十二国記感想 9
12月15日 「ダ・ヴィンチ」より小野不由美インタビュー2
次は、シリーズの舞台となる異世界は、古代中国を思わせるが、ヒントになった作品や本はあるかとの質問です。

中国風の世界にしたのは、小さいころ「西遊記」が猛烈に好きだったからだと思います。

「西遊記」は私も子供用の本で読んでおもしろかったし、故夏目雅子さんが三蔵法師を演じた「西遊記」も見ましたが、 「なぜ三蔵法師を女優さんが演じているのだろう?」と思った記憶しかなかったり(笑)。
でも上橋菜穂子さんの守り人シリーズが「カタカナ世界」にピタリとはまったように、「十二国記」はやはり漢字じゃないと! とは思いますね。

麒麟が天意に従って王を選ぶという、王と麒麟の関係の着想については

あちこちで書いていますが、田中芳樹さんの「銀河英雄伝説」から。 「死なないラインハルトのいる世界」がスタート地点でした。

これは有名な話ですが、実は私、「銀河英雄伝説」は読んだことがありません。
Wikipediaを参照すると、あらすじとしては、遥かな未来、銀河に進出した人類は、皇帝と貴族が支配する銀河帝国と、 帝国から脱出した共和主義の人々が建国した自由惑星同盟に別れて戦っていました。
ラインハルト・フォン・ローエングラムは銀河帝国側の主人公であり、野心的な人物だそうです。

余談になりますが、昔ハマってたゲーム「戦国無双」に登場した毛利元就がヤン・ウェンリー(自由惑星同盟の 主人公)にすごく似ていたと盛り上がっていたなあ、そういえば(笑)。
ただ不老不死にしろ何にしろ、「死なない設定」というのは、ある意味都合の良い設定でもあるので、書く側描く側に とっては難しい設定なんだろうなとは思いました。

さて、「白銀の虚 玄の月」でひとつの区切りがついた「戴」ですが、この構想はいつ頃からできていたのかという質問です。

戴に何が起こって高里が神隠しに遭ったのか、帰還したあとどうなったのかについては、「魔性の子」の時点で 考えていました。
当時は書く予定などなかったし、「・・・・・・だったりして!」というレベルの物だったんですが。

前回も書きましたが、「月の影 影の海」から入って、主役は陽子だった私なので、このコメントには驚かされました。
「華胥の夢」まで読んで「魔性の子」でしたからね。
「十二国記」は華やかな中華ファンタジーであって怖いものではなかった、なのにその後読んだ「魔性の子」は完全に ホラーでした。
あの時の居心地の悪さ、「魔性の子」を私の中の「十二国記」のどこに据えたらいいのか、悩んだことは忘れられません。

ただ、「魔性の子」が出たのは1991年(平成3年)、今から29年前です。
その時点で泰麒の物語ができあがっていたそれも書く予定がなかったのに、というのにもまた驚かされました。
淡々と答えてますが、実は緻密に、丹念に考えていたんだろうなとは思います。
「だったりして!」の「!」がね、全てを表していると思いますよ。

(この項続く)
(2020年12月15日の日記)
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