第2話 四魂の玉

桔梗と楓は、村を守る巫女姉妹。
とはいっても、高い霊力を持ち、近寄りがたいほど美しい姉桔梗に比べ、幼い楓は霊力もほとんどなく、子どもらしい愛らしさはあったものの、それほど目立つ存在ではなかった。

このまま何事もなければ、楓は一生を桔梗に仕え、その世話をして生きるか、どこか他の小さな村に嫁いで、そこで平凡な人生を送るはずだった。
全てが変わったのは、あの「四魂の玉」が村に持ち込まれた時からだ。

いつだったろう、妖怪退治を生業とする村の頭が、桔梗に浄化を願って訪ねてきたのは。
その玉はあまりにも穢れていて、桔梗以外の者には扱えぬ代物だった。
しかし桔梗が手にしただけで、どす黒く濁っていた四魂の玉は清められ、透き通るような透明な玉に戻った。
退治屋の頭が安心して立ち去った後、桔梗は四魂の玉を祀る小さな祠を作らせた。
桔梗以外の者は、四魂の玉に手を触れるどころか、近づくことも許されなかった。

そして襲撃が始まった。
四魂の玉には何か忌まわしい力があるらしい。
桔梗は楓にすら語ろうとはしなかったが、悪しき心を持った数多の人間や妖怪どもが四魂の玉を狙って村を襲った。
村人たちは恐れ慄いたが、桔梗は弓矢ひとつで、全ての敵を撃退した。

人間は蹴散らし、妖怪はほとんどが「破魔の矢」と呼ばれる霊力を込めた矢の餌食となった。
村人たちも平常心を取り戻し、四魂の玉には関わらぬようにして、元通りの平和な生活に戻っていった。
その桔梗の矢が、唯一外した妖怪、いや半妖が犬夜叉だった。

どこで四魂の玉の噂を聞きつけてきたのか、この荒くれ者の犬妖怪は、隙を狙っては祠に忍び込もうとし、桔梗に見つかっては衣の袖やら裾やらを木に縫い止められていた。
迷惑な存在ではあったが、犬夜叉は少なくとも村人を襲ったり、家や畑に被害を与えるような真似はしなかったので、桔梗は殺さなかったのだろう。
殺すにはあまりにも人間に近い姿形であったこと、根っからの悪意を持った存在でなかったことも関係していたに違いない。

やがてあきらめがついたのか、犬夜叉の姿が村から消えた。
そしてちょうどその頃だった、桔梗が時々誰にも言わず、ふいと姿を消すようになったのは。
薬草を摘んだり、他の村の病人を見舞いに行ったり、桔梗が出かけるときは、いつも楓がついて行くのが常だった。
心配した楓が問いただしても、桔梗はかすかに微笑むだけで答えようとしない。

いや、一度だけ楓は見たことがある。
川辺にただ一人座っている桔梗の姿を。
声をかけるのがためらわれたのは、その時の桔梗があまりにも柔らかく、暖かい雰囲気だったから。
いつも毅然としている桔梗しか知らなかった楓には、信じられない光景だった。

桔梗は低い声で何かつぶやき、優しく笑った。
姿は見えないが、そばに誰かいる・・・、桔梗が話しかけている相手が、桔梗が笑いかける相手が・・・。
楓はこっそりと踵を返した。
その相手は犬夜叉ではないか・・・、漠然と思ったが、桔梗が何も言わない以上、楓も素知らぬふりを続けるしかなかった。

桔梗が誰にも言わず、姿を消す理由はもうひとつあった。
「鬼蜘蛛」と呼ばれる野盗を匿っている洞窟に行く時である。
この時は、楓も一緒に行くことを許され、時には桔梗の代わりに世話をした。
根っからの極悪人というのは、この男のことを言うのだろう。

全身にひどい火傷を負い、瀕死の状態を救われたのだが、口が利けるようになった途端に桔梗と楓を貶め、辱めるようなことばかり口にした。
鬼蜘蛛が桔梗に抱いている邪な恋心は、幼い楓にさえ強い嫌悪感を感じさせた。

「おねえさま、私、あいつ嫌いです」
訴える楓に桔梗は、
「許しておあげ。
あの男はおそらく一生・・・ あそこから動けないのだから。」
と諭すのが常だった。

犬夜叉による村の襲撃が起こった時、桔梗と楓はこれからの人生に大きな影響を与えることになる鬼蜘蛛と犬夜叉、この2人とこのような関係にあった。
もちろんパニックに陥っている楓には、そんなことを思い返す余裕もなく、虚しく姉の姿を捜し求めるだけだったが。


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