第10話 かごめ

あたしの名前は日暮かごめ。
今年(1996年=平成8年)15歳になったばかりの普通の少女(のつもり)。
東京都の日暮神社という名前の古い神社に生まれ育った。
古いけれど全然有名じゃなくて、たぶん誰も日暮神社がどこにあるか知らないと思う。
樹齢千年の御神木(奇妙な傷がある)やいわくありげな隠し井戸はあるけれど、何度もじいちゃんに聞かされた、その由来に関心はなく、聞いてもすぐに忘れてた。
どうして忘れるのかってことすら考えたこともなかった。

家族はじいちゃん、ママ、弟草太とかごめの4人。
あとはちょっと太目の飼い猫のブヨ。
パパはあたしが物心つく前に死んじゃったから、パパのことは全然覚えてない。
だけど楽しいじいちゃんと優しいママ、気弱な草太にたくさんの友達に囲まれてあたしは幸せだった。

とんでもない出来事に巻き込まれたのはきのうの朝。
骨喰いの井戸がある祠にブヨが入って出てこないと草太があたしを呼び止めた、それが始まりだった。
祠の中には封印された井戸と何の骨だかわからないものがたくさん。
じいちゃんに止められているから、あたしも滅多に入ったことはない。
じめじめしてるし気持ち悪いし。

ブヨは無事見つかったのだけど、あたしはいきなり井戸から出てきたたくさんの腕に井戸の中に引きずり込まれたのだ。
あたしを捕まえたのは、「百人一首」で見たようなのっぺりした顔と長い黒髪の女、しかも裸!
たくさんついてる腕も気持ち悪かったけど、何より体の下に蛇みたいに長い長い骨が続いているのが信じられなかった。
そいつはなんだかわけわからないことを言いながら、あたしの顔を生臭い舌でぺろっと舐めた。

「はっ
 はなしてっ!」

押しのけようと伸ばした手がそいつの顔に触れた途端、そいつの腕がズボッと抜けて、そいつは「四・・・魂の・・・玉・・・」って謎めいた言葉を残して落ちてった。
そしてあたしも・・・。
ついさっきじいちゃんがこれから売り出す「四魂の玉」の御守りを見せてくれたのだけど、あたしにはその記憶がもうなかった。

深く深く落ちたつもりだったのに、やっと足がついた底から、井戸に切り取られた空が大きく見えた。
祠にある井戸のはずなのに、なんでこんなに明るいのか、空が見えるのか、考えればおかしな話だけど、とにかくあたしは井戸から出たくて必死でよじ登った。
幸い井戸の中まで伸びてる蔦が、あたしを助けてくれた。

やっと出た井戸の外、そこには見たこともない風景が広がっていた。
祠はもちろん、家も鳥居もなく、草太もじいちゃんもママの姿もない。

やっと見つけた御神木に駆け寄ると、そこには不思議な男の子がいた。
あたしと同い年くらいの不思議な着物を着た男の子。
胸に刺さった矢で御神木に縫い止められているのに死んでいるようには見えない。
気持ち良く眠っているかのように見える。
しかも頭の上には犬の耳・・・?

「さわってみたい。」
あたしはおずおずと近寄ると、男の子の耳をくいくい引っぱってみた。
餃子の皮みたいに柔らかくて暖かくて、そして気持ち良かった。
(・・・こんなことしてる場合じゃないのに・・・。)

次の瞬間、罵声と共にあたしは矢を射かけられ、捕まったのだ。
連れて行かれたのは楓って名前のおばあさんのとこだった。
おばあさん(これからは楓ばあちゃんって呼ぶことにする)はあたしの縄を解いてくれたけど、あたしが桔梗って人の生まれ変わりだなんて言い出した。
しかも百足上臈までまた出てくるし。

「封印された」って楓ばあちゃんが言ってた男の子(犬夜叉って名前だって)が蘇って百足上臈を退治してくれたけど、あたしの体から「四魂の玉」なんて不思議な玉が出たり、そのせいで今度はあたしが犬夜叉に襲われたり、もう散々。
けれど犬夜叉に「おすわり」が効いたのはおもしろかった、やっぱりあいつ、犬だ・・・(笑)。
それからあたしもそれまで起こったことを、全部楓ばあちゃんに話した。
四魂の玉はすごい力を持っていて、あたしはそれを守らなくちゃならないらしい、あの犬夜叉と一緒に・・・。

          ☆          ☆          ☆

その犬夜叉はふてくされて木の枝に座っていた。
人には上れぬその高みは犬夜叉のお気に入りで、かつて犬夜叉はよくここから桔梗のいる村を眺めていたものだった。
犬夜叉が桔梗に封印されたことで、楓が村をこの木のそばに移したらしい、新しい村は犬夜叉の真下に見える。

「あの女が・・・ 桔梗・・・?」
確かに似ている、だが口調や性格は桔梗とは全然違う。
何よりあの女の中に桔梗の「記憶」はあるのだろうか・・・。

考えに沈んでいた犬夜叉はふっと背後に迫る気配に振り向いた。
その手が捉えたのは1個の柿の実。
下から大根と柿と魚篭に入った魚を抱えたかごめが見上げていた。
「ねえっ、降りてきて・・・一緒に食べよう。」
自分でも意識しないうちに残っていたわずかばかりの警戒心も消え失せて、犬夜叉は素直にかごめのそばに降りて行った。
憎まれ口を叩くのだけはやめなかったが。

―そして夜。
粗末な夜具にくるまれたかごめは今日はなかなか寝つけずにいた。
「こっちに来てから、もう二日かあ。」
家族の顔が次々に脳裏に浮かぶ。
「なんとかして・・・帰らなくちゃ・・・」

やっと訪れた眠けの中でかごめは自分を窺う異形の者の存在には全く気づいていなかった。
「明日は村を出て井戸のとこまで戻ってみよう・・・。」
かごめは静かな眠りに引き込まれていった。

月明かりにピシッと音を立てて小石が異形の者を襲う。
身を翻して飛び去るそれは黒い羽と3つの目を持った烏に似た妖怪。

「さっそく玉の匂い嗅ぎつけて来やがった・・・
 屍舞烏・・・
 やなやつが出てきたぜ。」

追うことはせず、闇の中に蹲ったまま、犬夜叉は低い声で呟いた。

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