翌朝楓が目覚めた時、小屋の中にかごめの姿がなく、村は大騒ぎになった。 自分の生国、東京とやらに帰ろうとしたのだろうか。 村人たちを指揮して捜索を続けながら、楓は唇を噛みしめた。 「迂闊だった・・・。」 かごめには四魂の玉を持っていることがどんなに危険か、わからせておくべきだった。 いや説明ならば、ゆうべ十分したはずだ。 それどころか、かごめはすでに四魂の玉を狙った百足上臈に襲われ、危うく逃れたばかりではないか。 普通なら一人きりで妖怪や野盗の跋扈する世界へうろつき出るような愚かなことをするはずはない。 いや・・・、楓は考え込んだ。 かごめにはどこか変わったところがある。 あれほどの目に合いながら、当然感じるべき恐怖の念がどこか希薄なのだ。 咄嗟に百足上臈を退治する手段を思いつき、行動に移したことといい、あの場慣れした対処の仕方は・・・。 「まるで桔梗お姉さまの・・・」 「どこにもおられないようで。」 村の外れまで探しに行った男たちが戻って来た。 「やはりひとりで村の外に・・・」 呟いた楓は、すぐそばに犬夜叉の気配を感じた。 話を聞いていたのだろう。 かごめがいなくなったことも当然知っているはずだ。 だが、楓が話しかける前に犬夜叉の気配は消えた。 「もう大丈夫だ、皆の衆。」 楓は村人たちに笑顔を向けた。 「かごめは犬夜叉が探しに行った。 あやつの鼻ならすぐにかごめを探し当てるじゃろ。 皆は仕事に戻ってくれ。」 「大丈夫でしょうか、楓さま・・・。」 利吉が心配そうに問う。 「犬夜叉も四魂の玉を狙ってるんじゃ・・・。」 大丈夫、犬夜叉はかごめを襲わない。 言霊の念珠の力ではない。 おそらく桔梗の生まれ変わりであろうかごめを犬夜叉は襲わない、むしろ守ろうとするだろう。 楓にはそんな確信があった。 「かごめのことは犬夜叉に任せておけばよい。」 力強く言い切ると、楓は遅くなった朝餉の支度をするために小屋に戻った。 しかし朝餉の後、畑仕事に出ていた楓たちの見たのは思いがけない光景だった。 突然空が眩しく輝いたかと思うと、無数の光が四方に飛び散ったのだ。 「楓さま、あの光は・・・?」 利吉たちには一瞬空が光ったようにしか見えなかったらしい。 巫女である楓だからこそ見えた飛び散った無数の四魂の玉のかけら・・・。 これはかごめの仕業に違いない。 四魂の玉を砕くなど、巫女の霊力を持つかごめにしかできないこと。 「これは・・・ 面倒なことになった・・・」 桔梗の死から50年目の朝、楓を怯えさせた予感はこれだったのか。 かごめが四魂の玉と共に現れたことは、楓にとって姉が生まれ変わったような、あるいは突然孫ができたような嬉しいものだったが、同時にそれは、 「この世界の災いとなるかも知れぬ・・・。」 楓は力なく呟いた。 かごめを連れて犬夜叉が帰って来たのは夜も更けた頃だった。 人の血と死肉にまみれ、「風呂」に入りたい、体を洗いたいときゃんきゃん叫ぶかごめを引きずるようにして犬夜叉が楓の小屋に飛び込んで来たのだ。 こちらの世界にかごめの言う「風呂」などないから、明日川に連れて行って体を洗わせてやるとひとまず宥め、話を聞く。 かごめは骨喰いの井戸を通って元の世界に戻ろうとしたのだそうだ。 しかし井戸にたどり着く前に野武士に捉えられ、古寺に連れ込まれた。 その頭が狙っていたのはかごめの持つ四魂の玉だった。 そこへ駆けつけたのが犬夜叉。 犬夜叉が言うには、頭はすでに殺され、屍舞烏という名の妖怪に操られていたらしい。 屍舞烏、その名のとおり死体を食い破ってその体内に入り込み、死体を操るのだが、鼻の効く犬夜叉には死臭ですぐにわかったらしい。 しかも犬夜叉は前の晩に屍舞烏を見たと言う。 「あんたねえ、だったら一言教えてくれたって良かったんじゃないの? あたしは屍舞烏のことなんて全然知らなかったんだから。」 「馬鹿野郎、てめえが勝手に村を出てくなんて誰が思うかよ。 あんな弱っちい妖怪は普通こんな人里に出ねえ。 村で大人しくしてりゃ安全だったんだ」 早速喧嘩を始めた2人を宥めるのに大汗かいて、楓はさらに話を聞く。 頭を倒して屍舞烏が出てきたものの、すでに四魂の玉は奪われており、空を飛べる屍舞烏に逃げられそうになる。 咄嗟にそばに落ちていた弓を拾い、かごめをおぶって犬夜叉は追いかけた。 そしてかごめに屍舞烏を射落とせと命令したのだそうだ。 「ほう、弓での・・・?」 楓は興味を持ってかごめを眺めた。 かごめが真実桔梗の生まれ変わりなら、さぞかし弓の腕も優れていただろう。 「でも当たらなかったりして・・・。」 顔を赤らめたかごめがぽつりと呟いた。 「こいつが桔梗の生まれ変わりなんてとんでもねえぜ。 とんでもねえヘナチョコだ!」 やれやれまた喧嘩だ。 「それはともかく」 咳払いして楓は話を戻した。 「ではなぜ四魂の玉は砕けたのだ?」 四魂の玉を飲み込んだ屍舞烏は変化しながら隣村の方へ飛んで行ったのだと言う。 そして若い母親に連れられて歩いていた子どもに襲い掛かり、連れ去ろうとした。 その子どもの重さで動きが鈍ったおかげで犬夜叉が追いつき、散魂鉄爪で屍舞烏を打ち砕いた。 しかし四魂の玉を取り込んだ屍舞烏の肉体は見る間に再生を始めた、ちょうど百足上臈の時のように。 その戻ろうとする力を利用して、かごめがちぎれた屍舞烏の足に矢を結びつけ、放った。 矢は見事屍舞烏の体に命中したが、同時に四魂の玉も砕いてしまったのだ。 犬夜叉にも光は見えたが、砕け散った四魂の玉のかけらは見えなかった。 ただ匂いがした、のだと言う。 様々な妖怪の匂いが混じり合ってひとつになった、そんな匂い。 「匂い・・・か。」 楓は呟いた。 本来四魂の玉は、その力を知らぬ者にとってはただの石に過ぎない。 桔梗やかごめ、楓のような巫女、あるいは僧、法師など特殊な能力や眼力を持った者だけにその力は見える。 しかし邪な願いを持った人間や妖怪や、四魂の玉の力を知り、狙う者はあまりに多い。 かけらとなってあちこちに散らばった四魂の玉。 拾った者がただの石くれと思ってくれたらそれでいい。 だが、そのかけらそれぞれが邪な者を呼び寄せるとしたら・・・、あまりに危険だ。 四魂の玉には邪な者を呼び寄せる何か、そう、匂いのようなもの、があるのだろうか・・・。 いえ邪ではなくても、手にした者の心の奥に潜む邪な部分を引き出す何かがあるのではないだろうか・・・。 楓に何も語らず死んで行った桔梗。 犬夜叉に何か言い残してはいないだろうか。 川辺で、森の奥で、微笑みながら何か一人語りしていた桔梗。 聞いていた相手は犬夜叉ではなかったのだろうか・・・。 聞いてみようか・・・。 心を決めかねている楓の目に映るのは、相変わらずてめえが下手だから四魂の玉が砕けてしまったの、あんたが優しくないから服が汚れちゃっただのと子どものような喧嘩を続けている2人だった。 「やれやれ・・・」 楓は溜息をついた。 こんな犬夜叉を見ていると、桔梗と犬夜叉が惹かれ合っているように見えたのは大きな勘違いだったように思えてくる。 とにかく今は四魂のかけらを集めることが大切だ。 「よいか、かごめ、犬夜叉。」 2人の喧嘩を断ち切るように、楓はきっぱりと告げた。 「おぬしら二人の力で四魂の玉のかけらを元どおり集めるのだ。 たとえひとかけでも、強い物の怪の手に渡れば災いの元となろう。」 「いいのか?楓ばばあ」 早速犬夜叉がまぜ返す。 「俺も玉を狙っている悪いやつなんだぜ。」 「・・・今はやむを得ん。」 楓はそっぽを向いた。 悪ぶりたい子どもには悪ぶらせておけばいい。 犬夜叉は自分が思っているほど悪い存在ではない。 だがそのせいで、楓はかごめの顔に浮かんだ微妙な表情を見逃してしまった。 四魂の玉を持ち込んだ責任、四魂の玉を砕いた責任、かごめが感じていないわけではない。 しかしかごめはそれにも増して家に、自分の世界に帰りたかった。 楓の目から見るかごめは巫女であり、桔梗の生まれ変わりであったが、かごめ自身はその責任を負うにはあまりにこの世界のことも、四魂の玉のことも知らなすぎた。 そうしている間にも、四魂の玉が復活したという噂が闇の中を驚くべき速さで伝わっていたが、彼らが気づくはずもなかった。 そして翌日、村は新たな敵に襲われることとなる。 |