おいしい本(四)


秘密の多いコーヒー豆〜シチュー
「お腹は?

シチューを温めてリックに食べさせたところだ。
鍋にまだ少し残っている」
「うれしい・・・・・・」
わたしはそのままキッチンに向かおうとした。
マテオが傍らに来て腕にふれた。
「ゆっくりするといい。
ぼくがやるから」
その言葉に甘えることにした。
注文の多い宿泊客〜バナナマフィン
カウンターに卵を置き、つぶしてマフィンに入れるバナナの皮をむきはじめた。

インの部屋はバナナのようなわけにはいかない。
使わなかったからといって、つぶしてバナナブレッドにはできない。
無駄になってしまうだけだ。
今日の午後はパンフレットの束をもってマウント・デザート島まで行こうと決心した。
8時半までに、ビュッフェテーブルには豪華な朝食が並んだ。
卵のラムカン、ソーセージ、フルーツサラダ、そしてかぐわしいマフィンの山。
料理人は夜歩く〜スコーン
「ブレッドボックスにスコーンの残りが少しあるわよ」

「ありがと」 グウェンはスコーンを3つつかんで、画材の入ったキャンバスバックに突っ込んだ。
この子は炭水化物を控える必要がないのだ。
わたしは羨望のまなざしで姪を見た。
ほっそりした体つきをしているくせにグウェンは馬のようによく食べる。
携帯魔法瓶にコーヒーを満たし、シュガーボウルに手を伸ばしたとき、タフィーの 容器を見つけた。
危ないダイエット合宿〜パンケーキ
すぐにわたしはふたつのマグにコーヒーを注いでジョンのいるテーブルにつき、 彼は6枚のパンケーキを自分の皿に取った。

パンケーキにひとかたまりのバターを塗り、カップ一杯のメープルシロップをかける 彼を見て、わたしは言った。
「不公平だわ」
ジョンはフォークに刺したパンケーキを口に運ぶ途中で顔を上げた。
「何が?」
「あなたとグウェンは山ほど食べるのに、1グラムも体重が増えないんだもの」
海賊の秘宝と海に消えた恋人〜サンドイッチ
今夜はそれでいいし、明日の朝はバナナブレッドを解凍し、昼食はサンドイッチに すればいいー

が、明日の夕食までにオーブンが直っているに越したことはない。
以前困ったときは冷たい食事を出したし、スプーレルズ・ロブスター・パウンドの厨房を 借りたこともあったが、いろいろと面倒なことも多かった。
「少なくともこんろはまだ使えるわ。
オーブンのことジョンに言った?」
グウェンはうなずいた。
「見てくれたけど、直せなかった。
マウント・デザート島の修理屋さんに電話したけど、あさってまで来られないって」
「それだといつになっても直らないわ
―それから部品を注文しなきゃならないとしたら!」
仮面舞踏会〜トースト
その朝のかれの食卓も2枚のトーストにうすい紅茶、ハム・サラダに半熟卵が 2個、ミキサーでしぼった果物のジュースが大カップに1杯、ただそれだけである。

夢想家の飛鳥忠煕hいつかまた、かれの未来に訪れてくるかもしれない冒険の日にそなえて、 みずからを粗食できたえておこうとしているのかもしれぬ。
若いころエジプトとウルで発掘に従事した経験をもつこの元貴族は、ちかごろまた古代 オリエントの楔形(せっけい)文字や、スメールの粘土板タブレットに、ひそかな情熱をかきたてられているらしい。
この夏、軽井沢のこの山荘へこもってからも、トロイヤを発掘したハインリッヒ・シュリーマンや 、クレタ島でミノスの宮殿を掘り起こしたアーサー・エヴァンズ卿の伝記などを、こっそりと読みなおしてみる忠煕なのだ。
一昨年の夏までは、今忠煕のすわっている食卓のむこうに、いつも聡明な寧子布陣がひかえていた。
病院坂の首縊りの家〜クッキー
「どうぞ」と光枝が口のうちで呟きながら小腰をかがめてテーブルのうえに、氷塊を うかしてストローを添えたレモン・ティーと、クッキーの皿と、桃のむいたのに フォークを添えたのを2人前ずつほどよく並べた。

五十嵐光枝はことしいくつになるのだろうか。
たしか弥生より9つ年下だから、55、56というところだろうが、色白で、まるまる太った その顎など、三重にくびれているところがご愛嬌である。
弥生にならって和服党らしいが、単衣帯をしめたその腹は、孕み女のようにせり出して いて、偉大である。
「それからこちらは光枝さんの孫の滋ちゃん、但し、戸籍上は光枝さんの子供ということになって おしまえすけれど・・・・・・」
と、弥生はかるく笑って、 「したがって、血のうえからいえばわたしの孫の由香利とは、ふたいとこということになっております」
滋は当年とって20歳になるはずだが、ひどくひとみしりをする性格とみえて、偉大なる祖母にして母なる ひとのかげにかくれてうさんくさそうにジロジロと金田一耕助のもじゃもじゃ頭を見詰めている。
いまどきの若いものに似合わず、髪をキチンと左分けにし、テラテラとポマードで練りかため、糊の きいた縞のワイシャツに、ネクタイまでしめているところまではよかったが、この祖母にして この孫ありきというべきか、おデブちゃんもいいところで、この年で顎が二重にくびれている。
八つ墓村〜酢のもの
すると金田一耕助は、ひとつひとつ酢のものの鉢を調べまわって、何やら手帳につけはじめた。

わかったわかった。
金田一耕助はだれが酢のものを食べ、だれが酢のものを食べなかったかを調べているのだ。
それはおおかた、つぎのような推理によるものだろう。
本膳と会席膳と区別があるから、犯人はよもや毒入りの膳が自分にまわってくるようなことはあるまいと たかをくくってただろう。
しかし、つぎの場合のような危険を覚悟しなければならなかったのだ。
お膳などを盛りあわせる場合、あとになって、あちらのお膳の小鉢と、こちらのお膳の小鉢を、 おきかえるようなことはよくやることだ。
夜歩く〜サントリー
直紀は持参のサントリーを、ジャブジャブグラスに注ぐとまたひといきに飲み干した。

酔っ払って手がふるえているから、半分ぐらいは机にこぼす。
もったいない話だ。
第一このウイスキーは、私への土産だといって持って来ながら、ほとんど1人で飲んでしまった。
この男にしては珍しく動顛しているらしい。
「だけど、だいたいのことはわかるだろう。
ね、わかってくれるだろう。
おれがいったい何の話をしているんだか」
「そりゃア想像のつかぬこともない。
八千代さんの話らしいね」
直紀はとろんとした目で渡しを見すえたが、私はその眼の中に、何かしら異様な凄味をかんじて、 思わずひやっとした。
町でいちばん賢い猫〜サンドウィッチ
「<クロゼット・ピザ>まで、サンドウィッチを食べに。

いつもすみません」
「どういたしまして。
せいぜい、お昼を楽しんでくるといい」
石が後ろから声をかけた。
ハリーとスーザン、ミセス・マーフィとティー・タッカーは、ちらちら光る舗道をぶらぶらとくだっていった。
熱気は、湿った厚い壁のようだった。
彼らは、食料品店のなかで働いているマーケットとコートニーに手を振った。
ピュータ−マーケットが飼っている灰色のデブ猫−は臆面もなく、通りに面した窓のところで下半身を さらしていた。
ミセス・マーフィとティー・タッカーに気づくと、ピュータは声をかけた。
雪の中を走る猫〜リンゴのパイ
リンゴのパイ、リンゴのサイダー、リンゴのソース、リンゴのタルト、リンゴのポポヴァ― (マフィンに似た軽く焼いたパン)ーとにかくリンゴが好きだった。

この国では、馬も好んでリンゴを食べた。
南北戦争まえに、次代のアーカート家は西部を目指す鉄道会社の株を買い、さらなる 財産を築いた。
だが、このあと、彼らは南北戦争で大打撃をこうむった。
4人息子のうち3人までが犠牲になったのだ。
二世代あとには、娘と息子がひとりずつ生きのこったにすぎなかった。
この娘には、北部人と結婚するだけの分別があった。
かくれんぼが好きな猫〜ホット・オートミール
そのあと、ふだんはホット・オートミールかフライド・エッグで、たまには英国 リヨンズ社のゴールデンシロップをたっぷちかけたふわふわのパンケーキで、 自分をもてなした。

利発で好奇心の強いオポッサムのサイモンはときおり家の近くまでやってきたが、 ハリーがいくら誘っても、なかには入ってこなかった。
驚いたことに、ミセス・マーフィとタッカーはこの灰色の小動物を受け入れていた。
ほかの動物にたいして、ミセス・マーフィは並はずれた寛容を表した。
おなじことをするのに、タッカーはいくらか余計に時間がかかった。
「わかったわ、ふたりとも。」
森で昼寝する猫〜チョコチップ・クッキー
「今日はチョコチップ・クッキーを持って来ているの。

マカデミアナッツ・クッキーもあるわ」
「せっかくですけど、もう涙も干上がったので、家に帰ります。
帰ったら、あなたの忠告を聞き入れて、聖書を読むと思います」
ケリーは涙のあとを拭った。
「ありがとうございました」
「その考えはあらためないでね」
ミランダは微笑んで、郵便局にむかった。
ミセス・ホウゲンドバーがこのことをハリーに話したのは、彼女とふたりきりになってからだった。
だが、クロゼットは小さな田舎町だから、何かあればいやでも人目につくのだった。
何人かは、ケリーがノーマンを負って廊下を走っていくのを目にしていた。
トランプをめくる猫〜ホットドック
焼いたハム、燻製にした七面鳥、ローストビーフ、フライドチキンの かぐわしい匂いが、ホットドッグ、ハンバーガー、マスタードの鼻をつく 匂いと混ざりあっている。

三食豆のサラダ、七層のサラダ、シンプルなコールスロー、こってりしたジャーマン ポテトサラダは、ぞくぞくするような肉の匂いとはあた違う香りを放っていたが、食べ物には 変りないし、タッカーはえり好みするタイプではなかった。
ブラウニー、スポンジケーキ、蜂蜜のかかったパウンドケーキ、パンプキンパイの匂いにも そそられた。
反面、サワーマッシュ・ウィスキー(もろみを使って造ったウィスキー)、シングルモルト・ スコッチ、シェリー、ポートワイン、ジン、ウォッカの香りは鼻や目に刺激が強すぎるので、 タッカーはそっぽを向いた。
嘆きのテディベア事件〜ホットチョコレート
寝返りを打ってベッドに仰向けになり、もうひと眠りしようかと考えていたとき、 ホットチョコレートの甘い香りがして、とたんに左の脛がうずきだした。

まるで手術で整復した骨を誰かが丸頭ハンマーで叩いて、クィーンの「ウィ・アー・ザ・ チャンピオン」のズン、ズン、ズンというあのイントロのリズムを刻んでいるみたいに。
痛みは心因性のものだとー手術から1年以上たったあとでー半ダースもの医者に言われた。
そうなのかもしれないが、だからといって痛みが消えるわけじゃない。
アシュリーと結婚して26年になることと、彼女がわたし以上にわたしのことを知っているという 事実を考えあわせると、なんであれチョコレートのにおいを嗅いだだけで古傷が痛みだすことを 彼女に隠し通しているのは、われながらすごいと思う。
妻は朝のホットチョコレートを愛していて、その楽しみを奪う役まわりになるつもりはなかった。
わたしの名前はブラッドリー・ライオン。
サンフランシスコ市警察に25年勤務し、最後の14年は強盗殺人課の刑事をしていた。
天使のテディベア事件〜サンドウィッチ
ターキーのサンドウィッチとハラペーニョ味の激辛ポテトチップ、それに干しリンゴの スライスとペットボトル入りのミネラルウォーター。

ホテルのレストランの食事は高いし、このところ外食がつづいていたこともあり、少し 節約することにしたのだ。
そもそもゆっくり座ってランチを食べる暇などなかったし。
食事を終えると、アシュは化粧室で手を洗ってから作品を並べはじめた。
最初に手に取ったのは「ティラミスのテリ」で、フィンガービスケットの絵にマスカルポーネ チーズを重ねたような長方形の衣裳は、茶色の薄いリボンを途中に縫いこむことで、まさに ココアとエスプレッソがはさまっているみたいに見えた。
アシュは眉間にしわを寄せ、食い入るようにテリを見つめた。
「うーん。やっぱり、この子はイマイチみたい」
「すごくよくできているよ」
「ハニー、あなたはどの作品を見てもそう言うじゃない」
偽りのテディベア事件〜アイスティー
ヴァージニア人と結婚したわたしも彼の意見に賛成だが、ひとつだけつけ加えさせて もらえるなら、甘いアイスティーづくりに関しても、メーソン・ディクソン線(アメリカ 合衆国の南部と北部とを隔てる境界線)以南の住民たちの右に出る者はいない。

あれほどうまいものは世界中のどこをさがしても味わえない。
だからセルゲイのアイスティーを初めて飲んだときは、頭の中がはてなマークでいっぱいになった。
彼のスウィートティーは絶品だったー口に出して言うつもりはないが、たぶんアシュがつくるものと 同じくらいに。
しかし、セルゲイはロシア人だ。
たまりかねて、その技術はどおで習得したものかと尋ねたわたしに、セルゲイは、自分も南部人だ、 曲がりなりにも生まれはジョージアだからん、と言ったーただし旧ソ連の構成国のほうだが(「ジョージア」 は英語読み。
日本語では「グルジア」と表記される)。
セルゲイが16オンスの特大ロンググラス2個にアイスティーを注ぎ、自分のほうにレモンをひと切れ 入れたところで、わたしたちはテーブルについた。
レディースメイドは見逃さない〜ビール
「ビールを頼む。

それと、オイスターを1ダース」
それからこちらを見たので、わたしは頭を横に振った。
「10分だけよ」
わたしは彼に言った。
「わかった」
そこへビールがやってきて、ビーハンはひと口飲んだ。
レディーズ・メイドと悩める花嫁〜ペストリー
でもそれは、セントラル・パークを散歩したり、「ホテル・アスター」でペストリーを 食べたりしているうちに、互いにいくつも共通点ーおもに、どちらも横柄な家族の中で 礼儀正しいひとりだということーがあると気づいて変わった。

そのうえふたりとも、ウォレスという名の、歳を取ったバセットハウンド犬にすっかり 魅了された。
アバナシー氏とかいう飼い主に連れられ、セントラル・パークを頻繁に、でもいやいや 散歩していた犬だ。
こうなれば、わたしもまじめな顔でルイーズに言えた。
「ルイーズさまとウィリアムさまが結婚なさったら、何もかももっときらきらしますよ」
彼女はぼそぼそと答えた。
「そうかしら。
そう思いたいわ。
でも、完全には信じられない」
この漠然とした悪い予言みたいなものには、こう返すしかなかった。
「お茶を淹れてきます」
過ぎる十七の春〜桜餅
「お茶にしましょうね。

桜餅を作ったから」
「わあい」
典子の声は直樹を苦笑させるほどに屈託がない。
「桜餅、さくらもち。
ー先に荷物を置いてくるね」
言って踵を返す。
「置いてくる」と言いながら、実際に荷物を持ったのは隆だ。
緑の我が家〜缶コーヒー
いくらか「家」らしくなった部屋に戻って、缶コーヒーに口をつけたときだった。

夕方、買物に出る前に工事が済んだばかりの電話が鳴りだした。
ぼくは慌てて新しい受話器を取った。
取った受話器を耳に当てながら、ふと、電話番号を他人に教えた覚えのない事を思い出した。
まだ、親にも連絡をしていない。
「はい」
荒川です、と答えなかったのは、心のどこかで引っかかるものを感じていたせいかもしれない。
東京異聞〜紅茶
女中が紅茶を運んで来た。

「見事なお屋敷ですね」
新太郎が当然のように口に昇らせると、彼はやんわりと微笑う。
「ありがとうございます」
「洋館というのは流行のようですが、これほど見事なお屋敷に伺ったことはありません。
ただ、少し雰囲気が違っていますような」
そう言って新太郎はカップをしげしげと見やる、
グルメ探偵特別料理を盗む〜ズッパ・ディ・ペッシェ
「ズッパ・ディ・ペッシェ(魚介のスープ=ブイヤベース)ー類を見ない、まさに最高の料理なんです。

地元で捕れる魚はすべて入れータイ、スカンピ(手長海老)、ムール貝、ハマグリ、ロブスター、 タコ、イカ、ウニーそれ以外にも網にかかった魚はなんでも使います」
「それでは日によって具がちがうのか」
ウォリントンは意地が悪かった。
「そんなことで客をつなぎとめておけるものかね?」
「ちがってあたりまえじゃないか!」
「ちがってあたりまえじゃないか!」
「あんたはなにが食べたいんだ?コンピューターで管理されたスープか?」
グルメ探偵と幻のスパイス〜厚切りのハム
どれもこれもおいしそうだー。

ぶ厚いバターミルク・パンケーキ、とろりとしたスクランブルエッグ、きつね色に焼いた こってりとしたソーセージ、肉汁たっぷりの厚切りハム、外側がかりっと焼けたハッシュド・ポテト、 まっ赤に輝くトマト、ふっくらとしたマッシュルーム、かりかりに焼いたベーコン・・・・・・
ファスト・フードの店にも客が行列している。
ハンバーガー、ホットドッグ、ピザ、タコス、ブリトー、オレンジジュース、コーラ、ビール、 ルートビア・・・・・・
そしてジュージューといい匂いをさせている鶏肉。
調理法は何種類もある。
ロンドン幽霊列車の謎〜キドニー・パイ
スウィヴェラーの目の向きがまた入れ替わり、わたしは昼に食べたのがのときの ようなごちそうではなく、キドニー・パイだけでよかったと思った。

「たしか、ネッドと呼ばれていなかったかね?
当然か、おまえもおまえの親父もエドワードだからな。
おふくろさんはおまえのこともエディと呼びたがっていたが、親父は反対した。
『いや、息子には自立してほしいから、ネッドと呼ぼう』といってな」
わたしとスウィヴェラーが顔を合わせてから10年以上がたち、会ったのもその午後だけだったのを 考えると、恐ろしいくらいにわたしのことをよく覚えている。
食べたものとは関係なく胃がむかついた。
スウィヴェラーは、それがほかの人物ならやさしさともとれるような目つきでじっとわたしを見ていた。
シャーロック・ホームズ家の料理読本〜キドニー・パイ
「私、貴女をお訪ねしてまいりましたのよ」と奥様はおっしゃるのでした。

「いろいろ話にはうかがっておりますのよ、主人から」
可愛らしい奥様は主人という言葉に口ごもられ、ご結婚後間もないこととて、それは愛らしく 頬を染められるのでした。
そして、こうお続けになりました。
「主人があんまり貴女のお作りになるキドニーと牡蠣のパイがおいしいと申すものですから、 その素敵なパイを作る貴女の秘術を教えていただくわけには行かないかしらと、思いきって お願いにあがりましたの」
鬼平犯科帳「蛇の眼」〜真田蕎麦
本所・源兵衛橋(後の枕橋)の北詰にある「さなだや」という店の蕎麦を 食べたのは、その日が初めての長谷川平蔵であった。

押上村の春慶寺に寄宿している剣友・岸井左馬之助が、めずらしく病み、 これを見舞った帰途、さわやかな初夏の夕暮れの道を中ノ郷の瓦町へ抜け、 大川(隅田川)べりに出たとき、橋向うのそば屋に気づいたのだ。
(こんな店があったかな・・・・・・)
病みあがりの左馬之助とでは酒をくみかわすこともならず、腹もへっていた。
「酒と・・・・・・それから、天婦羅をもらおうか」
ペニーフット・ホテル受難の日〜サンドウィッチ
セシリーは皿のひとつを手に取った。

そこには、耳をkれいに落とされた、三角形のチーズとキュウリのサンドウィッチが盛られていた。
もうひとつの皿には、卵と胡椒草のサンドウィッチが載っている。
彼女はこちらも手に取って、両方の皿をミス・モリスに差し出した。
「そんなことではないかと思っておりました」
セシリーは言った。
「お手数ですけれど、そのブローチをさがしてはいただけないでしょうか。
どこかに落ちているかもしれませんものね?」
バジャーズ・エンドの奇妙な死体〜コーニッシュ・パイ
「ありがとうございます、マダム。

しかし、コーニッシュ・パイの大きなのと、スコッチ・エッグをふたつ、食べてきましたので。
ひと晩にそれだけ食べれば充分でしょう」
「確かにそうね」
セシリーは食糧庫のほうへ行き、ミルクの広口瓶を見つけた。
それを手にテーブルにもどってくると、彼女は訊ねた。
「ところでどうだった?
<ジョージ&ドラゴン>では何がわかったの?」
マクダフ医師のまちがった葬式〜ロブスターのビスク
「今夜はロブスターのビスクです、マダム」

ミシェルはそう宣言すると、いかにもイタリア人っぽく指を唇に当てヒュッ話した。
この黒い目の短気なシェフは、自分の国籍をごっちゃにしがちなのだ。
ブランデーを飲み過ぎれば、そのフランス訛は影を潜め、いつのまにか強い ロンドン訛へと変わってしまう。
ミシェルがフランス人のふりをしているのは身元を隠すためだというのが、 バクスターの見方である。
相手はおおかた嫉妬に狂った誰かの夫だろう、と彼は言う。
セシリーはこれに関しては、あれこれ推測すまいと決めている。
首なし騎士と五月祭〜エクレア
「近ごろは奉公でずいぶん稼げますからね」

クリームたっぷりのエクレアをさらに取りながら、フィービが言った。
「殊に上流のお宅に入ると、ずいぶんいい暮らしをさせてもらえるんでしょう」
「娘たちが求めているのはお金じゃないの」
ドリーは大きくふんと鼻を鳴らした。
「あそこに行って、骨ばったちっちゃな手で上流の男をつかまえようってわけ。
お金持ちの旦那を見つけるつもりなのよ。
近ごろ、娘たちの考えることはそればっかり。
親父さんと一緒に農場でがんばる気なんぞまるでない。」
農場がどんどんつぶれてくのも無理ないわね。
切りまわす人間がいないんだから」
支配人バクスターの憂鬱〜コーニッシュ・パイ
「きっとお腹がすいているわよね。

コーニッシュ・パイかソーセージ・ロールをどうぞ。
ドリーのティルームからきょう買ってきたの。
まだ焼き立ても同然よ」
「どうもありがとう。
でもお茶だけで結構よ」
セシリーはカップと受け皿を受け取った。
「ホテルにもどったらすぐ夕食にするつもりなの。
きょうはあまりゆっくりできないのよ」
ル・パスタン「弁当」〜シチュー
給食は、いろいろなものがあったけれど、圧巻は「シチュー」だった。

メリケン粉とバター、牛乳、豚肉、タマネギ、人参をつかった白いシチューである。
シチューが届けられるのは3ヶ月に1度ほどだったが、母は、これを登山用の飯盒に入れ、 届けてくれた。
大きなスプーンを手に、飯盒の蓋を開けたおき、私は歓声をあげずにはいられなかった。
死因〜フライドポテト
注文したのはサンドイッチとフライドポテトとペプシ。

ダニー・ウエブスターの最後の食事は合計5ドル27セントだった。
担当したのはシシーというウエイトレスで、ダニーは彼女にチップを1ドルあげた。
「今日、この近くで不審な人物を見なかったか?」とマリーノが訊いた。
ダイゴーは首を振った。
「見てないね。
でも、だからといってどっかのろくでなしが通りをうろついてないってわけじゃない。」
むかしの味「粟ぜんざい」〜竹むら
神田・須田町(ちょう)の「竹むら」へ入ると、まさに、むかしの東京の汁粉屋 そのもので 汁粉の味も、店の人たちの応対も、しっとりと落ちついている。

この一角には、「まつや」と「藪」の蕎麦、あんこうなべの「いせ源」や鳥あべの「ぼたん」など、 戦災に焼け残った店がかたまっていて、町そのものも、むかしの東京の面影を色濃くとどめている。
そうした店々で酒をのめば、どうしても帰りに「竹むら」へ立ち寄りたくなる。
香ばしい粟と、ほどよい小豆餡のコンビネーションは何ともいえぬ。
おっとも、粟が出まわる季節に限られているのだが・・・・・・。
海辺の幽霊ゲストハウス〜ピザ
わたしは首を横に振り、ピザはもう充分食べたとジーニーに伝えた。

すると彼女はマッケローニーにそのひと切れを差し出した
ー顔に押しつけんばかりの勢いで。
「うわっ!」とマッケローニーは言うと、片手を振って断った。
「ガーリック追加したでしょ!」
「あたしたちみんなガーリックが好きなんだもん」とメリッサが言った。
「心臓にもいいし」
イギリス菓子図鑑1〜パヴロヴァ
豪華な見た目のメレンゲ菓子。

大きく円盤に焼いたメレンゲに生クリームとフルーツを入れて仕上げる。
果物はイチゴ、ラズベリー、キウイフルーツ、パッションフルーツなどを使うことが多い。
レストランのデザートメニューでも食べられるが、簡単に作れるのでイギリスの家庭で 登場する機会も多い。
もっともメレンゲ類はイギリスではポピュラーな食べ物なので、 あらかじめでき上がったものをスーパーマーケットなどで入手でき、パヴァロヴァ用もある。
150歳の依頼人〜ピザ
「ハーパー・ピザです」と少年が名乗った。

言わなくてもわかってる。
ぺしゃんこにして白い箱に入れたボウリングの球を配達してるわけじゃない。
「ご注文のピザはガーリックのほう、それともペパロニのほうですか?」
「ガーリックよ。
ちなみに吸血鬼を追い払うのとは関係ないわ」と言ってポールを見た。
「でしょ?」
ポールは肩をすくめた。
ミツバチたちのとんだ災難〜ピザ
・「スチューのバー&グリル」。

ビール、ピザ、その他おつまみ。
たいていは揚げ物。
・モレーン図書館。
庭にハーブ園があり、地域史の資料が充実。
・切手サイズの郵便局。
・モレーン自然植物園。
わたしの家から通りをはさんだ向かい側、この地域の在来種が専門。
・焼きトウモロコシの屋台。
泣きっ面にハチの大泥棒〜ワイン
わたしはその建物を食料雑貨店に改装し、地元の農産物とその加工品ー チーズ、ワイン、各種パン、花、青果と果物、それにあれやこれやんp季節商品ーを 専門に取り扱っている。

店の外観はもとのまま手を加えず、「ワイルド・クローバー」と店名を入れた青い日除けを つけただけで、自分でペンキを塗った色とりどりの庭椅子を店先に並べた。
古い鐘楼がありーもう鳴らすことはないけれどー敷地のはずれの墓地では、大勢のルーテル派 教徒たちが安らかな眠りについている。
町の警察長ジョニー・ジェイとの対決は、ほぼ母さんの言ったとおり。
わたしたちの取っ組み合いはフィルムに納められ、母はこれからもちくちくと嫌味を言うのだろう。
家出ミツバチと森の魔女〜ルバーブ
毎日のお買い物が1ヶ所でできる店というのが、わたしのつねに変わらぬ目標だ。

店の棚にはウィスコンシン産のブラードブルスト(豚肉に香辛料、香草を入れてつくったウィンナー) にソーセージ、摘みたてのルバーブ、クレソン、こごみ、メープルシロップ、自家製のはちみつ 製品、コーヒー、ワイン、チーズ、デニッシュ・クリングルが並んでいる。
デニッシュ・クリングルはご当地名物で、薄くのばしたパイ生地にフルーツやナッツを詰めて焼き、 糖衣をかけたもの。
ぜひご賞味あれ。
わたしは起き上がると、脱げてしまったビーチサンダルの片方を探し出してのそのそとはき、心と 体に負った傷の具合を確かめた。
たいしたことはない。
空飛ぶ小さな虫にまんまと出し抜かれたことを勘定に入れなければ。
女王バチの不機嫌な朝食〜ポップオーバー
「今晩はルッコラとトマトのサラダでどうかしら。

ポップオーバー(小麦粉、卵、塩、牛乳を混ぜて、シューのようにふくらませたパン)に たちみつバターを添えて・・・・・・」
「奥に行きましょう」と、わたしはさえぎった。
ディナーの献立を考えてくれるのはありがたいけど、どうか手遅れではありませんように。
「あっちで相談したいから」
でも、後の祭りだった。
贋作と共に去りぬ〜スコーン
「そのトモラチ、ついでにスコーンもほしがっちゃいないかい?」

エルンストがくる気配は皆無。
ため息が漏れる。
数あるわたしの長所の中に、忍耐は入っていなかった。
人間観察にも飽きたので、サンフランシスコで多数発行されている無料新聞を一部とり、 トップ記事にざっと眼を通す。
美食家で知られる地元の画商が突然失踪したらしい。
彼は意図して姿を消したのか、はたまた犯罪に巻き込まれたのか、誰にもわからないようだったけれど、 新聞が、非合法事件の可能性をほのめかしているのは明らかだった。
贋作に明日はない〜キャセロール
「熱々のキャセロールもある。

鶏の胸肉に挟んであるのは、じっくり炒めた甘いタマネギで、表面には、野生のキノコの グレーズでてりをつけたーこれ、大好物だろ、アニー」
そしてわたしにうなずきかけてくれた。
メアリーが機体に満ちた目をトムに向ける。
「ナッツとグラノーラでできてるきみには、ベイクド豆腐とカレー風味のブラウンライスをマリネに してきたぞ。
で、これがビート用。
ローズマリーをきかせたサワーブレッド一塊に、トリュフ入りのムースパテ、それに輸入チーズが 三種類だ。
暗くなるまで贋作を〜グレーズドーナツ
「一体全体どうしたんだ?」。

ノームが、グレーズドーナツを1個口に押しこみ、ムシャムシャやりながら怒鳴るようにきいてきた。
「わたしはいないことにしてよ、ここにいるイーサンみたいに」
「どこぞの野郎にやられたんじゃねえだろうな?
そんな真似をするやつぁ、おれが許さねえ」
「そんなんじゃないわよ、ちょっとドジっただけ」
あとで病院に電話して、巻き毛氏の容体を確かめなきゃ。
アガサ・レーズンの困った料理〜キッシュ
わたしのキッシュが優勝すればいいけどと、アガサはむっつりと考えた。

彼女はぼったくられることには敏感だったが、まさに「フェザーズ」はそういう店だったからだ。
店主はバーのこちら側に立って仲間たちと飲んでおり、メニューはもったいぶっていて、ぞっとするほど高く、 不愛想なウェイトレスはアガサの怒りをかきたてた。
予想通り、カミングズ=ブラウン夫妻はメニューに載っている二番目に高いワインを選んだ。
それも日本。
コーヒーが運ばれてくるまではもっぱら二人に話をさせておき、そこで彼女は本題に入った。
アガサ・レーズンと猫泥棒〜ケーキ
議事録が読み上げられ、児童救済基金の募金、老人の外出について話し合われ、 さらにケーキとお茶が出された。

やがてアガサは新しい獣医の噂を聞かされた。
カースリーの村にも、ついに動物病院ができたのだ。
診療所は図書館の建物の隣に造られ、獣医のポール・ブレイデンがミルセスターから やって来て、週に二度、火曜と水曜の午後に診察をしている。
「最初はどうでもいいと思ったんです」
ミス・シムズがいった。
「みんな、たいていモートンの獣医に行っていますから。」
アガサ・レーズンの完璧な裏庭〜スコーン
「まあ、エキゾチックだこと。

日曜の礼拝に巻いていったら、教区の羨望の的になりそうだわ。
お茶とスコーンを用意するわね」
リビングを出て行き、夫の牧師に呼びかけている声が聞こえた。
「あなた、ミセス・レーズンが帰って来たのよ」
不明瞭な返事が聞こえた。
十分ほどして、ミセス・ブロクスビーがお茶とスコーンのトレイを手に戻って来た。
「アルフはごいっしょできないんですって。説教の原稿を書いているところなの」
アガサ・レーズンと貴族館の死〜ステーキ
「おかえりなさい、アガサ。

コーヒーを淹れてありますし、夕食にはおいしいステーキを用意してありますよ」
「ありがとう、ドリス」
アガサは一歩さがって、自分のコテージを満足そうに眺めた。
家はどっしりとした茅葺屋根をいただいている。
まるで、うずくまっている人なつっおい動物のようだ。
中に入ると、猫たちからよそよそしく出迎えられた。
アガサ・レーズンの結婚式〜ジャンボソーセージ
「ジャンボソーセージのポテトフライ添え、カレー風味のチキンのポテトフライ添え、 ラザニアのポテトフライ添え、フィッシュ・アンド・チップスプラウマンズ・ランチ」

「どこか別の店に行った方がいいんじゃない?」
「この霧じゃね。
プラウマンズをふたつ頼んで、おいしいことを祈ろう」
パブは水を切らしていたせいで、アガサのジントニックはぬるかった。
霧が部屋にまで流れ込んできた。
アガサは食べかけの皿を押しやると、煙草に火をつけた。
精霊の守り人〜ノギ屋の弁当
「さあ、食べましょうや」

白木のうす板をまげてつくられている弁当箱の蓋をとると、良い匂いが立ち上った。
米と麦を半々にまぜた炊きたての飯に、このあたりでゴシャとよぶ白身魚に甘辛いタレを ぬって香ばしく焼いたものがのっかり、ちょっとピリッとする香辛料をかけてある。
いい色につかった漬け物もついてい、なんともおいしそうだった。
おそるおそる箸でつっついてから、チャグムはほんのすこし、魚と飯を口に入れた。
チャグムの目が丸くなった。
「うまいだろう、え?」
闇の守り人〜サンガ牛の炙り焼き
カッサは、約束通り父を待ちながら、何度もため息をついた。

腹がきゅうきゅう鳴って、たまらない。
さっき、母が持たせてくれたラガ(チーズ)を、ジナと分けて食べたが、それだけでは、とても 夕飯までもちそうになかった。
(ルイシャ<青光石>を売れたらなあ・・・・・・)
カッサは気分を変えようと、ぼんやりと空想にふけった。
まず、こんがりあぶったサンガ牛の肉を、ピリッと辛いガンラのタレで食べる。
それから、やわらくて甘い、ユッカの実をたっぷりと入れた、ラガ入りのロッソ・・・・・・。
狐笛のかなた〜おむすび
米粒のような白い花や、花粉を落としたような黄色い小さな花々が草のあいだに咲く 野に、どっかりとすわりこんで、鈴はもってきた弁当をいらいた。

熊笹でつつんであった、おむすびはいい匂いがした。
かぶりつくと、塩がいい塩梅に利いていて、とてもおいしかった。
鈴が懐にかかえていたせいか、まだぬくもりが残っている。
夢の守り人〜ラーダ
ユグノが慣れた手つきで灰の中からラーダをとりだしてぽんぽんと灰をたたきおとしている。

「さあ、できましたよ。
食べましょうや」
トロガイがまっさきに手を出した。
米の粉を水と塩で練って、薄くのばして蒸し焼きにするラーダは、焼魚を巻いて食べても、 干し肉を巻いて食べてもうまいのだ。
みんな、思い思いに、焼魚を巻いたり、持参した干し肉を巻いたりしている。
「狩人」たちが干し肉を食べているのを見て、チャグムが声をかけた。
神の守り人〜オルソ
タンダは、暖炉にかかっている黒光りのする鍋の中から、なにかを椀によそい、 食卓に置いてあった壺から、蜂蜜をその中に垂らすと、匙を添えてもってきた。

「麦の粥だよ。
乳がたっぷり入ってる。
なかなかいけるぞ」
バルサがひと口ずつ粥をすするのを、タンダは満足げな顔でながめていた。
バルサは、ときおりお茶をすすりながら、なんとかひと椀の粥を食べ終わった。
アンティーク鑑定士は疑う〜カントリー・ハム
イブは、ほっぺたが落ちそうなほどおいしい伝統的なバージニア料理を用意してくれた。

クリーミーなピーナツのスープとハム・ビスケット。
50セント硬貨ほどの大きさのバターを塗った熱いビスケット(イースト菌を使わないクイック・ ブレッド)に、1センチの厚さに切ったカントリー・ハムを載せたものだ。
「昔から骨董品はお好きだったんですか?」
わたしは訊いた。
「どこもかしこも素晴らしいものばかり。
勉強になります」