犬夜叉サンデー感想(第551話〜最終話)
奈落が生まれたその場所で
原作少年サンデー2008年4月23日(21,22合併号)第551話「落下」

          ☆          ☆          ☆

桔梗が生まれたその場所へ。
桔梗と出会ったその場所へ。
桔梗を殺したその場所へ。

話がなんだか演歌的というか浪花節的というか、そんな感じになりつつあるが、その前に。

「犬夜叉激闘銀はがし」。
奈落を倒して応募せよ!!って犬夜叉パーカー欲しいけど、このデザインは微妙だな・・・と思いつつセロテープ。
七宝じゃなくて殺生丸なところがなんともいえないけど。

犬夜叉「鉄砕牙」おおっ!
殺生丸「爆砕牙」わおっ!
珊瑚「飛来骨」うおっ!
弥勒「風穴」もしやっ!
かごめ「闇」ですか、かごめよ・・・(涙)。

ユニクロTシャツはラムとタイガーマスクの虎柄コラボはともかく犬夜叉もう少しなんとかならなかったものか・・・。
その隣りの金田一少年Tシャツも限りなく微妙・・・。
コナンのシンプルなかっこ良さを見習って欲しいと思ってしまった。

さて「犬夜叉」。
表紙の奈落に一瞬「誰だっけ?」状態に陥ったことは内緒。
深読み読者の深読み返しを狙ってるんじゃないかと勘ぐりたくなるほど意外な展開で、奈落の蜘蛛玉(まだ辛うじて顔?がある)は楓の村に直行落下。
中で戦闘中の犬夜叉たちが気づかないのは当然だが、たとえ楓の村じゃなく他の村でも、ちびっこ妖狼族の住処でも、奈落にとってはどこでもいいわけで。

犬夜叉たちに対する「人質」にあえて楓の村を選ぶ意味は、やはり思い出の地だからか、それとも奈落が生まれた洞穴、かごめの井戸、桔梗の祠など奈落にとって重要な意味を持つ場所があるからか。
そうでないなら奈落究極の「せこい」嫌がらせになりそうで怖いのだが。

楓の村の危機をあえて犬夜叉たちに伝えた奈落は瘴気の固まりを地上に落とし始める。

「わしを殺せば―
 瘴気まみれのわしの亡骸が村に降り注ぐ。」と無表情の木彫り状態で勝ち誇る奈落。

当然のことながら手を出せない犬夜叉とかごめ。

ここから殺生丸が凄かった。
「それがどうした。」
むしろ眠たげにさえ見える表情の静けさと美しさ、氷の王子様と呼ぼうか鋼鉄の貴公子と呼ぼうか、りんさえ巻き添えにならなければ後はどうでもいいみたいなこの冷たさ。
でもその中に垣間見える村が壊滅する前に奈落を倒すという自信と気概。

この自信は一体どこから来るのだろう、おでこの三日月から?
そんなことは置いといて、容赦なく爆砕牙で奈落に襲い掛かる殺生丸だが、さしもの爆砕牙も四魂の玉は壊せない。
「ちっ・・・
 爆砕牙をもってしても、四魂の玉が斬れんのか・・・」
おそらく爆砕牙で四魂の玉が斬れると思ってる読者は日本全国探してもそんなにいないだろうが、それにしてもこの自信は(以下略)。

楓の村を救うために蜘蛛玉から脱出した犬夜叉たち。
相変わらず弥勒は瘴気を元気に吸いまくる。
そして犬夜叉の冥道残月破が奈落を襲い、かごめはその中に四魂の玉を見出す。
「今なら撃てる!」矢を引き絞るかごめで以下次号。

かごめたちはすっかり忘れているようだが、夢幻の白夜が生前かごめを斬ったことで、この四魂の玉出現は奈落誘いの罠の可能性も大きい。
犬夜叉に斬らせ、殺生丸に斬らせ、むき出しになって「しまった」四魂の玉をかごめが怒りの浄化と計算済みで、意外と「今度こそ当ててくれよ。」と奈落が一番ドキドキしてるかも(笑)。
奈落の罠も、かごめが四魂の玉のど真ん中をぶち抜かないことには発動しないわけで。
ここは是非切れた触手でも瘴気の固まりでもいいから矢に結び付けて、屍舞烏作戦第二段を狙って欲しいところ。

奈落の単なる嫌がらせでないとすれば、やはり気になるのは奈落がこの場所を選んだ理由。
未だに草も生えない瘴気に満ちたあの洞穴こそが、奈落の帰る場所であると思う気持ちは変わらないけど。

桔梗と過ごしたその場所で。
桔梗に恋したその場所で。
自分を殺したその場所で。

桔梗の魂と共に眠りたいのか。
新しい奈落として生まれ変わりたいのか。
奈落自身も含め、奈落の存在を知る者全てを滅ぼしたいのか。

ここまで戦国時代が大きな影響を受けると、最後の「正しい願い」はやはり奈落の所業のリセットではないかと思う。
全てなかったことにする。
犬夜叉やかごめたちの記憶までリセットする必要はないだろうが、個人的にはかごめ15歳の誕生日の朝に戻るのが自然と思う。
翠子の時代まで遡ってリセットされる力が四魂の玉にあるかどうかは別として。

ストーリーとは別の意味で、奈落がその最終章に楓も巻き込んでくれたことは嬉しかった。
(2008年4月23日の日記)
奈落がかごめに求めるもの
第551話「落下」追記

          ☆          ☆          ☆

これまでかごめに全く関心がないように見えた奈落の印象が変わったのは、何と言っても夢幻の白夜にかごめを斬らせた時だろう。
それ以来弥勒や珊瑚は眼中外、犬夜叉や殺生丸にはとりあえず壊させるが殺されないようにしているだけ、全ての意識はかごめに集中しているように見える。

それは何故かと考えて出てきたのは

・かごめの中から残っているはずの桔梗の魂を奪う。
(奈落が、桔梗の魂がかごめの中にあることを、知っているかどうかが問題。)

・かごめの霊力を奪う。
(自分を浄化する恐れのあるかごめを無力化すると共に、巫女の霊力を身につける、ことはできないだろう、笑)。

さらに進めば

・かごめを穢す。
(犬夜叉たちを滅ぼし、桔梗と同じ顔を持ち、桔梗と同じ魂を持つ新たな恋人を得る。)

という考えも出てくるだろう。
(桔梗は奈落の恋人だったことはないけど都合上。)

ただ桔梗を愛した犬夜叉がかごめに恋することはあっても(実際あったが)、桔梗を愛した奈落がかごめに恋することは100%あり得ないというのが私の持論?だから一応却下。
恋人云々は別として、かごめが怒りを元に、力の浄化をしようとするならば、前に書いたようにそれは犬夜叉の鉄砕牙、殺生丸の爆砕牙同様攻撃の手段でしかなくなる。
その瞬間、かごめは巫女でなくなる危うさが生じるような気もする。
奈落が恐れるのは巫女としてのかごめ。

100%戦士となった瞬間、かごめの心に隙が生じる可能性はないだろうか。
その瞬間、奈落がかごめの魂を奪う、あるいはかごめの魂を穢すことはできるだろうか、可と思う(そういえば同化論もあったっけ)。
かごめの霊力を恐れるからこそここで(急に)かごめに固執する奈落だから。

同時に奈落は犬夜叉でも殺生丸でもなく、かごめによって滅ぼされることを心のどこかで(気づかぬ部分で)願っているのではないかと思われるふしもある。
桔梗亡き後桔梗の魂を受け継ぐ者はかごめ。
かごめこそ奈落に引導を渡すにふさわしい立場だろう。

けれど桔梗なら無条件でできることがかごめには厳しい条件が課せられそうな気もする。
何度も書いたが「絆」の問題。

奈落→桔梗の線上には「愛」がある。
一方的なものではあったけど、奈落が桔梗に恋することによって、否応なく2人の間には絆ができた、負の絆。
奈落とかごめの間にはそれがない。

今、かごめの奈落に対して思い浮かぶ感情と言えば、やはり「怒り」が一番だ。
これまでの非道の所業を見せ付けられて、かごめに「慈愛」を求めるのは不自然だろう。
だからこそ546話「奈落の望み」の「奈落・・・あんたは・・・本当はなにがしたかったの?」から始まる奈落とかごめのやり取りに戸惑った。

私が、というより奈落がかごめに求めるもの。
「怒り」を上回るもの。
それは「理解」ではないかと思う。

読者は奈落の心情を知っている。
けれどかごめは奈落が不用意にもらした言葉や表情からその心情を図らなければならない。
今までそれができていたかといえばいなかったと思う。
あの会話で唐突に理解できたとされても困る。

けれど、

桔梗なら慈愛でも恨みでもなく、救うのでも地獄に落とすのでもなく、その存在だけで奈落を虚無の世界に導くだろう。
かごめは悲しみや怒りを越えて、奈落を理解した上で奈落を滅びの世界へ導くべきだろう、虚無はあり得ないだろう。
(悲しみ、と書いたけど、あまり悲しみの感情は感じられないな・・・。)

考えてみれば、一番厳しい試練、精神的な試練を課されているのはかごめなのかも。
でも奈落をただ倒す=殺す(犬夜叉側からはあまり使われない言葉だ)だけなら犬夜叉や殺生丸で足りるだろうが、肉体の滅びを越えて奈落の魂まで浄化(更生という意味ではなく)するなら、やはりそれだけの厳しさは必要だろう。
もはや「かごめだから」で通る時期は終わったと思う。
同時にかごめならできると思う。

前に「犬夜叉」は桔梗と奈落の物語だと書いたが、最終的にはかごめの物語となるような気がする、というよりなって欲しい。
って犬夜叉の立場は?と突っ込まれそうだ。
だってタイトルが「犬夜叉」だし、主役はどう考えても犬夜叉だし。

最後の最後に奈落に向かって
「お前も桔梗への想いは大切に、四魂の玉の因果からいい加減解放されたらどうだ?」
なんて大人な台詞を笑顔で言ってのける犬夜叉も見てみたい気がする。
そんな台詞が出た日には、犬夜叉が犬夜叉じゃなくなっちゃうか(笑)。
(2008年5月2日の日記)
奈落が死んでも終わらない
原作少年サンデー2008年5月7日(23号)第552話「奈落の死」

          ☆          ☆          ☆

奈落にかなり思い入れの強い私だから、奈落が死ぬ瞬間は寂しいだろうなと思っていたけど、今週のところはまだ奈落が死んだ気がしない。
いえその前に7月30日から8月11日まで松屋銀座で行われる高橋留美子展「It’s a Rumic World」の告知で頭が一杯になってしまった。
「うる星やつら」から「犬夜叉」まで「世代を超えて愛される名作たちの原画が一堂に集結」だそうだけど、時同じくして「犬夜叉」終了となるのではないかと思ってしまった。
何度でも行きたい!

ついでに389ページ(「GOLDEN★AGE」最終ページのとこ)のパズルミュージアム、今回は「犬夜叉」。
応募して当選しても、もらえるのはなぜかコナンのクオカード。
パズルを解いて、隠しキャラを探すのだけど、犬夜叉、七宝、刀々斎の3人セレクトってのが凄い。
原画展の宣伝ページ(「犬夜叉」表紙の隣りのページ)に登場するのが全部女の子キャラ(特大ラム+かごめ、女の子らんま、響子さん、ラム)ってのもなんとなく凄い。

さて「奈落の死」というタイトルにドキッとし、表紙のかごめ、桔梗、そして奈落のスリーショットでさらにドキドキしたけど、次ページの口なしかごめが不思議な感じ。
蜘蛛玉からスズメバチの巣に変化した奈落めがけて矢を放つ。
当たった、当たったね、本当に良かったね。
今度こそ四魂の玉のど真ん中を貫いたかごめに心で拍手(奈落が導いたのかも)。

結局かごめの慈愛に満ちた問いと怒りを込めた破魔の矢のおかげで、奈落は初めて自分の心に素直に向き合い、桔梗を愛する一人の男に戻って滅んだ、ということなのだろう。
あっさりまとまったというかこじんまり終わったというか、奈落のしてのけたあんなことやこんなことや、とにかくいろんなことがまるで嘘のようだ。
最初に桔梗を愛したのは焼け爛れた顔を持つ鬼蜘蛛であって、人見の若殿の顔を捨てて本来の姿に戻るのではないかと期待していたのだが、さすがに奈落顔がここまでなじんだ後では無理か。

奈落はずいぶん安らいだ顔をしてるな、これもかごめのおかげ?というより自己完結してしまったように見えるのだが、ここはかごめに花を持たせるべきか。
桔梗の祠でもなく洞穴でもなく、骨喰いの井戸の上で首だけになった奈落が浮いている場面で、奈落最後の意地悪=奈落の願いで自爆霊となって井戸を塞ぎ、「くくく・・・、これでかごめは永久に自分の世界に戻れない。」なんてほくそ笑んでる奈落を想像してしまったのは内緒。
四魂の玉に矢が普通に刺さっているのがキューピットの矢みたいで可愛いと思ったことも内緒。
かごめの矢でハートを射抜かれてしまった奈落はここでかごめに一目惚れ、共にあの世へ逃避行、とか。

虚無どころか幸せ一杯の顔で死んでいった奈落だが、ピンと来ないのはやはりあっけなさを感じるせいか。
こっちが考え過ぎて物語を突き抜けて空の彼方まで飛んでってしまい、戻れなくなってるから常識的な結末が受け入れ難くなっているのかもしれない。

ただしここで奈落が終わっても、物語は終わらない。
四魂の玉が奈落に「望ませた」願いがある。
夢幻の白夜にかごめを「斬らせた」時にかけた望みが奈落の死と共にかなうはず、と奈落は伝えて消えて行く。
神楽や桔梗のように、何もかもが灰になって、綺麗に死んで行く。

遺骸を残さない死というのは確かにロマンティックで綺麗だが、どうも生きた人間という気がしないな。
確かにみんな生身の人間じゃなかったけど、七人隊の時は一旦骸骨となって(書き方が身も蓋もないが)、それから消えた。
こちらの方がこれまで生きていた、確かに存在していたという実感があったように思う。

四魂の玉の願い、私などは本来の姿に還ること、翠子の木乃伊や幾多の妖怪の亡骸と共に消滅すること、四魂の玉によって変えられた世界をリセットすることくらいしか思いつかないが、どうやら奈落は、というより浄化された四魂の玉の願いはかごめを冥道残月破に吸い込むことらしい(もしかしたら犬夜叉も)。
これが奈落の願いならなんとなくわかる。

死んでも一緒になれない桔梗の代わりにかごめを道連れ。
かごめを連れ去ることで犬夜叉にもう一度「愛しい者を奪われる悲しみ」を味あわせるなど。

これが四魂の玉の願い、しかも浄化されたとなると、どうも負の方向には向かないような気がするのだが(宝仙鬼の元へ逃げ出した?例もあるし)。
いっそこの世界全てを冥道残月破で呑み込んで、犬夜叉の世界自体をなくすとか?
あり得ないわけでもなさそうだが、やはりそこに「何故」が入る。
ああ駄目だ、四魂の玉以前に奈落の死に様に混乱して考えがまとまらない。

「奈落・・・
 四魂の玉は―
 あんたの本当の望みをかなえてはくれなかったのね。」

「本当の・・・
 望みだと・・・?」
「そうだ・・・
 わしはただ・・・
 桔梗の心が欲しかった・・・」
「ふっ・・・
   あの世でも―
 桔梗―
 おまえと同じ所には・・・
 行けそうもないな―」

あの問いひとつでここまで見事な悟りを開いてしまった奈落。
「さすがかごめ!やっぱり最高!」とかごめに盛大な拍手を贈るか、「たったそれだけで終わってしまうの?あんたの(かごめ風に)想いはそれだけのものだったの?」って奈落にがっかりするか今は決めかねている状態。
(2008年5月7日の日記)
奈落の向こうで奈落がお迎え?
第552話「奈落の死」追記 

          ☆          ☆          ☆

先日の考察日記(「奈落の死」に関して)は我ながら中途半端な感想だと思っていたのだが、案の定こちらは3人の方からメールを頂いた。
(遠慮してる?とか抑えてる?とか半端じゃない?とか、笑)。
そうじゃないんだけど、あんな形になってしまったのは、考察日記で書いた通り、奈落が死んだ気がしないから。

かごめに心を見透かされてという一応の体裁は整えてはいたものの、私には奈落は1人で勝手に救われて、1人で勝手に自己完結して、1人で勝手に死んでいったように見えた。
こんなの虚無でもなんでもない。
ただ無に還っただけ。

あの世で桔梗と同じ所に行けないだろうという想いも未練とはならず、受け入れて安らかに死ぬならそれは救いだ。
それでいいのか?まだ奈落は終わってないんじゃないのか?と思った。

最終ページにかごめの後に大手を広げてかごめを迎える奈落が見えるような気がする(笑)。
四魂の玉を支配しようとした報いを受けて、四魂の玉に支配され、四魂の玉の望みをかなえるために四魂の玉に操られる奈落。
死ぬことすら許されず、奈落は四魂の玉の手先となって、かごめを冥道に引きずり込む。
そこでかごめの本当の戦いが始まったらいいな、と思う。

かごめがかごめらしく戦うには犬夜叉はいらない、桔梗もいらない、かごめの想いと力があればいい。
そして四魂の玉との戦いにかごめが勝てたなら、そこに初めてかごめは奈落を哀れに思い、奈落に対する「慈愛」の心が生まれるんじゃないかなあと思う。
そしてかごめが奈落を本当の意味で救って欲しい。

奈落が桔梗に対する未練を捨てたのなら、全てを受け入れたのなら、そこにかごめの想いの届く余地がある。
かごめの想いが届いたら、そこに奈落の中の桔梗が現れて、奈落を導くこともできる。

感想が中途半端だったのは、奈落がまだ終わってないと想うから、でもこの後の展開がどうなるかの予想もつかないからだと思う。
四魂の玉がかごめなり犬夜叉なりを冥道に連れ去って何をしたいのかもわからない。
ただ殺すのではなく、その魂が必要なのか、かごめなり桔梗なり翠子なりの。

四魂の玉がかごめを支配して実体化し、奈落や曲霊のような極悪非道?な妖怪となって犬夜叉の世界を支配したいのか(そんなことはないだろうけど)。
とにかく無理矢理気持ちを煽らないことには、気持ちが中途半端に陥りすぎて、考察日記も中途半端になってしまいそう・・・。
(2008年5月11日の日記)
新たなストーリーの始まり
原作少年サンデー2008年5月14日(24号)第553話「井戸の異変」

          ☆          ☆          ☆

冥道に吸い込まれたのはかごめ。
ついて行けなかったのは犬夜叉。
そして戦国時代と現代で、同時に骨喰いの井戸が消えた。
弥勒の風穴は消え、犬夜叉は自ら放った巨大な冥道の中にかごめを追って飛び込む。

井戸の消失はともかく、それ以外はある程度読者の想像の範囲内と言えるのではないだろうか。
そしておそらく全ての読者が驚いたのが最終ページ、高校の制服を着たかごめではないだろうか。
少なくとも私は驚いた。
私が予想(願望含む)していたのは全てのリセットで、むしろ過去に向かう形。
かごめ15歳の誕生日に戻る展開だったのだが、まさか進んで未来に向かうとは。

同時にこれは高校の入学式に出席したかった「かごめの願い」がかなった形とも言える。

四魂の玉が奈落から解放浄化してくれたお礼に、入学式に間に合わなかったかごめの願いをかなえてくれたのだったらめでたしめでたしなのだが(笑)。
それだったらまさに変形の「正しい願い」のひとつともなりそうだ。
かごめを追ってやって来た犬夜叉が入学式に乱入して全てぶち壊し、おすわりを喰らうなんて「激闘入学式」なんてことになったらまさにアニメの展開だ。
かごめが「現代の」入学式のことを第一に考えていたとすれば、「ふたつの世界」でのかごめが「どちらかの世界を選ぶ」が無意識にしろなされたことになる。

もちろん物語にはそんなコメディにならない不穏な空気が感じられる。
まずは冥道に吸い込まれたかごめに愕然とする犬夜叉に、七宝が夢幻の白夜が冥道残月破の妖力を盗むところを見たと告げる。
けれど七宝はかごめが白夜に斬られたところは見ていない。
そのために皆が事の重大性に気づくのが遅れた。
盗まれた冥道残月破と斬られたかごめと。

それでも白夜がかごめの何を斬ったのかは明確にならない。
むしろかごめと冥道の間を白夜の刀の冥道で繋いだというか、道をつけたといったところなのだろう。
それにしても「斬られた」ことに対する犬夜叉たちの認識の甘さは作品の都合上とはいえちょっと気になる。

黒巫女椿編でも式神に足を噛まれたかごめの言葉を真に受けず、結局かごめが操られて犬夜叉を殺そうとしていたが。
今はそんなことを思い出している場合ではないかもしれないが、一応あの出来事からまだ1年もたっていない設定なのだ。
傷があって血が出るだけが「斬る」のではないと、奈落の策略に学ぶことはなかったのか。

消えた井戸に関しては後回しにして、次は現代にわざわざかごめの家族や友達が登場する理由。
初期と最近をのぞいて、現代と戦国時代を行き来する娘に対する心配や不安の描写があまりない空気のような存在の家族だったが、その家族、さらに友達にまで井戸の異変を見せ付ける。
これが現代をも巻き込むクライマックスの序章となるのか、そんな気がする。

一方戦国時代では弥勒の風穴も消える。
涙ぐんで喜ぶ珊瑚。
もはや珊瑚は少女でも女性でもなく、「女」と表現するにふさわしい。

全てが終わった後で殺生丸の前に立つ珊瑚。

「・・・いいのか。」
「ああ・・・ もういい・・・
 法師様は・・・救われた。」

そんな会話の後で、すっと踵を返す殺生丸。

「どうしてあたしを殺さない!」と詰め寄る珊瑚。
「・・・何のことだ?」振り向きもせず言い捨てる殺生丸に「ありがとう・・・ごめんなさい・・・」と泣き崩れる珊瑚といろいろ想像して勝手に感動していたのだけれど、もうそんな描写があったとしても感動できない気がする。
そんな生々しさを感じてしまうだけに、それだけのことを珊瑚にさせる必要があったのだろうかと未だに思う。

そして犬夜叉。
巨大な冥道がドンと現れた時のポーズが可愛いなんてことはどうでも良くて、犬夜叉追いかけたのかあとちょっとがっかり。
ここはかごめに1人でがんばって欲しかった。
きっと2人の絆とか愛の力とか、そんなんで乗り越えるべきなんだろうなあ。

そしてかごめ。
制服を着て高校の前に立っているけど、そこで井戸から、じゃないけど奈落や妖怪がもわもわ出てくるアニメ「悪夢の真実 嘆きの森の戦い」の展開を思い出したのは私だけじゃないはず。
まあ友達や家族の状況が現代をも巻き込む伏線だとすれば、あり得ないことではないけれど、いくらなんでもアニメの後追いはないだろう。

さらに今かごめがいる場所が現実の現代なのか、かごめの心理的な世界なのかとの疑問も残る。
たとえば実際のかごめは冥道の中に横たわっていてかごめの心は四魂の玉に支配されている。
その中でかごめは現代の夢を見る、幸せな日常生活。
けれどその夢は永遠に覚めることはない。

それを見つけるのが犬夜叉、眠り姫を目覚めさせるべく感動のクライマックスが訪れる、とか。
四魂の玉の願いがかごめを媒体として何かになろうとしているのか、かごめの魂を得ようとしているのか。
四魂の玉の願いと同時にわからないのは、最後にされるべき「正しい願い」。

「四魂の玉の願いが生き残ろうとしているのなら―」と犬夜叉は四魂の玉の願いを解釈している。
そもそも翠子と妖怪たちによって作り上げられた四魂の玉。
奈落によって汚された部分はかごめによって浄化され、四魂の玉の中に存在していた曲霊も滅びた。
ならば四魂の玉の願いは翠子の中に還ること、だと思うのだがそこまで清い存在ではないらしい。

完全なる意思を持って「四魂の玉として?」生き残ろうとしている、そのために邪魔なかごめを殺そうとしている。
正直言って考えにくい。
むしろ無に還るための犠牲としてかごめが、その魂が必要なのだと考えた方が翠子にも繫がるような気がするのだが。
個人的には正しい願いは四魂の玉を無に還すか、翠子の元に返すことだと思っている。

自身の意思と自身の願いを持ち始めた四魂の玉に影響を与え得る願いといえば、今のところはこれしか思いつかない。
次は奈落、桔梗、翠子、骨喰いの井戸に絞って書いてみたい。

★井戸の異変に奈落が絡んで来る場合。

あれほど満足げに死んでいった奈落が今後出てくるとはちょっと考えにくいが、逆に四魂の玉に死なせてもらえない立場で出てくる可能性はあるかも。
四魂の玉を支配していた奈落が最後に四魂の玉によって願わされた願いがある。
そして今度は四魂の玉の支配下にあるとなれば、かごめと同様桔梗と生きる幸せな夢を見ながら眠り続けるか、逆に悪夢に囚われ続けるか。

自分を失った奈落なら、犬夜叉とかごめが本当の死に送り出してやるくらいの展開はあってもおかしくない。
かごめが冥道に連れ去られた意味はそこにないか。

★井戸の異変に桔梗が絡んで来る場合。

桔梗自身が登場することはないだろうが、かごめ、奈落(いたとして)、そして犬夜叉の意識の中に出てくる可能性はあるかも。
最初の頃かごめは顔の相似や霊力などから桔梗の生まれ変わりと言われ、それから魂がひとつ(裏陶編などから)と言われ、だんだん全くの別人として描かれるようになった。
(犬夜叉の恋の部分は置いておく。)
アニメでよく見られた共闘態勢よりも、かごめが桔梗と魂をひとつにして四魂の玉に打ち勝つ、みたいな展開は想像できるかな?

★井戸の異変に翠子が絡んで来る場合。

一番関係ありそうなのが翠子。
奈落や曲霊によって消されていなければ、翠子はまだ四魂の玉内に存在することになる。
四魂の玉が浄化され、曲霊も滅びた今、翠子が願うことといえば無に還ることだろう。
それは善でも悪でもなく、ひたすらな意思、願いだとすればかごめの犠牲もあり得ないことではない。

また、楓言うところのかごめにある桔梗を越えた何か、がかごめが翠子の生まれ変わりである伏線だとすれば、かごめを媒体として翠子登場もあるかもしれない。
それにしてもかごめに高校の制服を着せる夢を見させる、もしくは現代に送り出す意味がわからない。
負の感情(悲しみ、絶望など)をより強めるために、一度かごめに大きな喜びを味あわせるって奈落ならやりそうだけど。
これが翠子の意思ならかごめに現代への決別のけじめをつけさせるという意味はあるかも。

★なぜ冥道と骨喰いの井戸が関係しているか。

コミック1巻を見る限り、かごめが井戸の中に引きずり込まれている場面は、いわゆる冥道ではない、普通の闇だ。
この井戸は妖怪を捨てれば数日で消えているという特殊な力を持っていたが、私はこれは犬夜叉を封印した御神木などと同様、桔梗のしたことだと思っていた。
桔梗が死んでもその影響は残り、犬夜叉を封印し続け、妖怪をどこと知れぬ場所へ運んでいたのだと。

しかし、(間接的ではあるが)四魂の玉の開いた冥道と連動している井戸を見ると、むしろこれは翠子の時代からあったものという気がしてくる。
そう考えてみれば、犬夜叉の封印と骨喰いの井戸は、桔梗の仕事としてまとめてしまうには異質である。
翠子の木乃伊は退治屋の里にあるが、それは翠子が死んだ場所であって住んでいた場所とは限らない。
むしろ翠子は楓の村のあった場所に住んでいて、そこで骨喰いの井戸を作ったと考えると、翠子と関わりのある四魂の玉が、骨喰いの井戸に影響を与えるというのは納得できる。

ただ、この考えを突き詰めていくと、翠子と殺生丸の父君まで繫がっていきかねないのがきついかな?
(冥道残月破は元々殺生丸が父君より受け継いだもの。)
まあ父君の冥道と翠子の冥道は別のものだけど、入ってしまえば同じ世界ってことで(笑)。

骨喰いの井戸が消えたのは、普通に現代と戦国時代の通り道を閉じたため。
井戸があって通れないだけでも良かったろうが、そこはあくまでもドラマティックに。
ではなぜ現代と戦国時代の通り道を閉じたのか。
四魂の玉、もしくは翠子が何らかの理由で必要なかごめを手に入れたため、ではないだろうか。

考えれば考えるだけ混乱してくる今週の展開だが、今週の混乱は楽しい混乱。
先週までと全く違った新しい物語、かごめの物語が始まったような気がする。
こちらの想像全てが大はずれな衝撃的な展開を希望したい。
(2008年5月14日の日記)
かごめと椿と奈落と犬夜叉
最終ページのかごめに思い出したのが、またまた黒巫女椿編、ただしアニメのオリジナル。

椿により意識を失ったかごめの夢。
夢の中でかごめは普通の生活を送り、次第に、というより唐突に戦国時代の記憶をなくす。
かごめを呼び戻すかのように登場する桔梗、「おまえは誰だ?」と問いかける。
そこで「あたしはかごめ」とまず宣言、一気に戦闘の最中に戻される。

原作の中に入れられたということで印象はいまいちだったが、あれで単発のオリジナルを作ってくれたらおもしろかったのではないかと未だに思う。
今回のかごめも、まずは現実なのか夢なのか、かごめ自身が異常な状態だということを意識しているのか、何の違和感もなくあの世界に入り込んでいくのかまだわからない。
呆然とした表情や背景の感じから、冥道に吸い込まれたはずが何故?と戸惑っているようには見えるのだが。

最近黒巫女椿を引き合いに出す機会が多いが、椿のエピソードは原作もアニメもいろいろと考えさせられることが多いせい。
そのいくつかはこれまで書いたが、中でも一番気になったのが椿が人間であること、だった。
当初はなんとも思わず読んでたことが、犬夜叉側が殺す相手の人間と妖怪の区別をあまりにはっきりと打ち出してしまったために、後で読み返した時にどこか居心地の悪さを感じてしまったのだ。

もちろん犬夜叉たちもアニメオリジナル「殺生丸様と永遠に一緒」の雲涯のように、妖怪ならばなんでもかんでも殺すわけではなく、相手をきちんと見極めている。
けれど以前書いたように、「犬夜叉側の正義」が即「犬夜叉世界の正義」、ひいては「作品の正義」になり得る危うさの中で、「人と妖怪」の区別をあまりに明確につけすぎてしまったのではないだろうか。

人間だけでなく、椿や神無、神楽や阿毘など少女系の妖怪は犬夜叉が直接手を下すことなく他者の手によってある意味「都合良く」殺されている。
逆髪の結羅などは、見方を変えればかごめに殺されたようなものだ。
そういった妖怪に対する無造作な視線、妖怪の血も持ちながら人間の側に固執する犬夜叉の矛盾などを、黒巫女椿編を読むといつも思う。

自然な形でそうなるのなら大歓迎だが、犬夜叉には人間の血と同様、妖怪の血もまた大切にして欲しいと思う。
妖怪に、人間に差別されてきた犬夜叉だからこそ、人間も妖怪もなく、その血とその命とその善悪を平等な視線で見据えて欲しい。
おそらく作品全体を貫くのはその意識だろう。
けれど時折描写によって誤解を招く可能性もなきにしもあらずじゃなかったかな?と思ってしまった。

ところで先日神無に関する質問メールを頂いた。
お返事を書くために神無登場の頃の原作を読み返して笑ってしまったのが、珊瑚の飛来骨を神無の鏡がはね返す場面。
妖怪を両断する飛来骨の一撃を受けて、よくもまあ打撲程度で済んだと思っていたのだが、薬老毒仙編を読んだ後だと、なるほど飛来骨を形作る妖怪達が珊瑚を守ろうと手加減したんだな、という認識に落ち着く。

当時の高橋先生がそこまで考えて描かれていたとは思わないけど(笑)。
全く「犬夜叉」はおもしろい。
何回読んでもやめられない。

最後に奈落。
まだまだ奈落を語りたい。

奈落って桔梗を殺した時点でもう生きることを放棄してたんじゃないかなあ。
四魂の玉の願いをかなえるために、あえて四魂の玉に支配され、生延びてきたんじゃないかなあ。
だからあんなに簡単に、あんなに穏やかに死んで行ったんじゃないかなあ。

「たとえ・・・この奈落が滅びてもな。」の言葉は奈落がもはや生に執着してはいないことを、ぽろっともらしてしまったのだとも言える。
滅びることを前提としているというか。
この言葉を捉えたかごめが、奈落の心を推し量るとすれば、やはり「桔梗」の言葉が出るべきだったんじゃないかなあ。
「本当はなにがしたかったの?」
うん、やっぱり居心地が悪いなあ・・・。
(2008年5月15日の日記)
前にどこかで見たような・・・
原作少年サンデー2008年5月21日(25号)第554話「高校生活」

          ☆          ☆          ☆

今週はほとんどの部分がかごめの高校生活が描かれる。
なんか前にどこかで見たような・・・。
ここで地味〜な服装の弥勒&珊瑚とすれ違ったり、弓道部に桔梗がいて「おまえは誰だ?」なんて台詞が出たらどうしよう、なんて妙なドキドキ感が(笑)。
かごめの犬夜叉や戦国時代に関する記憶が薄れているのまでがアニメそっくりで驚いてしまった。
高橋先生が見ていなかったとは思えないし、影響を受けたとも思えないので、逆に「これおもしろいから、いつか使わせてもらおうかしら?」なんてずっと暖めてあったのかも。

かごめの未来の高校生活。
最終回を迎えるにあたって、先生から読者へのサービスかもしれないし、戦国時代を選ぶかごめへのプレゼントかもしれない。
入学式にも出てテニス部に入り、じいちゃんから相変わらずおかしな入学祝をもらい、携帯持ってて北条くんとデートする。
(1997年の設定なのに、携帯が新しすぎるのはご愛嬌?)

ランニングするかごめたちが下に何をはいているかがとっても気になる(笑)。
すたれてしまった「あれ」なのかな?
ジャージには見えないし。

何もかもが普通な中に、骨喰いの井戸の祠やご神木の犬夜叉が射抜かれていた跡がない。
それだけが違う。
そして「好きな男(ひと)いないんでしょ?」と聞かれてためらうかごめ。
ご神木を見つめるかごめの中に、犬夜叉の記憶が蘇る。

「最後に四魂の玉を手にした者が、唯一の正しい願いを選んだ時―
 玉は浄化され この世から消え去るという―」

祖父が以前口にしたこの言葉と共に現実に?引き戻されるかごめ。
しかしそこには家族と友達が消えた骨喰いの井戸のそばにいる場面だった。
SFファン的に言えば、かごめの存在自体が消えているというか、家族や友達がかごめを記憶してない状態に戻ったのかな?と思ったら、かごめは彼らの意識に存在するけど見えてない、そんな状態だった。

そしてかごめはさらに引き戻され、四魂の玉との対決が始まる。
ということは、かごめは「最後に四魂の玉を手にした者」となったのだろうか。
ならば四魂の玉がかごめに与えるのは、悪意ではなく試練だろう。

唯一の正しい願いとは、四魂の玉があるべき場所に戻ること。
四魂の玉が翠子や翠子に懸想した哀れな男の中に戻り、妖怪たちと共に終わりのない戦いに終止符を打ち、安らかな眠りを与えること、だと思う。
願うだけなら簡単だ。
というより(正しい願いかどうかは別として)、かごめたちが上記の言葉に翠子を思わない方が不思議なくらい。

ただ、そのためにかごめは自身を犠牲にできるか、そんな試練を与えられるのではないだろうか。
これまでのかごめの試練の集大成として。

これまで四魂の玉が願われたことと言えば、より強く、より早く、より悪く、そんな個人的なことばかりだった。
犬夜叉を人間にするという桔梗の願い、四魂の玉を使って本物の妖怪になるという初期犬夜叉や奈落の願いもまた然り。
最後の願いでランプの精に自由を与えたアラジンのように、四魂の玉を解き放つことがかごめにできるかと問われるのかと思う。
あとはその方法だろうけれど。

この「最後に四魂の玉を手にした者が―」という言葉、かごめは「覚えて」いたのだろうか。
それとも何らかの理由により、今「思い出した」のだろうか。
前者なら、かごめの封印は解けていることになる。

そもそも四魂の玉。
翠子と妖怪たち、そして翠子に懸想した男の魂によって作られたもの。
犬夜叉が言う「四魂の玉は善でも悪でもねえ」は、すなわち「善でも悪でもある」につながる。
翠子の魂=善=直霊の部分と妖怪たちの魂=悪=曲霊の部分が互いの属性を打ち消しあっているから「無」の状態であったが、それは同時にちょっとしたきっかけで善にも悪にもなり得る危うさを秘めていた。

時折、部分的に浄化されることはあったものの、基本的には奈落や奈落に至るまでの「悪しき者(人や妖怪や)」によって汚され続けてきたのだろう。
願いが叶う四魂の玉は、強くなりたいという欲望を増加させてしまうものだった。
そして四魂の玉を手にした桔梗は、「もう闘いたくない」と願い、四魂の玉はその願いを叶えてかごめの霊力を封印したと言う(犬夜叉の言葉)。
さらに四魂の玉の邪な部分は、かごめの霊力を恐れて封印したと言う(楓の言葉)。

四魂の玉に関しては、全て伝聞や想像(祖父や珊瑚や桔梗や楓や奈落や犬夜叉や)で語られているので、非常に曖昧な部分が多いが、他に四魂の玉を語る手段がないので、事実と捉えて間違いないだろう。

時には汚れた玉となることを嫌って宝仙鬼の元に行ったこともある。
曲霊が飛び出して滅ぼされ、かごめが破魔の矢で浄化した今、四魂の玉は悪ではなく、かごめを試す者、かごめの上に君臨する者、だろうか。
たとえば(とあくまで奈落にこだわって)、己の所業の報いで死ぬこともかなわず、永遠に地獄の業火に焼かれる奈落をその身を捨てて救うことができるか、とか。
不用意に飛び込んで来た犬夜叉の命と引きかえに命を投げ出すことができるか、とか。

本当に死ぬのではなく、そこまで巫女として四魂の玉を越えた者になり得るか、それを試される。
そんな展開になって、見事乗り越えてみせるかごめが見たい。
そこまで大事になるかどうかはわからないけれど、とにかく次週が楽しみだ。

今週号には「日本全国美味巡礼大プレゼント」の企画付き。
新潟出身の高橋先生のお勧めは「魚沼産コシヒカリ」。
「いまだに米は魚沼産コシヒカリを食べるようにしています。」のメッセージあり。
これからうちも魚沼産コシヒカリにしようかなあと考えてしまった一瞬・・・。

それから最終ページ。
泣ける本についてのコメントで、「『犬川柳』のペットが死んだ川柳の巻」に違う意味でドキドキしてしまったことは内緒です・・・。
(2008年5月21日の日記)
四魂の玉が望むなら
四魂の玉は、遠い昔翠子と妖怪たちの戦いの中で生まれたもの。
その繋ぎには翠子に懸想した男が使われた。

もしも今の四魂の玉が消滅浄化を望まなければ。
誰もが欲しがり、悪と恐怖に君臨する物として存在したいと願ったとするならば。

翠子の魂は、すなわちかごめの魂となる。
数多の妖怪たちの魂は、すなわち奈落が集めてきた邪気や怒りや悲しみや、そういった負の魂となる。
そして繋ぎに使われた哀れな男の魂は、すなわち奈落(鬼蜘蛛)の魂とはならないか。

四魂の玉が、かごめが自らを浄化するためにふさわしい存在かを試す意味で試練を与えたのかもしれない。
そうでなければ、新たな四魂の玉として「輪廻再生」することが四魂の玉の、今の願いなのかもしれない。

ならばそんな四魂の玉の消滅を願い、奈落や鬼蜘蛛の魂の浄化を願うことが「正しい願い」とはならないか。
かごめもまた新たな四魂の玉を生み出すために必要な存在ならば、自ら飛び込んだ犬夜叉の存在が生きてくる。

かごめを救い、奈落(鬼蜘蛛)の魂を解き放ち、四魂の玉の因果を断ち切る。
なんとなく忘れ去られていた感のある、犬夜叉の真の目的が、そのまま正しい願いとして鉄砕牙究極の一振りとなる。

ひとり戦うかごめもいいけど、魂の戦いを続けるかごめを犬夜叉が鉄砕牙で救う。
主役だったらそれくらい見せ場があってもいいかもしれない。

そこはもはや鋼牙や桔梗が入れない世界だ。
四魂の玉に結末を与えて「犬夜叉」が完結したら、そこから犬夜叉とかごめの本当の恋が始まる、それもいいかもしれない。
(2008年5月26日の日記)
望んでいたのは・・・
原作少年サンデー2008年5月28日(26号)第555話「闇」

          ☆          ☆          ☆

「四魂の玉が滅びることは決してない。
 玉の中で闘いは続き、また次の世何者かの手に渡り
 あさましい願いとともに生き―
 永遠に繰り返す。
 因縁は断ち切れない。」

永遠に続く四魂の玉の因果を望んだのは奈落ではなかった。
奈落はただ、願わされただけだった。

今にして思えば、
「桔梗―
 おまえと同じ所には・・・
 行けそうもないな―」

と呟いて死んで行った奈落。
奈落にとって、それは己のしてきた所業に匹敵するほどの罰だろう。
それを受け入れて死んでいったのであれば、最後に奈落は「人」として死ねたのかもしれない。

所詮奈落は四魂の玉に支配され、新生四魂の玉を形作るためにせっせと陰の素材を集め、最後には繋ぎになって死んだようなものだ。
哀れ、という言葉も頭に浮かぶが、逆に奈落が四魂の玉を使って本物の妖怪になって、桔梗を「喰らって」幸福になれたかと言えば、決してそうではなかっただろう。
少なくとも(今の段階では)奈落は桔梗に続いて四魂の因果から解放され、滅びという安らぎの道を得たことになる。
まだ四魂の玉に絡め取られて成仏できないでいる可能性はなきにしもあらずだが。

さて、かごめに続いて冥道に飛び込んだ犬夜叉。
死神鬼から父君が奪った冥道残月破と骨喰いの井戸の中がつながるのは不思議だが、どちらも同じ冥道への入り口だったと考えれば違和感ないか。
四魂の玉に井戸を消滅させる力があることは、これまでかごめが冥道を通って行き来していたのであれば、その道を塞ぐという意味で。
すると骨喰いの井戸を作ったのは翠子という説も出てくる。
桔梗の村で生まれて生きた翠子が退治屋の里で死んだとすれば、ここに翠子製の井戸があることも納得できる。
翠子→桔梗→かごめ生まれ変わり説も納得できそう。

戦国時代でも弥勒や楓たちが心配しているだろうに、あえて現代に重点を置き、友達にまで異常を知らせるのも不思議。
こちらの世界までが四魂の玉の影響を受ける危機とか、戦国時代と現代が融合する危機とか、考えられることは多い。
幾多の妖怪が跋扈する現代っていうのも見てみたいって先日「妖怪大戦争」を見たばかりだけど。

場面は変わって闇の中でのかごめと四魂の玉の会話。
とにかく画面が汚いのと矢の刺さった四魂の玉が絵的に間抜けなのと、キューピットの愛の矢を思い出してしまったのはいいとして、「かごめはずっとここにいた」の意味に小さな誤解。
高校生活ばかりじゃなく、初めてのタイムスリップから全てが井戸の中で行われていたのかと一瞬思ってしまったのだった。

ここでかごめに課された試練。
四魂の玉に、幻の高校生活、あの世界に帰りたいと願えと。
願わなければ、かごめはこの闇の中永遠に四魂の玉に囚われ、その中で妖怪たちと闘い続けることになると。

パニックに陥っているかごめは気づいていないが、これは不可解な試練でもある。
たとえば桔梗や瞳子の時のように、身を捨てて誰かを救うか、自分を守るかを迫られたことはあった。
もしくは戦国時代や現代を冥道に巻き込むか、それとも自分を守るかというような選択肢のある試練ならわかる。
戦国時代から現代に帰れないといった形ならもっとわかりやすい。

でもこの場合は答えはひとつしかない。
冥道から出る、ただそれだけ。
それをわざわざかごめ自身に決めさせる、そこに罠があるかと気づけるかどうか。

逆にわざわざそんな問いをするところを怪しんで、元の世界に戻ることを拒否してのける、それでかごめは解放されるか、無理だろう。
巫女の霊力も、自己犠牲の精神も求められない、そんな強さはありようがない。
これまでかごめが培ってきた精神面の成長の使いようがない。
そこが不思議。

翠子の気配が全くないのも不思議だ。
少しでも翠子の魂が残っているなら、こんな場合かごめを守ろうとするだろう。
よってこれは悪意のない試練と考えることも、まだできる。
かごめに四魂の玉を越える力があるかどうか。
追いつめられたかごめに最大限の霊力を爆発させ、そこで全ての封印が解けるとか。
かごめ最大限の霊力が爆発して初めて四魂の玉は浄化消滅できるとか。

ここで翠子を振り返ってみると、妖怪たちとの終わりのない戦いで力尽きそうになった翠子は、最後の力で妖怪の魂を奪い取って自分の魂にとり込み、体の外にはじき出した。
それで妖怪も翠子も死に、魂の塊が残った、それが四魂の玉。
かつて珊瑚が語った木乃伊の言い伝え。

さらに珊瑚は

「でも・・・
 肉体は滅びても、四魂の玉の中で、まだ翠子と妖怪たちの魂は戦い続けているんだって・・・」

と続ける。

もしもこれが、翠子が強い意思の力ではなく、救われたいと願った心で四魂の玉に囚われ、終わりのない戦いを強いられているのだとしたら。
それが今かごめに求められているのだとしたら。
かごめを救い、翠子を救う犬夜叉か、かごめが翠子からの因果に気づき、自身で断ち切るか(これはさすがに無理っぽい・・・)。

今原作10巻を見ながら書いているが、ここでのかごめの台詞が気になった。
何百年の間、たくさんの人や妖怪の手を転々とし、珊瑚の祖父の代に汚れた状態で退治屋の里、木乃伊のある場所に「戻ってきた」。
それで桔梗の手に委ねられ、浄化された。

これに対し、かごめが

「桔梗が玉を浄化したから、奈落が生まれた?」

と誰にともなく聞いている。
そして弥勒が肯定しているのだが、早い話が浄化によって取り去られた邪な部分がイコール奈落とはならないか。
桔梗に邪恋の念を抱いていた鬼蜘蛛がこの時の「繋ぎ」であることは話題にもなっているが、ならばこうして生まれた奈落は最初から四魂の玉によって生み出された者、四魂の玉の支配下にあって四魂の玉のために働く者ではなかったか。

読み方を変えれば、94話の時点ですでに奈落が四魂の玉の傀儡であったことが明示されていたとか。
そう考えると、四魂の玉こそ究極の悪、鋼牙の足や満天のおでこに大人しく納まっている存在ではなかったのか、当時から。
まあこの考え方だと矛盾がもわもわ出てきそうなので、ここはなかったことにしよう、今は(笑)。

四魂の玉が新たな奈落、新たな犬夜叉、新たな桔梗を求めて輪廻転生を繰り返す。
話の深刻さは別として、なんて嬉しい展開だろう。
やっぱり究極の悪はこうでなくっちゃ。
もしくは究極の鬼教官。

これまでずっと読んできて、「犬夜叉」の主役は四魂の玉は別格として、奈落と桔梗だと思ってきた。
犬夜叉たちや幾多の人間や妖怪を傷つけ、殺しながら奈落の視線は常に桔梗を追い求めていた。
犬夜叉をひたすら想いながら、桔梗の眼は常に奈落を見据えてきた。
犬夜叉と桔梗の間に奈落の立ち入ることのできない絆があったように、桔梗と奈落の間には犬夜叉の立ち入ることのできない絆があった。
けれど今、奈落や桔梗側に押し寄せていたストーリーが大きなうねりとなって本来の主役、犬夜叉とかごめの元に戻っていく。

奈落や桔梗が死んだからではなく、本来ある場所へと戻っていく。
そしてこれまで影の薄かった犬夜叉とかごめが、確固たる力を持って輝き始める。
凄いなあ、さすがだなあというのが本当は感想の全て。

四魂の玉、浅ましくあれ。
浅ましく浅ましく浅ましく生を願って、最後を華々しく飾って欲しい。

今週はあだち充先生が単行本累計発行部数2億冊突破で特集号。
高橋先生のコメントもあったけど、高橋先生にもこれからもがんばって欲しい。
(2008年5月28日の日記)
三度目の再生
第555話「闇」追記

          ☆          ☆          ☆

四魂の玉が生まれたのは、遠い昔、翠子と戦った妖怪たちの魂に(たぶん)繋ぎにされた男の魂にもよる。
次に再生ようとしたのは戦国時代、四魂の玉の中の妖怪たちは、鬼蜘蛛を繋ぎとして、桔梗の魂とひとつになり、新たな四魂の玉に生まれ変わろうとした。
しかし、桔梗が桔梗の玉を持って死んだことにより失敗し、残された鬼蜘蛛の妄執と妖怪たちの魂が結合して奈落が生まれた。
そして今、奈落の集めた邪気?を繋ぎにしてかごめの魂とひとつになり、新たに生まれ変わろうとしている。

翠子から桔梗までの数百年間は桔梗やかごめ、奈落や鬼蜘蛛に匹敵する魂や妄執の持ち主が存在しなかったことになる。

それにしても最初の頃に、桔梗が四魂の玉を使って犬夜叉を人間にすれば四魂の玉は消滅すると言っていたが、考えてみれば不思議な話だ。
まるで愛に満ちたささやかな願いに、四魂の玉まで満足して成仏するがごときの台詞だが、より速くなりたい、強くなりたい鋼牙やたくさんの妖怪、人間たちの願いと、実はなんら変わるところがない。
限りなく個人的で、四魂の玉の側からすれば、限りなく身勝手な願いだろう。

当時高橋先生の中で四魂の玉の存在の意味が今とは全く違っていたと捉えるか、桔梗が大きな勘違いをしていたと捉えるか。
もちろん当時の四魂の玉がそれほど邪気に満ちた存在ではなかったから、と言えるかもしれないが、これまで語られてきた四魂の玉の変遷を読むと、必ずしもそうとは思えないかも。
満天のおでこやイモリ妖怪の中では、さぞやイライラしていたことだろうと妙な笑いもこみ上げてくる。

けれど、雑魚妖怪の集団に体を喰らわせただけで、ここまで凄い半妖奈落となり得るかという、一時期よく出てきた疑問はこれで解決した。
四魂の玉なしで奈落が孤独に生きた50年に風穴を作るなど凄まじい力を見せ得た理由も。

きのうの感想で、かごめには冥道から逃れたいと願う他に選択肢はないと書いたけど、これからの展開次第で、四魂の玉に囚われて成仏(消滅)できずにいる翠子や、今目の前にいる妖怪たち、あるいは奈落も追加、の凄まじい孤独、かごめが今落ち込もうとしている孤独にかごめが気づくということもあり得るか。
彼らを救うために身を捨てて、とまでは行かなくとも、彼らの孤独を理解し、癒そうとすることで、巫女としての力の見せ所にはなるかもしれない。
(2008年5月29日の日記)
正しい願いの導き手
原作少年サンデー2008年6月4日(27号)第556話「運命」

          ☆          ☆          ☆

闇の中、追い込まれていくかごめ。
四魂の玉の中で闘い続ける翠子が登場する。
四魂の玉の中に絡め取られた奈落も登場する。
かごめが普通なら当然願うであろう「わが身かわいさ」な望みを願った瞬間、奈落は闇の中で目覚め、かごめと奈落の新たな、そして永遠の魂の闘いが始まる。

四魂の玉は(形作る妖怪は)言う。
「時を越えて四魂の玉を戦国の世に運び戻した時から、かごめの運命は決まったいた。」と。
「玉の一部となり、玉の中で闘い続けるためにかごめは生まれてきた。」のだと。
ある意味正論である。

かごめが望んだことではない。
かごめに責任はない。

けれど運命に巻き込まれたかごめが、四魂の玉と共に戦国時代にタイムスリップしたのは紛れもない事実だ。
かごめに罪はなくとも、その時点で運命が変わる危険性はあった。
現代と戦国時代を行き来し、他の人間や妖怪たちの人生に関わり、関わった者たちの運命を変える。
本来あってはならないこと。

かごめは自らの運命と、きちんとした形で向き合ったことはあっただろうか。
なかったことは「ふたつの世界」ではっきり書かれている。
しかし、毎日の闘いの中でかごめが他人のために身を捨てて闘って来たことも、また事実。
決していい加減なものではなかった。

そんなかごめが四魂の玉によってどんどん追いつめられていく。
なりふり構わず、誘いの罠を差し伸べられた時点で乗ってしまってもおかしくない状況の中、かごめは泣きじゃくりながらも、理路整然と四魂の玉の意思を推し量っている。
奈落や桔梗の心にまで想いをめぐらせ、正しい願いに気づいたかごめに、さすがかごめと賞賛するより、むしろ私は驚いた。
けれど、これは逆に四魂の玉がかごめを導いているとも見える。
さらにタイミング良く聞こえる犬夜叉の声。

翠子や桔梗のように巫女として生まれ育ったわけでもなく、安心して普通の少女に戻れる現代生活があり、守ってくれる仲間もいたかごめに、なぜ今ここまで過酷な試練が課されるのか。
というより、今になってなぜかごめにだけこれだけの試練が一気に課せられるのか。
かごめの自然なストーリー展開というより、ストーリーの終結にかごめというキャラを合わせていっているようにも見えないこともない。

犬夜叉のかごめを呼ぶ声に、ドクンと脈打ったのはかごめの胸と四魂の玉。
四魂の玉にとっても瀬戸際だ。
奈落を救い、翠子を救い、妖怪たちの魂を救う。
かごめが望むべき正しい願い。

いずれかごめが選ぶのは現代と戦国時代の、どちらかひとつ。
四魂の玉の中の闇の世界は「ふたつの世界」の選択肢にはないだろう。
かごめ最後の試練をきっちり乗り越えてくれると願いたい。

さらに犬夜叉。
遂にかごめだけに正面から向き合うことができた。
「かごめはおれに会うために生まれてきてくれたんだ。  そしておれも― かごめのために・・・」
生まれてきたのだと心の中で言い切ったのだろう。

犬桔ファンは泣くだろうなあ。
犬かごファンは喜ぶだろうなあ。
これまで知り合ったファンの方は、犬桔犬かご同数くらいか。
メールや掲示板で頂いたそれぞれのコメントが蘇る。
あまりにストレートな恋の表現に気恥ずかしさを覚えながら、そんなことをぼんやり考えた。

犬夜叉はこの言葉をかごめ自身に面と向かって言えるだろうか。

最後に消えた井戸のそばにうずくまり、離れようとしない七宝に胸が痛かった。
殺生丸たちは、全ての結末を見届けることなく、全ての決着もつけることなく去ったのだろうか。
(2008年6月4日の日記)
四魂の玉 消滅
原作少年サンデー2008年6月11日(28号)第557話「会いたい」

          ☆          ☆          ☆

四魂の玉、遂に消滅。

正直言って(申し訳ないことではあるけれど)、私は一足先に燃え尽きていたような気がする。
先週までの闇の世界の展開は、私にとってはクライマックスでなくエピローグだった。
後はどんな形で決着がつくか、どんな形で積もりに積もった謎が明かされていくか。
その興味だけで読んでいたように思う。

そんな私が度肝を抜かれた。
四魂の玉消滅、そのあっけなさに?
いえ来週で「犬夜叉」が終わってしまう、その性急さに。

もちろん最初から558話で終わる予定だったのかもしれない。
けれど、あと20話くらいかけて四魂の玉消滅後のエピローグを描こうとのんびり構えていたところに、急に編集部から「高橋先生、あと1話で終わってくださいね。」なんてお達しが来たのかと勘ぐるほどの唐突さ。

せっかく出てきた奈落の首は?
(一瞬生き返ってかごめにお礼を言うとか謝るとかしようよ。)
珊瑚と殺生丸の決着は?
(さっさと流浪の旅に戻った殺生丸に甘えすぎっ!)
せっかく出てきた翠子や妖怪たちの魂は?
(問答無用で消されただけ?)

現代や戦国時代で心配している家族や仲間たちに顔を見せて安心させる。
(これは多分来週描かれる。)
せっかくだから、楓に報告がてら桔梗のお墓にもお参りして欲しい。
(これは個人的な願いだけど無理だろうなあ。)
ついでに冥加や刀々斎や鋼牙たちにも報告して欲しい。
(これはまずないだろうなあ。)

あと1話でけじめをつけるには、「めぞん一刻」のラストのように各キャラと犬夜叉たちの最後のシーンを短く散りばめていく方法もあるだろう。
でも全てが謎のまま終わってしまっては、あまりに寂しい。
私は逆に、犬夜叉とかごめがこのまま昇華し、現代からも、戦国時代からも、家族の前からも、仲間の前から消えていく結末もありじゃないかと考えた。
犬夜叉たちが様々な伏線の結末を知らないまま消えていくのなら、読者が知らないまま終わっても不自然じゃないかもしれない。

驚き悲しむ珊瑚や弥勒、七宝、そしてママと草太とじいちゃんたち。
犬夜叉とかごめは最早その記憶に囚われることなく、2人だけの世界に消えていくってまるで「人魚姫」か「フランダースの犬」のようだが、2人にとっては決して不幸な結末ではないと思う。
むしろ謎は謎のまま、馥郁たる余韻と共に終わるのではないかと思うのだけど。

四魂の玉に直接関わった者たち(翠子、桔梗、奈落)も消えた。
弥勒や珊瑚とは違う、直接の関わりを持った者の宿命としての死、あり得ない話だろうか。

ただし自分で否定しちゃうけど、この後かごめには「ふたつの世界のどちらかを選ぶ」約束が残っているので、それはないだろう。
当時はかごめが1人現代へ戻るか戦国時代で生きるかどちらかと考えていたのだが、クラスメートの登場で、犬夜叉とかごめのセットで現代、戦国時代のどちらかを選ぶことになりそうな気がする。
2人で現代を選ぶと、四魂の玉が、成仏させてくれたお礼に犬夜叉を普通の人間に変えてくれたりして(笑)。

さて最近のサンデーだが、私はむしろかごめの「なんでも私におしつけないで!」っていう声が聞こえてきそうな気がしていた。
アニメ98話のオリジナル「洞窟には桔梗とかごめの二人だけ」に出てくるかごめの台詞だが、おそらく原作で口にすることはないだろうと思っていた言葉。
けれど、話を決着づけるためにかごめの器を越えた試練を与え、それをかごめが見事クリアして見せて、そこに感動はあるだろうかと正直危ぶんでいた。
ここはひたむきにかごめに心を寄せて、ひたすらにかごめを応援しながら読むべきだったろうけれど。

最終回から2話目の今回、ストーリーは大いなるかごめ賛歌であり、大いなる犬夜叉賛歌であり、そして大いなる犬かご賛歌でもある。
すとんと第1話の2人に戻ったような、納まるところに納まったような、居心地の良さを感じる。
同時に「私は・・・なにも願わない。」にはでき過ぎの感も否めない。
全くどうしてこんな時でも理屈抜きでは語れないのだろう、情けない。

ここは素直に「かごめちゃん良かったね、がんばったね、さすがだね。」と心で抱きしめるが花だろう。
ところが次の「唯一の正しい願い」のかごめには違った意味で驚かされた。
「四魂の玉!消えなさい!」
なんて高飛車な(笑)、もちろんいい意味で。

何だかんだ言ってもかごめに癒しだの救いだのそんなものばかり求めていた、こちらの過剰な期待も一気におすわり喰らった感じ。
ここでかごめが妖怪たちの魂を慮って癒すの救うの言い始めたら、むしろ感動はなかっただろう。
私がどんなに過剰に崇拝しようと、どんなに期待を抱こうと、逆にどんなにその描写を危ぶもうと、かごめはかごめとしてそこにいる。
かごめ個人に関しては、見事に完結したと思う。

さて、さりげなく書いてしまったが、「犬夜叉」は次回558話が最終回である。
なんとなく松屋銀座で開催される「高橋留美子展」ぎりぎりの7月末まで、それは無理でも560話、570話とキリのいいところまでは続くと思っていたので、最終ページは不意打ちだった。
さっきも書いたように、あと1話で話をどうまとめるかが気になって(アニメの時もそうだったけど)、実際に最終回を読むまでは寂しさも中途半端な気がするが、それでもどんより落ち込む自分がいる。

予想してみると、やはり妖怪たちの最後の言葉はあるのではないか。
目論見が外れた悔しさよりも、「終わらせてくれた」お礼。
さらに翠子や奈落も一瞬蘇って何か言って欲しい。
できれば桔梗や鋼牙、殺生丸たちも走馬灯のように回りながら一言欲しい。

「がんばったな、犬夜叉・・・。」
「良かったな、かごめ・・・。」
「・・・ふん・・・。(よくやったの意味、笑)。」

弥勒や珊瑚、邪見やりん、楓たちにももう一度会いたい。

それより何よりかごめにはきちんと現代の家族や仲間に別れを告げて、犬夜叉と共に戦国時代を生きる覚悟を決めて欲しい。
セーラー服を脱いで、戦国時代の着物を身にまとうかごめ。
(「炎トリッパー」でも涼子が最後に服を長持にそっとしまうシーンがあったと思うのだけど、今持ってる2003年発行版にはついてない、勘違い?)

でもやはり知りたいことはたくさんある。
あと1話はあまりに短い。
せめて「最終回は○○話です。」くらい教えて欲しかったな、まだ心の準備ができるのに。

「犬夜叉」に出会えて本当に楽しかった。
私は・・・、いえここから先は今書くことではないだろう。

今はただ、最終回を待つだけ、か・・・。
そういえば「イフリート〜断罪の炎人〜」も最終章に突入だった。
「犬夜叉」終わったらサンデーどうしようかなあ・・・、パソコンする手をふと止めて、そんなことを考えてしまう自分が寂しい。
(2008年6月11日の日記)
四魂の玉の本当の望み
第557話「会いたい」追記

          ☆          ☆          ☆

きのうのサンデー感想で
「私は逆に、犬夜叉とかごめがこのまま昇華し、現代からも、戦国時代からも、家族の前からも、仲間の前から消えていく結末もありじゃないかと考えた。」
と書いて、自分で
「この後かごめには『ふたつの世界のどちらかを選ぶ』約束が残っているので、それはないだろう。」
と否定したけど、その後ふと考えた。

かごめはすでに、ふたつの世界のひとつを選ぶ、その選択をしてしまったのではないだろうかと。
四魂の玉の中、闇の世界でかごめは幻を見る。
その世界では高校の制服を着て、家族や友達と過ごす平凡な少女としての生活が待っている。
もうひとつは闇の中でただひとり、永遠に取り残される世界。

後者を選ぶはずはないとわかってはいるけれど、前者もそこに「犬夜叉がいない」ということが大きな伏線となってくる。
実際にかごめが前者を願えば、四魂の玉の罠に落ち、奈落との果てることのない戦いに巻き込まれる運命にあった。
無理にこじつければ、かごめはすでにふたつの世界のどちらかの選択を強いられたことになる。

ただ不思議なのが、犬夜叉の声が聞こえた時点で誘いの願いが「犬夜叉に会いたい」へと変化すること。
要するに、かごめ自身の願いなら何でも良かったということか。
この時点で四魂の玉側もまた迷走していることが感じ取れる。

「唯一の正しい願い」とは、「自分の本当の望み」をかなえようとすることではなく、「四魂の玉の本当の望み」をかなえることだった。
四魂の玉を使って犬夜叉を人間にし、共に生きようとしたのは桔梗の望み。
四魂の玉を使って本物の妖怪になろうとしたのは犬夜叉の望み。
四魂の玉を使って桔梗(の心)を手に入れようとしたのは奈落の望み。

けれど人が人である以上(妖怪も人の心を持つ性格上、一緒にまとめる)、四魂の玉を使うかどうかは別として、願いを願わずにいられることがあるだろうか。
かごめも「口にする」までは願った、望んだと認めないという妖怪たちの優しさ?があったからこそ救われたものの、闇の恐怖に怯える中で、すでに「この場から逃れたい」と願ってはいただろう。

私はきのう「四魂の玉!消えなさい!」のかごめの口調で驚いたが、あれはつまり「とっとと消えてしまえ!もう二度と出てくるな!」というかごめの「口撃」ならば当然か。
たとえばアラジンがランプの精ジーニーとの間に友情を育み、自由になりたいと望むジーニーの願いを組んで3つめの願いをジーニーの解放にするのとは違う。
犬夜叉、かごめ、彼らにとって四魂の玉は退治すべき物だった。
最初から救いの余地のある物ではなかったのだ。
(翠子の描写次第ではそうではなかった余地もあったろうが。)

けれどかごめによる「退治」は結果的に四魂の玉にとっては「救い」となった。
これまで奈落の悪行ばかりが目立って、四魂の玉の意思は表立って出てこなかったが、こうなってくると四魂の玉に囚われた妖怪たちこそ永遠に逃れられない闇の中に、戦う相手もなく取り残されるべきだろう。
かごめはやはり彼らを救ったのだ、おもしろい。

ここはやはり来週妖怪たちから感謝の言葉を聞きたいな。
結局桔梗に魂(蛹→死魂虫)を与えたり、宝仙鬼の元へ逃げた翠子の意思が四魂の玉の中でどう絡んでいたのかはわからずじまいだろうか。
もしくは四魂の玉がかけらとなっている間は、妖怪たちは戦いは続けながらも自らの意思はなく、眠っていた状態だったと判断してもいいかもしれない。
自らの意思では動けない状態というか。

その妖怪たちを目覚めるために必要なのが四魂の玉を汚すこと。
それが奈落に与えられた使命だったとするならば、妖怪たちの意思を越えた、さらに四魂の玉という者の意思があることになりかねない。
かごめを陥れようとするのが妖怪たちの意思ならば、かごめに試練を与えてそれを見抜かせたのが四魂の玉の意思なんてね。
おもしろいけどややこしいからもうやめよう(笑)。
(2008年6月12日の日記)
6月18日 最後の感想
原作少年サンデー2008年6月18日(29号)最終話(558話)「明日」

          ☆          ☆          ☆

何度読んでも泣けてくる。

幾多の謎も、小さな不満も、きらめくハッピーエンドに包み込まれて押し流されて、今「犬夜叉」が完結した。
今度はこちらの胸にぽっかり大きな穴があいた、そんな気がしたけど、とても暖かな優しいもので満たされていく。
紆余曲折は多々あったけれど、高橋先生の描きたかったものは一貫して犬夜叉とかごめの恋だったのだと、今素直に思える。

楓の村。
寄り添う楓とりんに始まる最終話。
相変わらず怪しい手段で妖怪退治の弥勒(お供は犬夜叉)はぼったくりの真っ最中。
帰ってみれば、三年の間に弥勒と珊瑚の3人目の子供(長男)が無事出産。

上の2人は双子の女の子、まるで幼いかごめと珊瑚のよう。
これなら約束?通り20人でも30人でも産めそうだ(笑)。
幸せな夫婦、平穏な戦国時代。
けれど、そこにはかごめがいない。

四魂の玉を再びこの世界に持ち込み、そして滅するためにかごめは戦国時代にやって来た。
四魂の玉は消滅し、役目を終えたかごめは自分の世界に戻って行った。
かごめの世界にも、犬夜叉に負けず劣らずかごめを愛する家族がいる。
その想いがかごめをかごめの世界につなぎ止める。

きっちり三年間。
あれほど望んでいた現実の高校生活を終え、桔梗の年齢になったかごめが今ふたつの世界のひとつを選ぶ。
犬夜叉に会いたい。
その想いが再び骨喰いの井戸を開く。

かごめの匂いを感じ、骨喰いの井戸に走る犬夜叉、ときめく胸。
そして伸ばした手の先に、かごめがいた。

「犬夜叉 ごめんね・・・
 待っていてくれた・・・?」
「かごめ・・・
 バカ野郎・・・
 今までなにしてたんだ。」

どんなラブシーンよりもストイックな恋の描写が、想いの深さを映し出す。
この2人、本当に綺麗だ。

現代では一気に老け込んで見える祖父といたわる草太が描かれる。
笑顔で送り出しただろう母もまた、寂しさを噛みしめている頃だろう。
骨喰いの井戸は、おそらく再び塞がり、開くことはない。
二度と会うことはかなわない家族。

けれどかごめは家族への想いを越えて恋を選び、家族はかごめの恋を受け入れたのだろう。
住む世界は違っていても、絆は固く結ばれたまま。

かごめがいなかった三年の間に戦国時代も変わった。
立派な妖怪になるために、村の外に修行に出て行くことが多くなった七宝。
償いの気持ちもあるだろう、琥珀は雲母と共に妖怪退治屋として修行の旅を続けている。

りんは楓に預けられ、人里「でも」暮らしていけるように「訓練」されている、いつかどちらの世界を選ぶか決める日のために。
時折殺生丸と邪見が素敵なお土産を持ってりんの元にやって来る(買ってくるのか取ってくるのか)。

そしてかごめ。
巫女の衣装に身を包んだかごめは犬夜叉と共に生きている。
その穏やかな表情は、かつての桔梗を髣髴させる、ただ寂しさだけない。

かごめの魂と桔梗の魂はひとつに溶け合い、さらに奈落の想いまでも(おそらく)包み込んで生き続けるのだろう。
桔梗を愛した犬夜叉と、かごめに恋した犬夜叉もまたひとつに溶け合い、生きて行くのだろう。
けれど今、ここに佇むのは紛れもなく犬夜叉とかごめ、ただ2人だけ。
見慣れたセーラー服より巫女装束の方がかごめにしっくり似合って見えるのも故ないことではないだろう。
最後の描写が美しすぎて、空の彼方で微笑みながら見守っている奈落や桔梗や翠子や神楽の姿まで浮かんできたから恐ろしい(欲を言えば、最後に鋼牙にも登場して欲しかった)。

なんだか涙が止まらない。
なのに「お義兄さーん!」と呼びかけるかごめを横目で睨む殺生丸や、イヤな顔してる犬夜叉に笑った、泣きながら笑った。
みんな幸せになって欲しい、心からそう思う。

そして楓の村の桔梗の祠、かごめの時代まで受け継がれていって欲しい。
日暮神社の由来も変わるだろう。
かごめの家族は、かごめが戦国時代を幸せに生きたことを知るだろう。

「犬夜叉」が終わっても、書くことはたくさんあると思ってた。
解き明かされなかった謎や伏線や、好きだった、あるいは触れられなかったキャラやエピソードのことなど、まだまだ書き続けたいと思っていた。
けれどももう十分に満たされた、私の中でも「犬夜叉」は完結した。

「犬夜叉」に会えて良かった、本当に楽しかった。
読んだり見たりするばかりでなく、感想を書いたり考察したり調べたり、全てが楽しかった。

最初の頃は「戦国」「もののけ」「タイムスリップ」といったキーワードに惹かれてアニメを見始めたのだと思う。
原作を読むようになってからは、キャラ設定やストーリーの巧みさおもしろさにどんどん引き込まれていった。
特にタタリモッケ編や「出会った場所」のかごめの眩しさ、晴海編の頃の桔梗の情念むき出しの凄絶さには強烈に惹かれた。
私が「架空」キャラであることを越えてのめり込んだのは、この時が初めてだと思う。

やがて突き詰めて考えるあまり、原作を突き抜けてどこか別の世界に自分の「犬夜叉」を作り上げ、原作とのずれに悩んだ時期もあった。
最後の頃は全く別の「犬夜叉」を語っていたような気もするが、それでも楽しかった。

ここで「犬夜叉」を語り始めてから約6年、「犬夜叉」は私の生活の一部だったと書いても差し支えないと思う。
何を読んでも何を見ても「犬夜叉」とのつながりを見つけ出し、悦に入っていた時期もある。
ゲームやカードに夢中になり、グッズ集めが家計に響いた時期もあった(笑)。
「犬夜叉」を求めて松江、新潟、そして伊東と飛び回った。

犬夜叉バスや犬夜叉電車、犬夜叉羽子板に犬夜叉ケーキと我ながらあきれるほど夢中になった。
でも最終話を読み終えた瞬間から、全てが不思議なほど懐かしい想い出になった。

今はただ、「犬夜叉」を描いて下さった高橋先生に本当に御苦労様でしたと、本当にありがとうございましたと伝えたい。
これまで読んで下さった方々も、長い間本当にありがとうございました。
(2008年6月18日の日記)

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