涙
「皮肉なものだ・・・」 柱にもたれ、目を閉じていた桔梗が自嘲的な笑みを浮かべた。 「生きていた頃、私はどんなに悲しくても泣けない巫女だった。 感情の起伏は霊力に影響を与える。 無意識のうちに自分を抑えていたんだろうな・・・。」 だが・・・、と桔梗は自分の手を見おろした。 一点のしみもない、抜けるように白い手。 そう、まるで陶器のようにすべすべした、なめらかな・・・。 「まがいものの体で生きる、今の方が悲しい時は悲しいと思える。 素直に泣きたいと思う。 だが泣けない・・・。 涙が出ない体になってしまった。」 あたしにもわかる、言おうとした。 あたしも大事な人を亡くした。 絶対に治らない病気でどんどん痩せ細って、いつ死んでもおかしくない状態だった。 あたし、どんなに泣くだろう、そう思ってた。 なのに泣けなかった。 自分でもびっくりするくらい獣じみた悲鳴が聞こえた。 あたしの声だったよ、信じられなかった。 辛くて悲しくて、なのに涙が出ない、悲しみで胸がふさがって出て行き場がなくて。 苦しくて苦しくて救われないと思った・・・。 だから、あたしもわかるよ、桔梗の気持ち。 そう伝えようとした時、あたしの唇が震えた。 あの後あたしは泣いたんだ。 目が腫れ上がって開かなくなるほど泣いた。 泣いて泣いて、泣きあかして、あたしは少しずつ楽になった。 胸のつかえが取れて、少しずつだけど笑顔を取り戻した。 あたしにはわからない、泣けない桔梗の苦しみが・・・。 「泣くってことは、悲しみを涙で流し出してしまうことかもしれないね・・・。」 あたしはそっと言った。 だから泣けたあたしは楽になる。 桔梗はふっと振り返り、優しげな笑みを浮かべた。 あたしの心を見透かして、癒してくれてるんだね。 自分のことはおいといて、他人のことばかり癒そうとするんだね。 見てられないよ、桔梗、痛々しくて。 ねえ桔梗、 辛いことがあったらあたしに言って。 泣きたいことをあたしに伝えて。 あたしが代わりに泣いてあげるから。 あんたの体を抱きしめて、心ゆくまで泣いてあげるから。 あんたの涙を流してあげるから。 桔梗は何も答えない。 静かな笑みで拒絶する。 変わってないね、桔梗。 やっぱりあんたは自分に厳しい。 「さて・・・。」 桔梗はゆらりと立ち上がった。 「そろそろ行くか。」 「ねえ桔梗、また来る?」 あたしは桔梗の手をつかんだ。 あったかな部屋でも冷え切った、透き通るように白い手。 「さあな。」 桔梗はふと虚空を見すえた。 誰を見ているのか、どこを見ているのか、 あたしにはわからなかった・・・。 わからないまま見送るしかなかった・・・。 |