牙だったけど。 かけらがなくても速い鋼牙、「だかだか」走りもまた可愛い。 仲間がやって来たのはこのためだったのか。 看取り役よりはずっといい。 このように最終回に向けてパズルをひとつひとつ埋めていくように結末が描かれていくのだろうが、ここでびっくりしたのが殺生丸の母登場。 まず生きてることにびっくり、今頃出てきたことにびっくり。 天生牙の謎なんて今さら出てきたことにさらにびっくり。 父の形見で人を救う気持ちが生まれれば他の命を蘇らせ、他を想う気持ちが生まれれば武器にもなる。 それだけじゃ駄目なのか。 奈落に向かう時と同じ顔して飛んでいく殺生丸にもびっくりだった。 どう見ても奈落を見つけて追いかけてるみたいだったし。 犬夜叉一族はなんとなく犬夜叉殺生丸兄弟しか残っていないだろうと思っていたし、殺生丸の母君は亡くなっていると思っていた。 っていうかここまで普通に生きていられたら、初期殺生丸の極端な人間嫌いの説明がつかないような気がする。 どう見ても人間嫌いの母君には見えないし。 でもアニメや映画のオリキャラで見たことあるような母君だ。 今殺生丸が母君を探す理由、天生牙の話を聞く理由は何か。 まさか桔梗を蘇らせるわけではあるまい、むしろ琥珀だろう。 琥珀のかけら、最後のかけらを守り、琥珀を守る役目はむしろかごめに託されたと思っていたが(浄化は巫女の力による)、今琥珀が殺生丸といる以上、殺生丸に琥珀を守る気持ちが出てきても不思議はない。 琥珀を天生牙で救えるかなどという単純な話でもないと思うが、冥道残月破がどう関わるかもわからない。 今になって母君が出てくるということは、昔に遡り、犬夜叉の母君や2人の父君が思い出として出てきてくれたら嬉しいのだけれど。 私はなんとなく殺生丸の態度から犬夜叉の母君と殺生丸の母君の間には確執があったと思っていたのだが、そんな風にも見えないな。 などと書きつつ、やっぱり鋼牙が気になって仕方がない。 奈落との最終決戦でいきなり桔梗の魂や鋼牙が駆け戻ってきたりはして欲しくないけど、描かれない部分で妖狼族の宝五雷指を守り、灰や芯太を育て、できれば可愛い女の子とたくさん子供を作って欲しい。 妖狼族だと暴走族のレディースみたいと高橋先生が書かれていたが、人間かごめでいいのなら妖狼族以外でもOKだろうし。 桔梗の死を乗り越えて、まずは鋼牙と殺生丸が動き始めた。 来週こそは元気な私に戻りたい。 (2006年7月19日の日記)
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この子にしてこの母あり |
原作少年サンデー2006年7月26日(34号)第467話「冥道」 ☆ ☆ ☆ サンデー今週号10円高かったのは上戸彩さんの写真代? 細かいことにこだわる奴だとお思いでしょうが、財布に小銭が245円しか入ってなくて、10円のために泣く泣く1万円札をくずした身としては、妙に悔しい今日一日。 お札ってくずしてしまうとあっという間になくなる不思議。 できることなら今月いっぱい使いたくなかったんだけど。 (明日約7,000円の「戦国BASARA2」の発売日なんだけど。) さて「犬夜叉」。 桔梗の遺志を継ぐべく切り替えモードに突入したのはかごめと弥勒、珊瑚に七宝。 桔梗の意図がわからず、迷いはあるものの凛々しい表情に変わったかごめがいい。 大弓(梓弓)が馴染む頃までには(見る方も描く方も)、かごめのさらなる成長が見られるのだろう。 まだひとり呆けているのは犬夜叉。 ほけっと空を見上げて「桔梗・・・」と呟くのかと思ったら、しっかり殺生丸の匂いを嗅ぎつけていた。 さすがに「もう一匹の妖怪」が自分の義母、殺生丸の母君とは気づけないらしい。 殺生丸と同じ匂い+焚き染めた不思議な香の匂いでもしてそうだ。 犬夜叉に警戒感も見えないし。 しかし今頃になって探していた殺生丸はおろか犬夜叉にまで嗅ぎつけられるということは、意外に母君の方から出向いてきたのかもしれない。 父君と母君、そして殺生丸と三つ子みたいな親子なのだろう。 殺生丸は父親似という高橋先生の「天下覇道の剣」時のコメントとキャラクターデザインがあるから。 正直言って母君をここまで似せなくても、と思うのだが、ではどんな感じ?と言われるとそれも思い浮かばない。 やはり誇り高い怜悧な美女というイメージだし。 「この母にしてこの子あり」はよく聞く言葉だが、この親子に関しては「この子にしてこの母あり」だ。 先週はそのルックスや衣装から映画やアニメのオリキャラを思い出してたが、しゃべり始めたらあら不思議、私の中で母君と神楽と夢幻の白夜と蛇骨がひと括りにグループ分けされてしまった。 なるほど神楽と相性が良かったわけだ、殺生丸。 もし神楽と何事もなく、単なる知り合いだったとしたら、ちょうど行き会うたびにこんな会話してたんじゃないかと思う。 「殺生丸 あんた・・・ 人間が嫌いじゃなかったのかい? それが人間の子どもを二匹も連れて・・・ エサにでもするつもりかい?」 「くだらん。」 (「うるさい。」でも可。) りんと琥珀を「二匹」なんて数えている母君、近くで犬夜叉が自分のことを「もう一匹」なんて数えていると知ったら化け犬になって襲いに行きそうだ。 ほけっと口を開けている琥珀とりんが可愛い。 いつも澄まし切っている殺生丸もかつては夜泣きしたり母君の後追いしたりしたんだろうな。 抱っこされて云々云々、いろいろ想像してしまう。 ただ今週、力が入っている部分とそうではない部分の差がありすぎて、「ふん、心にもないことを。」の顔など誰これ状態。 屋敷に僕(しもべ)らしき妖怪が14匹ばかりいるが、彼らも犬妖怪?よく見えない。 妖犬一族はなんとなく犬夜叉と殺生丸しか残っていないと思っていたが、これも大違いなのか。 だいたい私は犬夜叉の母君と殺生丸の母君の泥沼関係、もしくは殺生丸の母君が亡くなって、その後犬夜叉の母君登場により殺生丸の人間嫌いが始まったと思っていたし。 殺生丸の母君がこんなにあっけらか〜んと出てこられると、殺生丸の初期のいじめは一体何だったんだ?と思ってしまう。 父君を犬母に取られた、つまり人間如きに心を奪われた憎さから人間嫌いになったと思っていたのだが。 父君の死から長い長い年月が過ぎ、母君の心から恨みが消えたわけでもないらしい。 ただ母君の言葉から、もしかしたら妖犬一族も、犬夜叉の母君が登場するまでは、普通に人間を餌としていたのかもしれないな、と思った。 ちょうど人食い妖狼族鋼牙がかごめと出会うことによって人食いを止めたように。 別にそれは悪ではなく、自然の摂理の一環として。 その「餌」に心を奪われ、子までなしたとなれば、当時の殺生丸に人間に対する生理的嫌悪感が出てきてもおかしくないとは思うのだが。 どっちにしても二人の子連れ旅は、かつての殺生丸を知る者にとっては突っ込みどころ満載か(笑)。 さて心でどつき合うような母と息子の会話は続くが、この母君やたらとクール。 殺生丸の冥道残月破もけなしまくり。 首からぶら下げていた「冥道石」から冥界の犬まで出してみせる。 母君は父君から天生牙の冥道を広げる方法を聞いていたらしい。 ってそれを殺生丸はそのことを誰から聞いたのか。 そもそも天生牙が戦いと刀として使えることを教えたのは刀々斎。 刀々斎が天生牙を鍛え直して持って来た時の雰囲気では、冥道が満月状態になるのはひとえに殺生丸の鍛錬の成果になりそうだった。 実際殺生丸はその後特訓してたし。 犬夜叉の鉄砕牙の時もそうだったけど、どうも犬兄弟の刀係がはっきりしない。 冥加すらありかを知らなかった鉄砕牙。 犬夜叉の妖怪の血を抑えるために必需品だった鉄砕牙を犬夜叉に与えたのは、結果的には殺生丸。 しかし鉄砕牙を得てからは刀々斎がレベルアップを担当する。 天生牙を戦いの刀に変えたのは刀々斎。 しかしレベルアップには母君の協力?が必要らしい。 もしかしたら殺生丸の母君って高橋先生に一番近いキャラなのかもしれない。 だからと言って今回のようにいきなり懇切丁寧に説明されても戸惑ってしまう。 おそらくほとんどの読者が感じているであろう「とってつけ感」を払拭するにはそれなりの展開が必要だろう。 冥道石を開いてみせよう、後は野となれ山となれ、というよりむしろ楽しんでいる母君、キャラ的にはすごく好きだが。 邪見の「心の合いの手」も絶好調だが、場面は一転、冥界の犬が飛び出し殺生丸に襲いかかる。 殺生丸は「冥道残月破!」などと叫ばないのがいい。 三日月の形ながら冥道は開くが、犬を斬ることはできない。 理由は冥界の犬だから。 完成形ならば冥界の犬でも斬ることができるのか。 冥界の犬は琥珀とりんを体内に取り込み、殺生丸が開いた冥道に逃げ込む。 追う殺生丸。 「犬を斬りに行くだけだ。」 殺生丸語録はシンプルがいい。 けど「冥界の」をつけないただの「犬」だと、まるで犬夜叉を斬りに行くみたい。 犬と殺生丸を飲み込んだ冥道は閉じ、残された母と邪見はボケと突っ込みがさらに続く。 しかし最後のページの母君の台詞は引っかかる。 「刀の成長に多少の犠牲は仕方ないだろう。」 刀が成長しても使う者がいなくなれば意味ないわけだから、殺生丸は大丈夫だろうが、気になるのはりんと琥珀。 母君の雰囲気だと、当時の殺生丸ほど人間を毛嫌いしてはいないが、特に好きでもないらしい。 大写しになるのはりんだが、私が気になるのはむしろ琥珀。 ここで四魂のかけらは描いていないが、かけらにより生かされている琥珀、かけらがなければ死んでるはずの琥珀が死者の世界に連れて来られて影響は受けないのか。 柱に書かれてあるように「父の試練」ならば、殺生丸自身が斃れることはあってもりんの犠牲の上に成り立つ冥道残月破の完成なんてあり得ないだろう。 さらに書いてしまえば、殺生丸が桔梗や鋼牙のように退場すべき必然性もないだろう。 ならば、あとはいかにして殺生丸が冥界の犬を倒して2人を救い、母君のところに戻ってくるか、その描き方の問題。 今の時点では琥珀とかけらはこの際無視となりそうだが、久々に次週を楽しみに待てそうだ。 (2006年7月26日の日記)
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表情豊かな殺生丸 |
原作少年サンデー2006年8月2日(35号)第468話「冥界の闇」 ☆ ☆ ☆ 場所が冥界だけに、今週も暗めというか、黒めの紙面が続く。 冥界の犬の中、りんと琥珀を襲うあの世の使い共々犬を斬り下げる殺生丸。 りんと琥珀は解放されたが、意識は戻らない。 今週は殺生丸の表情が(彼なりに)豊かで楽しめる。 生きているりんにほっとした表情を見せる殺生丸。 そしてこちらの世界では、やはり邪見がりんのことを心配している。 邪見はいつもりんが邪魔だとか、自分がいじめられているみたいなことを言っているが、本当はこんな絆で結ばれているんだよなあ。 いいなあ、この主従関係。 邪見に「小妖怪。」と呼びかける母君に笑ってしまった。 奈落が七宝を「小妖怪。」と呼んだことがあったが、邪見と七宝は妖怪界では同じスタンスか(笑)。 「は!?私!? 邪見と申しますが・・・」 邪見の台詞は普通だが、なぜかおかしい。 しかも全然聞いてない母君がまたいい。 最初に登場した時はどうなることかと思ったが、天生牙よりもむしろ母君の魅力でぐいぐい押し切る。 おそらくまだ立ち直ってはいない犬夜叉の場面をいっそ切り取り、殺生丸に新たな修行の場を与えたことで、かえってすっきりまとまったような気もする。 殺生丸にとっては初めての修行の場。 ちょっと前に犬夜叉も似たような修行をしたけど、犬夜叉の相手は妖霊大聖、殺生丸の相手は母君。 同じことするのに、殺生丸にはこの美貌と貫禄の母君、犬夜叉には「あの」妖霊大聖、笑える・・・。 しばらく呆けていた私も、母君登場でおっと思い、今週号で身を乗り出した感じかな? 「癒しの」天生牙を鍛えるために、りんが死ぬことはまず考えられないのであまり心配していないのだが、母君の言葉「小娘は死ぬぞ。」は気になる。 冥界で死んだりんをこちらの世界に連れ戻し、改めて天生牙で生き返らせる展開だろうか。 一方琥珀は意識を取り戻す。 琥珀は現段階で生きている(かけらで命を繋ぎ止められている)状態、本来ならば冥界で死ぬはずの琥珀が動けるのはかけらの力。 その琥珀にりんを守らせ、殺生丸は新たな敵と戦うが、敵自体はたいしたことなく足止め程度? それとも殺生丸が冥界の者を殺すことにより道が崩れているのか。 りんを背負った琥珀は道の崩壊に追いつけず、あわやとなるが妖怪たちを一掃した殺生丸が間に合う。 このちょっと前に非常に珍しい顔を紅潮させて叫ぶ殺生丸が見られる。 「りんを連れて走れ!」 普段冷静なだけに、こういった場面でときめく読者は多いだろう、かくいう私もその一人(笑)。 冥界に進む道を歩み続ける殺生丸たちだが、冥道残月破を育てるなにかがあると思う殺生丸と、冥界に踏み込んだら何もない、戻ってこられないと言い切る母君。 そして母君の言葉通り、りんの息が止まる(瀕死と言うからにはまだ生きているのだが)。 この時の殺生丸の横顔にも不謹慎ながらときめいてしまった。 母君と冥界編のおもしろさは、先に何があるかわからないということだろう。 犬夜叉のレベルアップには、常に目の前に敵がいて、基本的にはその相手を倒せばパワーアップするというわかりやすい形が多かった。 その中で犬夜叉が苦戦しながら、そして精神的にも何かを得ながら強くなっていく。 それに比べ、闇に包まれ、先に何があるかわからないこの展開は、むしろホラーを意識させるようなおもしろさがある。 しかもしれ〜っとして怖さを煽る母君がいるし、残された邪見とのやり取りがおもしろいし、でも純真な邪見にじんとくるし。 息が止まってもなおりんを心配しない自分もどうかと思うが、そこはやはり殺生丸と天生牙、そして新生冥道残月破への絶対的な信頼感ゆえだろう。 同時に疑問に思うことは、今この時期に殺生丸にレベルアップを迫る意味。 奈落を倒すに一番的確と私が思っていた桔梗が倒れ、五雷指を得た鋼牙が退場した。 おそらくほとんどの読者が奈落を倒す役目は犬夜叉とかごめに託されたと思ったのではないだろうか。 しかしこのエピソードで殺生丸も参戦の結末が予想される。 殺生丸には神楽のこともあり、是非最後まで関わってほしいと思う。 ここから余談。 闇に包まれ、冥界に向かう美しき戦士、ということで冥界編に入ってから思い出したのがC.L.ムーア「女戦士ジレル」シリーズ。 ヒロインジレルが向かうのは常に闇、強いられるのは精神の戦い。 表紙や挿絵を松本零士氏が描かれていることもあり、闇の描写とヒロインの美しさと葛藤が際立つ名作と私は思っている。 古本屋さんを捜し歩いて見つけたぼろぼろの「暗黒神のくちづけ」をひっぱり出して読み始めた。 闇はいい、闇の描写はいいってちょっと危ない? もうひとつ余談。 「戦国BASARA2」にりんの能登麻美子さんがお市役で登場されているが、その格好が凄まじく色っぽい。 じゃなくて性格が自虐的で陰気で戦う相手を闇の世界に引きずりこむ。 天真爛漫な少女りんとの比較がとてもおもしろい。 しゃべり方は神無のような感じです。 強い個性の声の声優さんではないので、どんな役でも普通にハマる? ちなみにだんな様は弥勒役の辻谷耕史さんの浅井長政。 こっちは逆に「嘘でしょー?」って思うほどはじけてる変な役。 今週は他に「ハヤテのごとく!」と「あいこら」「結界師」がおもしろかった。 最近は「犬夜叉」以外はこの3作品しか読んでないかも。 「ツンデレ」の意味を知ったのも「あいこら」からだったりする(笑)。 そういえば「ワイルドライフ」のドラマCDが出たんだ。 岩城鉄生が小野坂昌也さんなのにびっくり、買ってみようかなあ。 小野坂さんというと「真・三国無双」シリーズの趙雲しか知らないのでちょっと意外。 ちょっと検索かけてみました。→「こちら」 (2006年8月2日の日記)
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決意 |
原作少年サンデー2006年8月9日(36・37合併号)第469話「冥界の主」 ☆ ☆ ☆ 「愛くるしいその笑顔を― きっと取り戻してみせる・・・!!」 感動的な煽りだけれど、これは殺生丸の言葉じゃないでしょう、高橋先生が考えたのでもないでしょう、ちょっと引き。 「犬夜叉」では珍しい表紙(見返りりんの全身姿)は嬉しかったのに。 言葉に出したら味ない想い、それが殺生丸の魅力だと思うのだけど。 先週は感情を豊かに出す殺生丸の大盤振る舞いだったが、今回はその内面が丁寧に描かれる。 感想に入る前に、私がずっと疑問に思っていたこと。 なぜ殺生丸はりんを連れ歩くことにしたのか。 もうひとつ、りんはなぜ最初から殺生丸を怖れなかったのか。 りんを準レギュラーにするためだということはわかる。 りんこそが殺生丸から優しさを引き出し、成長させるに必要不可欠な存在だということもわかる。 ただその持っていき方がよくわからなかった。 人間に虐げられていたからといって、妖怪(殺生丸)を怖れないりんは当初不可解だった。 犬猫ならともかく、殺生丸の姿は決して麗しいものではなく、血にまみれ、しかも気が立っていた。 「きれいなお兄さま。」くらいに憧れて近づけるような代物ではなかったはずだ。 一方殺生丸。 りんがいたから助かったわけではない。 むしろ気持ちが癒されたのだろう。 そこに養うべき村の大人たちが皆殺しにされ、りんだけが死んで蘇った。 りんを損なわないように、狼たちが「喰うためではなく、ただ殺している」設定にするという、妖狼族にとっては甚だ理不尽な設定だったが、とにかく殺生丸は恩を返したことになる。 犬夜叉たちが小春をある村に置いていったように、りんもどこかの村に置いていっても良かったし、そのままほっといた方が当時の殺生丸らしいという気もする。 つまりりんが殺生丸のパートナーとなるには、かなり無理な設定があったように思っているわけ。 ひと目合ったその日から、と捉えるにはあまりに無理だ、うん、無理だ。 それが悪いというのではないが、殺生丸の意図がわからないだけに、当時もかなり論争があったように記憶している。 ひとつはびっくりしたけど説明不要の「殺生丸の光源氏計画」。 もうひとつは私なんかもそうだったけど、殺生丸の保護欲の表れ、もしくはやはり恩返し。 さらにびっくりはりんが殺生丸の母に似ていたのでは?という説。 それならりんが殺生丸の初恋の人に似ていたのでは?って説もあっていいように思うが、さすがになかった(笑)。 しかし今登場中の殺生丸の母君、どう間違っても若き日はりん、というかりんが大人になってあの母君、の姿が思い浮かばないので母似説はパス。 長くなったが、この疑問に今週殺生丸の答えが出る、出たのか? 出たような出ないような・・・。 あの日狼に「噛み」殺されたりんを蘇らせたあの日、「人里に残してくれば―」 殺生丸は思う、続くのは「りんはこんな形で死ぬことはなかった―」だろうか。 結局殺生丸はりんを連れて行きたかったのだと、自分の心を癒してくれた少女と一緒にいたかったのだと思う。 しかし天生牙もりんを救うことはできない。 「どういうことだ・・・!? あの世の使いどもが見えん・・・ (りんが)死んだ・・・? なぜだ天生牙! 答えろ!」 殺生丸の葛藤が続く。 七人隊編(蛇骨と睡骨がりんをさらう)、奈落がりんをさらうなど以前もりんのピンチはあり、そのたびに必死な殺生丸を見ることはできたが、その内面がここまで丁寧に描かれたのは初めてではないだろうか。 さらに冥界の奥へと連れ去られるりんを追って殺生丸と琥珀は戻れぬ道へと踏み込んでいく。 目立たないが、琥珀の決意も冥界の奥へと続く。 その先にいたのはりんを握りしめた巨大な冥界の主。 なんとなく腐肉でできているようなグロテスクな姿形だが、少なくとも冥道残月破で「斬る」対象が出てきた気はする。 ここが冥界であるから斬れぬものならば、それが斬れた時こそ冥道残月破会得となるのだろう。 そして蘇ったりん、殺生丸と共にりんを助ける道を選んだ琥珀と共に帰ってくるのだろう、邪見の元へ。 最終ページ、「りん・・・ 連れて帰る!!」 強い決意の殺生丸の精神的な美しさが際立つ。 桔梗や殺生丸のような、普段あまり感情を表に出さないキャラが、いざ感情を爆発させるとなるとここまで盛り上がるものかとこちとらテンションも急上昇。 連れてきたばかりにこんな「死に方」をさせてしまったりんに対する責任感もあるだろう。 しかし何よりも、りんに対する愛しさが迸るようなその表情がいい。 神楽に向けた愛しさとはまた別の愛しさ。 これが邪見だったら? 守るために戦うだろう、たぶん・・・。 さて、その頃同時進行で外界では相変わらず笑っちゃいけないのに笑っちゃう会話を続けている。 りんを心配する邪見に「このまま死ぬほかないだろう。」と見事なほど無関心な母君。 二度と戻れぬ冥界の闇に踏み込んだ殺生丸にただ一度のチャンスを与える母君。 りんを見捨てて外界に戻るか、りんを救いに戻れぬ道に踏み込むか、これこそが殺生丸に与えられた試練なのだろう。 ここに来ても邪見を「小妖怪」と呼ぶ母君。 邪見の話を聞いてないというか、全然名前を呼ぶ気がないらしい。 きっと殺生丸も出会って300年ほどは「邪見」なんて名前で呼ぶことなかったんじゃないかと思う。 「小妖怪」と呼んでたに違いない? 「邪見でございます。」 涙目ながら、強気になれない邪見が哀れでいじらしくて、でも笑っちゃう。 アニメで見たいなあ、邪見と母君の漫才、長島さんと誰か艶っぽい声の声優さんで。 戻ってこない息子にいじけてみせる?母君も可愛いが、次の 「母の親切を無視しおって。 全く可愛げがない。」の表情にどこか殺生丸に対する信頼がこめられているような気がするのは気のせいか。 今回も見事なほど犬夜叉たちが出てこない展開がいっそ清々しく、同時に殺生丸一行の強い絆が確認されたという満足感もある(琥珀も含め)。 殺生丸の回想シーンで、殺生丸の腕の中でりんが目覚めるカット、新たに描き直されている。 コミックでは目覚めたばかりで焦点の定まらぬ目をしていたりん、同じカットが今回は殺生丸を見て目を驚いたような表情。 続き物のようなこの2カットがとてもいい。 目覚めてぼーっとしていたりんの視線が最初に捉えたのは自分を抱いている殺生丸の顔、その驚きの表現。 ここは是非コミック14巻50ページを比べてみて欲しい。 さらにその後コミック51ページのびっくり仰天のりんの顔が続き、さらにおもしろい。 仮に殺生丸が冥界の主を斬ったらそれはそれで問題がありそうだ。 冥界の主は決して悪者ではない、殺生丸たちが侵入者だ。 さらに主であるからには、斬られていなくなったら、それはそれで困るだろう。 むしろ冥道残月破は冥界の闇を斬り、道を作るか。 以前阿毘母の血を使って犬夜叉たちがあの世とこの世の「境」に行ったことがあるが、あのまま血流に乗って流れていけばここに来ていたのだろうか。 たとえば地獄でもなく、極楽でもない、イメージ的にはむしろ地獄に近いか。 死んでここにいくとなるとどうも二の足を踏んでしまうし、桔梗や神楽、七人隊もここに送り込まれたと思うとちょっと辛い。 ああ妖怪は、また別か・・・。 冥界=あの世としても、またちょっと特殊な世界のような気もする。 むしろ弥勒の風穴に吸い込まれた世界に近いものがあるような。 そこには主はいないだろうが。 未だにここで冥道残月破にこだわる理由がわからないのだが、桔梗と鋼牙が退場した今、奈落との最終決戦に重要な意味を持ってくるのだろう。 (2006年8月9日の日記)
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まだ信じてる |
原作少年サンデー2006年8月23日(38号)第470話「帰還」 ☆ ☆ ☆ 3度目のタイトル「帰還」。 1度目は逆髪の結羅に井戸に突き落とされたかごめが戦国時代から帰ってくる。 2度目は犬夜叉たちが阿毘の母鉄鶏が流した血に乗って再び訪れた父君の墓から、殺生丸と共に帰ってきた。 そして今回は、帰れぬはずの冥界から殺生丸がりんと琥珀を連れて帰ってくる。 しかし今回は蘇ることのなかったりんを抱いての悲しみの帰還。 冥界編に入ってから殺生丸の激しさに驚いている。 りんが危機に陥ったのは、琥珀(奈落)にさらわれた時と蛇骨と睡骨に襲われた時。 その時の殺生丸もりんを救うために必死だったが、その行動は納得できた。 今回は「死」が入るとはいえ、この激しさはどこからくるのだろう。 出会った時にりんに癒された心、連れ歩くうちに芽生えた親愛の情、父親譲りの強い保護欲、それだけでは語りきれぬ激しさがある。 年頃になったりんを見越して今から愛してるわけではないだろうから、愛しい娘、大切な妹、そんな身内(と認めた者)としての感情に突き動かされているのだろうか。 仮にここで死ぬのが琥珀や邪見だったら、いくら慈悲の心があってもこれほどまでの激しさはなかっただろう。 そしてもうひとつ、救えぬままに見殺しにしてしまった神楽に続き、ここでりんまで死なすことに耐えられないのだろう。 いくら幸せに満ちていたとはいえ、死は死。 天生牙を持ちながら救えなかった神楽の死は殺生丸の心に深い印象を残す。 今そのくり返しになるのなら、それは殺生丸にとってあまりに辛いことだ。 それでもなお殺生丸のこの激しさには異質のものを感じてしまう。 もちろん高橋先生の描かれた殺生丸像なのだから、こちらが違和感を感じる方がおかしいのかもしれない。 でも、仮に犬夜叉がピンチの時にかごめを見捨てて逃げたとしたら、それが先生が描かれたものであっても読者はそんな犬夜叉に違和感を覚えるだろう。 そこまで極端ではないが、そんな居心地の悪さを感じてしまうのだ、なぜだろう、。 そんな殺生丸、嫌いではないが。 話が進んで殺生丸は冥界の主を斬り裂く。 殺生丸の腕の中に戻るりん、しかし蘇らない。 そこで母君が「天生牙で命を呼び戻せるのは一度きり」と「小妖怪」に告げる。 (母君が邪見の名前をわざと覚えないのにやっと気づく邪見、そんな場合じゃないのに笑ってしまった。) その時の母君の表情がこれまでになかった優しさに満ちていて好きだ。 蘇らぬりんに絶望した殺生丸は、ついに天生牙を手放してしまう。 「りんの命と引きかえに得るものなど― なにもない!!」 間違ってあおり文句が飛び込んできたかのような凄まじさ。 桔梗を失ってなお私怨を越えて奈落を倒そうとする犬夜叉。 長い旅路で本当に成長していたのは、実はやんちゃな弟の方だった、ちょっと感動。 そんな殺生丸の周りで亡者たちが天生牙のそばに這い寄ってくる。 冥界イコール地獄ではないはずだが、ここには「救われたい」亡者しかいない世界なのか。 りんも今ここに入ろうとしているのか。 救いたいと願う?殺生丸が再び天生牙を手にした途端、天生牙は強く波打ち、冥界の死人たちは浄化された。 蘇ったのではなく浄化、大きな奇跡だが、それもまた不思議だ。 しかもその瞬間冥道が巨大な真円に開き、冥道残月破が完成する。 結局冥道残月破会得のために殺生丸に必要なのはなんだったのか。 なりふり構わぬ激しさか、これまで以上に巨大な慈悲の心なのか。 むしろ冥界の主が最初は斬れずに想いを込めて天生牙を打ち払った瞬間斬れ、冥道が開いたといった形にした方がわかりやすかったのではないかと思う。 それだと犬夜叉のレベルアップと同じだけれど、今回犬夜叉とは違った形のレベルアップを目指したために、こんなややこしいことになったのではないだろうか。 殺生丸の母君登場、しかもなんか変な母君とぼけた母君はじけた母君であるだけに、シリアスとの対比、冥界からの「帰還」にすごい勢いで膨らんだ期待は開いた冥道とは逆にぷしゅんとしぼんでしまった気がする。 おもしろくなかったわけではない、おもしろくなかったわけではないのだけれど・・・。 結局殺生丸の人格が突然変異したとしか思えない私、殺生丸の読み込みが足りなかったか読み方が間違っていたのか。 ただしそれとは別に、りんの生還に関してはタイトル通り「まだ信じてる」。 なんとなくこの母君ならりんを蘇らせることくらい朝飯前に見えないこともない。 天生牙はもう駄目でも四魂のかけら(玉)もあるし。 話がここまで進んでくると、四魂の玉の消滅は必ずしも必要ではないような気もするし。 琥珀やりんを生かすため、弥勒が万が一の時、今後どうなるかわからないが犬夜叉がかごめと共に生き、共に老いるために人間になることを望む時など、使い道はいくらでもある。 死人を生き返らせたといえば、今は亡き裏陶と奈落だが、まさか奈落には頼めないにしても殺生丸、母君クラスにはできそうだ。 今全然哀しくも辛くもないのは、りん復活を信じているから。 殺生丸の激しさはさておいても、殺生丸の傍らにはりんが必要だろう、邪見と共に。 琥珀が今殺生丸と共にいて、冥道へも一緒に行ったことは何か意味があるような気がする。 個人的に琥珀は死人ではないので、かけらを埋め込まれているうちに怪我が治って今かけらを取られても健康体のように思うのだが、どうだろう。 高橋先生がかけらが琥珀の命をつなぎ止めていると書かれているのは承知の上だが、生きてる限りは治ってる・・・? 話がそれたが、りん復活を信じる一番の理由は神楽や桔梗のような「見せ場」がなかったこと。 りんともあろうものがあんなにあっけなく死ぬはずはない。 「殺生丸さまに会えて良かった。」くらいの台詞と花のような笑顔を浮かべて逝くのでなければ「犬夜叉」においてレギュラーキャラの「死」はないはず、と妙なところで確信している。 今回は他に「ハヤテのごとく」と久々「名探偵コナン」がおもしろかった。 ハヤテ、マリアと伊澄が好きかも。 「犬夜叉」終わったらサンデー買わなくなるだろうけど、ハヤテだけは単行本揃えようかなあなどとそこはかとなく思い始めている今日この頃・・・。 (2006年8月23日の日記)
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