ディミティおばさまと聖夜の奇跡〜エンジェルクッキー |
とりわけ、わたしの家族、うまり夫と義父と息子たちが暖炉のそばに集い、手元に
熱いココアのカップやエンジェル・クッキーの皿を置いて、クリスマス・シーズン独特の
安らかな雰囲気を味わっている様子は、はっきりと思い描くことができた。
わたしの思い描く完璧なクリスマスに、たっtひとつ欠けているものがあった。 身を乗り出して窓ガラスに息を吐きかけ、白く曇ったガラスに指先で「雪」と書く。 雪が降ってほしくてたまらなかった。 あちこちに吹き溜まりを作り、道を寸断し、畝のある農地を人の手の入っていない 不思議な場所に変えてほしかった。 きらきらと渦巻く雪が家を覆っていくさまを、目を丸くして見つめる子どもたちの顔を、 見たくてたまらない。 |
ディミティおばさま幽霊屋敷に行く〜ミルクティー |
とろりとした茶色のスープに、甘いミルクティーとこんがりと焼いてバターを塗った
分厚いトーストが添えられていた。
手の震えがひどく、お茶のマグカップを口元に運ぶのがやっとだ。 スウェットシャツの胸元にスープをこぼすと、それを見たアダムが、スプーンを取って 赤ちゃんにするように食べさせてくれた。 が、スープを飲み終える頃には手元もしっかりとしてきて、自分でお茶を飲むことができた。 わたしがクッションに寄りかかっているうちに、アダムは食器をすすぎ、オイルランプを消し、 コバルト・ブルーの分厚いリブ編みのセーターを身につけた。 セーターを見て、どこかほっとした気分になる。 アダム・チェイスは大柄ではないものの逞しい体つきをしていて、明るい炎に照らしだされる 彫刻のように見事な腹筋を見るのは、どうにも落ち着かなかったのだ。 暖炉に石炭をいくつか足してから、アダムは革張りの肘掛け椅子を回してわたしのほうに向けた。 |
パーフェクト・ブルー〜オレンジ・ジュース |
マスターが、甘い香りのするオレンジ・ジュースを運んで来た。
絞りたてだ。 それでようやく、進也がミカンの匂いをさせていた理由がわかった。 マスターはグラスを置くと、戻りがけに、進也の頭をコンと叩いた。 「家から誰か人が来たら、真面目に応対する。 そしてつべこべ言わずに帰る。 そういう約束で雇ってやっているの、忘れてるな」 「チェッ、痛えなぁ。 スイカじゃないんだから、そうポカポカ殴んないでくれる?」 オレンジ・ジュースにストローをさしてから、ゆっくりと加代ちゃんは切り出した。 |
東京下町殺人暮色〜白菜の樽付け |
白菜の樽漬けをつくるにも、陽の高いうちにやった方がいというので、順が昼間
うちにいることのできる日曜日に、ハナは特別出勤してきてくれたのだった。
そしてそのとき、順はふと考えたのだ。 いまどき、女の子でもやりそうにないことを面白がっている僕を、ハナさんはどう思って いるのだろう。 無理して気を紛らわそうとしているように見えるかな。 だから訊いてみた。 ハナさんは、僕が傷ついていると思いますか? |
片葉の芦〜握り飯 |
しばらくして戻って来た時には、まだ温かい握り飯の包みを抱えてた。
「ほら、これ」と、差し出す。 「お食べなさいよ。 ここじゃ恥ずかしいなら、うちに帰って食べるといいわ。あんたうちはどこ? うちはちゃんとあるんでしょう?」 その時は、見知らぬ、自分と同じ年頃の女の子にものを恵んでもらう恥ずかしさよりも、 飢えが先に立った。 彦次は引ったくるように包みを受け取って、時折よろめきながら、母親と弟の待つ裏店へ 走った。 それでも、後ろで女の子が追いかけるように言っている言葉は聞こえた。 |
迷い鳩〜お煮しめ |
「鬼と姫で『おにしめ』というしゃれでございます。
よそでは鬼も姫も一人ずつでございますが、私どもは姉妹家でございますので、 姫は二人にいたしました」 「それは考えたものだ、なるほど」 お武家はうなずいた。 「確かに美しい姫が二人いる店であるな」 「鬼にあたるものもちゃんとおります」 お初が言った。 「ほう。誰かの」 |
今夜は眠れない〜氷イチゴ |
午前十時から午後三時までのあいだに、僕と島崎は、それぞれに缶ジュースを
二本ずつ、氷イチゴを一杯ずつ、アイスキャンデー二本ずつを消化した。
それでも、一度もトイレに行かなかった。 全部汗になって流れ出てしまったのだ。 つまりは、それほどに歩き回り、なおかつ徒労だったということだ。 図書館に古い地図はあったけれど、とにかく町並みが劇的に変わってしまっているので、 手がかりにしようがなかった。 道筋も変化している。 なんだかんだいっても古いものが残されている東京の下町とは、まったく事情が違うのだ。 駅の近くの児童公園で、二人してベンチにへたりこんでいると、目の前の地面に、 誰かが「悲惨な子供たち」といかう看板を立てていきそうな感じだった。 |
メールオーダーはできません〜サンタの親指クッキー |
ルーシーはコーヒーをカップに注ぐと、クッキー交換会に持っていくために、
サンタの親指クッキーのタネをかきまぜにかかった。
最初の天板をオーヴンから出しているとき、ぼさぼさの髪にねぼけまなこのビルがキッチンの 入口に現れた。 「なにをしているんだい?」 「眠ってしまわないようにクッキーを焼いているのよ」 「ふうん」 ビルはそのままバスルームにむかった。 そしてもどってきて自分でコーヒーを注ぐと、テーブルの前に腰をおろした。 「いつもはこんなに朝早くクッキーを焼いたりしないじゃないか」 「ええ。家に帰って来たのが5時だったから、もうベッドに入る時間はないと思って」 気を持たせるように、ひと呼吸置く。 「ねえ、ビル!恐ろしいことが起こったのよ。 サム・ミラーが駐車場で自殺したの。 それを私が見つけたのよ」 |
トウシューズはピンクだけ〜ラヴィオリ |
だれかが病気になったり悲劇に見舞われたりすると、フラニーはかならず、アルミフォイルを
かけたオーストリア風ラヴィオリを届けてくれた。
年は35歳で、母親と2人で暮らしており、長年この店で働いている。 「まあ、気味が悪いくらい町が静かね。 みんなどこへいってしまったのかしら?」 「土曜日にケネバンクボードで爆破予告があった後、あっというまにだれもいなくなったのよ」 フラニーが言った。 「正直、ほっとしたわ。インタヴューされるのにはもううんざりだったから。 だって、言うことなんかなにもなかったんだもの。 もちろん、マスコミの人たちの目的は、キャロの隣りに住んでるミスタ・スラックに話を聞く ことだったんだけど、たいした収穫はなかったわ、ええ。 ミスタ・スラックはとうとう張り紙をしたの。見たでしょう? そして、絶対に記者を店に入れるなってあたしに言いつけたのよ」 |
ハロウィーンに完璧なカボチャ〜カップケーキ |
「12ダース?
12ダースもカップケーキを焼くって言ったの? わたしが? きっと頭がどうかしていたのね」 ルーシーはスーのキッチンで、洗いだし仕上げをした巨大なパイン材のハーベスト テーブルの前にすわっていた。 スーはしょっちゅうキッチンを模様替えしており、以前の雑然とした50年代のキッチュな カントリースタイルから、今は、どこから見てもイギリス風のキッチンになっていた。 水切り用の皿立てがシンクのそばにさがって、壁際んはウェールズ風の食器棚が 置かれ、一番の自慢の種はコバルトブルーのアーガのレンジだった。 「そういえば、上の空みたいだったわね」 スーが認めた。 |
八朔の雪〜牡蠣鍋 |
鍋肌に塗りつけられた白味噌がほどよく出汁の中に溶けだしたところへ、
ふっくらと太った牡蠣が顔を覗かせていた。
これ以上火を入れると身が痩せてしまう。 今が一番良い頃合いなのに、と娘は恨めしそうに客の出て行った引き戸を見た。 「酷い」やて、そっちの方がよっぽど酷いやないのー胸の内でそう毒づいた時だ。 くっくくと忍び笑いが聞こえた。 向かいの長床几でなめ味噌を肴にちびちび呑んでいた浪人風の男が、箸を持った手で 口もとを押さえ、肩を揺らして笑っている。 齢、30前後。 縞木綿の袷は全体に薄汚れているが、月代や髭などは見苦しくない程度に整っていた。 |
授業の開始に爆弾予告〜ビーフシチュー |
「いいにおいだな」
ビルが鍋のふたを持ち上げて、笑顔で鼻をひくひくさせた。 「ビーフシチューよ。 赤ワインとマッシュルームソース入りのね」 「これを作るのはずいぶん久しぶりだな」 「ええ。土曜日にあなたがトビーと釣りに出かけているあいだに、古いレシピを見つけたのよ」 本当は、スーの助言にしたがって食料貯蔵庫を上から下まで引っかきまわし、最上段で 長く忘れられていた電気鍋(クロック・ポット)をさがしだしたのだ。 |
バレンタインは雪あそび〜カスレ |
「おいしそうなにおい」
ルーシーは思わず声をあげた。 「なあに?」 「カスレよ」 スーが得意そうに言った。 「わお。作るのがたいへんなんじゃないの?」 「手間はかかるけど、以前より時間ができたから、ちょっと変わった料理を楽しんでいるのよ」 |
姑獲鳥の夏〜狐饂飩 |
「そういえばもうこんな時間だ。
君も腹が減っただろう。 店を閉めるついでに隣に出前でも頼んで来ようじゃないか。 君は狸蕎麦にしたまえ。 僕は狐饂飩にしよう」 京極堂は勝手にそう決めるとさっさと店の方に行ってしまった。 彼はこんなときはいつも私の分まで即断する。 |
魍魎の匣〜冷や麦 |
そこに妻の雪絵が冷や麦を運んで来た。
「鳥口さん、随分お待ちかねでしたのよ。 ほとんど入れ替わりにいらして」 「それじゃあ、君は3時間近くここで僕を待っていたのかい!」 鳥口は冷や麦をがつがつ食べながら 「だから悪さはしてないですよう。 ねえ奥さん」と云った。 どうしてこんなっさりとした食い物をがつがつ食えるのか理解に苦しむ。 |
狂骨の夢〜卵酒 |
盆の上には茶碗が載っている。
酒薫が漂う。 「ああ、ご親切に。 しかしご酒は」 伊佐間はあまり飲める口ではない。 「何をおっしゃいますな。 いいえ、これは大層な香泉じゃァございません。 只の卵酒でございますよ。 煮立ててありますから酒精なんざ飛んでおります。 |
鉄鼠の檻〜薬石 |
「薬石の用意が整いました」
「やくせき? 何か修行ですか?」 益田が酷く厭そうな顔をした。 祐賢は笑った。 「薬石とは、そう夕餉のこと」 「ああご飯か」 鳥口が小声で、しかし嬉しそうに云った。 |
クッキングママは名探偵〜ロングジョン |
彼女はふんふんとハミングしながら、バターミルク・グレーズ・ドーナッツ2個と、
西部版エクレアとでも言うべきクリーム入りロングジョンを目の前に並べ、コーヒー
カップを置いたかと思うと、すぐに砂糖とクリームをどっさり入れた。
そこでハミングをやめ、私に非難がましい目つきを向けた。 「ひとりでものを食べるなんてよくないわよ」 そう言って頭を振ったので、二重あごのたるんだ肉がゆさゆさ揺れた。 ラメ入りのスエットスーツを着て、ちりちりした茶色の髪を半分だけポニーテールにしているが、 残りは好き勝手な方向につきだしている。 顔だけはしかし、完璧にメークしてある。 スカーレットの口紅がはげないように注意深くドーナッツにかぶりついてから口いっぱいに頬張ったまま しゃべりだした。 「ひとりで飲むのと同じじゃないの。 悪い兆候だわ、ほんとに悪い」 |
クッキングママの捜査網〜サリー・ラン |
まずは冷蔵庫からサリー・ラン(菓子パンの一種)の滑らかな生地を仕上げ
発酵させるために取り出し、おもむろにナイフを取り上げた。
「いっちょやるか!」 とかけ声もろとも、わたしはジューシーなキウイと、真っ赤に熟れたイチゴと、それは甘い パイナップルに突撃した。 こんなに甘いパイナップル、ハワイでよくも手放したものだ。 ケータリング業のうまみは、スーパーではまず見かけない上等な材料を入手できること。 良い卸業者と手を組めば、電話1本で美味が手に入る。 カンタローブは甘い香りを放ち、みずみずしいえんじ色の果肉に包まれてキャビアもどきの種が びっしり並んでいる。 |
クッキングママの名推理〜ナチョス |
「さあ行こう、君のためにナチョス(チーズ、チリソース、豆などを
のせて焼いたトルティーリャ)を作ってみたんだ。
そのあと、見てもらいたいものがあるしね」 わたしたちは彫刻をほどこした木のドアをくぐって、大きく広びろとした居間へ入った。 わたしは足を止め、モルタルで固めた粗削りの丸太にはさまれて、2階分の高さまで伸びる ひび割れた石の暖炉をほれぼれとながめた。 火格子にはポプラとパインの薪が整然と積み上げられている。 シェーカー式のテーブルには、アーチが6年生の終わりに作った壺が置いてあった。 壁には、やはりアーチの作品で、シュルツ携帯の45口径拳銃を描いた木版画。 |
クッキングママの事件簿〜野菜のテリーヌ |
「まさか野菜のテリーヌは運び込んでないでしょうね?」
わたしは絶望的になって尋ねた。 「ジュリアンはケーキを車で運び込んだのかしら、それともこれから駐車場を横切って 運び入れるつもりかしら? それなら、建設現場は迂回しなくちゃ・・・・・・ それから、ヒムナル・ハウスのオーブンは使えるようになってる?」 質問の雨に打たれ、アーチは蝋燭用のマッチをいじくりながら肩をすくめた。 「アーチ」わたしは切羽詰まった声を出した。 「マーラを呼んできてくれない? ごめんね、これから始まるかと思うと、なんだかあせっちゃって」 |
クッキングママの召喚状〜チョコレートトルテ |
なにしろバター抜きのチョコレート・トルテを作るため、卵白84個分を使ったのだから。
この惨状を表現するのに、「地獄」でもまだ言い足りない気がする。 「ゴルディ、すごいじゃないか」 助手のジュリアン・テラーが言った。 脂肪抜き料理と格闘する自分を憐れむあまり、彼が入ってきたことにも気づかなかった。 ジュリアンはきびきびした足どりでカウンターに近づくと、ショッキングピンクのティップに 薄いヘラを突っ込み、サイドを刈り上げたブロンド頭を寄せて、鼻をクンクンいわせた。 喉の奥でたてる「ムムムムムム」音は、あるいは恍惚のため息だろうか。 |
老人たちの生活と推理〜ワッフル |
この日は「ワッフル・デー」で、普段は早起きでないキャレドニアも、とっくに皆と
テーブルにつきバターをこってり塗りつけたワッフルをメープルシロップ漬けにしていた。
「また想像しすぎじゃないのかねえ、アンジェラ?」 「絶対よ」 この探偵ごっこが始まる前、4人のうちでもっとも気乗り薄あったはずのアンジェラだが、 いざ始まってみるといままでにないほど愉しんでいるのだった。 「犯人の目的はスイーティーのバッグにきまってるわ。 バターとって、ステラ」 「またあ、アンジェラったら」 ナンが異を唱えた。 「スイーティーのバッグを狙ったなんて、わかんないんじゃない・・・・・・」 「へえ、そう?いままでうちに押し入ろうとした人はなかったわよ。 けど、あのバッグを手に入れたとたんー夜中に誰かがわたしのドアの鍵を、 金物で開けようとしたのよ、2回も。 鍵のまわりでカチャカチャやってる音が聞こえたんだから」 |
氷の女王が死んだ〜ビーフストロガノフ |
「今日は絶愛にお夕食も食べて行ってね。
ビーフストロガノフだから。 シュミットさんは、やわらかい卵麺じゃなくて、ぱりぱりに揚げた麺の上にかけるの。 とってもおいしいんだから」 そして笑顔で見上げた。 「あなたには大盛にしてあげる」 「ほんとに!ストロガノフ、大好物なんだ。 絶対に来るよ」 そう言うと、ドアを支えてくれているチータに微笑み返してロビーに出た。 |
フクロウは夜ふかしをする〜ボストン・クリーム・パイ |
「あんた、まだデザート食べてないよ」
キャレドニアは呼び止めた。 「今晩はボストン・クリーム・パイ・・・・・・」 「だって、待ってられないんだもの。 あなた、わたしの分も食べちゃってよ。 わたしはこっちのほうが大事」 アンジェラはそう言い残すと、急ぎ足で出口に向かった。 キャレドニアの顔がぱあっと輝いた。 「なんて気がきくんだろ」 |
ピーナッツバター殺人事件〜ピーカンパイ |
デザートは、ベルベットのようなピーカンパイの細長いひと切れ。
ため息をつきながら食堂を出たふたりは、巨大なロビーの端に見える小さな集団と 少しお喋りをしようと、ゆっくり歩いていった。 集まっていたのはトッツィ・アームストロングと、ブライトン翁と、エマ・グラントと、 メアリ・モフェットで、キャレドニアの気に入らないことに、場所は鳥籠の すぐ近くだった。 エマ・グラントは食べ残したブロッコリーを取りの餌箱に入れていた。 すぐ下の水入れに入らないように、野菜のかけらを慎重に落としている。 止まり木の小鳥は、エマの指が籠の隙間を出入するのを、恐ろしく顔をしかめて 凝視していた。 「わたしには噛みつきませんよ」 |
殺しはノンカロリー〜スペイン風オムレツ |
「それは、朝ごはんを選ばなかったからよ、キャル、それで向うが適当に
持って来たのよ。
今度からはメニューに印をつけて、毎朝でも次の朝でも食べたい物を注文しなくちゃ。 壁際のテーブルにメニューと注文表があったわ。 だから好きなのに印をつけておけばいいのよ。 スペイン風オムレツとか、熱々アップルソースとか。 たくさんは駄目だろうけど、まあ、それなりの量をね。 だから、食べ物のことで文句は言わないでちょうだい。 あまり目立っちゃまずいんだから」 「ふん、あたしだって飢え死にしかけたって文句は言わないけどね」 |
あつあつ卵の不吉な火曜日〜オムレツ |
カフェの朝の目玉は卵料理だ。
マッシュルームのソテーと溶けたグリュイエルチーズではちきれそうなふかふかオムレツ、 モンテ・クリスト風エッグ・ベネディクトはサワークリームとストロベリージャムを添えて。 グリルしたアーティチョークの芯にベイクドエッグ、ペッパージャックチーズ、ロースト ガーリックを盛りつけたスランバリング・ボルケーノ。 キツネ色の層をなすベイクドエッグにポーク・ソーセージが埋まっているトード・イン・ザ・ホール。 スコッチエッグにエッグズ・オン・ア・クラウド、ウエボス・ランチェロス。 もちろん、「カックルベリー(ニワトリの卵クラブ)」という店の名前はこれが由来だ。 |
チェリーパイの困った届け先〜チェリーパイ |
「さっきオジーがチェリーパイをひと切れ買ったんだけど、まだ受け取りに来てないのよ」
「じゃあこうしましょう」 スザンヌはとにかくこの場を離れたくてしかたなかった。 「わたしがひとっ走りしてオジーにパイを届けてくるから、あなたは黒のマジックで売物の 値札を全部安く書き直しておいて。 飛ぶように売れてくれたら、さっさと退散できるでしょ」 「わかった」 オジーに届けるパイをさっと取ったスザンヌにペトラは言った。 「でも、あそこのピクニックテーブルにいる男の人にジンジャースパイス・カップケーキをいくつか 持っていってあげたいわ」 |
ほかほかパンプキンとあぶない読書会〜パンプキン・パイ |
「あれは秋の限定メニューで今月いっぱい食べられるわよ。
ほかにもワイルドライスのスープとパンプキン・パイもあるわ」 「だったら、わたしが自分でパンフレットを届けるのもいいな。 オフィスをからにすることになるが、申し訳ないとは全く思わないね。 マルチタスクの実行中ということにしよう」 アーサーが愉快そうにのどを鳴らして笑うのを聞くと、彼のトレードマーク とも言える蝶ネクタイが痩せた首を上下するのが目に浮かぶようだった。 蝶ネクタイと実用一点張りのツイードのスーツ姿のアーサー・バンチは 温厚な性格だ。 |
あったかスープと雪の森の罠〜ポットパイ |
「チキンのポットパイができたわよ!」
ベトラの声が飛んだ。 スザンヌは仕切り窓まで行って料理を受け取った。 キツネ色に焼けてほかほかの湯気をたてているポットパイを、保安官の前に置いた。 その隣に格子柄のナプキン、ナイフとフォーク、冷たい水を並べた。 ポットパイを見たとたん、保安官の目がぱっと輝いた。 「こいつはうまそうだ!」 彼はさっそく食べようとばかりにフォークを手にした。 |
保安官にとびきりの朝食を〜ルバーブ・パイ |
「パイは?」
トニがカフェの奥で銀器を並べながら聞いた。 「ルバーブ・パイのバニラアイス添えがあるわ」とベトラ。 トニはエプロンでスプーンを磨きながらにっこりした。 「それはひとことで言い表せるね。 絶品って」 スザンヌは活字体でメニューを書いた。 それから地元の業者が持ちこんだ品物がいろいろ入っている冷蔵ショーケースから売り上げを出すべく、 「レモンのブレッド 1個4ドル99セント」と書きつけた。 「レモンのブレッドもあるんだ」 トニがぴたぴたのジーンズのうしろポケットに手を突っ込み、黒板をじっと見つめた。 |
ニューヨークの魔法使い〜チョコレートケーキ |
突然、ほとんど空になっていた皿とグラスが消えたかと思うと、息をつく間もなく、
それまで裸だったフォーマイカのテーブルを白いリネンのテーブルクロスが覆い、
その上に罪深いほどリッチなチョコレートケーキをのせた陶磁器の皿が現れた。
ふたりの前にはそれぞれ湯気のあがるカプチーノのカップ、そしてテーブルの中央には 赤いバラのつぼみを一輪挿したクリスタルの花瓶ー。 こんなテストなら大歓迎だ。 オーウェンに感謝の視線を送りたいのをなんとか我慢する。 わたしのことはせいぜいわたしが彼を知る程度にしか知らないはずなのだが、どうやら 思った以上にこちらのことを見ていてくれたようだ。 最初の面接のとき、たまの贅沢としてカプチーノを注文したことも、バッグにいつも チョコレートを入れていることも、ちゃんと覚えていたらしい。 |
赤い靴の誘惑〜卵とベーコンの朝食 |
オーウェンは卵とベーコンを皿に盛り、焼きあがったトーストをトースターから取り出す。
「さあ、できた」 わたしたちはキッチンのテーブルで朝食を食べた。 ルーニーはオーウェンの足もとに行儀よく座り、少しずつ分け前をもらっている。 「きみの靴に関して2、3わかったことがある。 ゆうべちょっと調べたんだけど、どうやらこの魔術は、一般的なシンデレラの魔術を 変形させたもののようだ。 きみ個人を標的にしている可能性が高い。 ただ、イミューンであるきみにどうやって靴を買わせたのかはわからないけどね」 |
おせっかいなゴッドマザー〜ブッシュドノエル |
デザートはクリームと砂糖衣(アイシング)にチョコレートをたっぷり使った
ブッシュドノエルのスライスだった。
「グロリアって最高だわ」 「彼女も君が気に入ったみたいだよ。 ただ、あの年であの大きな家をひとりで切り盛りしているのが心配だよ。 無理をしてないといいんだけど」 「彼女、ひとりじゃないわ。 家事を手伝っているブラウニーがいるの」 「本当?どうしてわかったの?」 「ゆうべ、わたしの部屋を掃除してるところに出くわしたの」 |
コブの怪しい魔法使い〜レモンパイ |
デザートのレモンパイを食べているとき、前の方のテーブルでだれかが
言い争うのが聞こえて来た。
思わず顔をしかめる。 どうやらディーンとシェリーがまたもめているらしい。 「あんたのポケットには穴が開いてるいたいね。 ディーン・チャンドラー!」 シェリーが怒鳴る。 店の客がいっせいに彼らの方を見た。 「自分だって給料をおらってるんだろ? なんでおれがおまえの分まで払わなきゃならないんだよ」 |
スーパーヒーローの秘密〜ドーナツ |
わたしたちはひとつずつドーナツを取り、部屋を出て、通路にあるデッキチェアの
方へ歩いた。
「もう少し寝かせてあげよう。 コーヒーはあとで温め返せばいい」 椅子に腰をおろしながらオーウェンは言った。 「あなたは寝なくていいの?」 朝日を受けて、目の下のくまが痛々しいほど目立つ。 「少し寝たよ」 「十分じゃないわ。 それで、このあとのプランは?」 「発信されている魔術を無効にする装置をつくった。 きみとジェンマとマルシアでこれをエンパイアステートビルにもっていってもらう」 |
掘り出し物には理由(わけ)がある〜ガスパチョ |
「ガスパチョでもいかが?」
ジェーンは数週間前に買った型押しグラスの重いピッチャーから水をついだ。 この夏にガレージ・セールで3つ見つけたうちのひとつで、ほかのふたつはミリアムに 送った。 これはどっしりとした重みが気に入り、しばらく手もとに置いておこうと思ったのだ。 「いいえ、結構です。 ありがとうございます」 マイル巡査はピッチャーの表面を手で撫でた。 「<ヘイシー>ですか?」 「そうなの」 ジェーンはパンの塊を切り分け、チーズを出そうと冷蔵庫を探った。 「なかなかいいでしょう?」 |
ガラス瓶のなかの依頼人〜パンケーキ |
「お母さんはパンケーキが大好きだから」
ニックは慣れた手つきで皿にパンケーキを3枚ずつ重ねている。 家族一緒の架空の食事をこしらえるほどニックは両親の半別居状態に、身勝手な 自分探しをしている両親に怒りを感じているのだろうか。 この問題の扱いには繊細さを要するとわかっているので、チャーリーは3つ目の ジュースのグラスをそっと手に取り、カウンターに戻そうとした。 「どうも、チャーリー」 ジェーンが彼の手からグラスを取り上げ、ひと息に飲み干した。 「パンケーキ、すごくおいしそうだわ、ニック」 |
まったなしの偽物鑑定〜サンドウィッチ |
まずサンドウィッチ。
スモークサーモンの具に、この世の物とは思えぬおいしさのバターつきパン。 胡瓜にカラシナに薄くスライスしたラディッシュ。 そしてまた、淡い色合いの本物のバター。 それが舌でとろける瞬間、自分の名前を忘れてしまいそうだ。 いや、ほんとうに舌がとろける。 さらに、これ以上ないというくらい薄切りにして、茶色いマスタードをこれ以上ないと いうくらい美しく塗ったライ麦パンの上に、これ以上ないというくらい上品にパストラミが 載っている。 |
月夜のかかしと宝さがし〜キーライム・パイ |
チャーリーとの2度目か3度目のデートで、ディナーのデザートにキーライム・パイを
選ぶかティラミスを選ぶか悩んでいると、チャーリーは、それは欲張りじゃなくて
願望の表れだろうと言ってくれた。
ニックの寝顔を見おろしながら、息子が目覚めたときの困惑を予測した。 テントの寝袋のなかに丸まって寝ているはずが、鉤針で編んだ膝掛けに体を きつくくるまれた、囚人みたいな自分の姿に戸惑うに決まっている。 どうしたらその事態を防げる? コーヒーテーブルの上にメモでも残す? そんなことを考えて、息子の顔に見入っていると、小さな奇跡が起きた。 眠りのなかにあるニックがにっこり笑って、「なんだっていいよ」と言ったのだ。 |
検屍官〜スパゲッティ |
元気だった頃の私の父は、テーブルの上座に座って、仰々しい手つきで湯気の立つ
スパゲッティやフェットチーネ、そして」金曜日にはフリタータ(刻んだ野菜や肉を入れた
オムレツ)を、私たちのお皿に山のようによそってくれたものだ。
どんなにお金がないときでも、食べ物とワインだけはたっぷりあった。 学校から帰ってきたとき、家の中においしそうなにおいが漂い、期待をかきたてるような 音が台所から聞こえてくるとき、うれしくなったものだ。 ルーシーがそうしたことを何一つ知らないのは残念だ。 それは家風への冒涜でもあった。 きっとルーシーが学校から帰ってきても、たいてい家の中はよそよそしく静まりかえって いるのだろう。 そこでは食事の支度はぎりぎりになってやむなく始める、面倒な仕事でしかない。 |
証拠死体〜コンクチャウダー |
私がサラダとコンク・チャウダーを食べ終えてかなり時間がたってから、ようやく
若者たちが裏の階段を降り、がやがやと海へ入って行った。
やがて、彼らがヨットの方に泳いでいくのが見えた。 私は支払いを済ませ、バーテンダーのところへ行った。 彼は草ぶき屋根の下で、椅子の背にもたれて小説を読んでいた。 「何にします?」 面倒くさそうに立ち上がり、本をカウンターの下に押しやりながら、まのびした調子で尋ねる。 「たばこはあるかしら。 中に販売機がなかったものだから」 |
遺留品〜ベーグル |
私は隣に腰をおろし、紙袋を開けて発泡スチロールのコップに入ったコーヒーと
クリームチーズをはさんだベーグルをとり出した。
このサンドイッチは家で作り、外の暗闇へ出て来る直前に、電子レンジであたためたのだ。 「朝ごはん、まだでしょう?」 マリーノにナプキンを渡す。 「これ、本物のベーグルみたいだな」 「そう、本物よ」 自分の分の包みを開けながら言う。 「飛行機は6時に出るって言わなかったっけ」 |
真犯人〜カフェラテ |
ルーシーは昼食にツナサラダとカフェラテ(ミルク入りコーヒー)を希望した。
私が暖炉の前に座って雑誌記事の原稿に手を入れている間、ルーシーは私の クローゼットとたんすの引き出しの中をあさっていた。 私以外の人間が私の服に手を触れ、私とは違うやり方で何かをたたんだり、ジャケットを 違うハンガーに戻したりしていることは考えまいと努めた。 ルーシーの手にかかると、私は自分が「オズの魔法使い」に出てくるブリキ男になった ような気になる。 森の中でさびついているブリキ男だ。 ルーシーぐらいの年の時、ああはなりたくないと思っていた頑固で頭の固い大人に、 私もなりつつあるのだろうか。 「これ、どうかしら?」 |
死体農場〜ズッパ・ディ・アーリョ・フレスコ |
私はズッパ・ディ・アーリョ・フレスコを作って、火にかけた。
ブリジゲッラの丘陵地帯で好まれているにんにくのスープで、昔から赤ん坊や 年寄りの滋養食とされている。 このスープに、カボチャとクリを詰めたラビオリを食べれば、元気が出る はずだ。 居間の暖炉にあかあかと火が燃え、おいしそうなにおいがあたりに漂い 始めると、気分が明るくなってきた。 長い間料理せずにいると、この美しい家にだれも住んでおらず気にも かけていないように思えてくる。 そして家が悲しんでいるような気がするのだ。 |
ゴミと罰〜エンジェル・フード・ケーキ |
「あら、いいのよ、ジェーン。
ここで楽しくしてるから。 おいしいエンジェル・フード・ケーキ(チョコレート・ケーキの一種)を焼いてあげたの。 マイクの好物ですものね」 「夕飯が入らなくなるのにがつがつ食べてるとこなんでしょ」 セルマお得意のやりくちの一つだ。 スティーヴにも、のべつ同じことをしていた。 何かと口実を設けては午後遅くに立ち寄らせ、満腹にして返し、ジェーンが食事を こしらえていても、いらないと言わせる仕組み。 |
毛糸よさらば〜スパゲティ |
「晩はスパゲティだけど、アレルギーとかそんなのないでしょうね?」
「全然ないわ。 スパゲティ大好きだし。 そうだわ、ジェーン ジョージホイットマンが言ってたけど、チェットの息子のジョンがあたしに連絡取りたがってるんですって。 何か会社のことだと思う。 あたしにはどうせ、そっちのほうは全然わからないんだけど、ここへ招んで話を聞いてもいいかしら? もちろんお食事時にじゃなくてー」 |
死の拙文〜キッシュ |
「キッシュ」
「えっ? だって、キッシュの作り方なんか知らないよ。 自分から言い出すわけがない」 「うん、割り当てられたの。 あたしはフルーツサラダ割り当てられた― パイナップル抜きのやつ。 ほんとにおぼえてないの?」 |
クラスの動物園〜シュークリーム |
茶受けにエドガーが出したのが、世界一小さくて繊細なシュークリーム。
ジェーンとシェリィは食べる合間に褒めちぎった。 「こんなにすてきなおやつなのに、エドガーは食べないの?」 ジェーンは、4つ目のシュークリームを取ったらシェリィに手を叩かれるだろうかと思いながら尋ねた。 敢えて危険を冒すことにする。 「おなかのことがあるから気をつけないとね」 エドガーは小ぢんまりふくらんだ腹を撫でた。 「ブルブルリャーオ!」 誰かが隣の部屋で言った。 次の瞬間、なめらかな毛並みの大きなシャム猫が悠然と入ってきた。 「なんてきれいな猫!」 ジェーンは叫んだ。 |
忘れじの包丁〜サンドイッチ |
新鮮な果物や生野菜、クッキー、チーズ、スプレッド、ディップその他、
想像できる限りどんなサンドイッチでも作れるだけの材料も揃っていた。
「飢えた人が100人いても、ここにあるだけで足りちゃいそう」 ジェーンは圧倒されて言った。 腹の虫が鳴く。 「今日はこれで全部かな」とメイジー。 「たくさん食べてよ。 こたえやしないわ」 「これが普通なの?」 シェリィが聞いた。 |
名探偵のコーヒーのいれ方〜シナモンロール |
2メートル足らずのガラスのケースには温かいクロワッサン、マフィン、ベーグル、
柔らかなシナモンロール、焼きたてのシュトルーデルがぎっしり並んでいるはずだった。
午後にはべつの種類のペストリー類が届く―ビスコッティ、タルト、クッキー、ヨーロッパ スタイルの各種ペストリー、小型のブントケーキなどが。 そう、このケースがいまのように空っぽなんてことはなにがどうあっても断じてあってはならない! メインルームから裏口に続く奥のスペースに入った。 板張りの床の四角いそのスペースには、左側に貯蔵庫、右側にスタッフ用の階段がある。 そして真正面には裏口、ドアのチェーンは外れていたが、カギはかかっていた。 この辺りは暗い。 |
事件の後はカプチーノ〜カプチーノ |
いれたてのふわふわのカプチーノ、熱々のペストリー、アニス酒入りのビスコッティ、
きりっとした味わいのエスプレッソが誘いかけてくる。
しかし、いまの天才には店に入るという選択肢はない。 すべては目的を達成してから。 「ひと押しすればいい。 タイミングを合わせて。 たった一度押せばいい」 居心地のいい暖炉も泡立ったミルクも、バターの風味たっぷりのクロワッサンも、それがすむまでは お預けだ。 天才は通りの向こうのビレッジブレンドから視線を離さずに、冷えきった歩道をゆっくりゆっくり 進んでゆく。 |
秋のカフェ・ラテ事件〜チョコレートチップ・クッキー |
「食べ物にもありますね。
ほっとする味が。 チョコレートチップ・クッキー、アップルパイ、マッシュポテトとミートローフ」 「ロッティがいなずいて顎を指でとんとんと叩いている。 よほど興味をそそられたのだろう。 「いまあげた食べ物はどれも同系色ねークリーム色、黄褐色、茶色。 見てごらんなさい、レナ。 あなたが飲むとカラメル・チョコレートがラテの中で渦を巻くの・・・・・・ あなたのセーターにぴったり合っているわ」 「それならブローチにしてしまいましょうか」 レナが冗談まじりにいった。 「セーターにこぼしてしまうより、そのほうがいわ」 |
危ない夏のコーヒーカクテル〜イチジクのケーキ |
「スペイン風イチジクのケーキ。
そしてアーモンド・トルテですね。 どちらもスルデミナスとよくあいます」 コーヒーについて少々知識のあるお客さまは、メニューにブラジル産のコーヒーがあるのを見て 眉をひそめることがある。 けれど、生半可な知識がかえって邪魔になる場合があるのだ。 ブラジルは世界最大のコーヒー産出国であり、その多くは大規模な農園で栽培されるアラビカ種と ロブスタ種で、高級品とはいえない。 こうしたコーヒーは深みがなく均一な味で、多くは大量生産、大量販売のブレンドの材料となる― 食料品店の棚に置かれている缶入りのコーヒーのたぐいだ。 |
おいしい本 |
サイアムセラドンとお刺身定食
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