「抜いてはならんというに!」 かごめを止めようと踏み出した楓の目に信じ難い光景が写った。 かごめは矢を抜いてない、抜こうとしただけだ。 なのにかごめが矢を握りしめた瞬間、矢が消えたのだ。 呆然と見守る楓たちの前で、体を縛り付けていた木の枝を引きちぎり、歓喜の哄笑と共に犬夜叉が舞い上がった。 百足上臈はすでに四魂の玉を得て変化してしまっている、太刀打ちできるのか、犬夜叉・・・。 百足上臈の前にダンと降り立った犬夜叉、怒り狂って飛びかかる百足上臈、そしてあっという間の決着。 「散魂鉄爪!!」 高らかな絶叫と共に、犬夜叉の一撃が百足上臈を粉砕した。 風が止まり、空気がざわめく。 血にまみれた肉片が当たりに飛び散り、悪臭が立ち込めた。 息をすることも忘れ、楓や村人たち、そして弾き飛ばされたかごめまでもが声もなく犬夜叉を見入っていた。 しかし、百足上臈はまだ死んではいない。 ちぎれた幾多の肉片はビクビク蠢き、地面に血の跡を残しながら這いずり回って、ひとつ箇所に集まろうとしている。 「これが四魂の玉の力・・・。」 すぐにでも百足上臈の残骸から四魂の玉を抜き出さなければ。 楓の霊力でも四魂の玉を見極めることはできる。 霊力のない者には、蠢く肉片のどれかに仕込まれている四魂の玉に気づくことはできないだろう。 「試してみるか・・・。」 楓は心に呟くと、座り込んだままのかごめの肩に手をかけた。 「光る肉片が見えるか? その中に四魂の玉があるはず。 玉をとり出さねば、こやつは何度でも蘇るぞ。」 「じょっ・・・ 冗談じゃないわっ。」 呆然としていたかごめがあわてて四つん這いになり、肉片の中を探し始めたが、すぐに「見える、あそこっ、光ってる。」と駆け出し、ひとつの肉片を拾い上げた。 手が汚れるのもかまわず指を突っ込み、四魂の玉を取り出す。 肉片はすぐ動くことをやめた。 百足上臈が完全に死んだことは、誰の目にも明らかだった。 「四魂の玉って・・・ つまり・・・ 妖怪が強くなるための・・・?」 手にした四魂の玉を見つめるかごめがごくんと息を呑んだ。 「そうだ、それは・・・」 言いかけた楓の声を遮ったのは犬夜叉だった。 「そうさ、人間(ひと)が持っていてもしょうがねえ物だ。」 血に濡れた尖った爪をばきんと鳴らす。 「おれの爪の餌食になりたくなかったら、おとなしく四魂の玉を渡しな。」 「いかん、四魂の玉は妖怪の妖力を高めるあやかしの玉。 渡してはならんぞ。」 言いながら楓はかごめを手で制した。 同時に、かごめを助けようと飛び出す利吉を押し留める。 「しかし・・・」 心配げに楓を見やる利吉に楓は頷いて見せた。 「大丈夫だ、かごめは心配ない。」 どんなに荒くれでも、犬夜叉は人間(ひと)を殺さない・・・。 その間にも犬夜叉はかごめの四魂の玉を奪い取ろうとしていた。 「おれは手加減しねえぜ。 特に、気にいらねえ匂いの女にはな!!」 優しい匂いの少女が桔梗ではなかったことに落胆し、八つ当たりのごとく襲い掛かり、かごめの立つぎりぎりの場所を打ち砕き、木を切り裂く。 怖がって素直に四魂の玉を渡せばいいものを、きゃんきゃん騒いで逃げ惑いながらも、絶対玉を渡そうとしないかごめに苛立ちは募る。 「か・・・楓さま、 やっぱり・・・ 犬夜叉の封印を解いたのはまずかったのでは・・・」 おずおずと言い出す利吉に、楓は「やれやれ・・・」とため息をついた。 「相変わらずの、うつけ者め・・・。」 呟きながら懐から亡き桔梗が残していった「言霊の念珠」を取り出す。 「やはりこれが必要になったか。」 楓は軽く念を込めると、念珠を犬夜叉めがけて投げかけた。 ジャッと音を立てて首に巻きついた言霊の念珠に、一瞬犬夜叉がきょとんとする。 「かごめ!」 楓は犬夜叉の攻撃を避けようとしてひっくり返ったかごめに叫んだ。 「魂(たま)鎮めの言霊を!」 「えっ!?」 顔を上げたかごめが戸惑ったように聞き返す。 「なんでもいい 犬夜叉を鎮める言霊を!!」 再び楓は叫んだ。 かごめでなくては言霊の霊力は発動しない、楓には確信があった。 念珠が犬夜叉からはずれないように、念を込めるくらいのことは楓にもできる。 しかし心の通じ合った者でなくては発することのできない言霊は、桔梗の生まれ変わりである、と楓が信じるかごめによらなければならないはずだった。 楓の言葉に怒り狂った犬夜叉が、我を忘れてかごめに飛びかかった。 どうすることもできないかごめがあたふたと逃げ惑う。 「言霊を!!」 楓はもう一度叫んだ。 万が一にも犬夜叉の攻撃が当たったら大事(おおごと)になる。 まだためらっていたかごめがついに叫んだ。 「おすわり!!」 |