第1話 半妖


村が燃えている・・・。
楓は呆然と立ち尽くしていた。
木でできた粗末な小屋は、折りから吹き出した風にあおられてたちまち燃え上がり、 すさまじい熱気が辺りを覆い尽くしている。
冬に備えて蓄えておいた米や野菜も、暖を取るための薪や藁や毛皮も、わずかばか りの持ち物も、何もかもが一気に燃え尽きた。

村人たちは逃げまどい、倒れた柱の下敷きになった者はうめき声を上げていた。
「助けなければ・・・。」
踏み出そうとするが、体が動かない。 右側だけ視界が真っ赤に染まり、激痛が走ったが、楓は気にも止めなかった。

楓の目、右の目には大きな布が巻かれている。
ついさっき、火事ではじけた柱のかけらが、炎に巻かれて転んだ楓の右目を 直撃したのだ。
残った左の目だけで、楓は必死に姉の姿を追い求めていた。
「桔梗お姉さま・・・。」


時は戦国。
「応仁の乱」と呼ばれる戦乱から幕を開けたこの長くて苦しい時代は、落ち武者、野 盗や追い剥ぎなど幾多の心の荒んだ者達を生み出した。
さらに、殺し殺される者達の恨みつらみが集まって異形を成した魑魅魍魎共が、生 命を得て人間を襲い始めたのである。
この異形の者達は「妖怪」と呼ばれ、恐れられた。
なにしろ妖怪にとって、人間など非力な「餌」に過ぎず、人間はなんら抵抗する術を 持たなかったのである。

そのうちに、妖怪の中にも無意味な殺戮を嫌い、人間と共存することを模索する者が 出てきた。
同時に人間側にも、霊力、法力、人並みはずれた基礎体力や攻撃力を武器に、妖怪と 互角以上に戦える者たちが現れる。
人間同士の血で血を洗う戦乱の時代にもうひとつ、妖怪と人間の果てることもない 戦いと共存が続いていた時代。
それがこの物語の舞台なのである。


楓が今名前を呼んだ「桔梗」こそが、この戦国時代において屈指の霊力を持つ巫女の 1人であった。
この小さな村においても尊敬され、慕われている女神のような存在。
こんな時こそこの場で指揮を取るのも桔梗のはずだった。
だが、今ここに桔梗の姿はない。
「桔梗お姉さま、一体どこに・・・。」

必死な視線の先にふわりと1人の少年が降り立った。
「あいつ・・・。」
楓は唇を噛みしめた。
この少年、人間ではない。
雪のように輝く銀色の髪を振り乱し、煤で汚れた緋色の衣はあちこち焼け焦げてい る。
獣のように尖った爪、振り向いて楓を見据えた金色の瞳。
何よりも頭の上から突き出た2つの犬の耳がどんな言葉よりも雄弁に少年の正体を物 語っている。

名を「犬夜叉」と言う。
ただし犬夜叉、妖怪でもない。
妖怪の父と人間の母を持つ、いわゆる「半妖」と呼ばれる存在。
当時にあって、妖怪には人間よりも蔑まれ、人間には妖怪よりも忌み嫌われる立場に あった。
その犬夜叉がなぜこの村を襲ったのか、話は少し前に遡る。


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